殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

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第十二章

婚約について当面の状態2

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 庭園に移動すると、東屋で本を読んでいるらしいクリスティーナを見付けた。
 クリスティーナも女に気がついたのか、表情をパッと明るくさせ、椅子から降りるとトコトコと近寄ってくる。
 エリージェ・ソードルはそれを満面の笑みで迎えた。
「ねえねえ、終わったの?」
 クリスティーナはそこまで言うと、第一王子ルードリッヒ・ハイセルや彼の従者達に気付いたのか、少し不安そうな顔をしながらエリージェ・ソードルの腕に手を絡ませた。
 エリージェ・ソードルはそんな少女に「大丈夫よ」と微笑みかけると、第一王子ルードリッヒ・ハイセルに振り返った。
「殿下、この子がクリスティーナです。
 どうですか?
 可愛らしいでしょう!」
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは顎に手をやり、しばらくクリスティーナを見つめていたが、少し困ったように微笑んだ。
「いや、可愛いとは思うけど……。
 なんというか、普通――じゃないかな?」
「まあ!?」
 エリージェ・ソードルは少し眉を寄せながら、クリスティーナの肩に手を回すと、少し前に出す。
「良く見てください!
 可愛いじゃありませんか!」
「いや!
 可愛いは可愛いよ!」
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルはその怒気に及び腰になりながら答える。

 第一王子ルードリッヒ・ハイセルのこの態度は致し方が無い面もあった。

 クリスティーナは確かに美少女である。
 ただ、その美しさはけして常識を超えるほどではない。
 仮に貴族令嬢のように磨き上げられていれば――多少は変わっていたかもしれないが……。
 平民である少女のそれは、ほとんど原石のままといっても過言では無かった。

 また、隣にいるのがエリージェ・ソードルだというのも問題であった。

 『オールマの白百合』とまで賞されたサーラ・ソードル、その容姿を受け継いだこの女は、絶世の美女と形容するに相応しい令嬢である。
 そんな女が隣にいるのだ。

 どうしても、クリスティーナでは見劣りしてしまうのだ。

 だが、自身の容姿についてそこまで理解できていないこの女は、『こんなに可愛い子のに!』と不満に思ってしまうのだ。

 少し険悪な雰囲気の中、クリスティーナがエリージェ・ソードルの腕をクイクイと引っ張った。
「ねえねえ、この人だぁ~れ?」
 余りにも無礼な態度に、第一王子側の従者が少し身じろぎをし、公爵家側の使用人達がギョッとした顔になる。
 温和な第一王子ルードリッヒ・ハイセルですら、思わず顔を引き攣らせた。
 ただ、エリージェ・ソードルは頓着せず、クリスティーナににっこり微笑んだ。
「この方は第一王子殿下よ。
 次期国王陛下になられる方でもあるので、クリスもきちんと覚えておくようにね」
「ふ~ん……」
と言うクリスティーナはそのままの姿勢で第一王子ルードリッヒ・ハイセルを見る。

