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第九章
とある子爵のお話2
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下位貴族にとって王都とは、基本的に居心地が悪い。
特に領持ち貴族は、社交の時期が過ぎれば足早に領へと戻る。
王族や大貴族等、頭が上がらない存在が闊歩するのが王都である。
そんな場所よりは、田舎であっても頂点に君臨できる領内で威張っていたい、と言うのが偽らざる本音であった。
ウリ・ダレ子爵もそんな一人であったが、すでに自領は妻レギーナ・ダレによって掌握されている。
それならば、時に上位貴族達から顎で使われる事があっても――幾分ましだった。
ウリ・ダレ子爵は王都の屋敷で上位貴族達に目を付けられないようにビクビクしながらも、過ごすこととなった。
だが、しばらくするとウリ・ダレ子爵の周りに人が集まりだした。
彼らはフルト学院の悪友で、学院に通っていた頃は、よく一緒に賭場や娼館に行った仲だった。
下位貴族や似非貴族の出で、三男、四男といったどう転んでも跡継ぎになれない、何の期待もされない男達であった。
そんな彼らだったが、それ故か”危ない”遊びを熟知していた。
「なあウリ、馬鹿な奴らから金を巻き上げる良い手があるんだけど、乗らないか?」
悪友達のささやきを聞いたウリ・ダレ子爵は大きく目を見開き、ニヤリと笑った。
王都はウリ・ダレ子爵が逆立ちしてもかなわないような上位貴族もいたが、逆に、子爵位より低い貴族もいた。
ウリ・ダレ子爵達はそういう輩達を集めて賭博をし、小金をかすめ取ろうと画策したのだ。
そこで、この男の才が開花することとなる。
ウリ・ダレ子爵は強者には惨めなほど卑屈となるのだが、弱者にはとことん強気になった。
そして、だからと言うべきか、弱い立場な者達に対して柔らかく接することが出来た。
優しく、穏やかに、包み込むように声をかけ、安心させ、自分たちの領域に引きずり込むと、一気に搾取した。
時に、大銅貨の価値もない壷を名品と言って売りつけた。
時に、架空の大貴族、その派閥に紹介すると誘い、紹介料をせしめた。
時に、偽鉱山の採掘権を売りつけた。
中でも、もっとも”収益”を上げたのは、賭博である。
札を使ったもので、当然、イカサマをした。
ウリ・ダレ子爵は勝ち負けを思うまま調整した。
最下級の貴族、特に成り上がった田舎者は面白いほど引っかかった。
後ろ盾を欲した彼らは、下級貴族とはいえ歴史のあるダレ家とのつながりに飛びついたし、後ろ盾が無い故に真偽を見破るための情報を持っていなかった。
馬鹿みたいに金や家宝を失っていった。
その中でも、詐欺に気づく者もいた。
だが、そもそも後ろ盾がないからウリ・ダレ子爵に近づいた者達だ。
『わたしも騙されたんだ』
などと言われたのなら、引き下がらざるえなかった。
それでも、食らいついてきた者には、ダレ子爵家の名と共に、妻の実家であるリーヴスリー家の名を出して追い払った。
ウリ・ダレ子爵は人生の絶頂に立った。
ダレ子爵領で得られる利益三年分を、この男はたった一年で稼いでいた。
また、とある馬鹿な領持ち男爵からは、その男の領の利益を三十年間得る契約を結んでいた。
その男爵領は何代か前までは王家直轄領で、故にと言うか、王都から近く、土地も肥沃だった。
下手をするとダレ子爵領より多くの金を生み出した。
「ざまぁ~みろ!
妻レギーナ!
ざまぁ~みろ!
母と姉妹!
