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第六章
とある平民達のお話7
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政務官の説明が終わった後、執務室にてエリージェ・ソードル自ら、四人の平民と個別の面談を行うこととなった。
それは、呼ばれた者が執務室に入り、机の席に座る女の前に立つ形で進められる。
最初は老人ヨナスだった。
「あのう、お嬢様」
と老人ヨナスは窺うように話しかける。
「わしはもう、引退した身ですがのう……」
それに対して、エリージェ・ソードルは分かっているというように頷いて見せた。
「安心なさい。
あなたは元の部署にしてあげるから。
あ、ただ役職無しだから取りあえずは給金は下がってしまうけど、よろしくね」
「いや、そうじゃないんじゃが……」
と老人ヨナスはガックリと肩を落とした。
その様子に、エリージェ・ソードルは小首を捻る。
「あら、それとも別の場所に移りたいのかしら?
そうねぇ、元部下の下に付くのも嫌かもしれないわね……。
だったら、教育でもする?」
「教育、ですかな?」
「ええ、経験を若手に伝える役よ。
あ、ただ今は人手が足りてないから、それが落ち着いてからとなるけど」
「……そうですなぁ」
老人ヨナスが少しやる気を見せたので、エリージェ・ソードルは資料にその旨を書き込んだ。
二人目は青年マルコだ。
「公爵代行様、改めてになりますが、妻を救っていただき、ありがとうございます」
深々と頭を下げる青年マルコに対して、エリージェ・ソードルは「不要よ」と言いつつ机の上に紙を滑らせた。
治療に対する領収書だった。
青年マルコが(ですよねぇ)と内心がっかりしている事など知る由もない女は、「給金から天引きするから」と説明を加えた。
領収書を読んでいた青年マルコはそれに気づき、顔を上げた。
「お嬢様、ここには治療分しか載っていないのですが?」
そう、同時に行った沈痛を含む他の魔術が載っていないのだ。
それに対して、エリージェ・ソードルはあっさり言った。
「だから不要よ。
その分はわたくしの都合だから」
この女としては、さっさと治療を終わらせるために追加した分は、自分の都合だと治療費を持ったのだが、青年マルコにとっては衝撃的なことだった。
それも当然だ。
本来であれば、紹介料も含めて自分が払わなくてはならない。
それを合わせれば、ここに書かれている治療費の三倍近くになるだろう。
それを、それを……。
「その分、しっかり働いてね」
というエリージェ・ソードルの言葉に、目を潤ませながら、「畏まりました!」と深々と頭を下げるのも無理からぬ事だった。
三人目は娘ザンドラだった。
「”伏先生”については残念だったわ。
こんな事だったら、もっと早く行けば良かったわね」
「父をご存じなのですか!?」
娘ザンドラは目を見開く。
「噂でね。
癖はあるけど、上手く使えば役に立つと聞いていたわ」
なので”今回”、この女は親子共々”拾って”来ようと思っていたのだが……。
流石に、父親”の”死んだ時期までは把握していなかったので、間に合わなかったのだ。
しかも、娘の方はどこぞやに連れて行かれたと聞いて、この女も慌てたものだ。
「そう、ですか……」
仕官は出来なかった……。
ただ、それでも大貴族の公爵代行様の目には留まっていたのだ。
娘ザンドラの瞳がうっすらと滲む。
ただ、エリージェ・ソードルは特に気にすることもなく、話を続ける。
「で、あなたは何が出来るのかしら?
