殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

文字の大きさ
上 下
87 / 126
第十六章

見学されながらの執務

しおりを挟む
 王都公爵邸執務室にて、エリージェ・ソードルは執務机に座り、目の前の羊皮紙、その文字の上に指を沿わせていた。
 しばらくすると、正面に立つ若者、執事ラース・ベンダーにそれを突き返しながら言った。
「他の費用はともかく、この地鎮祭って何?
 そんなものに何で、酒やら肉やらがいる訳なの?」
 それを受け取りながら、執事ラース・ベンダーは苦笑気味に眼鏡の鼻当てを持ち上げた。
「何でも、ザヘラウフ近辺では大きな工事をする場合、土地神様とやらにお供えをする事が習わしになっているようで、それだけ分必要だと言ってきてます」
「はぁ?
 土地神って何?」
 エリージェ・ソードルの怪訝な問いに、側に控えていた従者ザンドラ・フクリュウが答える。
「いわゆる土着神ですね。
 田舎などで良くあるのですが、身近にあるものを神に見立て、奉るのです。
 自然に出来た岩石や巨木、場所によっては精霊や魔獣などを”神”とします。
 雄大なものや強いものを崇めることで、自分たちを守って貰おうとしているのです」
「……そんなことをして、意味はあるの?」
 エリージェ・ソードルの問いに、従者ザンドラ・フクリュウは苦笑しながら答える。
「もちろん、それらに頭を下げた所で、願いは叶いません。
 結局の所は、村を纏めるための方便だったり、心情的安寧を得るための儀式に過ぎないのです」
「ふ~ん」とエリージェ・ソードルは顎に手をやり考える。

 ソードル家は光神教団とのつながりが強い。

 故にと言うべきか、この女は教団が行う儀式に対しては、それなりに理解はある。
 それを、統治の為に使うことにも、忌避感は全くない。
 貢ぎ物それによって工事を行う者が安心できるのであれば、いくらか都合をするのはやぶさかではなかった。
「これだけの肉を与えるのであれば、かなり強力な魔獣に思えるんだけど、それは安全なものなのかしら?」
 などと呟く女に、執事ラース・ベンダーは苦笑する。
「わたしもその点が気になり調べさせましたが……。
 どうやら、その土地神とやらは、巨木のようです」
「ん?
 どういうこと?」
 魔獣などの肉食ならともかく、木に肉を捧げるのは変な話である。
 女の問いに、執事ラース・ベンダーは言いにくそうに答えた。
「有り体に言えば、土地神に格好付けて村人総出で飲み食いがしたいだけのようです」
 執事ラース・ベンダーの言葉に、エリージェ・ソードルの左頬がひきつる。
 だがそれも一瞬のことで、一つため息をついた。
「土地神の為なら、土地神の分だけあれば良いでしょう。
 我が領にはそんな無駄金を使う余裕はないわ」
 エリージェ・ソードルは従者ザンドラ・フクリュウから指示書を受け取る。
 それを見ながら執事ラース・ベンダーが言葉を返す。
「とはいえ、お嬢様。
 村長代表の者がそういう風習だと言っておりますので、全くやらないとなると却って手間が増えませんか?」
 オールマ王国では大規模な工事を行う場合、専門工夫以外は周辺住民を徴収して行わせるのが一般的である。
 それを纏めるのが村長、さらにはもっとも大きい村の長が村長代表となる。
 その村長代表のやる気如何いかんが進捗に影響があるのはままあることである。
 その事が分かっているからこそ、村長代表は役得を得ようとしているのだろう。
 だが、エリージェ・ソードルはその辺りに理解を示さない。
 淡々と返す。
「全くじゃないわ。
 土地神とやらには与えるわよ。
 ラース、今回の工事はザヘラウフの安全のために行うこと。
 まして、徴収と言ってもきちんと賃金を出すのだから、それ以上は不要でしょう。
 それでもまだ、ギャアギャア言うのであれば、村長代表の資産から出させなさい。
 村のためというのであれば、それぐらいは出来るでしょう?
 それも嫌なら、仕方がないわ」
 エリージェ・ソードルの瞳の光がギラリと輝く。
村長代表それの首と体を土地神の供物にしなさい」
「お嬢様!」
 従者ザンドラ・フクリュウが声を上げる。
 エリージェ・ソードルが視線を向ければ、何やら目で訴えてくる。
「あぁ~」とエリージェ・ソードルは気づき、視線を”そちら”に向ければ、執務を見学するために部屋の隅に置かれた椅子に座っているルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が呆然とした顔でこちらを見ていた。
 その隣に立つ、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢の付き添いである侍女の顔もひきつっていた。

 エリージェ・ソードルは口元に手を置き、軽く咳払いをする。

 そして、言った。
「ルー、今のは言葉のあやというか、比喩というか、脅し文句というか……。
 実際やるわけではないから、勘違いしないでね」
「え、あ、うん」
とルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢は少々ぎこちなくだが、頷いて見せた。
 それに満足したエリージェ・ソードルは、指示書を執事ラース・ベンダーに渡しつつ「きちんと言って聞かせるように」と言った。