お前らなんかに一銅貨もやるもんか!」
将来への憂いも失ったウリ・ダレ子爵の生活は自然と派手なものになった。
高級娼館を貸し切りにし、仲間と共に飲み空かした。
王都を走る運河を観覧船で占拠し、馬鹿騒ぎをした。
巨大な浴槽を金貨で満たし、高級娼婦と乱交した。
そんな目立つ行動をすれば、当然絡んでくる者もいたが、ダレ、リーヴスリー両家名に加え、フルト学院の知人等で作った私設騎士団で追い払った。
ウリ・ダレ子爵はそんな生活がいつまでも続くと思っていた。
思っていた……。
だが、そんな生活もあっさり終焉を迎えることとなった。
その日もいつも通り、高級酒場を貸し切りにして、高級娼婦をハベらせながら酒を飲んでいた。
いつもとちょっと違うのは、男爵位の男を取り囲むようにしていたぐらいか。
その男爵の青年は、ウリ・ダレ子爵が詐欺の契約書で多額の借金を背負わせていた。
そんな青年は床に膝を突いた状態で俯き、ウリ・ダレ子爵は仲間と共に彼を取り囲んでいた。
ウリ・ダレ子爵は細かく震えるその青年に向かって、酒の入ったガラス製の酒杯を投げた。
それは男爵の青年の額にぶつかり、彼の服を酒色に染めた。
「ヒャッヒャッヒャ!」と下品な爆笑が当たりに響く。
ウリ・ダレ子爵の仲間の一人が、真似するように投げた。
その容器は重厚に出来ていて、男爵の青年の鼻に当たると赤い物がボトボトこぼれ始めた。
「ヒャッヒャッヒャ!」と下品な爆笑が辺りに響く。
「おらおら!
俺の奢りだ!」
と別の仲間が投げた瓶が男爵の青年の側頭部に当たった。
そこから次から次ぎへと物をぶつけだした。
料理がのった皿を、使ったばかりの匙を、肉を切り取る小刀を、調子に乗った仲間の一人は椅子を持ち上げてぶつけた。
ウリ・ダレ子爵はハベらせている娼婦に向かって、にやにや笑いながら瓶を渡した。
「おい、お前らも投げろ。
貴族様を痛めつけられる絶好の機会だぞ!」
「えぇ~恐れ多いしぃ~」
などと言いながら、娼婦達もキャッキャと笑いながら、瓶を投げる。
男爵の青年は恐怖と屈辱とで体を細かく震わせながら涙を流し、手をぎゅっと握りしめた。
男爵の青年の場合は別段、私利私欲で借金を背負わされたわけではない。
彼の領地は北方の辺境に有り、貧しい場所であった。
穀物は勿論、丸芋すら育ちにくい場所で、さらに冬になれば深く雪が積もった。
なので、飢えるまでは行かないまでも、領民たちは毎年ギリギリの生活を余儀なくされていた。
そんな状況を打破するために、王都で様々な人に出会い、話を聞いていたのだが……。
典型的田舎貴族で、しかも若い彼は余りにも無防備すぎた。
ウリ・ダレ子爵はそんな彼の状況を勿論知っていた。
いや、むしろ知っているからこそ、より酷くいたぶった。
領のためとか言って、馬鹿みたいに懸命になっているその姿を――侮辱したい、汚したい、いたぶりたい。
虚仮にしたくて仕方がない。
だから、酒や調味料、そして、赤い血や涙で汚れた男爵の青年を見て、愉快で仕方がなかった。
ざまぁ~みろ!
ざまぁ~みろ!
しかも、ウリ・ダレ子爵はさらに楽しい”お遊び”を用意していた。
それは、男爵の青年の妻と姉妹である。
男爵の青年が危険だとかいって、辺境からわざわざ連れてきたのである。
先ほどちらりと見たが、三人とも田舎者にしてはなかなか見目が良かった。
ハベらせている都会の娼婦にはない、素朴な貴族婦人と令嬢といった所か。
ウリ・ダレ子爵の姉妹を思い出させる女性だった。
ウリ・ダレ子爵の下半身が疼いた。
(こいつの前で思う存分犯してやる!
ハハァ~楽しみだ!)
ウリ・ダレ子爵は目配せすると、騎士として雇った男がニヤリと笑いながら下がっていく。
それを見送りながら、酒杯を傾ける。
酒精で喉が焼けるのを感じながら、ふらりと立ち上がった。
「うぉ~し、やってやるぞ!