 王族が前に現れたのであれば、平民は膝を突き、首を垂れなければならない。

 これは王国に、少なくとも王都に住んでいれば常識である。
 だが、放浪するように王都に来た母親、その後に付いてきたこの少女には、その辺りの知識が無い。
 本来であれば恐縮し、身を縮めなくてはならない場面であるにもかかわらず、不躾な視線を送り続けるのだ。
 そして、エリージェ・ソードルを見上げながら言った。
「なんか、浮気とかしてそうな王子様っぽい」
「あら?
 分かるの?」
「ちょっと!?」
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルが慌てるのもお構いなしに、クリスティーナは続ける。
「しかも、その理由が皆の為に忙しく働いている主人公の女の子が、自分の相手をしてくれず寂しかったとかいう身勝手なものなの。
 で、それを咎められると理不尽に逆上するの」
「……そうなのね」
「待って!
 何納得してるの!?」
「挙句の果てに、自分の行いを悔い改めもせずに、婚約破棄をチラつかせて婚約してる女の子を無理矢理言う通りにさせようとするの!」
「……殿下」
「いやいやいや!
 知らないから!
 そんな話、知らないから!」
 身に覚えの無い話で婚約者に冷たい視線を向けられ、まだ若い第一王子ルードリッヒ・ハイセルは焦っているのが丸わかりの表情で首を横にブンブン振る。
 そして、クリスティーナに向かって眉を怒らせた。
「君!
 流石に失礼じゃないかな!
 ユルゲンが病気で休んでなかったら、絶対叱責されてたよ!」
 ユルゲンとは、第一王子ルードリッヒ・ハイセルの従者でペルリンガー伯爵家の次男である。
 貴族主義の傾向が強い男で、確かにこの場にいればクリスティーナ平民のその態度を看過しないだろう。
 クリスティーナがビクリと震え、エリージェ・ソードルの影に縮こまるように体を寄せてきた。
 今度はエリージェ・ソードルが眉をググっと寄せた。
「殿下!
 この子を怖がらせるのは止めてください!
 それに、ユルゲンが何だというのです!
 あんな御託だけの風見鶏男、ペルリンガー伯爵家その家ごと、首を引っこ抜いてやりますわ!」
「エリー!?
 あれ、君、ユルゲンの事、そんなに嫌いなの!?」
 そこで、クリスティーナは内緒話をするように口元に手を当てながら、”普通の”音量で言う。
「エリ~ちゃん、エリ~ちゃん!
 温厚そう、優しそうな振りをして、自分の都合が良いように女の子を動かそうとするのが一番不誠実なんだって」
「まあ」
「ちょっと、誰が不誠実なの!
 いくらなんでも不敬すぎるよ!
 大体、君は平民だろう!
 エリーの事を愛称で呼ぶなど――」
「怖い……」とクリスティーナが自分の背後に隠れるのを見て、この女らしからぬ事に第一王子ルードリッヒ・ハイセルに対して声を荒げた。
「殿下!
 だから、怖がらせるのは止めてください!
 この子は平民ですが、わたくしの大切な子なのです!」
「いや、エリー!?
 だってほら!
 平民なのに――」
「っ!
 もう結構!
 行きましょう、クリス!」
 エリージェ・ソードルはクリスティーナの肩に手を回しながら後ろを向く。
 そして、ずんずんと屋敷の方に向かって歩き始めた。
「ちょ、エリー!?」
 呼び止める第一王子ルードリッヒ・ハイセルに対して、顔だけ振り返ったエリージェ・ソードルは険しい視線のまま、言う。
「本日は気分が悪いので失礼します。
 もう、婚約者でも無い女の元になど、来ないでください!」
 背後から必死に呼び止めようとする声が聞こえたが無視し、エリージェ・ソードルは荒々しい靴音を響かせながら、屋敷に入っていくのであった。

――

「くそぉぉぉ!
 何でこうなったのぉぉぉ!」
 王城に向かう馬車の中、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは頭を抱えて苦悩する。
 前に座る第一王子ルードリッヒ・ハイセルの従者、マリオ・レーヴも悩ましげに眼鏡の奥にある眉を寄せていた。
 従者マリオ・レーヴはレーヴ侯爵家の三男で、昨年、オールマ学園を主席で卒業した才子である。
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは幼い頃からよく知るこの若者を、兄のように慕っていた。
 だからこそと言うべきか、従者ユルゲン・ペルリンガー相手では見せない醜態も、この青年には見せていた。
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは自分の膝を叩きながら、怒鳴る。
「そもそも、なんだクリスティーナあの子は!?
 頭に来る!
 僕はこれでもこの国の王子だよ!?
 なのにあの子は……くそぉぉぉ!」
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルはエリージェ・ソードルが屋敷に入る時の、その隣にくっつくクリスティーナの表情を思い出して歯がみをする。
 顔だけ振り返ると、べ~っと舌を出していたのだ。

