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第十四章
前回の聖女クリスティーナ・ルルシエ1
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王都公爵家応接室にて、長椅子に座るエリージェ・ソードルはお茶を一口飲む。
そして、視線を上げると言った。
「殿下、婚約者でも無い――」
「いやいや、今日は王家の使者として来てるだろう!?
用はあるよ!」
第一王子ルードリッヒ・ハイセルの必死の声に、エリージェ・ソードルは「まあ、そうですけど」と答える。
もっとも、この女としてはさほど機嫌は悪くない。
最近、日課となりつつある幼なじみオーメスト・リーヴスリーとの強制試合を、この訪問によって中断することが出来たこともあり、むしろ、機嫌はよい。
それに、何だかんだ言って、この女としては第一王子ルードリッヒ・ハイセルが訪問してくれる事自体、嬉しかったりする。
だからだろう、王家主催の園遊会への招待状を持参するだけの使者に対して、当然のようにお茶の準備をさせた。
「エリ~ちゃん! クッキー」とエリージェ・ソードルの膝の上から声が聞こえてくる。
エリージェ・ソードルは途端、ふふふと笑いながら視線を侍女ミーナ・ウォールに向ける。
貴賓の前ゆえに表情を隠しながらも、どことなく呆れた感じで侍女ミーナ・ウォールは近づいてくる。
そして、ひざまづき、女から茶碗を受け取ると、代わりに菓子の乗った皿を差し出した。
エリージェ・ソードルはその中の一枚を摘むと膝上に差し出す。
膝を枕に長椅子に寝転がる少女、クリスティーナがそれを口でくわえるとモグモグと食べ始めた。
クリスティーナの顔が幸せそうに緩んだ。
それを見ながら、エリージェ・ソードルも表情を緩め、「美味しい?」と言いながら、その頭を撫でてあげる。
そして、「うん!」という答えにさらに相好を崩し「そう、良かったわね」などと言っている。
そんなエリージェ・ソードルに第一王子ルードリッヒ・ハイセルは頭痛を堪えるような表情で言った。
「エリー、僕はこれでも使者であり、客人だよ。
流石にそれは、マズいんじゃないかな?」
エリージェ・ソードルが玄関まで出迎えた時にはいなかったクリスティーナだったが、応接室まで案内をしている間に突如現れて、女の腕にくっつくとここまで付いてきてしまったのだ。
そして、応接室に到着し長椅子に座ると、女の膝に頭を乗せて寝転がってしまった。
平民、貴族、関係なく、とてもではないが、客人を迎える態度ではない。
ただ、本来窘めるべき公爵家側の人間は、自身の主が機嫌良さげにするので止めることが出来ず、また、苦言を述べるべき第一王子側の人間はルードリッヒの現在の事情ゆえにエリージェ・ソードルの不興を恐れて口には出せず、このままになってしまったのだ。
流石に、侍女長シンディ・モリタがいれば止めていただろうが……。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルの先触れが来る前に、外出してしまっていた。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルの苦言に、エリージェ・ソードルは少し考えた後に言った。
「クリス、その通りよ。
わたくしや殿下の前ならともかく、他の貴族の前では、礼儀正しくしなくちゃ駄目よ」
「うん!」
「ふふふ、偉いわ」
「いや、僕らはこの国でもっとも礼儀正しくしなくちゃならない内の二人だと思うけどなぁ……」
などとボヤく第一王子ルードリッヒ・ハイセルに対して、エリージェ・ソードルは反論する
「あら殿下、この子だっていずれは聖女と呼ばれるようになるのですから、流石に王族とまでは行きませんが、そこらの貴族よりは敬われる対象ですわ」
聖女とは教団にとって象徴的な人物に送られる称号である。
その権威は司祭をも上回る。
光神教を国教に据えるオールマ王国であれば、下手をすると領持ちの伯爵ですらへりくだった態度にならなくてはならない。
その辺りのことぐらい、分かっているだろう第一王子ルードリッヒ・ハイセルだったが、少々渋い顔で答える。
「そうは言うけどエリー、もう一度、膝の上の子をじっくり見てみてよ。
聖女に見える?」
