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第十章

男爵領取得7

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 詰め寄られた男達は、青ざめた顔をブルブル横に振りながら「違う違う!」「ご、誤解だ!」などとこちらも小声で弁明していた。
 だが、次に話す内容を確認するため従者ザンドラ・フクリュウから覚え書きを受け取るエリージェ・ソードルは、そんな様子に気づかない。
 紙に目を通しながら、さらに続ける。
「正直、わたくしとしては殴って捨ててやれば良いと思うんだけど。
 まあいいわ。
 ああ、そうそう、昨日、次期マガド男爵夫人とか、その嫡男の夫人とか名乗る女が二人ほど乗り込んできたけど、追っ払っておいたわ。
 愛人に対して都合の良いことを吹き込むのは勝手だけど、こちらに迷惑をかけないようにして頂戴。
 あ、ザンドラ、そっちの令状を取って。
 そう、それ。
 あと、その紙の束も取って頂戴。
 ここで渡して置くから」
 などとやっている間に、分家夫人がマガド分家当主の胸ぐらを掴んだ。
「何? 次期マガド男爵夫人って何? わたしには一言も言ってなかったじゃない!」
「ち、違う! ほら! 今ここにいるのはお前じゃないか!」
 その隣では、分家嫡男夫人が分家嫡男の顔に扇子をビシバシぶつけている。
「そういえばあなた、『屋敷の安全は確保してあるから』とか何とか言ってた割に、わたしが無事な様子にずいぶん驚いていたわね。それって、とっくに殺されたと思ってたの? それとも慰め者として連れ去られたとでも思ったの? お生憎様! あの人達、カタちゃんと一緒に泥だらけになって畑を耕す姿を見て、鼻で笑って帰って行ったわ! 食料もろくに、ろくに、残してくれなかった、あああなたのおかげねぇぇぇ!」
「違う違う! ホントそうじゃない! 本当に誤解なんだって!」
 などと、小声とはいえ、目の前で行われていたのだが……。
 エリージェ・ソードルは気づかず、従者ザンドラ・フクリュウから渡された書類をペラペラとめくりながら、付け加える。
「あと、何故かマガド男爵本家に届いた請求書も渡して置くから。
 ……あなた達、こんな時に宝石やら装飾品やらとか良く買う気になったわね。
 その神経には、ある意味、感心してしまうわ。
 ……まあいいでしょう」
 そこまで言うと、騎士ギド・ザクスにそれらを受け取るように差し出した。
 そして、マガド分家当主に渡すよう指示を出そうとした。

「あら?」と女は小首をひねる。

 先ほどまでマガド分家当主、分家嫡男が立っていた場所に、分家夫人、分家嫡男夫人が堂々と立っていたからだ。
 彼女たちの後ろに視線を向ければ、入れ替わった男達が床に膝を付いていた。

 細かく震える彼らの頬には、赤い線が何本も付いていた。

 エリージェ・ソードルは(いつのまにこうなったのかしら?)などと疑問に思ったが、正直、どうでも良い者達だったので気にせず、騎士ギド・ザクスに分家夫人に渡すように指示を出した
 それを受け取った分家夫人は、眉間に深い皺を作りながら、それをめくった。

 そして、全てを読み終わると、女に向かい深々と頭を下げた。

「公爵代行様、こちらの件、承りました。
 屋敷の物を全て売り払ってでも返させていただきます」
「そうしなさい。
 あなた達の追放までの期限は一ヶ月とします」

 この何でも性急に物事を進めたがるエリージェ・ソードルとしては、クラウディア・コッホ伯爵夫人の関係者のこともあり明日にでもと思った。

 ただ、きちんと相談するようにと従者ザンドラ・フクリュウに怒られたばかりという事もあり、一応彼女にもどれくらいが良いか確認してみた。

 すると、少し眉を怒らせた従者ザンドラ・フクリュウはこのように言ったのだった。

「責任から逃げ回った分家など、一ヶ月も与えれば十分です!」
 それに対して、エリージェ・ソードルは「え? 一ヶ月?」と小首をひねった。
 それに対して、従者ザンドラ・フクリュウは鼻息荒く頷いた。
「そうです!
 領が混乱している最中、確かに、一ヶ月は短いです。
 でも、あんな者達に慈悲を与える必要はありません!」
「そ、そうなの……」
「そうです!」
 怒られ慣れていないエリージェ・ソードルは、少々、従者ザンドラ・フクリュウに苦手意識が出来てしまっていた事もあり、それ以上いえず、期間を一ヶ月取ることになった。

「一ヶ月、ですか」
 分家夫人はその”短さ”に目を見開いた。
 だが直ぐに、「畏まりました」と体を保つ。
 そして、別のことを話す。
「ただ一つ、よろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「先ほどの、離縁すればわたし達の追放は免れる件について、大変申し訳ございませんが、少し、お時間を頂けませんでしょうか?」
 分家夫人の後ろから「お、おい!」とか声が聞こえるが気にせず、話を続ける。
「こう言った話は、父や親族とも話をしてから決めたいと思います」
「わたしもです」と分家嫡男夫人も頷いた。
 エリージェ・ソードルは「あらそう?」と表情表現が少ないこの女なりに、少し不思議そうにしたが、頷いて見せた。
「まあいいわ。
 ただ、一ヶ月の期間は動かないから、そのつもりでね」
「畏まりました」
と分家夫人と分家嫡男夫人、そして、分家娘カタリナ・マガドが頭を下げた。

