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第十一章
前回の第一王子ルードリッヒ・ハイセル2
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二学年となり、婚約者エリージェ・ソードルが学院に戻ってきた。
ようやく訪れるだろう甘い生活を夢見ながら胸を高鳴らせる第一王子ルードリッヒ・ハイセルであったが、またしても失望する事となる。
新入生の中に、とんでもない令嬢がいたのだ。
彼女は名をイルゼ・アロフスという。
辺境の小さな領を治める男爵家の令嬢であった。
小貴族の中の最底辺とも呼べる貴族の令嬢で、容姿も王都の中では特に目立つ訳でもない彼女である。
本来で有れば見向きもされないはずであったが、王都では彼女の名は広く知れ渡っていた。
発明令嬢――奇抜な商品を発明することで有名な少女だった。
そんな、多くの注目を浴びながら入学した彼女だったが、より驚きを持って視線を集めることとなる。
イルゼ・アロフス男爵令嬢、身分など歯牙にかけぬ態度で子息達に声をかけた。
婚約者がいようが、家格が上だろうが、全く関係なく手当たり次第にだ。
平民でもあり得ないその行動に、大半の者が眉をひそめた。
だが、イルゼ・アロフスという令嬢には、彼女の商品を愛好する貴族婦人達が後ろ盾となっていたので、話を非常にややこしくしたのだった。
だが、それも一月ほどで終わる。
イルゼ・アロフスは当たり前のように第一王子ルードリッヒ・ハイセルにも色目を使い、そして、それをエリージェ・ソードルに見つかり……。
ぼこぼこにされた、イルゼ・アロフスは”自主”退学をして、この問題は収まることとなる。
ところがである。
その数日後、婚約者エリージェ・ソードルは学院を離れていった。
またしても、例の紙の製造の件であった。
やっと、やっと、楽しい学院生活になると思っていた所に、イルゼ・アロフス男爵令嬢にかき回されてからの、この”仕打ち”である。
「くそぉ!
何故だぁ!」
第一王子ルードリッヒ・ハイセルにしては珍しく、声を荒げた。
別に身の丈に合わない望みでは無い。
多くの子息、子女が当然のように享受している、ごくありふれた幸せが、余りにも、余りにも、遠く感じた。
膝を付き、己の太股を叩いた所で致し方がないと、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは自分自身を擁護した。
そんなうなだれる第一王子ルードリッヒ・ハイセルであったが、ある少女との交流で少し持ち直す。
少女の名をクリスティーナ・ルルシエという。
王都で疫病が猛威をふるった際、身に宿る強大な魔力と無償の善意とで、貧民街の人間を救った少女である。
その恐るべき功績とそこに住む者達の熱い支持もあり、光神教団から正式に聖女の称号を与えられている。
学年は第一王子ルードリッヒ・ハイセルの一つ下で、イルゼ・アロフス男爵令嬢が余りにも強烈だったので掠れ気味だったが、注目すべき新入学生であった。
聖女クリスティーナ・ルルシエは壮絶な半生とは裏腹に、とても無邪気に笑う美しい少女であった。
平民であったが、貴族社会にスレてない裏表のない性格をしていて、熱心な教徒以外にも彼女の友達は意外なほど多かった。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルはイルゼ・アロフス男爵令嬢とのごたごたの最中に知り合った聖女クリスティーナ・ルルシエと、時折、話をするようになった。
初めの内は、廊下ですれ違った時の一言二言ぐらいだった。
だがその内、庭園でのお茶に誘うようになったりもした。
聖女クリスティーナ・ルルシエの優しさや、平民らしい奔放な考えを聞く中で、寂しさが和らぐ気がした。
とはいえ、二人きりで会った訳ではない。
幼なじみであるオーメスト・リーヴスリーや婚約者の弟であるマヌエル・ソードルなども誘っていた。
