殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

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第十章

男爵領取得6

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 足下に転がる父親に分家息子とその妻は「ひぃ!?」と腰を抜かし、分家夫人は「あ、あなた!」と床に膝を突いた状態でオロオロする。

 ただ、分家娘だけは何処と無く冷めた視線を、父親に送っていた。

 そんな分家一家を余所に、”足”を下ろしたルマ家騎士レネ・フートが、視線を合わすように腰を曲げ、柔らかに微笑み言った。
「お嬢様、申し訳ありませんでした」
 ”立ち上がっていた”エリージェ・ソードルはそれを一瞥すると、再度椅子に座り応える。
「わたくしが殴り倒す機会を奪ったことに対する謝罪であれば――遺憾ながら受け入れましょう」
「ははは!
 美しいお嬢様に殴られる栄誉を奪ってしまったとは、マガド卿にも謝罪が必要かな?」
 ルマ家騎士レネ・フートはそこまで言うと、砕けた机に視線を向け「まあ、これを見たらそんな考えなど吹っ飛ぶか」などと呟いた。

 だが、エリージェ・ソードルはそんな呟きなど聞かず、さっさと話を続ける。

「やるべき事もせずに放置し、事態を悪化させたあなた達分家は取り潰しの上に、男爵領からの追放とするわ」
「おおお待ちください!
 そんな無体な!」
 マガド分家当主が這いつくばる様に女に向かって両手を付き、鼻から赤い物をこぼしながら叫ぶ。
「我らは!
 我らは被害者なのですよ!
 全ては愚かな本家が悪いのです!」
「だから何?」
「だからって……」
「マガドを名乗り、領民の金で生活しておいて、あなた、何を言っているの?」
「いや、だから……」
「ギド、殴って」
「へい!」
 騎士ギド・ザクスが歩を進める。
 その厳つい顔に恐怖したのか、マガド分家当主は「ひぃ!」と声を上げ、分家夫人の後ろに隠れた。
 分家夫人は夫の行動と、近づく騎士ギド・ザクスの為に顔を真っ青にさせたが、体をガクガクと震えさせながらも膝立ち、両手を広げて夫をかばった。
 やつれた夫人に立ち塞がれて、流石の騎士ギド・ザクスも困ったようにエリージェ・ソードルに振り返った。

 そこに、分家娘が頭を下げながら叫んだ。

「公爵代行様、発言をする無礼をお許しください!」
「……許します」
「ありがとうございます!」
 顔を上げた分家娘――カタリナ・マガドはその気の強そうな目でエリージェ・ソードルを見つめてきた。
 十六になったばかりというその少女は、赤とも茶とも取れぬ中途半端な髪色に垢抜けない太い眉、そばかすのある日に焼けた頬、筋は通ってはいるもののお世辞にも高いとは言えない鼻、社交界であれば醜女しこめとまでは行かないにしても美女とはとても言えない娘だった。

 だが、キツメに尖った目、その中に輝く黄金色の瞳だけは、妙に印象として残す少女であった。

 いや、それはエリージェ・ソードルにとって特別な色だからなのかもしれない。

 その瞳は女が愛してやまない人の色だったのだ。

(その目で見つめられると、ちょっと弱いのよね)
 などと思われているとも知らず、分家娘カタリナ・マガドが続ける。
「確かに、父と兄は屑です。
 だから、追放されても仕方がないと思います」
 マガド分家当主と分家息子が「おい!」と叫んでいるが無視して、分家娘カタリナ・マガドは続ける。
「わたしもマガド分家の娘として、そのせきから逃れようとは思いません。
 ただ、母と義姉だけはお許し頂けませんでしょうか!」
 分家夫人が「何を言ってるの、カタリナ!?」と目を見開き、分家嫡男夫人が「カタちゃん!?」と愛称で呼びながら驚愕の声を上げた。
 分家娘カタリナ・マガドはそんな二人を手で制し、続ける。
「母はファニーニアこの町の商家、ボド商会の娘で、その実家、ボド商会はこの度の賊の占拠で苦しんでいる民のために私財をすり減らし助けています。
 義姉は隣町の町長の娘で、危険を冒しながらもファニーニアへの支援をしてくださっています。
 それに、母も義姉も自身の食事すら炊き出しに回し、この度のことで孤児となった子らの為に働いて参りました。
 公爵代行様、そんな二人を追放するとなれば、多くの領民が”悲しむ”事となります」
「……」
 エリージェ・ソードルは閉じた扇子を顎に当て、分家娘カタリナ・マガドを見つめる。

 元々、エリージェ・ソードルはマガド家を残す気はなかった。

 本家にしても、分家にしても、貴族に相応しくない小貴族である。
 王族に多少繋がりがあるとのことだが、次代に残す価値はない、そう思っていた。
 ルマ家騎士レネ・フートに条件として”マガド”家を継ぐ事を上げたのも、そういう可能性があるからの事と、覚悟を決めさせようという意味があっただけだ。
 どちらかというと、今回のことで領民の心証が最悪であろうマガド家は潰し、フートか別の家名を作るかした方が良いと思っていた。