「あとカタリナ、あなたにはもう一つ別の道を用意することが出来るわ」
「え?
 わたしにですか?」
 分家娘カタリナ・マガドは驚いたように目を見開いた。
 エリージェ・ソードルはそれに頷いてみせる。
「ええ、そうよ。
 あなたがその気になれば、マガドの家名を残すことが出来るわ」
 マガド分家当主が「そ、それはどう言うことですか!?」などと”口を挟んできた”がエリージェ・ソードルは黙殺し、分家娘カタリナ・マガドに続ける。
「この領を治めることになる新しい領主、その者の妻になるのであれば、わたくし、それを許す準備が出来ているわよ」
 マガド分家当主から「なります! その子を妻にさせます! だから!」などとギャアギャア聞こえてきて、エリージェ・ソードルは眉をイラりと跳ね上げた。

 そして、騎士ギド・ザクスに視線を向ける。

 巨躯の騎士はそれに気づくとマガド分家当主までドカドカと近づき、ギラリと見下ろすことで黙らせた。
 エリージェ・ソードルはそれを確認した後、続ける。
「むろん、現分家当主らの追放は動かないわ。
 あなたの母親達が離縁を選ばないのであれば、あなたは一人きりで残ることになる。
 それと、当然の事ながら、もし思い人がいるのであればあきらめて貰うことになるわね。
 それに、次期領主は、”少々”年上になるけど……。
 その辺りもあきらめて貰うしかないわね」
 分家娘カタリナ・マガドの瞳が逡巡する様に揺れた。
 だが、それも数瞬の事で、黄金色のそれはしっかりと固まり、エリージェ・ソードルを見据えた。
「分かりました。
 次期領主様に嫁ぎます」
 分家夫人が心配そうに「カタリナ、無理はしなくても……」と声をかけるが、分家娘カタリナ・マガドは強い表情で首を横に振った。
「わたしだってマガド家の娘、次代に家名を残せるのであれば、何でもいたします」
「あらそう?
 なら、レネ、そういうことだから」
と視線を向ければ、ルマ家騎士レネ・フートはにっこりと微笑み頷いた。

 それに驚きの声を上げたのは分家娘カタリナ・マガドだった。

「え!?
 その騎士様が次期領主様ですか!」
 エリージェ・ソードルが視線を戻すと、分家娘カタリナ・マガドは顔を真っ赤にしながら、おろおろしている。
 そして、体を縮ませ、泣きそうな顔で言った。
「もも申し訳ございません!
 やはり止めておきます……」
 エリージェ・ソードルは小首をひねった。
「どういうこと?
 確かにレネは平民出身だけど、ルマ家にその人ありと呼ばれた騎士よ?
 結婚相手として申し分ないと思うんだけど」
 分家娘カタリナ・マガドは慌てて否定する。
「違います!
 違います!
 騎士様が――ではなく、わたしが――」
 分家娘カタリナ・マガドが両手を前に出そうとして、慌てて下ろし、腹部で何かを隠すように左手で右手を握った。
「わたし、田舎娘で、そのう、農作業で手だって荒れてますし……。
 そんな、そのう、王都の洗練された、そのう、キラキラして素敵な騎士様となんて……」
 だんだん声が小さくなり、分家娘カタリナ・マガドは俯く。
 マガド分家当主が「おい! 何が素敵だ! わたしはそれに蹴られたんだぞ!」などと言っているが相手にせず、ルマ家騎士レネ・フートがエリージェ・ソードルに許可を取るように見て来る。
 女が頷いてみせると、ルマ家騎士レネ・フートはモゾモゾしている少女の前に立ち、片膝を付いた。
 そして、分家娘カタリナ・マガドの右手を優しく取った。
 分家娘カタリナ・マガドはビクっと震えたが、堪忍したのかされるままになった。

 その手は、赤いひび割れがいくつも走っていて、爪が黒ずんでいた。
 それは農婦の――というより、令嬢が無理矢理農婦のまねごとをした時のものに見えた。

 ルマ家騎士レネ・フートは両手でそれを包みながら、柔らかな笑みを少女に向けた。
「マガド令嬢、これは恥ずべきものではありません。
 あなたの高潔さを表すようで、わたしにはとても好ましく思えます」
「っ!」
 分家娘カタリナ・マガドは茹でた蟹のように赤面し、そして、くにゃりと崩れ落ちた。
「おっと!?」
 ルマ家騎士レネ・フートは慌てて、それを支えた。

 分家娘カタリナ・マガドはルマ家騎士レネ・フートの腕の中で失神していた。

 そんな様子を眺めながら、エリージェ・ソードルは少し苛立ち、眉を寄せた。
「気を失うのは、結論を出してからにして欲しいんだけど」
 せっかちな主に、従者ザンドラ・フクリュウは困ったように眉をハの字にした。
「まあまあ、突然のことなので、少し待って差し上げてください」
「はあ。
 しょうがないわね」
とエリージェ・ソードルは手を振り、マガド家を下がらせた。
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