あなたもそこそこの良い人材と聞いてるけど?」
娘ザンドラは姿勢を正し、エリージェ・ソードルに向き直る。
「わたしはどこかに仕えたことはありませんが、父の仕事の調整役をしていました。
物事を取りまとめることに関してはそれなりに出来ると自負しています」
「ふ~ん」
(それが本当なら、凄いわね)
とエリージェ・ソードルは思った。
間に入って調整するのは非常に難しい。
上司と部下、依頼者と職人、役人と領民……。
双方が自分に都合の良い事を――場合によっては無責任なことを――主張する中で調整する。
世間ではそういった立場の人間は余り評価されない。
だが、この女はエリージェ式を作る上で、その困難を正しく理解していた。
エリージェ式では”指示書”という場合によっては命令書を渡すことで、中間に立つ者の助けとしたが、そんな単純な事で上手く行く事ばかりではない。
それが本当に上手くできるのであれば――なかなかの拾いものになるのだが……。
エリージェ・ソードルは頷きながら、書類にその旨を書き込む。
「分かったわ。
ただ、申し訳ないけど、現状は人手不足のため雑用ばかりになってしまうけれど……。
おいおい、あなたの力が振るえる場所に配属するから」
「!?
ありがとうございます!」
娘サンドラは思った以上に気を使って貰えることに少し安堵した。
そんな娘サンドラに、この女にしては珍しく言いよどむ。
「ただ、人の趣味をとやかく言いたくはないんだけど……。
その格好、何とかして貰えないかしら?」
娘ザンドラの顔がパッと赤くなる。
そして、青年マルコの上着を寄せ、体を縮こまらせると、小さく叫んだ。
「これはわたしの趣味ではありません!」
「あらそう?
平民の間で流行っているのかと思ったわ」
「違います、違いますから!」
そんなやりとりをしていると、護衛として脇に控えていた女騎士ジェシー・レーマーが苦笑しながら間に入る。
「お嬢様、さきほどミーナに替えを用意させましたので、のちほど別室にて着替えさせようと思います。
よろしいでしょうか?」
「あら、ありがとう。
よろしくね」
「畏まりました」と女騎士ジェシー・レーマーが頭を下げるので、娘ザンドラは「お手間をおかけします」と申し訳なさそうに眉を寄せ、それよりも深々と頭を下げた。
そんな娘ザンドラにエリージェ・ソードルは退出するように指示を出したのだが、娘ザンドラは意を決したような顔で向き直った。
「公爵代行様、申し訳ございません。
もう一つ、よろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「実は父より、わたしが仕えるようになったら主に渡すよう指示を出されたものがありまして」
そう言いながら、大型の鍵を取り出し女騎士ジェシー・レーマーに渡した。
女騎士ジェシー・レーマーは軽く見聞した後に、エリージェ・ソードルの前に静かに置いた。
随分精巧な鍵のようで、半ばから先までに複雑な突起が並んでいた。
「これは?」
とエリージェ・ソードルが訊ねると、娘ザンドラは説明をする。
「これは、父の集めた、または執筆した書物が保管されている倉の鍵になります。
父は生前、為政者が喉から手が出るほど欲しがる物、と話していました。
実際、法務協会の協会長を始めとして、多くの知識人がその蔵書の数々に舌を巻いておりました。
むろん、公爵代行様ほどの大貴族から見れば、大したものでは無いかも知れません。
それでも、何かしらの参考になる物と、わたしは確信しております」
「ふ~ん」とこの女は鍵をつまみ上げながら少し考える。
この女としては、多少興味はある。
”前回”のこの女、とにかく人不足に悩まされた。
様々な問題に対して、公爵領一の知恵者である家令マサジ・モリタをしても答えが出ないものが多くあったのだ。
そのこともあり、平民の伏先生とやらに対する興味が強くなっていた。
伏先生が家令マサジ・モリタより賢いとは思っていなかったが、貴族の目線では見えないものが見えているのではないか?
