殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

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第十二章

とある侍女のお話4

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 それからも様々なことがあった。

 老執事ジン・モリタが倒れた。
 エリージェお嬢様が公爵代理になった。

 時にお嬢様が義母ミザラ・イーラを斬り付けるという暴挙に出て、侍女ミーナ・ウォールは震え上がった。
 時にどこからか平民の女の子を連れてきて可愛がり始め、侍女ミーナ・ウォールは目を丸くした。
 時に突然公爵領に戻ると言い出して、侍女ミーナ・ウォールは右往左往した。
 時に大騒ぎをしながら公爵領に着いたら、反逆があったとかで沢山の騎士が捕らえられたと聞かされて、侍女ミーナ・ウォールは仰天した。
 時に突然弟君おとうとぎみを水を張ったタライに叩き込むとか言い出し、なんとか回避されたとほっとしているのも束の間、弟君の家庭教師の手の甲に万年筆を突き立てて侍女ミーナ・ウォールを驚愕させた。
 時に叩くのが好きな侍女などと勘違いをされて、侍女ミーナ・ウォールは心外だと怒った。
 時に王都への帰り道、突然他領に行くと言い出し、しかも、帰ってきたと思ったら、そこに賊がいるからと兵を差し向けて、侍女ミーナ・ウォールを混乱させた。
 時に傷ついた他領の民に医療魔術を使用し助け、侍女ミーナ・ウォールを驚嘆させた。

 一つ一つが侍女ミーナ・ウォールの予想を遙かに超えたものであり、一つ一つが侍女ミーナ・ウォールでは到底届かない規模の話であった。

 だからこそと言うべきか、侍女ミーナ・ウォールは慣れてしまった。

 エリージェお嬢様という特殊な少女に。
 子供らしからぬ、少女らしからぬ、令嬢らしからぬ、お嬢様に。
 故に、疑問を持たなくなった。
 その日が来るまで。

 公爵領から王都に戻ってきてから数日が経った頃、エリージェお嬢様の婚約者である第一王子ルードリッヒ・ハイセルが公爵邸に訪問してきた。
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルはエリージェお嬢様が愛する婚約者で、表情を余り変えぬお嬢様が顔をほころばせる数少ない御方だった。
 訪問が伝えられると、屋敷の使用人達は歓迎の声で沸き上がった。

 日々苦労を重ねているお嬢様の最も望むべき方がいらっしゃった 

 使用人たちは自分のことのように嬉しくなったのだ。
 侍女ミーナ・ウォールもそうだった
 当たり前の、とまではいかないまでも、年頃のご令嬢らしく愛しい人との一時を楽しんでほしい。
 そう、心底思ったのである。

 ところがである。

 侍女ミーナ・ウォールの前で突然、エリージェお嬢様が泣き崩れた。
 正直、訳がわからなかった。
 形式上聞いてない事になってはいた侍女ミーナ・ウォールだったが、当然その場に控えていたので会話は耳に入っていた。
 その中でエリージェお嬢様がそこまで悲嘆にくれるような話は出ていなかったはずだった。
 そんな、見たことがないようなエリージェお嬢様の姿に、侍女ミーナ・ウォールは固まってしまった。

 とはいえ、エリージェお嬢様はただのご令嬢ではない。

 そんな状態にも関わらず、気丈にも立ち上がり自室に戻って行く。
 その後を、侍女ミーナ・ウォールはただ、従うしか無かった。

 だからさらに衝撃的なものを見ることなる。

 規律正しく何も無かったかのような姿勢で自室に向かっていたお嬢様が、少女クリスティーナに抱きついたのだ。
 侍女ミーナ・ウォールは何かが崩れ落ちるような錯覚を感じた
 この方は違う、特別――そう思い込んでいた
 だけど少女に抱きついたお嬢様は、ごく当たり前の温もりを欲していた
 当然だ、エリージェお嬢様はまだたった十才のご令嬢に過ぎないのだ。

