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第十章
男爵領取得2
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村長の話を聞き終えた後、エリージェ・ソードルは閉じた扇子を口元に当てた。
「騎士が五、六十人ほどで男爵邸を占拠し、この領を実質支配している……ね。
一応は魔術も使うみたいだけど……」
現在、エリージェ・ソードルに付き従っているのは、ルマ家騎士五十名、ソードル家騎士八十名だ。
残りのソードル家騎士は、ハマーヘンのソードル家別邸で待機している弟マヌエル・ソードルの護衛をさせていた。
(どれくらいのものかは知らないけど、ルマ家騎士以上とはとても思えないわね)
とエリージェ・ソードルは思った。
そこで、エリージェ・ソードルは村長に対して首を”横”に振った。
「話は分かったわ。
ただ、現在はわたくし、それほど多くの兵を連れてきてはいないの。
一騎当千のルマ家騎士が先頭に出て戦うのであれば、打ち払うことも出来るでしょうけど……。
彼らはわたくしを護衛するためにいるだけ。
関係ないことで戦わせることは出来ないのよ」
「そ、そうなのですか……」
村長の表情が陰る。
それに対して、エリージェ・ソードルは頷く。
「そうなのよ。
でも困ったわ」
そこで、エリージェ・ソードルはルマ家騎士レネ・フートにチラチラと視線を向ける。
「我が領にいったん戻ってとなると……時間がかかるし。
その間の事を考えると……」
とか言いながら、エリージェ・ソードルはさらにチラチラと視線を送る。
そんな女をルマ家騎士レネ・フートは面白そうに眺めていたが、しばらくすると一歩前に出る。
そして、女に向かって膝を突き、頭を下げた。
「お嬢様、我らルマ家騎士にお任せいただけませんでしょうか?
愚かな賊など見事打ち払って見せましょう」
「おおぉ」と村長は希望に目を輝かせる。
だが、エリージェ・ソードルがそれに冷や水をかける。
「でもレネ、それはルマ侯爵の意向に逆らうことになるのではないかしら?」
ルマ家騎士レネ・フートは一転して不安そうにする村長を一瞥する。
そして、エリージェ・ソードルに視線を戻しながら、真摯な顔で答える。
「確かに、お叱りを受けるかもしれません。
しかし、わたしは騎士でございます。
弱きを助け悪を挫く、そんな存在でありたいと思います」
「おおぉ!」
という歓声が今度は周りにいる村民から聞こえてくる。
エリージェ・ソードルは、表情が乏しいこの女なりに身振り手振りを加えて感嘆する。
「素晴らしいわ!
流石はその名を轟かす騎士レネ・フート!
英雄とはまさにあなたのことを言うのね!」
大歓声と共に、ルマ家騎士レネ・フートの名が連呼されることとなった。
「で、”あれ”は何だったんですか?」
熱気が冷めやらぬ場を後にし、ルマ家騎士レネ・フートが素のまま訊ねてくる。
それに対して、エリージェ・ソードルはあっさりと答えた。
「英雄が一人いると、統治するのが楽なのよ」
「なるほど」とルマ家騎士レネ・フートは得心が言ったというように頷いた。
そこに、エリージェ・ソードルは確認する。
「で、実際の所、どうかしら?
ルマ家騎士だけでいける?」
それに対して、ルマ家騎士レネ・フートはニヤリと笑った。
「同数であれば、苦戦する気はしませんね。
まあ、リーヴスリー家とか王国の魔術騎士団が来たら、”少々”手は焼くでしょうが」
その返答に、周りにいるルマ家騎士達がニヤリと笑った。
エリージェ・ソードルは頷き、少し考える。
そして、ソードル騎士の組長格に視線を向けた。
「あなたは二十名ほどの騎士を連れて、ルマ家騎士の後続として補助をして頂戴。
まあ無いと思うけど、討ち漏らしを防いでね」
「承知しました」
組長格の男は頷いて見せた。
ルマ家騎士レネ・フートが訊ねてくる。
「兵を割いていただけるのはありがたいのですが、その間、お嬢様はどこにいらっしゃるんですか?」
「わたくしがいても邪魔でしょうから、自領に一旦戻っているわ。
何かあったら、そちらに連絡を頂戴」
そこに、従者ザンドラ・フクリュウが口を挟む。
「お嬢様、恐れながら申し上げます」
「何かしら?」
「ソードル領からも増援を呼ぶことを進言します」
「増援?」
エリージェ・ソードルが訝しげに訊ねると、従者ザンドラ・フクリュウは大きく頷く。
「お嬢様、大変申し上げにくいのですが、お嬢様は現在の状況を完全に把握できていないように思えます」
「どういうこと?
