殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

文字の大きさ
上 下
55 / 126
第十一章

婚約者からの先触れ

しおりを挟む
 ”前回”のこの時期、エリージェ・ソードルは忙殺されていた。

 それは、父ルーベ・ソードルが死んだことが大きな要因となっている。
 対外的には病気療養とされたのだが、突然、社交場から居なくなったことで大騒ぎとなったのだ。
 そして、王都公爵邸には様々な者達が押し寄せることとなる。

 曰く、ルーベ様と何々の約束をしていて。
 曰く、ルーベ様が何々を購入する事になっていて。
 曰く、ルーベ様が妾にしてくれると言ってくれて。
 曰く、曰く、曰く。

 ひょっとしたら、父ルーベ・ソードルの死を何となく察していたのかもしれない。
 群がるように、公爵家に人々がやってきた。

 中には、指輪印が押された契約書付きの正当なものもあったが、口約束とも言えない下らない話を真面目クサった顔で持ってくる者もいた。

 その時のエリージェ・ソードルはたかだか十歳の小娘である。

 生真面目な性格も災いし、一つ一つを馬鹿正直に対応していた。
 その事で、ただでさえ混乱する公爵邸の執務が滞る要因となった。
 あまりの状況に見かねた、祖父マテウス・ルマが割って入り、エリージェ・ソードルは一旦、公爵領に戻ることとなった。

 そこで勃発したのが、騎士達の反乱である。

 道中、その報を受けたエリージェ・ソードルは王都に戻らざる得なかった。
 そして、ブルクの公爵邸奪還と隣接する三国に対応するため、方々に働き回らざる得なかった。

 まさに、寝る間を惜しんでである。

 そうして、何とかブルクの公爵邸を取り戻し、ようやく戻ることの出来た女が目にしたものは、悲惨な現実であった……。

 ところがである。

 ”今回”はまだ父ルーベ・ソードルは生きている。
 なので、前記の様に人々は押し掛けてきていない。
 それに、”前回”を経験して十七歳まで生きた女である。

 仮に押し掛けてきても、”全員”、蹴散らしたことだろう。

 そして、反乱も未然に防がれた。
 ”前回”苦しめられた人手不足も解消している。
 そうでなくても、”前回”を知る女は様々な問題に対して、反省を生かして対応している。
 結果、”前回”では考えられないことであったが……。

 暇になった。

 どれくらい暇かというと、午前中、少し執務をしただけで、午後はクリスティーナと庭園の芝に転がるぐらい暇になった。
 大きな日除け傘の下、「ふにゃぁ~」と言いながら転がるクリスティーナの横で、令嬢にあるまじき事にエリージェ・ソードルも「フフフ」と一緒に横になった。
 ”前回”、一度も行うことの無かった”それ”に、エリージェ・ソードルは何やら訳も分からず楽しくなった。

 そんな様子に、侍女長シンディ・モリタは苦笑し、「ご令嬢が地面に横になるなんて」とボヤいたが、止めるまではしなかった。

「ねえねえ、おじょ~様!
 新しいご本、届くの今日だっけ!?」
 クリスティーナが寝転んだまま、エリージェ・ソードルの左腕に自分の右腕を絡めながら訊ねてくる。
 エリージェ・ソードルは少し考えた後に、笑顔で頷いた。
「ええ、確か今日、届く予定になってたはずよ。
 何て本だったかしら」
「えとねぇ、王女様と騎士様のお話!」
「そうなの?
 ……それって、おもしろいの?」
「素敵!」
「素敵?」
「素敵!」
「そ、そうなの?」
 キラキラと瞳を輝かせるクリスティーナの勢いに、エリージェ・ソードルは気圧される。
 クリスティーナの読む本は童話などから恋愛ものに変わり、この少女は最近、やれお姫様だ、やれ王子様だとハシャいでいた。
「ねえねえ、おじょ~様!
 ご本届いたら読んでね!」
「はいはい、分かったわ」
 エリージェ・ソードルは柔らかく微笑むと、クリスティーナの髪を優しく撫でた。
 薄金色のそれはとても滑らかで、エリージェ・ソードルは少し癖になっていた。

 そこに、侍女長シンディ・モリタが早足で近づいて来る。

 常に厳格さを尊ぶこの老婦人にしては珍しく、どことなく浮ついた雰囲気があった。
「お嬢様、失礼します」
「何かしら?」
「第一王子殿下から先触れが参りました。
 四刻ほど後に、訪問したいとのことでございます」
「殿下が!」
 エリージェ・ソードルはバッと上半身を起こす。

 その表情には喜色が溢れていた。

 侍女長シンディ・モリタの表情が柔らかくなる。
「はい。
 いかがしましょうか?」
「先触れにはお待ちしておりますと、伝えて頂戴。
 あと、お迎えの準備もお願いね」
「畏まりました」
 侍女長シンディ・モリタは深々と頭を下げた後、離れていく。
「殿下が……」
 嬉しそうに微笑むエリージェ・ソードルに、側にいる侍女ミーナ・ウォールや女騎士ジェシー・レーマー達が言葉にはしないまでも温かな視線を送ってきた。

 ただ、クリスティーナだけが小首を捻りながら訊ねてくる。

「おじょ~様、デンカって?」
「ん?
 ああ、この国の王子様の事よ」
 エリージェ・ソードルが分かりやすく言うと、クリスティーナが目を丸くする。
「王子様!?
 なんで、王子様が来るの!?」
「それは、第一王子殿下はわたくしの婚約者だからよ」
「えええ!?」
 クリスティーナは目を見開く。
「おじょ~様って、王女様なの!」
「え?
 王女様?」
 エリージェ・ソードルは少し言いよどむ。
 国の貴族という括りに入ってはいるが、ソードル家はどちらかというと従属国に近い立ち位置にある。
 なので、エリージェ・ソードルを王女と形容しても、完全には間違いではないのだが……。

 エリージェ・ソードルは首を横に振って否定する。

「クリス、わたくしは王女様ではないわ。
 ただの令嬢、まあ、あえて言えば姫様かしら」
「姫様!
 すごぉ~い!」
 クリスティーナが興奮気味に言う様子に、エリージェ・ソードルは(可愛いわね)と柔らかく微笑む。

 そこで、”前回”を思いだし、少し考える。

 そして、エリージェ・ソードルは探るようにクリスティーナに訊ねた。
「ねえクリス、あなた、殿下に会いたい?」

 ”前回”のクリスティーナは女から、第一王子ルードリッヒ・ハイセルを奪っている。
 なので、不安になったのだ。

 ところがである。

 クリスティーナは「無理無理!」と笑いながら手を振る。
 そして、言い切った。
「クリスじゃあ、王子様に不敬ふけ~しちゃうよ!」
「そう?」
「うん!
 絶対無理!」
 エリージェ・ソードルは手を顎に当てて考えた。
(あの時、クリスが殿下を奪ったと思いこんでいたけど……。
 ひょっとして、殿下が勝手に懸想けそうをしていただけで、クリスは何とも思っていなかったのかしら?)
 エリージェ・ソードルは再度、クリスティーナを見る。
「王子様が来てくれるなんて、お嬢様は凄い!」
 などと話すクリスティーナに、遠慮とかそういった類のものは見えなかった。
(そうだったら、申し訳なかったわね)
とエリージェ・ソードルは思った。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

処理中です...