そう期待していた。
だが、本を自ら読むことに対して――少々抵抗感があった。
抵抗感というか、有り体に言えば面倒くさかった。
公務のために時間がないこともある。
役に立つか立たないか分からない本の為に時間を費やす……。
それならば、実務をした方がよいと思ってしまうのだ。
ただ、放置するのも勿体ない。
などとも思った。
「ねえ、ザンドラ、それって何冊ほどある?」
「千冊ほどになります」
この女、決断した。
「分かったわ。
近々、取りに行きましょう」
「はい!」
と娘ザンドラが深々と頭を下げるのを見ながら、
(ま、取りあえず運んでから、おいおい考えましょう)
と思った。
この女、後にそのことを深く後悔する事となる。
最後は少女ミラであった。
「ミラ、あなたと義母らの関係は無くなったから。
そのつもりでね」
「え?」
先ほど、『いい加減、鍋を下ろしなさい』と指示を受け、床にそれを下ろしていた少女ミラが中腰の状態で目を丸くした。
それに対して、扇できちんと立つように指示を出した後、エリージェ・ソードルは説明をした。
「わたくしが”あれら”に、あなたとの関係を問いただしたら、『あの子とは一切関係ありません!』とぎゃあぎゃあ言い始めたから、わたくし、あの家にいる輩を全員、追い出したの」
「は、はぁ?
あ、いえ、わたしとしては問題無いですが……」
少女ミラは呆然としながらも、そう答えた。
実際の所は、少女ミラが護送車に押し込まれるのを見たミラの義母が、少女ミラが犯罪行為を働いたのかと勝手に恐慌状態になり――その騒ぎように面倒になったエリージェ・ソードルが、『関係ないなら、何故、あの子の家に居座っているの?』と追い出したのだ。
そして、ミラの義母や使用人らを含む全員が着の身着のままで呆然とする中、屋敷に数人の騎士を配置し、少女ミラ以外を絶対に入れないようにと言明したのが真相だが、詳しく説明をしない女のために、少女ミラはただただ混乱した。
「ああ、後、魔力完全除去技術の特許はあなたに戻しておいたから」
「ええぇ!?」
少女ミラは驚愕に目を見開いた。
エリージェ・ソードルが少女ミラの義母らを追い出した理由にもう一つ、魔力完全除去技術の特許の問題があった。
少女ミラの義母らは自身の財布の中身しか興味のないクズだった。
しかも、魔力完全除去技術がどれほどのものか、どれほどの影響力があるのか理解できない馬鹿でもあった。
また、直接相手にしてるのが魔石加工の職人、つまり平民だったことも災いした。
常識では考えられないほどの金額をふっかけたのである。
それで貴族や大貴族がどれほど迷惑を被るのか、理解せずにである。
だから、エリージェ・ソードルはなんやかんや理由を付けて、彼女らから特許を取り上げた。
”前回”も、そして、”今回”もである。
「そ、そんな……。
取り返して、下さったのですか?」
父の、そして、それを支えた母の成果である、魔力完全除去技術の特許が手に戻ってくる。
少女ミラにとって、それは得られる金額などどうでも良いものだった。
ただただ、少女ミラの家族の魂とも呼べる大切な物だった。
それを取り返して下さった。
エリージェ・ソードルの思惑はどうであれ、少女ミラにとって感涙にむせぶほどのものだった。
だが、エリージェ・ソードルはそんな少女ミラの姿など特に気にしない。
なぜなら、この女にとっては”こちらの”都合で取り返しただけなのである。
だから、感謝される云われもないと思っていた。
なので、さっさと話を続ける。
「ただ、あなたは十五才前でしょう?
なので、わたくしがあなたの後見人になってあげるわ。
また、特許料はあなたの元に入れさせるけど、金額の指定はこちらで行う事とするわ」
「え?