その辺りは、次期国王候補として、当然、慎重に行った。
聖女クリスティーナ・ルルシエも婚約者の事を気にしたそぶりを見せていた。
だが、第一王子ルードリッヒ・ハイセルが『わたしの許嫁はそのようなこと気にしないよ』と笑い、婚約者エリージェ・ソードルの良い所を沢山上げていった。
そんな様子に、聖女クリスティーナ・ルルシエは『胸焼けしそう』と楽しげに笑った。
だが、そんな目立つ若者達を、人々は放っておかなかった。
殿下達は聖女にご執心
そんな噂が、学園中に流れた。
だが、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは動じなかった。
聖女クリスティーナ・ルルシエは素敵な女性だとは思っていたが、婚約者エリージェ・ソードルに取って代わるほどの存在ではなかった。
また、周りも噂をしてはいたが、どちらかというと面白半分に風評している感があった。
なので、仮に婚約者エリージェ・ソードルが気にしたとしても、柔らかく抱きしめ、『君しか見てないよ』と囁けば済む話だと第一王子ルードリッヒ・ハイセルは楽観していた。
むしろ、噂が婚約者の耳にはいることを心のどこかで望んでいた。
そうすれば、焦ってくれるかもしれない。
大切な婚約者を取られないようにと、そばにいてくれるかもしれない。
そこまでしなくても、わたしとの関係を改めてくれるかもしれない。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルはそう考え、ほくそ笑んだ。
ところがである。
事態は思いも寄らない方向に突き抜けていく。
婚約者エリージェ・ソードルが火かき棒で、聖女クリスティーナ・ルルシエに殴りかかったのである。
それは、たまたまいたオーメスト・リーヴスリーによって防がれたが、もし彼がいなければ、聖女クリスティーナ・ルルシエは確実に殺されていたとの事だった。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルは信じられなかった。
婚約者エリージェ・ソードルは確かに、ただの令嬢とは違い攻撃する術を持っていた。
実際、イルゼ・アロフス男爵令嬢を自ら痛め付けてもいた。
だが、それが振るわれるのは度が過ぎた行動を取られた時であり、件の男爵令嬢にしてもやり過ぎなほど痛め付けてはいたが、立場を加味したら、理解できる範疇でもあった。
しかし、聖女クリスティーナ・ルルシエを殺害しようとするのは、それを明らかに超える行動であった。
しかもである。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルが慌てて駆けつけた先で見たのは、黒いもやを操り、聖女クリスティーナ・ルルシエの友人らに拷問まがいの事をして行く先を聞き出そうとする婚約者エリージェ・ソードルの姿だった。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルは混乱した。
婚約者が何故そんなに憤っているのか、何故にそこまで聖女クリスティーナ・ルルシエの殺害にこだわるのか、全く理解が出来ぬまま、それでもとにかく落ち着かせようと言葉を尽くした。
「エリー、誤解なんだ!
クリスティーナは何も悪くないんだ!
だから、落ち着いて!」
婚約者エリージェ・ソードルは自分の事を愛している。
だから、少なくとも自分の言葉だけは聞いてくれる。
そう信じていた、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは必死に言葉を紡いだ。
だけど、止まらない。
何故か、止まらない。
荒れ狂う暴風のように、婚約者エリージェ・ソードルは聖女クリスティーナ・ルルシエを捜し回る。
(何故だ、何故止まってくれないんだ!)
第一王子ルードリッヒ・ハイセルは苛立つ。
(わたしはエリーが好きで、エリーもわたしが好き。
そうなんだから、こんなこと意味ないじゃないか!)
