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第十四章
王家主催の園遊会2
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「皆様、大公夫人がご入園されます!」との声が響く。
エリージェ・ソードル、ルマ夫妻は対面するよう体を向き、軽く頭を下げた。
マガド男爵夫妻は膝を付き、首を垂れる。
若いご夫人が入ってきた。
年の頃は女騎士ジェシー・レーマーより少し上ぐらいだろうか、エリージェ・ソードルと比べるまでも無く小心のようで歴戦の貴族らに頭を下げられて、焦げ茶色の瞳を不安げに揺らしながら入ってくる。
「何ともまあ……。
気の毒なことだ」
エリージェ・ソードルが視線を向けると、祖父マテウス・ルマが髭をいじりながら眉を寄せている。
エミーリア・ルマ侯爵夫人が、この淑女が顔を少ししかめながらそれを引き継ぐ。
「あの方の実家は、領持ちとはいえ子爵家だそうよ」
レネ・マガド男爵が驚いた顔で呟く。
「子爵家……。
それはまた……」
オールマ王国でいう大公とは、王族の分家を意味する。
ゆえに、ソードル公爵家より家格は上とされている。
子爵令嬢が大公に嫁ぐ。
まるで夢物語のような話ではあったのだが……。
大公夫人には夢が叶ったような喜びも誇らしさも見当たらない。
場違いな自分を理解し、それに怯えている様子だった。
その場に夫の大公がいれば、多少はその重圧も和らぐだろうが……。
エリージェ・ソードルは祖父マテウス・ルマに訊ねる。
「大公は如何しましたか?」
王家主催の園遊会である。
格式高いこの会は、家格が高ければ高いほど、むしろ滅多な理由でも無ければ欠席する事は出来ないはずなのだが……。
祖父マテウス・ルマは苦笑した。
「大公はこういう場所にはほとんど顔を出さないからな。
あそこのご夫人が名代なんだろう」
「”あれ”が大公の名代、ですか」
流石のエリージェ・ソードルも眉を顰める。
「大公にはお会いしたことがありませんが、どのような方なのですか?」
実際この女、大公との面識はない。
”前回”も”今回”もだ。
祖父マテウス・ルマはそんな孫娘の問いに、苦いものを顔に浮かべた。
「この場で言うのもはばかる人物――と言った所だ」
そこまで聞けば、この女とてある程度は察せられる。
「なるほど」と答えた。
そこに、案内の声が聞こえてくる。
「皆様、両陛下、王子殿下方がまもなくご入園されます。
所定の場所に御移動をお願いいたします」
園内にいる貴族らがざわざわと動き始める。
祖父マテウス・ルマが「エリー、またな」と片手を上げた所で、はたと思い出したように言った。
「そうそうエリー、誕生日会の為に我が家の使用人を送るから、公爵領で受け入れの準備をしておいてくれ」
「誕生日会?」とエリージェ・ソードルが訝しげにすると、祖父マテウス・ルマが苦笑しながら言う。
「自分の誕生日会を自分で用意するのは変な話だろう?