 オールマ王国で舌を相手に向かって出すのは、相手を馬鹿にする行為である。

 それで無くても、エリージェ・ソードルとの仲を引き裂こうとするような言動からのそれに、温厚な第一王子ルードリッヒ・ハイセルであっても、屈辱で震えが来るほどのものだった。
「生まれて初めて、僕は人が憎いと思ったよ!
 何なんだ、あの子はぁぁぁ!
 くそぉぉぉ!」
「とはいえ殿下、ご令嬢がお気に召しているものを貶すのは、良い手とは思えませんよ」
「ううう……。
 そうなんだけどさぁ……。
 だったら、どうしたら……」
 苦悩する第一王子ルードリッヒ・ハイセルに対して、従者マリオ・レーヴは少し言いづらそうな声色で、別の事を話し始める。
「殿下、申し訳ありません。
 二つほど、お伝えせねばならない事があります」
「え?
 なに?」
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルが顔を上げると、従者マリオ・レーヴは大事な事だからか、しっかりと視線を合わせながら丁寧な口調で話す。
「先ずは、ユルゲンについてです。
 彼は病気のために殿下の従者を辞する事となりました」
「はぁ!?
 そんなに重病なの!?」
 驚き目を見開く第一王子ルードリッヒ・ハイセルに対して、従者マリオ・レーヴは静かに答える。
「ペルリンガー伯爵からはそのように聞いています」
「そ、そうか……。
 そうなんだ……。
 早く良くなるといいね……」
 心配そうに視線を落とす第一王子ルードリッヒ・ハイセルに対して、従者マリオ・レーヴは沈痛な顔で言った。
「ご心配には及びません。
 先日、会いましたが、特に寝込んでいる訳でもありませんでしたから。
 ただ、当面は第一王子殿下の従者という大任を果たす事が厳しいとの事で、第二王子弟殿下の従者になるとの事でした」
「……はぁ?」
 視線を上げ、ポカンとする第一王子ルードリッヒ・ハイセルに従者マリオ・レーヴは苦悩の色を見せながら続ける。
「もう一つ、大変申し訳ございませんが、父レーヴ侯爵の命でわたしも従者の職を辞させて頂きます」
「マ、マリオ!?」
「レーヴ領で”大変な”事が起きたとの事で、わたしもその解決に当たれとの事です」
「え、ちょっと!?
 そ、それって……」
「殿下」
 従者マリオ・レーヴは膝の上で強く、自身の両手を握り合わせながら続けた。
「ソードル令嬢との婚約破棄は正式には行われておりません。
 行われていませんが――すでに、全貴族に知られたと考えて行動してください」
「え?
 で、でも、皆には口止めを……」
「殿下!
 人の口に戸は立てられません。
 仮に立てられても、仮に鍵をかけられても、殿下、貴族という人種はそれをこじ開けてしまうものなのです!」
 驚愕で口をパクパクさせる第一王子ルードリッヒ・ハイセルに対して、嚙んで含める様に、従者マリオ・レーヴは言葉を続ける。
「殿下!
 ソードル令嬢との婚約は破棄されてはなりません。
 殿下、殿下にとってあのご令嬢はあなたを守ってくださる女神でした。
 しかし、その絆が切れたとなれば……。
 女神から見捨てられた王子として、むしろ仇となり始めています」
 従者マリオ・レーヴは眉を寄せ、眼鏡の奥にある目に光るものを浮かべながら続ける。
「殿下!
 これからお側を離れる身でこのような事をお伝えするのは、大変失礼かと思います。
 ただ、これだけは言わせてください。
 殿下、ソードル令嬢です!
 ソードル令嬢と歩めるか否かで、殿下の全てが決まってしまいます!
 必ず、必ず婚約破棄を撤回させてください!
 必ずです!」
 必死の訴えに、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは目を大きく見開き、呆然とするしか無かった。
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