事態が大きくなる事による焦燥感もあったのだろう。
だが何よりも、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは甘えていた。
婚約者の愛に、婚約者の尊敬に、婚約者の敬愛に……。
だから言ってしまう。
婚約者エリージェ・ソードルが何に怒り、婚約者エリージェ・ソードルが何に焦り、そして、その奥底に燻らせる恐怖の理由に気付いてさえいれば――けして言うはずの無い言葉を。
真剣に向かい合ってさえいれば、絶対に言うはずの無い言葉を言ってしまう。
誰よりも評価してくれ、誰よりも支えてくれ、誰よりも愛してくれた、最愛の婚約者に言ってしまう。
「これ以上続けると、婚約破棄をする!」
それが自分の愛する人、その心を壊すほどのものとも知らずに。
ようやく訪れるだろう甘い生活を夢見ながら胸を高鳴らせる第一王子ルードリッヒ・ハイセルであったが、またしても失望する事となる。
新入生の中に、とんでもない令嬢がいたのだ。
彼女は名をイルゼ・アロフスという。
辺境の小さな領を治める男爵家の令嬢であった。
小貴族の中の最底辺とも呼べる貴族の令嬢で、容姿も王都の中では特に目立つ訳でもない彼女である。
本来で有れば見向きもされないはずであったが、王都では彼女の名は広く知れ渡っていた。
発明令嬢――奇抜な商品を発明することで有名な少女だった。
そんな、多くの注目を浴びながら入学した彼女だったが、より驚きを持って視線を集めることとなる。
イルゼ・アロフス男爵令嬢、身分など歯牙にかけぬ態度で子息達に声をかけた。
婚約者がいようが、家格が上だろうが、全く関係なく手当たり次第にだ。
平民でもあり得ないその行動に、大半の者が眉をひそめた。
だが、イルゼ・アロフスという令嬢には、彼女の商品を愛好する貴族婦人達が後ろ盾となっていたので、話を非常にややこしくしたのだった。
だが、それも一月ほどで終わる。
イルゼ・アロフスは当たり前のように第一王子ルードリッヒ・ハイセルにも色目を使い、そして、それをエリージェ・ソードルに見つかり……。
ぼこぼこにされた、イルゼ・アロフスは”自主”退学をして、この問題は収まることとなる。
ところがである。
その数日後、婚約者エリージェ・ソードルは学院を離れていった。
またしても、例の紙の製造の件であった。
やっと、やっと、楽しい学院生活になると思っていた所に、イルゼ・アロフス男爵令嬢にかき回されてからの、この”仕打ち”である。
「くそぉ!
何故だぁ!」
第一王子ルードリッヒ・ハイセルにしては珍しく、声を荒げた。
別に身の丈に合わない望みでは無い。
多くの子息、子女が当然のように享受している、ごくありふれた幸せが、余りにも、余りにも、遠く感じた。
膝を付き、己の太股を叩いた所で致し方がないと、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは自分自身を擁護した。
そんなうなだれる第一王子ルードリッヒ・ハイセルであったが、ある少女との交流で少し持ち直す。
少女の名をクリスティーナ・ルルシエという。
王都で疫病が猛威をふるった際、身に宿る強大な魔力と無償の善意とで、貧民街の人間を救った少女である。
その恐るべき功績とそこに住む者達の熱い支持もあり、光神教団から正式に聖女の称号を与えられている。
学年は第一王子ルードリッヒ・ハイセルの一つ下で、イルゼ・アロフス男爵令嬢が余りにも強烈だったので掠れ気味だったが、注目すべき新入学生であった。
聖女クリスティーナ・ルルシエは壮絶な半生とは裏腹に、とても無邪気に笑う美しい少女であった。
平民であったが、貴族社会にスレてない裏表のない性格をしていて、熱心な教徒以外にも彼女の友達は意外なほど多かった。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルはイルゼ・アロフス男爵令嬢とのごたごたの最中に知り合った聖女クリスティーナ・ルルシエと、時折、話をするようになった。
初めの内は、廊下ですれ違った時の一言二言ぐらいだった。
だがその内、庭園でのお茶に誘うようになったりもした。
聖女クリスティーナ・ルルシエの優しさや、平民らしい奔放な考えを聞く中で、寂しさが和らぐ気がした。
とはいえ、二人きりで会った訳ではない。
幼なじみであるオーメスト・リーヴスリーや婚約者の弟であるマヌエル・ソードルなども誘っていた。
その辺りは、次期国王候補として、当然、慎重に行った。
聖女クリスティーナ・ルルシエも婚約者の事を気にしたそぶりを見せていた。