――

 一通りの執務が終わり、執務机の前に用意された机を挟み、エリージェ・ソードルとルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢はお茶をすることになった。
 エリージェ・ソードルは一口お茶を飲んだルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢に訊ねる。
「どうかしら、ルー?
 参考になったかしら?」
 そんな問いに、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢は苦笑する。
「エリーは周りに人さえいれば――みたいなことを言っていたけど、正直、今のわたしではエリーみたいに執務をするのは難しいと思うわ」
「あら?
 周りに人がそろえば、あとは承認や決断、最終的な責任を取るだけよ」
「それが難しいのよエリー!
 だって、何が正しいかなんて、分からないじゃない!」
「だからの”人”よ。
 知恵者が側近にいれば、少なくとも選択の幅は広がるわ」
 エリージェ・ソードルがちらりと、後ろに控える従者ザンドラ・フクリュウに視線を向ける。
 ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢も同じ者に視線を向けつつ訊ねてくる。
「その知恵者が見つからない場合はどうすればよいの?」
 エリージェ・ソードルは閉じた扇子で肩を叩きながらはっきりという。
「いようがいまいが一緒よ。
 領主わたくし達は領の問題全てに向き合わなくてはならないのだから」
 ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢は腹部に手を置き、泣きそうな顔をする。
「わたしには無理……。
 何だか、お腹が痛くなってきたもの……」
「そう思えるだけ、あなたは領主というものが理解できている証拠でしょう。
 そこらの、ボンクラよりは向いてると思うわ。
 ねえザンドラ、あなたはどう思う?」
 執務を始める前、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢に対して一通り説明をさせていた従者ザンドラ・フクリュウに訊ねると、彼女は少し思案げに答える。
「ヘルメス伯爵令嬢はお年のことを考えるととても博識で、聡明な方だと思います」
 そこまで言うと、従者ザンドラ・フクリュウは困ったように眉を寄せた。
「ただ、お嬢様のように、となると、お若すぎるヘルメス伯爵令嬢にはやはり難しいかと。
 お嬢様、責任の重さを分かっていてなお、お嬢様の様に決断し続ける――それは並の胆力では出来ないものですよ」
「そうかしら?」
「そうなのです。
 それに、お嬢様はご自分が考えていらっしゃるより、ずっと優秀なお方です。
 知識量にしても、判断力にしても、ずば抜けていると言って良いでしょう。
 まだ、執務経験が一年程度とはとても思えないほどです」
 実際の所は、”前回”を合わせれば八年ほどにはなる。
 ただ、それを知らない従者ザンドラ・フクリュウははっきりと断言した。
「お嬢様、お嬢様は年齢を抜きにしても優れた領主と言って差し支えはないのです。
 ……”余計な”事さえしなければ」
 従者ザンドラ・フクリュウの評価に対して、この女にしては珍しく、気恥ずかしそうに閉じた扇子を振った。
「止めなさい、ザンドラ。
 流石に買いかぶり――余計なこと?」
 従者ザンドラ・フクリュウはルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢に向かって一冊の本を渡しながら優しく微笑む。
「ヘルメス伯爵令嬢、すぐに当主代行をする必要がないのであれば、まずはこの”お嬢様”式の指南書を読まれてはいかがでしょう?
 わたしも読ませて頂きましたが、執務についてとても分かりやすく書かれていますので、手始めにはうってつけかと」
「余計な?」
「ありがとう」
と言ってルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢は受け取り、パラパラとめくった。
 そして、エリージェ・ソードルに訊ねる。
「ねえエリー、この本を借りることは出来るかしら?
 出来れば写本したいんだけど」
 エリージェ・ソードルは横目でじーっと澄まし顔の従者ザンドラ・フクリュウを見つめていたが、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢の問いに頷いて見せた。
「……構わないわよ。
 分からないことがあったら、わたくしに聞いて頂戴」
「ええ、お願いするわ」
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】目覚めたらギロチンで処刑された悪役令嬢の中にいました

桃月とと
恋愛
 娼婦のミケーラは流行り病で死んでしまう。 (あーあ。贅沢な生活してみたかったな……)  そんな最期の想いが何をどうして伝わったのか、暗闇の中に現れたのは、王都で話題になっていた悪女レティシア。  そこで提案されたのは、レティシアとして贅沢な生活が送れる代わりに、彼女を陥れた王太子ライルと聖女パミラへの復讐することだった。 「復讐って、どうやって?」 「やり方は任せるわ」 「丸投げ!?」 「代わりにもう一度生き返って贅沢な暮らしが出来るわよ?」   と言うわけで、ミケーラは死んだはずのレティシアとして生き直すことになった。  しかし復讐と言われても、ミケーラに作戦など何もない。  流されるままレティシアとして生活を送るが、周りが勝手に大騒ぎをしてどんどん復讐は進んでいく。 「そりゃあ落ちた首がくっついたら皆ビックリするわよね」  これはミケーラがただレティシアとして生きただけで勝手に復讐が完了した話。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

処理中です...