村長から話は聞いたじゃないの?」
心底分からないと言った感じの女に対して、従者ザンドラ・フクリュウは非常に渋い顔で訊ねてくる。
「初歩的なことをまずお聞きします。
お嬢様、お嬢様はマガド男爵領に来る時、ここの様子を調べさせましたか?」
エリージェ・ソードルは首を横に振った。
「調べてないわね。
だって、男爵領よ。
ルマ家騎士もソードル家騎士もいるのだから、問題ないでしょう?」
「お嬢様」と従者ザンドラ・フクリュウが少し語気を強めてそれに答える。
「それは現在の賊五十名が二百名でも同じ事が言えますか?
五百でも問題ないと答えますか?」
その勢いに少々気圧されながらもエリージェ・ソードルは答える。
「いや、そんな兵がいるなんてありえ――」
「お嬢様!
現在のこの状況は、お嬢様が”ありえる”と思っていたものですか?
違いますよね!」
「そ、そうね……」
「そもそも、お嬢様!
男爵領に向かうこと、マサジ・モリタはご存じですか!?」
「い、いえ、言って無いわね……」
従者ザンドラ・フクリュウは頭痛を堪えるように、こめかみに手を置き、眉間にしわを寄せた。
「お嬢様、お嬢様は人材を欲しがっている割には人を使うことが出来ておりません。
もっと、何かをやる前に、我々にも教えてください」
「そ、そうね……。
悪かったわ……」
エリージェ・ソードルは顔をひきつらせた。
”前回”も似たことを誰かに言われたからだ。
だが、”前回”に関しては、分かっていても聞く人材も、聞いている時間も足りなかったので、自分で判断して動かざる得なかった。
仮に失敗をしても、そうしなければならなかったのである。
だが、”今回”は時間も人材もある。
なので、エリージェ・ソードルは「今後はそうするわ」と頷いて見せた。
「で、どれくらいの兵を用意すればいいかしら?」
エリージェ・ソードルの問いに、従者ザンドラ・フクリュウは少し考えた後に答えた。
「千、は欲しいですね」
「千!?」
この女にしては珍しく目を見開き訊ねたが、従者ザンドラ・フクリュウは真顔で頷く。
「ええ、この領を広く守るのであれば、それぐらいは用意すべきかと。
領主不在の領ですから、名分としても問題ないですし」
「でも、流石に……千は」
「もちろん、騎士だけではありません。
一般兵や工兵、出来れば衛生兵も含めておきたい所です。
確か、カープルの南東部で第一、第十五騎士隊を中心に合同演習を行っているはずなので、明日中にはここまで来られると思います」
そんな返答に、エリージェ・ソードルは渋る。
大貴族たるソードル公爵家、騎士のみならともかく、一般兵を含めた千程度ならすぐにでも集めることは可能だ。
従者ザンドラ・フクリュウが言う通り、現在演習をしている分を集めれば、さほど時間もかからず連れてこられるだろう。
ただ、兵を動かすのには金がかかる。
仮に戦わなくても食料だって必要だし、兵に手当だって払わなくてはならない。
しかも、それで実際に戦闘など起きて、死者など出たら……。
その目を覆いたくなる費用に、この女、常日頃から『戦争をやりたがるのは金持ちか馬鹿』と眉を顰めていた。
そんな女に、従者ザンドラ・フクリュウは追い打ちをかける。
「お嬢様、お嬢様はこの土地を欲しいと思っていらっしゃいます。
そして、その隙があると思われ、ここまで来ていらっしゃいます。
ダレ子爵も同じようにして、この場におりました。
お嬢様、そんな存在がほかにもいないなど、どうして断言できるのですか?