かといって、父と義母はくずだからな。
うちが用意する」
「……毎年、お爺様が準備をしてくださってたんですね」
さすがのエリージェ・ソードルも苦々しい顔をするので、祖父マテウス・ルマも困った顔をする。
「まあ、持ち回りというか、そんなところだ。
頼んだぞ」
などと言いつつエミーリア・ルマ侯爵夫人を伴いその場を離れる。
レネ・マガド男爵も「わたしにも是非とも祝わせてください」などと言いつつ、カタリナ・マガド令嬢と共に笑顔で一礼すると、離れていく。
「誕生日会、ね」
この女とて、祝われる事に否やはない。
「少し、楽しみね」などと口元を微かに弛めながら、その場を離れるのであった。
このような催しで王家を迎える時の立ち位置はだいたい決まっていた。
王家の席、そこに向かうまでの道沿いに貴族らが並ぶのだが、家格によってその場所が決まる。
道に近くなるほど上位、離れていくほど下位となる。
そして、王家の席に近くなるほど上位となる。
また、オールマ王国では右上位、左下位とされているので、迎えられる形の国王から見て右最奥に大公、左最奥にソードル家が目に付くこととなる。
エリージェ・ソードルが出迎えの場所に着くと、父ルーベ・ソードルと義母ミザラ・ソードルがその後ろに立った。
一瞬、身の程を弁えたのかとも思ったが、「お気に入りのエリーが前に出れば、当たりが和らぐだろう」などと聞こえてきたので、エリージェ・ソードルは顔をしかめた。
だが、放っておこうと気を取り直し、視線を正面に向ける。
目の前には強ばった顔の大公夫人が立っていた。
美しいというより、愛らしいとの形容表現の方が似合う女性であったが、現在は本来のそれが陰るほど蒼白な表情をしていた。
同じ子爵出身である義母ミザラ・ソードルのような身の程知らずの馬鹿とは違い、少し離れていても手が震え、目元が潤んでいるように見えた。
そこに、隣に移動したエミーリア・ルマ侯爵夫人が背中に手を回し、気遣うように声をかけた。
初め、驚いた顔をしていた大公夫人だったが、徐々に表情が軟らかくなっていった。
エリージェ・ソードルがそんな様子を何となく眺めていると、後ろから「おお、シエルフォース侯爵、お久しぶりだな」などという父ルーベ・ソードルの声が聞こえてきた。
視線を向けると、女の右隣に白金色の直毛を後ろで縛った男、ヘルムート・シエルフォース侯爵がやってきた。
隣にはシエルフォース夫人がいる。
エリージェ・ソードルはこの魔術狂いの一族を毛嫌いしていた。
ヘルムート・シエルフォース侯爵は無愛想で何を考えてるか分からないと嫌い、ここにはいないが、同い年で学院を共にしていたイェニファー・シエルフォース侯爵令嬢はニヤニヤと馴れ馴れしく話しかけてくるので嫌っていた。
完全に相反しているが、嫌いなものは嫌いだとエリージェ・ソードルは自身に強弁している。
とはいえ、相手は大貴族の当主である。
流石のこの女も無視するわけには行かない。
「ご無沙汰しております、侯爵」と挨拶をした。
父ルーベ・ソードルに対しては一瞥しただけで無視をしていたヘルムート・シエルフォース侯爵も、エリージェ・ソードルに対しては仕方が無くといった感じに、軽く頷くみたいに頭を下げた。
そして、視線をさっさと反らした。
エリージェ・ソードルとしても、別段相手をしたいわけではないので、同じく、視線を外す。
父ルーベ・ソードルが後ろで「いくら何でも無礼だろう!」とかブツクサ言っていたが、当然無視した。
そこに、声が響いた。
「両陛下、第一、第二王子殿下、ご入園!」
道沿いの貴族が一斉に入り口を向く。
そして、ひざまずき頭を垂れた。
それは大貴族でも同様で、ヘルムート・シエルフォース侯爵も他の侯爵当主も同じだった。
ただ、この場にはたった一人だけ、膝を付かない者がいる。
エリージェ・ソードルである。
伝統として、大公などの分家に加えて、ソードル家当主も王族に対してであっても膝を付くことは無い。
それは、ソードル家と王家ハイセル家との建国時からの立ち位置を如実に表していた。
もちろん、エリージェ・ソードルとて突っ立っているわけではない。
スカートの両方を摘み、膝を曲げ、深々と頭を下げていた。
この女が見せる、最大の敬意である。
(っ!?)
