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第二章
見覚えのある、あり得ない風景
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……。
…。
。
必死にのばした手をすり抜ける様に、指輪印が赤い絨毯の上を一回、二回と転がった。
エリージェ・ソードルは膝を突くと、それを素早く拾った。
これは、公爵家の、公爵家に仕える者達の、公爵領の領民達の――そのすべての命運を宿しているといっても言い過ぎでは無い、大切なものだ。
だからこそ、エリージェ・ソードルの中で最も安心できる場所に入れていたのだ。
エリージェ・ソードルは慎重に指輪印を調べた。
どうやら、傷などは付いていないようだ。
ほっとしたエリージェ・ソードルだったが、その後、妙な違和感を感じた。
おかしかった。
そもそも、絨毯が赤いのがおかしかった。
生徒会室は薄目の青だった。
しかも、気付くと雷鳴が止み、辺りはやけに明るかった。
そして何よりも、である。
(え?)
エリージェ・ソードルは指輪印を摘む、自身の手を思わず見直した。
妙に小さかった。
それに、右手中指にあるはずの――公爵代理になり、取れる事無く石のように固まってしまった筆たこが――無い。
いや、触れてみるとかすかにその傾向は見え始めてはいる。
それがまるで、昔に戻ったかのように――。
「エリージェ」と突然頭上から声を掛けられた。
その声色にはどこか嘲笑の色が籠められていた。
反射的に顔を上げたエリージェ・ソードルは目を大きく見開いた。
その視線の先にはあり得ない人物が立っていたのだ。
「なんだお前は、そんなにそれが欲しかったのか。
だったら、お前がそれを持っていればいい。
執務もそんなに簡単なら、お前がやればいい」
「……はぁ?」
この女にしては珍しく、間の抜けた声を上げた。
あり得ない人物――それは、何年も前に殺したはずの父親だった。
いるはずの無い男は、傲岸な笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。
困惑するエリージェ・ソードルを、父ルーベ・ソードルは鼻で笑った。
そして、背を向けるとさっさと離れていく。
なに……かしら、これ?
夢なのかしら?
エリージェ・ソードルは混乱した。
この女、頭はそこまで良くない。
状況把握能力も、状況整理能力も、人並み程度だ。
だからただ、訳が分からない。
そういえば、自分は先ほど殺されたのではないだろうか?
なのに、何故こんな事に?
それに拍車をかける人物が横から現れた。
「ルーベ様!
お待ち下さい、お嬢様はただ!」
(ジン!?)
父を追う老執事の足取りは乱れ、今にも転びそうだった。
”前回”、全く気付くことが出来なかった彼の様子が、目の前で繰り広げられている。
エリージェ・ソードルは多くの失敗をして来た。
公爵領で、王都で、学園で。
もっと上手く立ち回っていれば、苦労も、悔しさも、失望も、しなくて良かったかもしれない。
そんなことの繰り返しだった。
だが、この女、そのほとんどに対して反省はしても、後悔はしない。
なぜなら、その一つ一つの選択は結果として最善ではなかったが、その場において自身が考えついた最高のものだと信じていたからだ。
ならば、それ以上は望めない。
自分が自分である限り、望めないのであれば考える意味はない。
裏返せば、それほど真剣に事に当たってきたとの自負があった。
だが、そんなエリージェ・ソードルに数少ない、いや、唯一、後悔したことがあった。
それは、老執事ジン・モリタを助けられなかったことだ。
この事ばかりはごく普通に後悔した。
時折思い出しては、ああすれば良かった、こうすれば良かったと繰り返した。
無駄なことを過度に嫌い、改善の天才と呼ばれた女が、羊を失った農婦が空虚に糸車を回し続けるかのように考え続けた。