貴族院に保管されているマガド領の契約書、その内容は全て把握されてますか?
それこそ、ダレ子爵みたいにそのまま持っている可能性だってあります。
それを、他の大貴族が持っていて、兵を引き連れて向かって来た場合はいかがしますか?
たかだか百数十名程度の騎士でうろちょろしていた所で、追い出されるだけだと思うんですが、いかがでしょうか?」
「分かった、分かったわ」とエリージェ・ソードルは降参だというように両手をあげた。
そして、「指示書を」と言った。
先ほどと同じように携帯用の椅子と机が手早く準備され、従者ザンドラ・フクリュウが机の上に指示書と万年筆を置いた。
エリージェ・ソードルは椅子に座ると、万年筆を手に取り、紙の上に筆先を走らせる。
「兵種と割合はどうすればよいかしら?」
などとエリージェ・ソードルが訊ねていくと、従者ザンドラ・フクリュウが立て板に流れる水のようにすらすらと答えていく。
(この子、思ってた以上に優秀ね)などと、内心で戦慄しつつ、指輪印を指示書に押した。
そこで、エリージェ・ソードルはルマ家騎士レネ・フートに視線を向けた。
「じゃあレネ、取りあえずの賊退治は任せたわ。
でも、無理はする必要はないわ。
そうね、最悪、他領に逃がさないように出来れば良いわ」
ルマ家騎士レネ・フートはニヤリと笑って「了解しました」と答えた。
「あ、そうそう」
とエリージェ・ソードルは、従者ザンドラ・フクリュウに指示を出した。
従者ザンドラ・フクリュウが指示に従い用意したのは、硬貨が詰まった小袋だった。
ルマ家騎士レネ・フートがそれを受け取るのを見ながら、女は言った。
「ここには銀貨が入っているわ。
食料や寝床の確保はこれを使って頂戴。
あと、情報を聞き出すのにも使ってね。
その方が、早く集まるでしょう。
そうね、大した話でなくてもお金を渡せば、皆、こぞって話したがるんじゃないかしら?」
ルマ家騎士レネ・フートは少し目を見開いたが、すぐに柔らかくほほえみ頷いた。
次に、エリージェ・ソードルは従者ザンドラ・フクリュウに向き直った。
「ザンドラ、あなた、馬には乗れる?」
「はい!
一応、程度ではありますが」
エリージェ・ソードルは頷くと、指示書を従者ザンドラ・フクリュウに渡した。
「なら、四名ほどの騎士を伴い、先にハマーヘンに戻って頂戴。
第一騎士隊隊長、ミロスラフにここに書いてある分を至急連れてくるように頼んで。
その時、何か補足するものがあれば、それも伝えてあげて頂戴」
「畏まりました」
と従者ザンドラ・フクリュウは一礼すると、駆け足で離れていく。
その後ろ姿を眺めながら、エリージェ・ソードルはため息を付いた。
そんな様子に、ルマ家騎士レネ・フートが笑いかけてくる。
「お嬢様、彼女が言ってることはいちいちもっともですよ。
良い配下を持ちましたね」
「分かっているわよ」
と少し複雑そうな顔で、ルマ家騎士レネ・フートを見上げた。
そして、女は立ち上がる。
「じゃあレネ、わたくしも一旦戻るから。
賊の事、よろしくね。
くれぐれも、無茶はしないでね。
あなた達に何かあれば、わたくし、お爺さまに面目が立たないもの」
エリージェ・ソードルの言に、ルマ家騎士レネ・フートは可笑しそうに笑う。
そして、ルマ家騎士が連れてきた自身の愛馬に跨がると言った。
「お嬢様、こんな所で死ぬような鍛え方はしておりませんので、ご心配なく。
仮に死んだとしても、バカが下手をコいたと笑っていただければと思います」
周りのルマ家騎士も似たような類の笑みを浮かべた。
エリージェ・ソードルは肩をすくめて、それに「分かったわ」と頷いた。
「でもまあ、とにかくお願いするわ。
あ、捕虜にする必要はないわ。
生きていてもめんどくさいから全員殺しておいて。
あと、余裕があればで良いけど、首を持ち帰ってくれれば、漏れが減って助かるわ」
「お任せください」
ルマ家騎士レネ・フートは右手を振った後、鐙で馬の腹を蹴った。
ルマ家騎士らを見送ると、騎士ギド・ザクスに視線を向けた。
「さ、わたくし達も移動するわよ」
「へい!」
エリージェ・ソードルは歩きながら、これからのしかかる費用について頭を悩ませていた。
そこへ、女騎士ジェシー・レーマーが近寄って来る。
エリージェ・ソードルは少し不機嫌そうに視線を彼女に向ける。
「ジェシー、あなた、いったいどこに行っていたの?」
女騎士ジェシー・レーマーは一瞬ビクッと震えたが、取り繕うように微笑みながら言った。
「あのう、先ほどもお話した通り、傷ついた農婦の所にいたのですが……」
そして、辺りを見渡しながら不思議そうに訊ねてくる。
「あれ?