やってやるぞぉ~!」
突然、肩を叩かれた。
非常に不作法である。
少なくとも、絶頂期にあったウリ・ダレ子爵にそんなことをする者はいなかった。
だから、この男は気づくべきだった。
気づくべきだった。
もっとも、仮にこの男が違和感を覚えて、なおかつ状況を把握できたとして――何が出来たわけでもないのだが……。
まして、泥酔寸前のウリ・ダレ子爵にそれを求めるのは、酷というものであった。
「はぁ?」と振り返った男の眼前には、巨躯の騎士が立っていた。
この男が――義父上と呼ぶべき騎士だった。
そんな騎士が、無表情のままウリ・ダレ子爵を見下ろしていた。
だが、酔っぱらったウリ・ダレ子爵の頭は理解が追いつかず、突然降って湧いたように現れた義父に、ただ「はぁ?」と再度漏らした。
その顔面に拳が叩き込まれた。
特に領持ち貴族は、社交の時期が過ぎれば足早に領へと戻る。
王族や大貴族等、頭が上がらない存在が闊歩するのが王都である。
そんな場所よりは、田舎であっても頂点に君臨できる領内で威張っていたい、と言うのが偽らざる本音であった。
ウリ・ダレ子爵もそんな一人であったが、すでに自領は妻レギーナ・ダレによって掌握されている。
それならば、時に上位貴族達から顎で使われる事があっても――幾分ましだった。
ウリ・ダレ子爵は王都の屋敷で上位貴族達に目を付けられないようにビクビクしながらも、過ごすこととなった。
だが、しばらくするとウリ・ダレ子爵の周りに人が集まりだした。
彼らはフルト学院の悪友で、学院に通っていた頃は、よく一緒に賭場や娼館に行った仲だった。
下位貴族や似非貴族の出で、三男、四男といったどう転んでも跡継ぎになれない、何の期待もされない男達であった。
そんな彼らだったが、それ故か”危ない”遊びを熟知していた。
「なあウリ、馬鹿な奴らから金を巻き上げる良い手があるんだけど、乗らないか?」
悪友達のささやきを聞いたウリ・ダレ子爵は大きく目を見開き、ニヤリと笑った。
王都はウリ・ダレ子爵が逆立ちしてもかなわないような上位貴族もいたが、逆に、子爵位より低い貴族もいた。
ウリ・ダレ子爵達はそういう輩達を集めて賭博をし、小金をかすめ取ろうと画策したのだ。
そこで、この男の才が開花することとなる。
ウリ・ダレ子爵は強者には惨めなほど卑屈となるのだが、弱者にはとことん強気になった。
そして、だからと言うべきか、弱い立場な者達に対して柔らかく接することが出来た。
優しく、穏やかに、包み込むように声をかけ、安心させ、自分たちの領域に引きずり込むと、一気に搾取した。
時に、大銅貨の価値もない壷を名品と言って売りつけた。
時に、架空の大貴族、その派閥に紹介すると誘い、紹介料をせしめた。
時に、偽鉱山の採掘権を売りつけた。
中でも、もっとも”収益”を上げたのは、賭博である。
札を使ったもので、当然、イカサマをした。
ウリ・ダレ子爵は勝ち負けを思うまま調整した。
最下級の貴族、特に成り上がった田舎者は面白いほど引っかかった。
後ろ盾を欲した彼らは、下級貴族とはいえ歴史のあるダレ家とのつながりに飛びついたし、後ろ盾が無い故に真偽を見破るための情報を持っていなかった。
馬鹿みたいに金や家宝を失っていった。
その中でも、詐欺に気づく者もいた。
だが、そもそも後ろ盾がないからウリ・ダレ子爵に近づいた者達だ。
『わたしも騙されたんだ』
などと言われたのなら、引き下がらざるえなかった。
それでも、食らいついてきた者には、ダレ子爵家の名と共に、妻の実家であるリーヴスリー家の名を出して追い払った。
ウリ・ダレ子爵は人生の絶頂に立った。
ダレ子爵領で得られる利益三年分を、この男はたった一年で稼いでいた。
また、とある馬鹿な領持ち男爵からは、その男の領の利益を三十年間得る契約を結んでいた。
その男爵領は何代か前までは王家直轄領で、故にと言うか、王都から近く、土地も肥沃だった。
下手をするとダレ子爵領より多くの金を生み出した。
「ざまぁ~みろ!
妻レギーナ!
ざまぁ~みろ!
母と姉妹!
お前らなんかに一銅貨もやるもんか!」
将来への憂いも失ったウリ・ダレ子爵の生活は自然と派手なものになった。
高級娼館を貸し切りにし、仲間と共に飲み空かした。
王都を走る運河を観覧船で占拠し、馬鹿騒ぎをした。
巨大な浴槽を金貨で満たし、高級娼婦と乱交した。
そんな目立つ行動をすれば、当然絡んでくる者もいたが、ダレ、リーヴスリー両家名に加え、フルト学院の知人等で作った私設騎士団で追い払った。
ウリ・ダレ子爵はそんな生活がいつまでも続くと思っていた。
思っていた……。
だが、そんな生活もあっさり終焉を迎えることとなった。
その日もいつも通り、高級酒場を貸し切りにして、高級娼婦をハベらせながら酒を飲んでいた。
いつもとちょっと違うのは、男爵位の男を取り囲むようにしていたぐらいか。
その男爵の青年は、ウリ・ダレ子爵が詐欺の契約書で多額の借金を背負わせていた。
そんな青年は床に膝を突いた状態で俯き、ウリ・ダレ子爵は仲間と共に彼を取り囲んでいた。
ウリ・ダレ子爵は細かく震えるその青年に向かって、酒の入ったガラス製の酒杯を投げた。
それは男爵の青年の額にぶつかり、彼の服を酒色に染めた。
「ヒャッヒャッヒャ!」と下品な爆笑が当たりに響く。
ウリ・ダレ子爵の仲間の一人が、真似するように投げた。
その容器は重厚に出来ていて、男爵の青年の鼻に当たると赤い物がボトボトこぼれ始めた。
「ヒャッヒャッヒャ!」と下品な爆笑が辺りに響く。
「おらおら!