「はぁ?」と少々抜けた声を上げながら、エリージェ・ソードルは再度、視線を下ろす。
クリスティーナは膝枕をしてもらっている内に眠くなってきたのか、幸せそうな顔でうっつらうっつらしている。
エリージェ・ソードルとしては思わず頬がゆるみそうなほど可愛らしい表情ではあったが……。
ただ、聖女か? と言われると……流石の女も答えを窮す、だらしない表情であった。
この女、エリージェ・ソードルは凡庸である。
故にと言うべきか、この女、才能有る者は何もしなくても出来てしまうはずだと思いこんでいる。
剣の天才だから、幼なじみオーメスト・リーヴスリーは剣を習わなくても剣が使えるはず。
魔術の天才だから、弟マヌエル・ソードルは魔術を習わなくても魔術が出来るはず。
聖女なのだから、クリスティーナは何もしなくても聖女になれるはず。
自身の才に自信が無い反動からか、そんな風に思ってしまうのだ。
だから、”今回”のクリスティーナを見つめながら、(この子、聖女なのよね?)と小首を捻ってしまった。
――
”前回”の事だ。
ラインハルト・マガド男爵に手込めにされたクリスティーナの母クラーラはそのまま侍女として雇われることとなった。
初めの内は機嫌を良くしていたラインハルト・マガド男爵だったが、徐々に悪化することとなる。
クラーラの周りに男が集まりだしたのだ。
彼らはとにかく仕事が出来ないクラーラの為にと何かと世話を焼きたがり、手伝ってもらわないと何も出来ないクラーラは彼らにお願いせざる得なかった。
それが不満だったラインハルト・マガド男爵は、男達から距離を取るように何度も言った。
その強い口調にクラーラは怯えた目をしながら、何度も頷いた。
だが、クラーラが男達に手伝って貰っていたのは、仕事が出来ないからだ。
今までそうやって来た彼女が突然、やれるようになる訳も無く、むしろ焦れば焦るほど失敗を繰り返し、男を集める羽目になった。
クラーラも手伝いを固辞しようとした。
だが、ラインハルト・マガド男爵の事を内心で馬鹿にしている男達は「大丈夫、大丈夫」と言って半ば無理矢理手を貸した。
ラインハルト・マガド男爵は男達にも苦言を言って追っ払おうとしたが、そもそも雇い主が他にいる者達である。
鼻で笑われるだけだった。
なので、ラインハルト・マガド男爵はクラーラを愛人にしようと思った。
だが、この男にそんな甲斐性があるわけもなく、クラーラはその為に他の男達の元に行ってしまう。
クラーラへの独占欲が満たされない苛立ち、自信のふがいなさの苛立ち、使用人風情の無礼な態度への苛立ち。
それらが爆発したラインハルト・マガド男爵はついにはクラーラの首を絞め、彼女の頭を何度も床に叩きつけてしまった。
クラーラの遺体は速やかに屋敷から運び出され、どこぞやに持って行かれた。
それにすがりついて泣いていたクリスティーナは、引き離されると屋敷から追い出された。
クリスティーナにとって、それでも幸運だったのは、ラインハルト・マガド男爵に幼女性愛の趣味がなかったことと、使用人の一人が哀れに思ったのか、比較的評判の良い孤児院に連れて行ってくれた事だろう。
そうでなければ、身よりの無い美しい少女がどのような目にあったか、想像に難くない。
クリスティーナが連れてこられたのは貧民街ルルシエにある孤児院であった。
貧民街にあるとはいえ、光神教団が運営する孤児院なので、それなりに平和な生活を送ることが出来た。
最初の頃は、理不尽な現実に泣いてばかりいたクリスティーナであったが、しばらくすると手伝いを積極的にやるようになった。
孤児院には自分と同じ境遇の、しかも、年下の子供も多かったからだ。
それに、体を動かしている方が、母クラーラがいなくなった悲しみを忘れることが出来た。
無理矢理にひねり出した笑顔で、年下の子供達の世話を焼いた。
クリスティーナは年下の子供達に好かれるようになっていった。
綺麗で面白いお姉ちゃんに、子供達はキャッキャと集まり、遊んで、お話しして、とねだり始めた。
そうすると、クリスティーナも無理矢理じゃない自然な笑みが溢れてくる。
そして夜、皆が寝静まった時にポロポロと涙をこぼした。
皆が癒してくれるのだという、喜びを止めることが出来なかったのだ。
そして、視線を上げると言った。
「殿下、婚約者でも無い――」
「いやいや、今日は王家の使者として来てるだろう!?