頭を下げたエリージェ・ソードルは膝を付いていないのが、自分だけでないことに気づいた。
父ルーベ・ソードルである。
この愚かな男は、小心者の癖に膝を付かず、無駄に堂々と頭を下げていた。
何となく、膝をつくヘルムート・シエルフォース侯爵に対して得意げにしているようにも見えた。
エリージェ・ソードルは言って聞かせなかった己の愚を知ったが後の祭りである。
いや、冷静になってみれば、女が参加しない夜会などでもやらかしている可能性がある事に気づく。
さっさと、どこかしらに追放しよう。
この女は強く決意をした。
――
入園した国王オリバーから園遊会の始まりが宣言された。
その後、身分順に謁見する事となる。
まずは大公夫人が前に出た。
実家の子爵であれば個別での謁見などほとんどあり得ない身分である。
それを年若い夫人が、しかもたった一人で行わなくてはならないのだ。
今にも倒れそうな有様だった。
哀れに思ったのだろう。
声をかけたのはマルガレータ王妃だった。
「よく来てくれました。
ゆっくりと楽しんでいってくださいね」
それに、国王オリバーが優しく頷くだけで謁見は終了した。
一礼した後、下がる大公夫人は泣きそうというより、ぼろぼろと涙をこぼしていた。
そこに、エミーリア・ルマ侯爵夫人が気遣わしげに近づき、背中をさすってあげている。
それを見た、義母ミザラ・ソードルが「なにあれ、情けない」と鼻で笑う。
それに、父ルーベ・ソードルもうんうんと頷いている。
「大貴族たるもの、堂々としていなくてはな」
エリージェ・ソードルとしても、大公夫人の事を軟弱だと思った。
ただ、身の程知らずよりは遙かにマシだと思い、父ルーベ・ソードルをギロリと睨み、閉じた扇子を持ち上げた。
「ヒィ!」と身の程知らず二人が漏らし、後ずさった。
父ルーベ・ソードルが媚びるように、王族席に手を向ける。
「何を怒ってる!?
ほら!
陛下にご挨拶をせねば、な!」
少しの間、睨んでいたエリージェ・ソードルだったが、手を下ろすと王家の席に向かい、歩みを進めた。
一度、王家護衛騎士に止められた後、促され、エリージェ・ソードルは王家の席に向かう。
エリージェ・ソードルに気づいた国王オリバー、マルガレータ王妃が柔らかに微笑む。
国王オリバーの右隣には第一王子ルードリッヒ・ハイセルも嬉しそうに頬を緩めていた。
マルガレータ王妃の左隣には第二王子クリスティアン・ハイセルがいて、無表情のままこちらを見ていた。
エリージェ・ソードルはスカートの両端を軽く摘むと、左足を斜め後ろに引きながら腰を深く落とした。
「国王陛下、王妃陛下、並びに王子殿下の皆様におかれましては、ご健勝のこととお喜び申し上げます。
また、王家におかれましては――」
などと丁寧に挨拶を行う。
そして、最後まで言い終えると、国王オリバーが優しく声をかけてきた。
「顔を上げてくれエリー、君も元気そうで何よりだ。
マガド男爵領の件、ありがとう。
懸念が一つ減って、とても助かったよ」
「勿体ないお言葉でございます」
そこに、マルガレータ王妃が声をかけてきた。
「エリー、領地運営をとても頑張っていると聞き及んでます。
何かあったら直ぐに、わたくしに相談するのよ。
わたくし、あなたの力になりたいと思っているのですから」
それに国王オリバーは付け足す。
「そうだよ、わたし達はいつでも君の助けになりたい、そう思っているのだからね」
「ありがとうございます。
恐れ多いことでございます」
国王夫妻の発言は、エリージェ・ソードルの後ろにいる父ルーベ・ソードルに対するこれ以上ないぐらいの皮肉であったが……。
あの男がそれを理解しているのかどうかは、微妙なところであった。
そこに、第一王子ルードリッヒ・ハイセルが声をかける。
「エリー、その衣装も良く似合っているね。
舞踏会だったら、一曲お願いしたいぐらいだよ」
それに対して、エリージェ・ソードルは、この女にしては少し照れたように視線を泳がす。
「ありがとうございます。
……ただ、わたくし、踊りは余り得意ではありません。
なので、ご容赦いただければと思います」