公爵代行様が後見人ですか?」
聞き返す少女ミラに対して、話を遮られたエリージェ・ソードルは少し苛立ち気味に「なにか問題でも?」と訊ね返した。
エリージェ・ソードルが高貴という事もある。
だが何より、年齢が自分と同じか、下手すると下のご令嬢が”後見人”というのは――明らかにおかしな話である。
だが、その怒気にすくみ上がった少女ミラは、手と首を何度も横に振りながら、「いえいえ! 恐れ多いことです! ありがとうございます!」と答えるしかなかった。
それは、呼ばれた者が執務室に入り、机の席に座る女の前に立つ形で進められる。
最初は老人ヨナスだった。
「あのう、お嬢様」
と老人ヨナスは窺うように話しかける。
「わしはもう、引退した身ですがのう……」
それに対して、エリージェ・ソードルは分かっているというように頷いて見せた。
「安心なさい。
あなたは元の部署にしてあげるから。
あ、ただ役職無しだから取りあえずは給金は下がってしまうけど、よろしくね」
「いや、そうじゃないんじゃが……」
と老人ヨナスはガックリと肩を落とした。
その様子に、エリージェ・ソードルは小首を捻る。
「あら、それとも別の場所に移りたいのかしら?
そうねぇ、元部下の下に付くのも嫌かもしれないわね……。
だったら、教育でもする?」
「教育、ですかな?」
「ええ、経験を若手に伝える役よ。
あ、ただ今は人手が足りてないから、それが落ち着いてからとなるけど」
「……そうですなぁ」
老人ヨナスが少しやる気を見せたので、エリージェ・ソードルは資料にその旨を書き込んだ。
二人目は青年マルコだ。
「公爵代行様、改めてになりますが、妻を救っていただき、ありがとうございます」
深々と頭を下げる青年マルコに対して、エリージェ・ソードルは「不要よ」と言いつつ机の上に紙を滑らせた。
治療に対する領収書だった。
青年マルコが(ですよねぇ)と内心がっかりしている事など知る由もない女は、「給金から天引きするから」と説明を加えた。
領収書を読んでいた青年マルコはそれに気づき、顔を上げた。
「お嬢様、ここには治療分しか載っていないのですが?」
そう、同時に行った沈痛を含む他の魔術が載っていないのだ。
それに対して、エリージェ・ソードルはあっさり言った。
「だから不要よ。
その分はわたくしの都合だから」
この女としては、さっさと治療を終わらせるために追加した分は、自分の都合だと治療費を持ったのだが、青年マルコにとっては衝撃的なことだった。
それも当然だ。
本来であれば、紹介料も含めて自分が払わなくてはならない。
それを合わせれば、ここに書かれている治療費の三倍近くになるだろう。
それを、それを……。
「その分、しっかり働いてね」
というエリージェ・ソードルの言葉に、目を潤ませながら、「畏まりました!」と深々と頭を下げるのも無理からぬ事だった。
三人目は娘ザンドラだった。
「”伏先生”については残念だったわ。
こんな事だったら、もっと早く行けば良かったわね」
「父をご存じなのですか!?」
娘ザンドラは目を見開く。
「噂でね。
癖はあるけど、上手く使えば役に立つと聞いていたわ」
なので”今回”、この女は親子共々”拾って”来ようと思っていたのだが……。
流石に、父親”の”死んだ時期までは把握していなかったので、間に合わなかったのだ。
しかも、娘の方はどこぞやに連れて行かれたと聞いて、この女も慌てたものだ。
「そう、ですか……」
仕官は出来なかった……。
ただ、それでも大貴族の公爵代行様の目には留まっていたのだ。
娘ザンドラの瞳がうっすらと滲む。
ただ、エリージェ・ソードルは特に気にすることもなく、話を続ける。
「で、あなたは何が出来るのかしら?
