殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

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第十一章

婚約の意味

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 王城にある国王政務室にて、十歳になり、最近ではそれなりの所作が出来るようになった……はずの第一王子ルードリッヒ・ハイセルが長椅子の中央で小さくなり、ガクガクと震えている。
 それを一人掛けの椅子に座り、傲然と眺める男がいた。

 国王オリバーである。

 一通りの説明を受けた盛年せいねんの王は、端正な顔に柔らかな微笑を浮かべていた。
 新任の侍女などはこの表情が向けられただけで卒倒しそうになる、そんな美しくも艶やかなものであった。

 だが、この王が”容赦の無い”事をする時は決まって、このように微笑むことを知っている第一王子ルードリッヒ・ハイセルは涙目で怯えるのであった。

「で?
 婚約破棄をされたルードリッヒは、何もせずに帰ってきたのかな?」
「あ、あの、エリーは体調が、その、悪そうでしたので……。
 ご、後日訪問すると……。
 その、モリタ夫人にも……」

 実際、第一王子ルードリッヒ・ハイセルの行動自体はそこまで間違っていない。
 婚約破棄を言い渡した時のエリージェ・ソードルは明らかに”異常”だった。
 そんな状態で問いただすのは、失礼以前の対応だ。
 それに、侍女長シンディ・モリタにも『後日に説明するように伝えておきますので』と頭を下げられたのだ。

 引き下がって帰るのも、仕方がないというものだと、国王オリバーとて理解は出来た。

 あえて指摘をするならば、第一王子ルードリッヒ・ハイセルにしても、侍女長シンディ・モリタにしても、エリージェ・ソードルという女の即断即行を甘く見ていたことだろう。
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルが王宮に戻って来る前にエリージェ・ソードルからの書状が王城に届き、婚約破棄の件が国王オリバーに知られることになったのだ。
(そこまで予知できたのであれば、この子も無防備な状態で詰問も受けなかっただろうにな)
 多少、哀れに思わなくもないが、この王はそれで手を抜く事はしない。
「ほう、そうか。
 それで、婚約破棄は撤回されるのかな?」
「いえ、あの、ど、努力はします。
 あ、ただ、婚約は家同士の事なので、一方的には無理……ですよね?」
「ふむ」
 国王オリバーは笑みをひっこっめると、口元に手をやり考える。

 エリージェ・ソードルからの書状には謝罪の言葉と共に理由も書かれていた。

(自分がそばにいると、ルードリッヒに害を与えてしまうかもしれない……か)
 これは”前回”の事が書かれているのだが、この聡い国王であっても、そこまでは流石にたどり着けない。

 代わりに別のことに思い当たった。

(ソードル夫人やコッホ夫人を傷つけた事か?
 エリーもまだ子供だ。
 確かに我を忘れて”あれ”をやったのであれば、自分自身が怖くなるかもしれない。
 それが、ルードリッヒに向くと思うと……か)
 国王オリバーは視線を第一王子ルードリッヒ・ハイセルに戻す。
 愚鈍では無いにしても鋭敏とは言えない息子は、それだけでビクリと震えた。
 そんな様子に内心で嘆息しながら、国王オリバーは訊ねる。
「ルードリッヒ、お前とエリーの婚約は初め、エリー自身に断られたんだよ」
「え?
 エリーが?
 な、何故?」
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは王族としてあるまじき事に、動揺を表に出しながら呟く。
 婚約前から親しみを前面に出すエリージェ・ソードルの言動から、彼女自身も望んでいたのだと思い込んでいるのだろう。

 その短慮に国王オリバーも、”息子につられて”笑みを浮かべた。

 その表情から”正しく”読みとった第一王子ルードリッヒ・ハイセルは、顔をひきつらせ、「ひぃ!?」と声を漏らした。
 怯える息子にひとしきり微笑んでいた国王オリバーは、一つ息を漏らして、先を続ける。
「あの子は自身の心情を天秤に置かない。
 公爵領の為であれば、なおさらだ。
 婚約の話を打診した時に、はっきり言ったよ。
マヌエルが公爵領を継ぐまで、婚約も結婚もするつもりはありません』とね」
 そこで、国王オリバーは言葉を切る。
(あの年であの責任感……。
 いったいどんな育てられ方をしたら彼処までになれるのか……)
 国王オリバーは心の中で呟く。
 明らかに”普通”ではない育てられ方をした少女、そんな彼女に対して何もしないばかりか、都合の良いように誘導することばかり考える。
 国王オリバーにして、自身の胸くそ悪さに辟易とした。