「そ、そうなの?」
「そうなのです」
というより、この女は踊りを余り好んではいなかった。
男性と触れ合うのも好まなかったし、踊りに関しても自分がやっている姿が客観的に可笑しいのでは? などと思ってしまっていた。
さらに、”前回”は忙しく、そういう場にいく機会も少なかったこともあり、この女、ほとんど踊ったことがない。
相手も、国王オリバーか第一王子ルードリッヒ・ハイセル、精々、幼なじみオーメスト・リーヴスリーぐらいだった。
そこに、国王オリバーが少し悪戯っぽく割り込む。
「苦手だと言ってもエリー、ルードリッヒはともかく、少なくとも、わたしとの相手だけはお願いしたいものだな」
「父上!?」
国王オリバーは息子の苦言を聞き流し、少し作ったようなすまし顔で続ける。
「エリー、これはとても大事で、必ず必要なことなんだ。
当然、最大限踊りの手助けをさせて貰うよ。
なあ、エリー、わたしの望み、叶えてくれるだろうか?」
最後はわざとらしくしおらしい表情をする国王オリバーに、エリージェ・ソードルは困ったような、何処と無く嬉しそうな表情で、
「陛下が望まれるのであれば」
と頷いて見せた。
エリージェ・ソードルはどうも、国王オリバーにそんな感じで頼まれると苦手というか、困ってしまうのだ。
「ありがとう」
国王オリバーの満面の笑みに、この女をして、恥ずかしそうに少しうつむいた。
エリージェ・ソードル、ルマ夫妻は対面するよう体を向き、軽く頭を下げた。
マガド男爵夫妻は膝を付き、首を垂れる。
若いご夫人が入ってきた。
年の頃は女騎士ジェシー・レーマーより少し上ぐらいだろうか、エリージェ・ソードルと比べるまでも無く小心のようで歴戦の貴族らに頭を下げられて、焦げ茶色の瞳を不安げに揺らしながら入ってくる。
「何ともまあ……。
気の毒なことだ」
エリージェ・ソードルが視線を向けると、祖父マテウス・ルマが髭をいじりながら眉を寄せている。
エミーリア・ルマ侯爵夫人が、この淑女が顔を少ししかめながらそれを引き継ぐ。
「あの方の実家は、領持ちとはいえ子爵家だそうよ」
レネ・マガド男爵が驚いた顔で呟く。
「子爵家……。
それはまた……」
オールマ王国でいう大公とは、王族の分家を意味する。
ゆえに、ソードル公爵家より家格は上とされている。
子爵令嬢が大公に嫁ぐ。
まるで夢物語のような話ではあったのだが……。
大公夫人には夢が叶ったような喜びも誇らしさも見当たらない。
場違いな自分を理解し、それに怯えている様子だった。
その場に夫の大公がいれば、多少はその重圧も和らぐだろうが……。
エリージェ・ソードルは祖父マテウス・ルマに訊ねる。
「大公は如何しましたか?」
王家主催の園遊会である。
格式高いこの会は、家格が高ければ高いほど、むしろ滅多な理由でも無ければ欠席する事は出来ないはずなのだが……。
祖父マテウス・ルマは苦笑した。
「大公はこういう場所にはほとんど顔を出さないからな。
あそこのご夫人が名代なんだろう」
「”あれ”が大公の名代、ですか」
流石のエリージェ・ソードルも眉を顰める。
「大公にはお会いしたことがありませんが、どのような方なのですか?」
実際この女、大公との面識はない。
”前回”も”今回”もだ。
祖父マテウス・ルマはそんな孫娘の問いに、苦いものを顔に浮かべた。
「この場で言うのもはばかる人物――と言った所だ」
そこまで聞けば、この女とてある程度は察せられる。
「なるほど」と答えた。
そこに、案内の声が聞こえてくる。
「皆様、両陛下、王子殿下方がまもなくご入園されます。
所定の場所に御移動をお願いいたします」
園内にいる貴族らがざわざわと動き始める。
祖父マテウス・ルマが「エリー、またな」と片手を上げた所で、はたと思い出したように言った。
「そうそうエリー、誕生日会の為に我が家の使用人を送るから、公爵領で受け入れの準備をしておいてくれ」
「誕生日会?」とエリージェ・ソードルが訝しげにすると、祖父マテウス・ルマが苦笑しながら言う。
「自分の誕生日会を自分で用意するのは変な話だろう?