レネさんやザンドラはどうしましたか?」
エリージェ・ソードルは少し苛立ちながら、先ほどまでのやりとりを説明する。
「な、なるほど。
では、一旦戻るんですね。
ただあのう……」
「なに?」
エリージェ・ソードルが見上げれば、女騎士ジェシー・レーマーは言いにくそうにそれに答えた。
「実は、他にも傷ついた農民がいるみたいで……。
あと、病の者も……。
もしよければ――」
エリージェ・ソードルは面倒くさそうに閉じた扇子を振った。
「好きにしなさい。
ただ、今は一旦戻るわよ。
兵が揃ったら改めて来るから、その時にでも手当をして上げなさい」
「はい!
分かりました!」
女騎士ジェシー・レーマーは嬉しそうに駆けていく。
まさか、自分の意識外で金貨がぽろぽろとこぼれていっているとは夢にも思わず、節約できる余地はないかと真剣に考えながら、エリージェ・ソードルは馬車に乗り込んだ。
「騎士が五、六十人ほどで男爵邸を占拠し、この領を実質支配している……ね。
一応は魔術も使うみたいだけど……」
現在、エリージェ・ソードルに付き従っているのは、ルマ家騎士五十名、ソードル家騎士八十名だ。
残りのソードル家騎士は、ハマーヘンのソードル家別邸で待機している弟マヌエル・ソードルの護衛をさせていた。
(どれくらいのものかは知らないけど、ルマ家騎士以上とはとても思えないわね)
とエリージェ・ソードルは思った。
そこで、エリージェ・ソードルは村長に対して首を”横”に振った。
「話は分かったわ。
ただ、現在はわたくし、それほど多くの兵を連れてきてはいないの。
一騎当千のルマ家騎士が先頭に出て戦うのであれば、打ち払うことも出来るでしょうけど……。
彼らはわたくしを護衛するためにいるだけ。
関係ないことで戦わせることは出来ないのよ」
「そ、そうなのですか……」
村長の表情が陰る。
それに対して、エリージェ・ソードルは頷く。
「そうなのよ。
でも困ったわ」
そこで、エリージェ・ソードルはルマ家騎士レネ・フートにチラチラと視線を向ける。
「我が領にいったん戻ってとなると……時間がかかるし。
その間の事を考えると……」
とか言いながら、エリージェ・ソードルはさらにチラチラと視線を送る。
そんな女をルマ家騎士レネ・フートは面白そうに眺めていたが、しばらくすると一歩前に出る。
そして、女に向かって膝を突き、頭を下げた。
「お嬢様、我らルマ家騎士にお任せいただけませんでしょうか?