 だが、この王は先を続ける。

 止まることが出来ない事態には嫌になるぐらい慣れていた。
「そこで、何とか受けてもらえる様にと付けた条件が、”婚約を一方的に破棄できる”というものだ」
「えええ!?
 そ、そんな条件が!?
 それでは……」
「そうだよ」と国王オリバーはニッコリ微笑む。
「つまり、お前とエリーの婚約破棄は、すでに成されたに等しいのだよ」
「そ、そんな……」
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは呆然とする。
 そんな息子を眺めながら、国王オリバーは訊ねる。
「ルードリッヒ、何故、エリーがそうまでしてお前の婚約者として請われたのか分かるか?」
「え?
 あ、あのう、僕にソードル家の後ろ盾をつけるため、ではないのですか?」
「なるほど、なるほど」と国王オリバーはうれしそうに微笑む。
「つまり、ルードリッヒは将来、ルーベ卿に守ってもらおうというのだな?
 それとも、マヌエル君にかな?」
「え!
 その!?」
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは慌てる。
 ルーベ・ソードルはろくに働かず、エリージェ・ソードルに追放引退とされた愚か者だし、マヌエル・ソードルは第一王子ルードリッヒ・ハイセルより年下の少年だ。

 後ろ盾としては、明らかにふさわしくない。

 笑みを濃くした国王オリバーが続ける。
「そもそも、おかしいとは思わなかったのかな?
 王妃とエリーは叔母と姪の関係だ。
 近すぎる血族を忌避する王家の通例に従えば、ルマ家、ソードル家とは離れた貴族から選出されることが望ましい。
 しかも、先ほど話があったように、現在のソードル家は十歳そこらの令嬢が公爵代行をやっているほど不安定な状態だ。
 そんな家の中心となっているエリーを引き抜くのだよ。
 ルードリッヒ、お前はそこに不自然さを感じなかったのかな?」
「あ、その、も、申し訳ございません……。
 そこまでは、考えておりませんでした……」
 第一王子ルードリッヒ・ハイセルはしどろもどろになりながら謝罪をする。
 そして、意を決したように訊ねて来た。
「父上!
 それでもなお、エリーを僕の嫁にと望んだ訳を教えてください」
「……」
 国王オリバーは無表情になり、少しの間、己の息子を見つめる。
 そして、口を開いた。
「ルードリッヒ、エリーは、あの子はこのまま行けば必ず手の付けられないほどの”人物”になる」
 余りにも抽象的な内容に、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは困惑する。
 だが、国王オリバーは気にせず続ける。
「あの子は飛び抜けた才があるわけではない。
 想像力や発想力が優れているわけでも、何でも簡単にこなす事が出来る要領も無い。
 だがなルードリッヒ、常人では考えられないほどの”もの”を、エリーは持っているんだ」
「そ、それは?」
「強烈なほど強い責任感と達成意欲だよ。
 その二点において、あの子以上の者に会った事がない。
 わたしも、それらを人並み以上には持っていると自負していたのだがな。
 あの子の言動を見て、自分がいかに甘いか思い知ったよ」
「父上が!?」
 国王オリバーは重々しく頷く。

 これは、この王の本心からの言葉だ。

 エリージェ・ソードルという女の本質をもっとも正しく理解していたのは、国王オリバーだろう。
 少なくとも、その事であの女を畏怖の対象としていたのは、”この時点”ではこの王しかいない。

 祖父マテウス・ルマも家令マサジ・モリタも老執事ジン・モリタも気付かない。
 時にやり過ぎる事はあっても、幼いながらに公爵領の執務を”普通”にこなす事が出来る令嬢――その域を逸脱しているとは思いもよらない。
 なまじ女が凡庸な才覚をしているだけに気付かないのだ。

 エリージェ・ソードルという化け物が殻を破るその日まで。

「ルードリッヒ良いか?
 あの子が将来、何を”やらかす”のかまでは分からない。
 だが、恐らくその日はやってくるだろう。
 ルードリッヒ、あの子はその時にソードル家の者であってはならない。
 ルマ家でも駄目だ。
 まして、他の大貴族の家であっても駄目だ。
 ルードリッヒ、あの子のやることが良いことであれ、”悪い”ことであれ、その時のあの子はハイセル家の者でなければならないのだ。
 婚約破棄は絶対に撤回されなくてはならない。
 絶対にだ」
「は、はい!
 分かりました!」
 そんな第一王子ルードリッヒ・ハイセルに対して、国王オリバーはニッコリ微笑む。
「ルードリッヒ、お前が駄目なら、エリーはクリスティアンの元に来てもらう」
「え?」
 驚愕する第一王子ルードリッヒ・ハイセルに穏やかな表情で言った。
「何を驚いているのかな?
 エリーをハイセル家に迎えるのに、別に、お前の所じゃなくても良いだろう?」
「え、いや、それは……」
 ドギマギする第一王子ルードリッヒ・ハイセルに対して、国王オリバーは笑みを浮かべたまま目を細めて言う。
「ルードリッヒ、お前、王立植物園の代りに王宮の庭園の散策を提案したそうじゃないか」
「え!?
 そ、それは……」
「ルードリッヒ、女は時に鋭い。
 出向くのが面倒になったからといって下らん戯言たわごとで煙に巻いている様では、婚約破棄も早いか遅いかの問題だったのかもね。
 ただそうなると、王位継承別の問題も発生するわけだが……」
「ち、父上!」
「まあ、わたしはどちらでも良いよ?
 どちらも、わたしの可愛い子だからね」
 満面の笑みを浮かべる国王オリバーに、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは震え上がるのであった。
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