用はあるよ!」
第一王子ルードリッヒ・ハイセルの必死の声に、エリージェ・ソードルは「まあ、そうですけど」と答える。
もっとも、この女としてはさほど機嫌は悪くない。
最近、日課となりつつある幼なじみオーメスト・リーヴスリーとの強制試合を、この訪問によって中断することが出来たこともあり、むしろ、機嫌はよい。
それに、何だかんだ言って、この女としては第一王子ルードリッヒ・ハイセルが訪問してくれる事自体、嬉しかったりする。
だからだろう、王家主催の園遊会への招待状を持参するだけの使者に対して、当然のようにお茶の準備をさせた。
「エリ~ちゃん! クッキー」とエリージェ・ソードルの膝の上から声が聞こえてくる。
エリージェ・ソードルは途端、ふふふと笑いながら視線を侍女ミーナ・ウォールに向ける。
貴賓の前ゆえに表情を隠しながらも、どことなく呆れた感じで侍女ミーナ・ウォールは近づいてくる。
そして、ひざまづき、女から茶碗を受け取ると、代わりに菓子の乗った皿を差し出した。
エリージェ・ソードルはその中の一枚を摘むと膝上に差し出す。
膝を枕に長椅子に寝転がる少女、クリスティーナがそれを口でくわえるとモグモグと食べ始めた。
クリスティーナの顔が幸せそうに緩んだ。
それを見ながら、エリージェ・ソードルも表情を緩め、「美味しい?」と言いながら、その頭を撫でてあげる。
そして、「うん!」という答えにさらに相好を崩し「そう、良かったわね」などと言っている。
そんなエリージェ・ソードルに第一王子ルードリッヒ・ハイセルは頭痛を堪えるような表情で言った。
「エリー、僕はこれでも使者であり、客人だよ。
流石にそれは、マズいんじゃないかな?」
エリージェ・ソードルが玄関まで出迎えた時にはいなかったクリスティーナだったが、応接室まで案内をしている間に突如現れて、女の腕にくっつくとここまで付いてきてしまったのだ。
そして、応接室に到着し長椅子に座ると、女の膝に頭を乗せて寝転がってしまった。
平民、貴族、関係なく、とてもではないが、客人を迎える態度ではない。
ただ、本来窘めるべき公爵家側の人間は、自身の主が機嫌良さげにするので止めることが出来ず、また、苦言を述べるべき第一王子側の人間はルードリッヒの現在の事情ゆえにエリージェ・ソードルの不興を恐れて口には出せず、このままになってしまったのだ。
流石に、侍女長シンディ・モリタがいれば止めていただろうが……。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルの先触れが来る前に、外出してしまっていた。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルの苦言に、エリージェ・ソードルは少し考えた後に言った。
「クリス、その通りよ。
わたくしや殿下の前ならともかく、他の貴族の前では、礼儀正しくしなくちゃ駄目よ」
「うん!」
「ふふふ、偉いわ」
「いや、僕らはこの国でもっとも礼儀正しくしなくちゃならない内の二人だと思うけどなぁ……」
などとボヤく第一王子ルードリッヒ・ハイセルに対して、エリージェ・ソードルは反論する
「あら殿下、この子だっていずれは聖女と呼ばれるようになるのですから、流石に王族とまでは行きませんが、そこらの貴族よりは敬われる対象ですわ」
聖女とは教団にとって象徴的な人物に送られる称号である。
その権威は司祭をも上回る。
光神教を国教に据えるオールマ王国であれば、下手をすると領持ちの伯爵ですらへりくだった態度にならなくてはならない。
その辺りのことぐらい、分かっているだろう第一王子ルードリッヒ・ハイセルだったが、少々渋い顔で答える。
「そうは言うけどエリー、もう一度、膝の上の子をじっくり見てみてよ。
聖女に見える?」
「はぁ?」と少々抜けた声を上げながら、エリージェ・ソードルは再度、視線を下ろす。
クリスティーナは膝枕をしてもらっている内に眠くなってきたのか、幸せそうな顔でうっつらうっつらしている。