だが、第一王子ルードリッヒ・ハイセルが『わたしの許嫁はそのようなこと気にしないよ』と笑い、婚約者エリージェ・ソードルの良い所を沢山上げていった。
そんな様子に、聖女クリスティーナ・ルルシエは『胸焼けしそう』と楽しげに笑った。
だが、そんな目立つ若者達を、人々は放っておかなかった。
殿下達は聖女にご執心
そんな噂が、学園中に流れた。
だが、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは動じなかった。
聖女クリスティーナ・ルルシエは素敵な女性だとは思っていたが、婚約者エリージェ・ソードルに取って代わるほどの存在ではなかった。
また、周りも噂をしてはいたが、どちらかというと面白半分に風評している感があった。
なので、仮に婚約者エリージェ・ソードルが気にしたとしても、柔らかく抱きしめ、『君しか見てないよ』と囁けば済む話だと第一王子ルードリッヒ・ハイセルは楽観していた。
むしろ、噂が婚約者の耳にはいることを心のどこかで望んでいた。
そうすれば、焦ってくれるかもしれない。
大切な婚約者を取られないようにと、そばにいてくれるかもしれない。
そこまでしなくても、わたしとの関係を改めてくれるかもしれない。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルはそう考え、ほくそ笑んだ。
ところがである。
事態は思いも寄らない方向に突き抜けていく。
婚約者エリージェ・ソードルが火かき棒で、聖女クリスティーナ・ルルシエに殴りかかったのである。
それは、たまたまいたオーメスト・リーヴスリーによって防がれたが、もし彼がいなければ、聖女クリスティーナ・ルルシエは確実に殺されていたとの事だった。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルは信じられなかった。
婚約者エリージェ・ソードルは確かに、ただの令嬢とは違い攻撃する術を持っていた。
実際、イルゼ・アロフス男爵令嬢を自ら痛め付けてもいた。
だが、それが振るわれるのは度が過ぎた行動を取られた時であり、件の男爵令嬢にしてもやり過ぎなほど痛め付けてはいたが、立場を加味したら、理解できる範疇でもあった。
しかし、聖女クリスティーナ・ルルシエを殺害しようとするのは、それを明らかに超える行動であった。
しかもである。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルが慌てて駆けつけた先で見たのは、黒いもやを操り、聖女クリスティーナ・ルルシエの友人らに拷問まがいの事をして行く先を聞き出そうとする婚約者エリージェ・ソードルの姿だった。
第一王子ルードリッヒ・ハイセルは混乱した。
婚約者が何故そんなに憤っているのか、何故にそこまで聖女クリスティーナ・ルルシエの殺害にこだわるのか、全く理解が出来ぬまま、それでもとにかく落ち着かせようと言葉を尽くした。
「エリー、誤解なんだ!
クリスティーナは何も悪くないんだ!
だから、落ち着いて!」
婚約者エリージェ・ソードルは自分の事を愛している。
だから、少なくとも自分の言葉だけは聞いてくれる。
そう信じていた、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは必死に言葉を紡いだ。
だけど、止まらない。
何故か、止まらない。
荒れ狂う暴風のように、婚約者エリージェ・ソードルは聖女クリスティーナ・ルルシエを捜し回る。
(何故だ、何故止まってくれないんだ!)
第一王子ルードリッヒ・ハイセルは苛立つ。
(わたしはエリーが好きで、エリーもわたしが好き。
そうなんだから、こんなこと意味ないじゃないか!)
事態が大きくなる事による焦燥感もあったのだろう。
だが何よりも、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは甘えていた。
婚約者の愛に、婚約者の尊敬に、婚約者の敬愛に……。
だから言ってしまう。
婚約者エリージェ・ソードルが何に怒り、婚約者エリージェ・ソードルが何に焦り、そして、その奥底に燻らせる恐怖の理由に気付いてさえいれば――けして言うはずの無い言葉を。
真剣に向かい合ってさえいれば、絶対に言うはずの無い言葉を言ってしまう。
誰よりも評価してくれ、誰よりも支えてくれ、誰よりも愛してくれた、最愛の婚約者に言ってしまう。
「これ以上続けると、婚約破棄をする!」
それが自分の愛する人、その心を壊すほどのものとも知らずに。
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