あなたもそこそこの良い人材と聞いてるけど?」
娘ザンドラは姿勢を正し、エリージェ・ソードルに向き直る。
「わたしはどこかに仕えたことはありませんが、父の仕事の調整役をしていました。
物事を取りまとめることに関してはそれなりに出来ると自負しています」
「ふ~ん」
(それが本当なら、凄いわね)
とエリージェ・ソードルは思った。
間に入って調整するのは非常に難しい。
上司と部下、依頼者と職人、役人と領民……。
双方が自分に都合の良い事を――場合によっては無責任なことを――主張する中で調整する。
世間ではそういった立場の人間は余り評価されない。
だが、この女はエリージェ式を作る上で、その困難を正しく理解していた。
エリージェ式では”指示書”という場合によっては命令書を渡すことで、中間に立つ者の助けとしたが、そんな単純な事で上手く行く事ばかりではない。
それが本当に上手くできるのであれば――なかなかの拾いものになるのだが……。
エリージェ・ソードルは頷きながら、書類にその旨を書き込む。
「分かったわ。
ただ、申し訳ないけど、現状は人手不足のため雑用ばかりになってしまうけれど……。
おいおい、あなたの力が振るえる場所に配属するから」
「!?
ありがとうございます!」
娘サンドラは思った以上に気を使って貰えることに少し安堵した。
そんな娘サンドラに、この女にしては珍しく言いよどむ。
「ただ、人の趣味をとやかく言いたくはないんだけど……。
その格好、何とかして貰えないかしら?」
娘ザンドラの顔がパッと赤くなる。
そして、青年マルコの上着を寄せ、体を縮こまらせると、小さく叫んだ。
「これはわたしの趣味ではありません!」
「あらそう?
平民の間で流行っているのかと思ったわ」
「違います、違いますから!」
そんなやりとりをしていると、護衛として脇に控えていた女騎士ジェシー・レーマーが苦笑しながら間に入る。
「お嬢様、さきほどミーナに替えを用意させましたので、のちほど別室にて着替えさせようと思います。
よろしいでしょうか?」
「あら、ありがとう。
よろしくね」
「畏まりました」と女騎士ジェシー・レーマーが頭を下げるので、娘ザンドラは「お手間をおかけします」と申し訳なさそうに眉を寄せ、それよりも深々と頭を下げた。
そんな娘ザンドラにエリージェ・ソードルは退出するように指示を出したのだが、娘ザンドラは意を決したような顔で向き直った。
「公爵代行様、申し訳ございません。
もう一つ、よろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「実は父より、わたしが仕えるようになったら主に渡すよう指示を出されたものがありまして」
そう言いながら、大型の鍵を取り出し女騎士ジェシー・レーマーに渡した。
女騎士ジェシー・レーマーは軽く見聞した後に、エリージェ・ソードルの前に静かに置いた。
随分精巧な鍵のようで、半ばから先までに複雑な突起が並んでいた。
「これは?」
とエリージェ・ソードルが訊ねると、娘ザンドラは説明をする。
「これは、父の集めた、または執筆した書物が保管されている倉の鍵になります。
父は生前、為政者が喉から手が出るほど欲しがる物、と話していました。
実際、法務協会の協会長を始めとして、多くの知識人がその蔵書の数々に舌を巻いておりました。
むろん、公爵代行様ほどの大貴族から見れば、大したものでは無いかも知れません。
それでも、何かしらの参考になる物と、わたしは確信しております」
「ふ~ん」とこの女は鍵をつまみ上げながら少し考える。
この女としては、多少興味はある。
”前回”のこの女、とにかく人不足に悩まされた。
様々な問題に対して、公爵領一の知恵者である家令マサジ・モリタをしても答えが出ないものが多くあったのだ。
そのこともあり、平民の伏先生とやらに対する興味が強くなっていた。
伏先生が家令マサジ・モリタより賢いとは思っていなかったが、貴族の目線では見えないものが見えているのではないか?