俺の奢りだ!」
と別の仲間が投げた瓶が男爵の青年の側頭部に当たった。
そこから次から次ぎへと物をぶつけだした。
料理がのった皿を、使ったばかりの匙を、肉を切り取る小刀を、調子に乗った仲間の一人は椅子を持ち上げてぶつけた。
ウリ・ダレ子爵はハベらせている娼婦に向かって、にやにや笑いながら瓶を渡した。
「おい、お前らも投げろ。
貴族様を痛めつけられる絶好の機会だぞ!」
「えぇ~恐れ多いしぃ~」
などと言いながら、娼婦達もキャッキャと笑いながら、瓶を投げる。
男爵の青年は恐怖と屈辱とで体を細かく震わせながら涙を流し、手をぎゅっと握りしめた。
男爵の青年の場合は別段、私利私欲で借金を背負わされたわけではない。
彼の領地は北方の辺境に有り、貧しい場所であった。
穀物は勿論、丸芋すら育ちにくい場所で、さらに冬になれば深く雪が積もった。
なので、飢えるまでは行かないまでも、領民たちは毎年ギリギリの生活を余儀なくされていた。
そんな状況を打破するために、王都で様々な人に出会い、話を聞いていたのだが……。
典型的田舎貴族で、しかも若い彼は余りにも無防備すぎた。
ウリ・ダレ子爵はそんな彼の状況を勿論知っていた。
いや、むしろ知っているからこそ、より酷くいたぶった。
領のためとか言って、馬鹿みたいに懸命になっているその姿を――侮辱したい、汚したい、いたぶりたい。
虚仮にしたくて仕方がない。
だから、酒や調味料、そして、赤い血や涙で汚れた男爵の青年を見て、愉快で仕方がなかった。
ざまぁ~みろ!
ざまぁ~みろ!
しかも、ウリ・ダレ子爵はさらに楽しい”お遊び”を用意していた。
それは、男爵の青年の妻と姉妹である。
男爵の青年が危険だとかいって、辺境からわざわざ連れてきたのである。
先ほどちらりと見たが、三人とも田舎者にしてはなかなか見目が良かった。
ハベらせている都会の娼婦にはない、素朴な貴族婦人と令嬢といった所か。
ウリ・ダレ子爵の姉妹を思い出させる女性だった。
ウリ・ダレ子爵の下半身が疼いた。
(こいつの前で思う存分犯してやる!
ハハァ~楽しみだ!)
ウリ・ダレ子爵は目配せすると、騎士として雇った男がニヤリと笑いながら下がっていく。
それを見送りながら、酒杯を傾ける。
酒精で喉が焼けるのを感じながら、ふらりと立ち上がった。
「うぉ~し、やってやるぞ!
やってやるぞぉ~!」
突然、肩を叩かれた。
非常に不作法である。
少なくとも、絶頂期にあったウリ・ダレ子爵にそんなことをする者はいなかった。
だから、この男は気づくべきだった。
気づくべきだった。
もっとも、仮にこの男が違和感を覚えて、なおかつ状況を把握できたとして――何が出来たわけでもないのだが……。
まして、泥酔寸前のウリ・ダレ子爵にそれを求めるのは、酷というものであった。
「はぁ?」と振り返った男の眼前には、巨躯の騎士が立っていた。
この男が――義父上と呼ぶべき騎士だった。
そんな騎士が、無表情のままウリ・ダレ子爵を見下ろしていた。
だが、酔っぱらったウリ・ダレ子爵の頭は理解が追いつかず、突然降って湧いたように現れた義父に、ただ「はぁ?」と再度漏らした。
その顔面に拳が叩き込まれた。
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