かといって、父と義母はくずだからな。
うちが用意する」
「……毎年、お爺様が準備をしてくださってたんですね」
さすがのエリージェ・ソードルも苦々しい顔をするので、祖父マテウス・ルマも困った顔をする。
「まあ、持ち回りというか、そんなところだ。
頼んだぞ」
などと言いつつエミーリア・ルマ侯爵夫人を伴いその場を離れる。
レネ・マガド男爵も「わたしにも是非とも祝わせてください」などと言いつつ、カタリナ・マガド令嬢と共に笑顔で一礼すると、離れていく。
「誕生日会、ね」
この女とて、祝われる事に否やはない。
「少し、楽しみね」などと口元を微かに弛めながら、その場を離れるのであった。
このような催しで王家を迎える時の立ち位置はだいたい決まっていた。
王家の席、そこに向かうまでの道沿いに貴族らが並ぶのだが、家格によってその場所が決まる。
道に近くなるほど上位、離れていくほど下位となる。
そして、王家の席に近くなるほど上位となる。
また、オールマ王国では右上位、左下位とされているので、迎えられる形の国王から見て右最奥に大公、左最奥にソードル家が目に付くこととなる。
エリージェ・ソードルが出迎えの場所に着くと、父ルーベ・ソードルと義母ミザラ・ソードルがその後ろに立った。
一瞬、身の程を弁えたのかとも思ったが、「お気に入りのエリーが前に出れば、当たりが和らぐだろう」などと聞こえてきたので、エリージェ・ソードルは顔をしかめた。
だが、放っておこうと気を取り直し、視線を正面に向ける。
目の前には強ばった顔の大公夫人が立っていた。
美しいというより、愛らしいとの形容表現の方が似合う女性であったが、現在は本来のそれが陰るほど蒼白な表情をしていた。
同じ子爵出身である義母ミザラ・ソードルのような身の程知らずの馬鹿とは違い、少し離れていても手が震え、目元が潤んでいるように見えた。
そこに、隣に移動したエミーリア・ルマ侯爵夫人が背中に手を回し、気遣うように声をかけた。
初め、驚いた顔をしていた大公夫人だったが、徐々に表情が軟らかくなっていった。
エリージェ・ソードルがそんな様子を何となく眺めていると、後ろから「おお、シエルフォース侯爵、お久しぶりだな」などという父ルーベ・ソードルの声が聞こえてきた。
視線を向けると、女の右隣に白金色の直毛を後ろで縛った男、ヘルムート・シエルフォース侯爵がやってきた。
隣にはシエルフォース夫人がいる。
エリージェ・ソードルはこの魔術狂いの一族を毛嫌いしていた。
ヘルムート・シエルフォース侯爵は無愛想で何を考えてるか分からないと嫌い、ここにはいないが、同い年で学院を共にしていたイェニファー・シエルフォース侯爵令嬢はニヤニヤと馴れ馴れしく話しかけてくるので嫌っていた。
完全に相反しているが、嫌いなものは嫌いだとエリージェ・ソードルは自身に強弁している。
とはいえ、相手は大貴族の当主である。
流石のこの女も無視するわけには行かない。
「ご無沙汰しております、侯爵」と挨拶をした。