愚かな賊など見事打ち払って見せましょう」
「おおぉ」と村長は希望に目を輝かせる。
だが、エリージェ・ソードルがそれに冷や水をかける。
「でもレネ、それはルマ侯爵の意向に逆らうことになるのではないかしら?」
ルマ家騎士レネ・フートは一転して不安そうにする村長を一瞥する。
そして、エリージェ・ソードルに視線を戻しながら、真摯な顔で答える。
「確かに、お叱りを受けるかもしれません。
しかし、わたしは騎士でございます。
弱きを助け悪を挫く、そんな存在でありたいと思います」
「おおぉ!」
という歓声が今度は周りにいる村民から聞こえてくる。
エリージェ・ソードルは、表情が乏しいこの女なりに身振り手振りを加えて感嘆する。
「素晴らしいわ!
流石はその名を轟かす騎士レネ・フート!
英雄とはまさにあなたのことを言うのね!」
大歓声と共に、ルマ家騎士レネ・フートの名が連呼されることとなった。
「で、”あれ”は何だったんですか?」
熱気が冷めやらぬ場を後にし、ルマ家騎士レネ・フートが素のまま訊ねてくる。
それに対して、エリージェ・ソードルはあっさりと答えた。
「英雄が一人いると、統治するのが楽なのよ」
「なるほど」とルマ家騎士レネ・フートは得心が言ったというように頷いた。
そこに、エリージェ・ソードルは確認する。
「で、実際の所、どうかしら?
ルマ家騎士だけでいける?」
それに対して、ルマ家騎士レネ・フートはニヤリと笑った。
「同数であれば、苦戦する気はしませんね。
まあ、リーヴスリー家とか王国の魔術騎士団が来たら、”少々”手は焼くでしょうが」
その返答に、周りにいるルマ家騎士達がニヤリと笑った。
エリージェ・ソードルは頷き、少し考える。
そして、ソードル騎士の組長格に視線を向けた。
「あなたは二十名ほどの騎士を連れて、ルマ家騎士の後続として補助をして頂戴。
まあ無いと思うけど、討ち漏らしを防いでね」
「承知しました」
組長格の男は頷いて見せた。
ルマ家騎士レネ・フートが訊ねてくる。
「兵を割いていただけるのはありがたいのですが、その間、お嬢様はどこにいらっしゃるんですか?」
「わたくしがいても邪魔でしょうから、自領に一旦戻っているわ。
何かあったら、そちらに連絡を頂戴」
そこに、従者ザンドラ・フクリュウが口を挟む。
「お嬢様、恐れながら申し上げます」
「何かしら?」
「ソードル領からも増援を呼ぶことを進言します」
「増援?」
エリージェ・ソードルが訝しげに訊ねると、従者ザンドラ・フクリュウは大きく頷く。
「お嬢様、大変申し上げにくいのですが、お嬢様は現在の状況を完全に把握できていないように思えます」
「どういうこと?
村長から話は聞いたじゃないの?」
心底分からないと言った感じの女に対して、従者ザンドラ・フクリュウは非常に渋い顔で訊ねてくる。
「初歩的なことをまずお聞きします。
お嬢様、お嬢様はマガド男爵領に来る時、ここの様子を調べさせましたか?」
エリージェ・ソードルは首を横に振った。
「調べてないわね。
だって、男爵領よ。
ルマ家騎士もソードル家騎士もいるのだから、問題ないでしょう?」
「お嬢様」と従者ザンドラ・フクリュウが少し語気を強めてそれに答える。
「それは現在の賊五十名が二百名でも同じ事が言えますか?
五百でも問題ないと答えますか?」
その勢いに少々気圧されながらもエリージェ・ソードルは答える。
「いや、そんな兵がいるなんてありえ――」
「お嬢様!
現在のこの状況は、お嬢様が”ありえる”と思っていたものですか?
違いますよね!」
「そ、そうね……」
「そもそも、お嬢様!