そう期待していた。
だが、本を自ら読むことに対して――少々抵抗感があった。
抵抗感というか、有り体に言えば面倒くさかった。
公務のために時間がないこともある。
役に立つか立たないか分からない本の為に時間を費やす……。
それならば、実務をした方がよいと思ってしまうのだ。
ただ、放置するのも勿体ない。
などとも思った。
「ねえ、ザンドラ、それって何冊ほどある?」
「千冊ほどになります」
この女、決断した。
「分かったわ。
近々、取りに行きましょう」
「はい!」
と娘ザンドラが深々と頭を下げるのを見ながら、
(ま、取りあえず運んでから、おいおい考えましょう)
と思った。
この女、後にそのことを深く後悔する事となる。
最後は少女ミラであった。
「ミラ、あなたと義母らの関係は無くなったから。
そのつもりでね」
「え?」
先ほど、『いい加減、鍋を下ろしなさい』と指示を受け、床にそれを下ろしていた少女ミラが中腰の状態で目を丸くした。
それに対して、扇できちんと立つように指示を出した後、エリージェ・ソードルは説明をした。
「わたくしが”あれら”に、あなたとの関係を問いただしたら、『あの子とは一切関係ありません!』とぎゃあぎゃあ言い始めたから、わたくし、あの家にいる輩を全員、追い出したの」
「は、はぁ?
あ、いえ、わたしとしては問題無いですが……」
少女ミラは呆然としながらも、そう答えた。
実際の所は、少女ミラが護送車に押し込まれるのを見たミラの義母が、少女ミラが犯罪行為を働いたのかと勝手に恐慌状態になり――その騒ぎように面倒になったエリージェ・ソードルが、『関係ないなら、何故、あの子の家に居座っているの?』と追い出したのだ。
そして、ミラの義母や使用人らを含む全員が着の身着のままで呆然とする中、屋敷に数人の騎士を配置し、少女ミラ以外を絶対に入れないようにと言明したのが真相だが、詳しく説明をしない女のために、少女ミラはただただ混乱した。
「ああ、後、魔力完全除去技術の特許はあなたに戻しておいたから」
「ええぇ!?」
少女ミラは驚愕に目を見開いた。
エリージェ・ソードルが少女ミラの義母らを追い出した理由にもう一つ、魔力完全除去技術の特許の問題があった。
少女ミラの義母らは自身の財布の中身しか興味のないクズだった。
しかも、魔力完全除去技術がどれほどのものか、どれほどの影響力があるのか理解できない馬鹿でもあった。
また、直接相手にしてるのが魔石加工の職人、つまり平民だったことも災いした。
常識では考えられないほどの金額をふっかけたのである。
それで貴族や大貴族がどれほど迷惑を被るのか、理解せずにである。
だから、エリージェ・ソードルはなんやかんや理由を付けて、彼女らから特許を取り上げた。
”前回”も、そして、”今回”もである。
「そ、そんな……。
取り返して、下さったのですか?」
父の、そして、それを支えた母の成果である、魔力完全除去技術の特許が手に戻ってくる。
少女ミラにとって、それは得られる金額などどうでも良いものだった。
ただただ、少女ミラの家族の魂とも呼べる大切な物だった。
それを取り返して下さった。
エリージェ・ソードルの思惑はどうであれ、少女ミラにとって感涙にむせぶほどのものだった。
だが、エリージェ・ソードルはそんな少女ミラの姿など特に気にしない。
なぜなら、この女にとっては”こちらの”都合で取り返しただけなのである。
だから、感謝される云われもないと思っていた。
なので、さっさと話を続ける。
「ただ、あなたは十五才前でしょう?
なので、わたくしがあなたの後見人になってあげるわ。
また、特許料はあなたの元に入れさせるけど、金額の指定はこちらで行う事とするわ」
「え?
公爵代行様が後見人ですか?」
聞き返す少女ミラに対して、話を遮られたエリージェ・ソードルは少し苛立ち気味に「なにか問題でも?」と訊ね返した。
エリージェ・ソードルが高貴という事もある。
だが何より、年齢が自分と同じか、下手すると下のご令嬢が”後見人”というのは――明らかにおかしな話である。
だが、その怒気にすくみ上がった少女ミラは、手と首を何度も横に振りながら、「いえいえ! 恐れ多いことです! ありがとうございます!」と答えるしかなかった。
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