父ルーベ・ソードルに対しては一瞥しただけで無視をしていたヘルムート・シエルフォース侯爵も、エリージェ・ソードルに対しては仕方が無くといった感じに、軽く頷くみたいに頭を下げた。
そして、視線をさっさと反らした。
エリージェ・ソードルとしても、別段相手をしたいわけではないので、同じく、視線を外す。
父ルーベ・ソードルが後ろで「いくら何でも無礼だろう!」とかブツクサ言っていたが、当然無視した。
そこに、声が響いた。
「両陛下、第一、第二王子殿下、ご入園!」
道沿いの貴族が一斉に入り口を向く。
そして、ひざまずき頭を垂れた。
それは大貴族でも同様で、ヘルムート・シエルフォース侯爵も他の侯爵当主も同じだった。
ただ、この場にはたった一人だけ、膝を付かない者がいる。
エリージェ・ソードルである。
伝統として、大公などの分家に加えて、ソードル家当主も王族に対してであっても膝を付くことは無い。
それは、ソードル家と王家ハイセル家との建国時からの立ち位置を如実に表していた。
もちろん、エリージェ・ソードルとて突っ立っているわけではない。
スカートの両方を摘み、膝を曲げ、深々と頭を下げていた。
この女が見せる、最大の敬意である。
(っ!?)
頭を下げたエリージェ・ソードルは膝を付いていないのが、自分だけでないことに気づいた。
父ルーベ・ソードルである。
この愚かな男は、小心者の癖に膝を付かず、無駄に堂々と頭を下げていた。
何となく、膝をつくヘルムート・シエルフォース侯爵に対して得意げにしているようにも見えた。
エリージェ・ソードルは言って聞かせなかった己の愚を知ったが後の祭りである。
いや、冷静になってみれば、女が参加しない夜会などでもやらかしている可能性がある事に気づく。
さっさと、どこかしらに追放しよう。
この女は強く決意をした。
――
入園した国王オリバーから園遊会の始まりが宣言された。
その後、身分順に謁見する事となる。
まずは大公夫人が前に出た。
実家の子爵であれば個別での謁見などほとんどあり得ない身分である。
それを年若い夫人が、しかもたった一人で行わなくてはならないのだ。
今にも倒れそうな有様だった。
哀れに思ったのだろう。
声をかけたのはマルガレータ王妃だった。
「よく来てくれました。
ゆっくりと楽しんでいってくださいね」
それに、国王オリバーが優しく頷くだけで謁見は終了した。
一礼した後、下がる大公夫人は泣きそうというより、ぼろぼろと涙をこぼしていた。
そこに、エミーリア・ルマ侯爵夫人が気遣わしげに近づき、背中をさすってあげている。
それを見た、義母ミザラ・ソードルが「なにあれ、情けない」と鼻で笑う。
それに、父ルーベ・ソードルもうんうんと頷いている。
「大貴族たるもの、堂々としていなくてはな」
エリージェ・ソードルとしても、大公夫人の事を軟弱だと思った。
ただ、身の程知らずよりは遙かにマシだと思い、父ルーベ・ソードルをギロリと睨み、閉じた扇子を持ち上げた。
「ヒィ!」と身の程知らず二人が漏らし、後ずさった。
父ルーベ・ソードルが媚びるように、王族席に手を向ける。
「何を怒ってる!?
ほら!