男爵領に向かうこと、マサジ・モリタはご存じですか!?」
「い、いえ、言って無いわね……」
従者ザンドラ・フクリュウは頭痛を堪えるように、こめかみに手を置き、眉間にしわを寄せた。
「お嬢様、お嬢様は人材を欲しがっている割には人を使うことが出来ておりません。
もっと、何かをやる前に、我々にも教えてください」
「そ、そうね……。
悪かったわ……」
エリージェ・ソードルは顔をひきつらせた。
”前回”も似たことを誰かに言われたからだ。
だが、”前回”に関しては、分かっていても聞く人材も、聞いている時間も足りなかったので、自分で判断して動かざる得なかった。
仮に失敗をしても、そうしなければならなかったのである。
だが、”今回”は時間も人材もある。
なので、エリージェ・ソードルは「今後はそうするわ」と頷いて見せた。
「で、どれくらいの兵を用意すればいいかしら?」
エリージェ・ソードルの問いに、従者ザンドラ・フクリュウは少し考えた後に答えた。
「千、は欲しいですね」
「千!?」
この女にしては珍しく目を見開き訊ねたが、従者ザンドラ・フクリュウは真顔で頷く。
「ええ、この領を広く守るのであれば、それぐらいは用意すべきかと。
領主不在の領ですから、名分としても問題ないですし」
「でも、流石に……千は」
「もちろん、騎士だけではありません。
一般兵や工兵、出来れば衛生兵も含めておきたい所です。
確か、カープルの南東部で第一、第十五騎士隊を中心に合同演習を行っているはずなので、明日中にはここまで来られると思います」
そんな返答に、エリージェ・ソードルは渋る。
大貴族たるソードル公爵家、騎士のみならともかく、一般兵を含めた千程度ならすぐにでも集めることは可能だ。
従者ザンドラ・フクリュウが言う通り、現在演習をしている分を集めれば、さほど時間もかからず連れてこられるだろう。
ただ、兵を動かすのには金がかかる。
仮に戦わなくても食料だって必要だし、兵に手当だって払わなくてはならない。
しかも、それで実際に戦闘など起きて、死者など出たら……。
その目を覆いたくなる費用に、この女、常日頃から『戦争をやりたがるのは金持ちか馬鹿』と眉を顰めていた。
そんな女に、従者ザンドラ・フクリュウは追い打ちをかける。
「お嬢様、お嬢様はこの土地を欲しいと思っていらっしゃいます。
そして、その隙があると思われ、ここまで来ていらっしゃいます。
ダレ子爵も同じようにして、この場におりました。
お嬢様、そんな存在がほかにもいないなど、どうして断言できるのですか?
貴族院に保管されているマガド領の契約書、その内容は全て把握されてますか?
それこそ、ダレ子爵みたいにそのまま持っている可能性だってあります。
それを、他の大貴族が持っていて、兵を引き連れて向かって来た場合はいかがしますか?
たかだか百数十名程度の騎士でうろちょろしていた所で、追い出されるだけだと思うんですが、いかがでしょうか?」
「分かった、分かったわ」とエリージェ・ソードルは降参だというように両手をあげた。
そして、「指示書を」と言った。
先ほどと同じように携帯用の椅子と机が手早く準備され、従者ザンドラ・フクリュウが机の上に指示書と万年筆を置いた。
エリージェ・ソードルは椅子に座ると、万年筆を手に取り、紙の上に筆先を走らせる。
「兵種と割合はどうすればよいかしら?」
などとエリージェ・ソードルが訊ねていくと、従者ザンドラ・フクリュウが立て板に流れる水のようにすらすらと答えていく。
(この子、思ってた以上に優秀ね)などと、内心で戦慄しつつ、指輪印を指示書に押した。
そこで、エリージェ・ソードルはルマ家騎士レネ・フートに視線を向けた。
「じゃあレネ、取りあえずの賊退治は任せたわ。
でも、無理はする必要はないわ。
そうね、最悪、他領に逃がさないように出来れば良いわ」
ルマ家騎士レネ・フートはニヤリと笑って「了解しました」と答えた。
「あ、そうそう」
とエリージェ・ソードルは、従者ザンドラ・フクリュウに指示を出した。
従者ザンドラ・フクリュウが指示に従い用意したのは、硬貨が詰まった小袋だった。
ルマ家騎士レネ・フートがそれを受け取るのを見ながら、女は言った。
「ここには銀貨が入っているわ。
食料や寝床の確保はこれを使って頂戴。
あと、情報を聞き出すのにも使ってね。
その方が、早く集まるでしょう。
そうね、大した話でなくてもお金を渡せば、皆、こぞって話したがるんじゃないかしら?」
ルマ家騎士レネ・フートは少し目を見開いたが、すぐに柔らかくほほえみ頷いた。
次に、エリージェ・ソードルは従者ザンドラ・フクリュウに向き直った。
「ザンドラ、あなた、馬には乗れる?」
「はい!