だからこそだろう、現状が全く理解できていないエリージェ・ソードルではあったが、この時、すぐに行動できた。
「ジン!」
エリージェ・ソードルは慎重に、でも正しく聞こえるように声をかけた。
あまり感情を乗せてはいけない。
不安にさせてはいけない。
でないと、心臓に負担がかかってしまうのだ。
そう、老執事ジン・モリタの死因は心臓の病気なのだ。
だから、極力落ち着かせなくてはならなかった。
「は、はい」
ジン・モリタが振り向く。
この老執事はどんな時でも、エリージェ・ソードルを無視しない。
そういう男だ。
エリージェ・ソードルは立ち上がる。
そして、彼に駆け寄ると、見上げながらその左手をぎゅっと掴む。
老執事ジン・モリタの息が荒い。
胸が痛いのか苦しいのか、そこに大きくて厚い右手を当てている。
だがそれでもなお、さっさと階段を下りていくルーベ・ソードルが気になるのか、少しじれたように、視線を動かしていた。
エリージェ・ソードルはそんな老執事の目を見つめ、ゆっくりと言った。
「ジン、一生のお願いがあるの」
「一生の、でございますか?」
彼にしては珍しくポカンとした顔でエリージェ・ソードルを見下ろしている。
いや、珍しいというのはエリージェ・ソードルのほうだろう。
一生の――などといういかにも子供が言いそうな台詞は、この女には似合わない。
それこそ、一生に有るか無いかだ。
「今からしばらく、絶対安静にして欲しいの。
守ってくれるわよね?」
「お嬢様?
何を?」
困惑する老執事ジン・モリタを手で制して、女は駆けた。
そして、客間の一つに飛び込むと、侍女長、シンディ・モリタを呼んだ。
老執事ジン・モリタの妻であるシンディ・モリタは、この時間、各部屋の確認作業を行っている所で、”今回”、エリージェ・ソードルはこの瞬間、どこの部屋にいるのかを”知って”いた。
突然入ってきたエリージェ・ソードルに、シンディ・モリタは目を丸くしたが、老執事ジン・モリタの体調が悪そうだと伝えると、思い当たる節があるのか、早足について来た。
「とりあえず、その部屋で休ませて」
エリージェ・ソードルはシンディ・モリタに指示を出すと、呆然とする老執事ジン・モリタの横を通り過ぎ、階段を駆け下りた。
「あ、あなた!
顔が真っ青よ!?」
後ろから侍女長シンディ・モリタの声が聞こえるが、エリージェ・ソードルはそのままに、階段を駆け下りる。
「お嬢様!?」
途中にいた侍女ミーナ・ウォールが目を丸くしたが、その前を素通りする。
前回は彼女に任せて”失敗”した。
だから、今回はエリージェ・ソードル自ら行わなくてはならないのだ。
普段、誰かしらに開けて貰う玄関の扉を自ら開けた。
その後ろから侍女ミーナ・ウォールを初めとする何人かが、慌てて何かを言っているが、エリージェ・ソードルは無視して、外に出る。
馬車を待つ父ルーベ・ソードルと荷物を持つ執事見習いラース・ベンダーが、幾人かの護衛に守られながら立っていた。
ルーベ・ソードルはエリージェ・ソードルに気づくと、嫌そうに顔をしかめたが、エリージェ・ソードルはそれも無視をした。
ずかずかと進むと父親を背にしながら前に立つ。そして、普段から腰につけている小さな鞄から万年筆と畳まれた指示書、そして、下敷きを取り出した。
指示書は伸ばすと大人の男性の手のひらより少し大きいぐらいだ。
エリージェ・ソードルは木製の下敷きを駆使し、慣れた手つきで書き込んでいく。
「何をしている?」
と、父ルーベ・ソードルが後ろから苛立たしげに訊ねてくるが、無視をした。
しばらくすると、公爵家の箱馬車がやってくる。
エリージェ・ソードルはルーベ・ソードルのそばにいた従者見習いラース・ベンダーに紙を渡し、御者である中年の男、ニコ・ベルナーに渡すように指示を出した。
彼は普段から、この幼いお嬢様を尊敬していたので、速やかにそれに従った。
エリージェ・ソードルは御者ニコ・ベルナーに向かって叫んだ。
「今から、魔術治療院に行って、ブレーメ先生を呼んできて!