陛下にご挨拶をせねば、な!」
少しの間、睨んでいたエリージェ・ソードルだったが、手を下ろすと王家の席に向かい、歩みを進めた。
一度、王家護衛騎士に止められた後、促され、エリージェ・ソードルは王家の席に向かう。
エリージェ・ソードルに気づいた国王オリバー、マルガレータ王妃が柔らかに微笑む。
国王オリバーの右隣には第一王子ルードリッヒ・ハイセルも嬉しそうに頬を緩めていた。
マルガレータ王妃の左隣には第二王子クリスティアン・ハイセルがいて、無表情のままこちらを見ていた。
エリージェ・ソードルはスカートの両端を軽く摘むと、左足を斜め後ろに引きながら腰を深く落とした。
「国王陛下、王妃陛下、並びに王子殿下の皆様におかれましては、ご健勝のこととお喜び申し上げます。
また、王家におかれましては――」
などと丁寧に挨拶を行う。
そして、最後まで言い終えると、国王オリバーが優しく声をかけてきた。
「顔を上げてくれエリー、君も元気そうで何よりだ。
マガド男爵領の件、ありがとう。
懸念が一つ減って、とても助かったよ」
「勿体ないお言葉でございます」
そこに、マルガレータ王妃が声をかけてきた。
「エリー、領地運営をとても頑張っていると聞き及んでます。
何かあったら直ぐに、わたくしに相談するのよ。
わたくし、あなたの力になりたいと思っているのですから」
それに国王オリバーは付け足す。
「そうだよ、わたし達はいつでも君の助けになりたい、そう思っているのだからね」
「ありがとうございます。
恐れ多いことでございます」
国王夫妻の発言は、エリージェ・ソードルの後ろにいる父ルーベ・ソードルに対するこれ以上ないぐらいの皮肉であったが……。
あの男がそれを理解しているのかどうかは、微妙なところであった。
そこに、第一王子ルードリッヒ・ハイセルが声をかける。
「エリー、その衣装も良く似合っているね。
舞踏会だったら、一曲お願いしたいぐらいだよ」
それに対して、エリージェ・ソードルは、この女にしては少し照れたように視線を泳がす。
「ありがとうございます。
……ただ、わたくし、踊りは余り得意ではありません。
なので、ご容赦いただければと思います」
「そ、そうなの?」
「そうなのです」
というより、この女は踊りを余り好んではいなかった。
男性と触れ合うのも好まなかったし、踊りに関しても自分がやっている姿が客観的に可笑しいのでは? などと思ってしまっていた。
さらに、”前回”は忙しく、そういう場にいく機会も少なかったこともあり、この女、ほとんど踊ったことがない。
相手も、国王オリバーか第一王子ルードリッヒ・ハイセル、精々、幼なじみオーメスト・リーヴスリーぐらいだった。
そこに、国王オリバーが少し悪戯っぽく割り込む。
「苦手だと言ってもエリー、ルードリッヒはともかく、少なくとも、わたしとの相手だけはお願いしたいものだな」
「父上!?」
国王オリバーは息子の苦言を聞き流し、少し作ったようなすまし顔で続ける。
「エリー、これはとても大事で、必ず必要なことなんだ。
当然、最大限踊りの手助けをさせて貰うよ。
なあ、エリー、わたしの望み、叶えてくれるだろうか?」
最後はわざとらしくしおらしい表情をする国王オリバーに、エリージェ・ソードルは困ったような、何処と無く嬉しそうな表情で、
「陛下が望まれるのであれば」
と頷いて見せた。
エリージェ・ソードルはどうも、国王オリバーにそんな感じで頼まれると苦手というか、困ってしまうのだ。
「ありがとう」
国王オリバーの満面の笑みに、この女をして、恥ずかしそうに少しうつむいた。
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そこで提案されたのは、レティシアとして贅沢な生活が送れる代わりに、彼女を陥れた王太子ライルと聖女パミラへの復讐することだった。
「復讐って、どうやって?」
「やり方は任せるわ」
「丸投げ!?」
「代わりにもう一度生き返って贅沢な暮らしが出来るわよ?」
と言うわけで、ミケーラは死んだはずのレティシアとして生き直すことになった。
しかし復讐と言われても、ミケーラに作戦など何もない。
流されるままレティシアとして生活を送るが、周りが勝手に大騒ぎをしてどんどん復讐は進んでいく。
「そりゃあ落ちた首がくっついたら皆ビックリするわよね」
これはミケーラがただレティシアとして生きただけで勝手に復讐が完了した話。
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