 それは、マガド分家邸に赴き、平民のためにと必死に炊き出しをする分家夫人らと少しでも食料をと畑を耕す分家娘の姿を見て――より”大きく”なった。

 彼女らは貴族ではない、そう確信したからだ。

 エリージェ・ソードルにとって貴族とは導くものである。

 領民らが正しく、穏やかに生きる場所へ歩む術を示す先導者であるべきだと思っていた。
 時に風に煽られ倒れてしまった者に手を差し伸べたとしても、座り込むだけの者の口にただ食べ物を入れる――それは貴族としてのあり方ではない、この女はそう強く信じていた。

 分家夫人らが貴族で有れば、集まった孤児等に畑を耕すように指示をし、その対価として、食事をさせるべきだった。
 分家娘カタリナ・マガドが貴族で有れば、集まった孤児等に畑の耕し方を教え込み、それを指示すべきだった。

 だが、彼女らはただ与えた。
 示すこともなく、ただ、生かした。

 だから、この時点でエリージェ・ソードルはマガド家の取り潰しをほぼ決めたのだ。

 ただ、妻や娘を囮のように残し、賊の目に届かない別邸でのうのうと生活していたマガド分家当主達とは違い、貴族的ではないにしても領民を守ろうとする姿勢は、この女とて一応は評価をしていた。

 なので三人に関しては、保護しようとは思っていた。

 残すと火種になりかねないので、ソードル公爵領につれて帰り、何だったら、陪臣貴族らとの縁談をまとめてやっても良い。
 それぐらいには思っていた。

 それはむろん、善意ではない。

 労には報いを与えるべきだという、この女の価値観によるものだった。

 ただ、少しその考えが揺らぎ始めていた。

 分家娘カタリナ・マガドの先ほどの言に、なるほどと思う点があったからだ。

 ボド商会についてはエリージェ・ソードルも耳にしていた。
 彼らは自身等の商会も焼き討ちにあい、多くの金品を奪われながらも、傷つけられた者達を無償で手当し、焼き出されて住む場所を失った者達のために私財をなげうち助けていた。

 その善行のためか、この町での評判はすこぶる良い。

 隣町の町長についてもそうだ。
 分家の親族としてであれば問題があっても、ボド商会会長の娘とその孫娘や町長の娘であれば――残すのも悪くはない。
 そう思えた。

 それに、利を説く姿勢にも好感が持てた。

 馬鹿みたいに情けを請うわけでもなく、善行を過度に強調するわけでなく、この領に必要だと述べる分家娘カタリナ・マガドを、エリージェ・ソードルは好ましく感じた。
(これなら、男爵夫人としても問題ないわね)
と普通に思えた。

 なので、この女、予定を少し変えた。

「なるほど、あなたが言うことも理解は出来るわ。
 でもね、この壊れてしまった領には新たなる指揮棒が必要とされているの。
 そして、古き指揮棒はその邪魔にしかならないわ。
 速やかに破棄するのが、この領の為なのよ」
「それは!」と何かを言おうとする分家娘カタリナ・マガドをエリージェ・ソードルは左手で制した。
 そして、マガド分家当主と分家夫人を見下ろすように眺めながら、言葉を続ける。
「でもそうね。
 娘については、マガド分家から籍を外すのであれば、残ることは許可しましょう。
 あとの二人についてもそれぞれが離縁をするんであれば――追放に関しては取り消して上げても良いわ」
「公爵代行様、発言の機会を頂けませんでしょうか!」

 分家夫人が、先ほどまで見せていた弱々しい者とは違い、強い視線でエリージェ・ソードルを見てくる。

 その隣にいる分家嫡男夫人も同じ様な表情をこちらに向けていた。
 エリージェ・ソードルが許すと、分家夫人がひざまずいたままの状態で言う。
「公爵代行様、公爵代行様のお心遣い傷み入ります。
 ただ、娘についてはともかく、わたしは爵位など無くても貴族に属する家門に嫁いだ女、時勢のために落ちぶれたとしても、最後まで夫と共にあろうと思います」
「わたしも同じ気持ちです!」と分家嫡男夫人もそれに同意した。
「お母様!」と分家娘カタリナ・マガドが翻意ほんいを促そうとするも、分家夫人は首を横に振った。
「お前達……」
 そんな様子にマガド分家当主や分家嫡男は感激したように二人を見ていた。
 エリージェ・ソードルは、この表情を余り変えぬ女なりに感心したように言った。
「あなた達、凄いわね。
 自分を囮扱いしておきながら、愛人とのんびり過ごしていた夫を許すなんて……。
 わたくしには真似できないわ」
 女の言に、マガド分家夫人、分家嫡男夫人共に「はぁ?」と目を見開き、そして、視線をそれぞれの夫に向けた。
 血色の悪い二人の女性――その顔が真っ赤に染まり貴族夫人としてあるまじき強ばったものに変わった。
 そして、「わたしはともかく娘と義理の娘を囮ってどういうことなの?」「あなた、妻どころか母親と妹を囮にするって何のこと?」とそれぞれの夫に小声で詰め寄った。
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