 それぐらい、分かっていたはずなのに……。

 部屋に入ったエリージェお嬢様は椅子に座り、呆然としている。
 室内にはエリージェお嬢様と着替えを手伝う為に入った、侍女ミーナ・ウォールのみになっていた。
 侍女ミーナ・ウォールを背に座るエリージェお嬢様の、その両肩は、茶器を壊されたあの日の様に、とても小さく見えた。
 侍女ミーナ・ウォールは胸がぎゅっと締め付けられるような痛みを感じた。
「お嬢様……。
 あのぅ……」
 侍女ミーナ・ウォールの声があまりに小さく、届いてるように見えなかった。
 侍女ミーナ・ウォールは下唇を少し噛むと、声に力を入れる。
「お嬢様、わたし……。
 心を安らかにする方法を知っているのですが、お試しになりますか?」
「……何かしら」
 エリージェお嬢様の返事が聞こえる。
 それは、普段の張りのあるものとは違い、何処と無く弱々しかった。
 だが、それでもエリージェお嬢様は侍女の言葉に耳を傾けてくれる。

 このお嬢様はそういう方だった。

 侍女ミーナ・ウォールは息を一つ呑む。
 そして、意を決したように目に力を入れた。
「母からよくやってもらったんです。
 ……抱擁しなくてはならないのですが……」
「それでこの苦しいのがおさまるの?」
「はい!」
「……」
 少しの沈黙の後、「じゃあお願いするわ」とエリージェお嬢様は答えた。
「ではその……。
 立っていただいてもよろしいでしょうか?」
 エリージェお嬢様は立ち上がる。
 そして、侍女ミーナ・ウォールに向き直った。
 表情は無い。
 だがやはり、何処となくかげって見える
 侍女ミーナ・ウォールは一瞬の躊躇の後に、お嬢様の、その自身より幾分小さい体を抱きしめた。

 ギュッと抱きしめた。

 母親にしてもらった時のように。
 出来るだけ心を込めて抱きしめた。
 この方が安らかになりますように。
 この方が幸せになりますように。
 この方が報われますように。
 そんな思いを込めながら、一生懸命お嬢様を温めた。

 しばらくすると侍女ミーナ・ウォールは静寂が堪えきれなくなり、訊ねた。

「ど、どうでしょうか?」
 すると、胸元から顔を上げたエリージェお嬢様が目を丸くしながら言った。
「ミーナ、あなた凄いわね!
 あなたにこんな能力があるなんて」
「え?
 能力?」
 ポカンとする侍女ミーナ・ウォールをそのままに、エリージェお嬢様は少し力を入れて抱きしめてくる。
「何だか、あなたにこうして貰うと凄く落ち着くわ。
 何かしら、こんなの初めてだわ」

(あ……)

 侍女ミーナ・ウォールは気付く。
 気付いてしまう。

 この方はこうして大人に抱きしめて貰ったことが無いんだ。

 抱きしめて貰ったことが無いから、知らないんだ。

 知らないからこそ、”欲しがることも”無い。

 侍女ミーナ・ウォールは沸き上がる感情を必死に抑えた。
 目が痛くなり、こぼれ落ちそうなものを下唇を噛んで必死に堪えた。
 それは表に出してはいけない。
 そう思われていることを、悟らせてはいけない。

 そのようなこと、この誇り高きご令嬢を貶すに等しい行いだ。

 だから、侍女ミーナ・ウォールはぎこちなくだが微笑む。
 そして、言った。
「お嬢様が落ち着くのであれば、毎日でもして差し上げましょうか?」
 それに対して、体を離したエリージェお嬢様は顎に手をやり、少し考えている。
 そして、侍女ミーナ・ウォールを見上げて頷いた。
「そうね、その時は宜しくね」


 エリージェお嬢様の自室を辞してから、侍女ミーナ・ウォールは廊下を静かに歩く。
 視界が滲むが、なんとか堪える。
 幾人かの使用人が侍女ミーナ・ウォールに気付き、ギョッと目を見開き、声を掛けてくる。
 侍女ミーナ・ウォールはそれに対応しながら思う。

 あの方を守って差し上げようと、あの方に心の安らぎを感じて頂けるようにしようと。

 それが、自分の使命であると、侍女ミーナ・ウォールは握る手に力を入れるのであった。
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