一応、程度ではありますが」
エリージェ・ソードルは頷くと、指示書を従者ザンドラ・フクリュウに渡した。
「なら、四名ほどの騎士を伴い、先にハマーヘンに戻って頂戴。
第一騎士隊隊長、ミロスラフにここに書いてある分を至急連れてくるように頼んで。
その時、何か補足するものがあれば、それも伝えてあげて頂戴」
「畏まりました」
と従者ザンドラ・フクリュウは一礼すると、駆け足で離れていく。
その後ろ姿を眺めながら、エリージェ・ソードルはため息を付いた。
そんな様子に、ルマ家騎士レネ・フートが笑いかけてくる。
「お嬢様、彼女が言ってることはいちいちもっともですよ。
良い配下を持ちましたね」
「分かっているわよ」
と少し複雑そうな顔で、ルマ家騎士レネ・フートを見上げた。
そして、女は立ち上がる。
「じゃあレネ、わたくしも一旦戻るから。
賊の事、よろしくね。
くれぐれも、無茶はしないでね。
あなた達に何かあれば、わたくし、お爺さまに面目が立たないもの」
エリージェ・ソードルの言に、ルマ家騎士レネ・フートは可笑しそうに笑う。
そして、ルマ家騎士が連れてきた自身の愛馬に跨がると言った。
「お嬢様、こんな所で死ぬような鍛え方はしておりませんので、ご心配なく。
仮に死んだとしても、バカが下手をコいたと笑っていただければと思います」
周りのルマ家騎士も似たような類の笑みを浮かべた。
エリージェ・ソードルは肩をすくめて、それに「分かったわ」と頷いた。
「でもまあ、とにかくお願いするわ。
あ、捕虜にする必要はないわ。
生きていてもめんどくさいから全員殺しておいて。
あと、余裕があればで良いけど、首を持ち帰ってくれれば、漏れが減って助かるわ」
「お任せください」
ルマ家騎士レネ・フートは右手を振った後、鐙で馬の腹を蹴った。
ルマ家騎士らを見送ると、騎士ギド・ザクスに視線を向けた。
「さ、わたくし達も移動するわよ」
「へい!」
エリージェ・ソードルは歩きながら、これからのしかかる費用について頭を悩ませていた。
そこへ、女騎士ジェシー・レーマーが近寄って来る。
エリージェ・ソードルは少し不機嫌そうに視線を彼女に向ける。
「ジェシー、あなた、いったいどこに行っていたの?」
女騎士ジェシー・レーマーは一瞬ビクッと震えたが、取り繕うように微笑みながら言った。
「あのう、先ほどもお話した通り、傷ついた農婦の所にいたのですが……」
そして、辺りを見渡しながら不思議そうに訊ねてくる。
「あれ?
レネさんやザンドラはどうしましたか?」
エリージェ・ソードルは少し苛立ちながら、先ほどまでのやりとりを説明する。
「な、なるほど。
では、一旦戻るんですね。
ただあのう……」
「なに?」
エリージェ・ソードルが見上げれば、女騎士ジェシー・レーマーは言いにくそうにそれに答えた。
「実は、他にも傷ついた農民がいるみたいで……。
あと、病の者も……。
もしよければ――」
エリージェ・ソードルは面倒くさそうに閉じた扇子を振った。
「好きにしなさい。
ただ、今は一旦戻るわよ。
兵が揃ったら改めて来るから、その時にでも手当をして上げなさい」
「はい!
分かりました!」
女騎士ジェシー・レーマーは嬉しそうに駆けていく。
まさか、自分の意識外で金貨がぽろぽろとこぼれていっているとは夢にも思わず、節約できる余地はないかと真剣に考えながら、エリージェ・ソードルは馬車に乗り込んだ。
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「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
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