エリージェ・ソードルとしては思わず頬がゆるみそうなほど可愛らしい表情ではあったが……。
ただ、聖女か? と言われると……流石の女も答えを窮す、だらしない表情であった。
この女、エリージェ・ソードルは凡庸である。
故にと言うべきか、この女、才能有る者は何もしなくても出来てしまうはずだと思いこんでいる。
剣の天才だから、幼なじみオーメスト・リーヴスリーは剣を習わなくても剣が使えるはず。
魔術の天才だから、弟マヌエル・ソードルは魔術を習わなくても魔術が出来るはず。
聖女なのだから、クリスティーナは何もしなくても聖女になれるはず。
自身の才に自信が無い反動からか、そんな風に思ってしまうのだ。
だから、”今回”のクリスティーナを見つめながら、(この子、聖女なのよね?)と小首を捻ってしまった。
――
”前回”の事だ。
ラインハルト・マガド男爵に手込めにされたクリスティーナの母クラーラはそのまま侍女として雇われることとなった。
初めの内は機嫌を良くしていたラインハルト・マガド男爵だったが、徐々に悪化することとなる。
クラーラの周りに男が集まりだしたのだ。
彼らはとにかく仕事が出来ないクラーラの為にと何かと世話を焼きたがり、手伝ってもらわないと何も出来ないクラーラは彼らにお願いせざる得なかった。
それが不満だったラインハルト・マガド男爵は、男達から距離を取るように何度も言った。
その強い口調にクラーラは怯えた目をしながら、何度も頷いた。
だが、クラーラが男達に手伝って貰っていたのは、仕事が出来ないからだ。
今までそうやって来た彼女が突然、やれるようになる訳も無く、むしろ焦れば焦るほど失敗を繰り返し、男を集める羽目になった。
クラーラも手伝いを固辞しようとした。
だが、ラインハルト・マガド男爵の事を内心で馬鹿にしている男達は「大丈夫、大丈夫」と言って半ば無理矢理手を貸した。
ラインハルト・マガド男爵は男達にも苦言を言って追っ払おうとしたが、そもそも雇い主が他にいる者達である。
鼻で笑われるだけだった。
なので、ラインハルト・マガド男爵はクラーラを愛人にしようと思った。
だが、この男にそんな甲斐性があるわけもなく、クラーラはその為に他の男達の元に行ってしまう。
クラーラへの独占欲が満たされない苛立ち、自信のふがいなさの苛立ち、使用人風情の無礼な態度への苛立ち。
それらが爆発したラインハルト・マガド男爵はついにはクラーラの首を絞め、彼女の頭を何度も床に叩きつけてしまった。
クラーラの遺体は速やかに屋敷から運び出され、どこぞやに持って行かれた。
それにすがりついて泣いていたクリスティーナは、引き離されると屋敷から追い出された。
クリスティーナにとって、それでも幸運だったのは、ラインハルト・マガド男爵に幼女性愛の趣味がなかったことと、使用人の一人が哀れに思ったのか、比較的評判の良い孤児院に連れて行ってくれた事だろう。
そうでなければ、身よりの無い美しい少女がどのような目にあったか、想像に難くない。
クリスティーナが連れてこられたのは貧民街ルルシエにある孤児院であった。
貧民街にあるとはいえ、光神教団が運営する孤児院なので、それなりに平和な生活を送ることが出来た。
最初の頃は、理不尽な現実に泣いてばかりいたクリスティーナであったが、しばらくすると手伝いを積極的にやるようになった。
孤児院には自分と同じ境遇の、しかも、年下の子供も多かったからだ。
それに、体を動かしている方が、母クラーラがいなくなった悲しみを忘れることが出来た。
無理矢理にひねり出した笑顔で、年下の子供達の世話を焼いた。
クリスティーナは年下の子供達に好かれるようになっていった。
綺麗で面白いお姉ちゃんに、子供達はキャッキャと集まり、遊んで、お話しして、とねだり始めた。
そうすると、クリスティーナも無理矢理じゃない自然な笑みが溢れてくる。
そして夜、皆が寝静まった時にポロポロと涙をこぼした。
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