心臓病患者がいるのですぐ来て欲しいと言ってね!
急いで!」
「おい!」
後ろで父ルーベ・ソードルが声を張り上げたが、エリージェ・ソードルは無視して、ニコ・ベルナーに進むよう促した。
ニコ・ベルナーは一瞬、ルーベ・ソードルを気にしたが、「畏まりました!」と馬に鞭を入れた。
ルーベ・ソードルがなにやら叫びながら追いかけるも、馬車はそのまま屋敷を出ていく。
エリージェ・ソードルはそれを見送ると、中に入った。
エリージェ・ソードルが駆け戻ると、廊下に座り込んだ老執事ジン・モリタと侍女長シンディ・モリタがなにやら言い合いをしていた。
その周りを侍女達がおろおろしている。
「どうしたの?」
エリージェ・ソードルが訊ねると、ジン・モリタが視線を向けてきた。
顔からは血の気が無くなり、汗が溢れるように流れ、息を荒げながら――それでも訊ねてくる。
「お嬢様!
ルーベ様は……」
エリージェ・ソードルをして、その忠義に息を飲んだ。
「……ジン」
エリージェ・ソードルは老執事の脇に座ると、彼の手を握った。
大きく、使い込まれたそれは、少しひんやりしているように思えた。
エリージェ・ソードルはそれが少しでも温かくなるように、ぎゅっと握った。
「ねえ、ジン。
わたくし、今あなたがいなくなると、本当に、本当に困るの。
ジンならそれぐらい分かるでしょう?
ねえジン、あなたはこんな時に、わたくしを一人にしないわよね?」
「お、お嬢様……?」
ジン・モリタは信じられないものを見るように、目を見開く。
この老執事の中で、この幼いお嬢様は、どんな時も、どんな相手にも弱々しい姿を見せることがない。
少なくとも、公爵領の運営に関わるようになってからは、そんな存在であった。
そんな彼女が懇願していた。
握る手を微かに振るわせながら、祈るように、彼の老いた手を自分の頬に当てた。
「ねえ、ジン。
一生のお願い。
今はゆっくりと休んで」
「……畏まりました」
老執事ジン・モリタの目から、ボロリボロリと涙がこぼれ落ちる。
エリージェ・ソードルが侍女長シンディ・モリタに視線を向ける。
老齢の彼女は、それを感じさせない強い目で頷いて見せた。
一刻が過ぎたあたりで、医療魔術の第一人者、ベルトナ・ブレーメがやってきた。
彼の治療の甲斐もあり、老執事ジン・モリタは一命を取り留めた。
ただ、医師ベルトナ・ブレーメからはキツく釘を差された。
「良いですかな。
今後、これまでのように働かせてはなりませんよ。
そのようなことをすれば、命はないものと思いなさい!」
それには、エリージェ・ソードルも頭を深く下げるしかなかった。
医師ベルトナ・ブレーメとその助手が片づける様子を眺めていると、御者であるニコ・ベルナーが少し困ったような顔で近寄ってきた。
エリージェ・ソードルはそれに気づくと、彼の手を軽く叩きながら、労をねぎらった。
「こんなに早く先生をお連れできたのは、本当に素晴らしい事よ。
あなたのおかげでジンは一命を取り戻したと言っても過言じゃないわ。
先生を送り届けた後、わたくしの所に来て頂戴。
報奨金を弾むから」
この女、使用人の働きに対して大きく評価をし、それを示す。
だからこそ、この女への使用人たちの評判はすこぶる良い。
感情表現が苦手なこの女が、一生懸命感謝の意を伝えようと身振り手振りをする様子は洗練してるとはとても言えなかった。
だが、そこには一種の愛敬のようなものがあり『へんに愛想が良くない分、胸に来る』などと言う者も多くいた。
その中の一人である御者ニコ・ベルナーではあったが、今は喜ぶでもなく、少し気まずそうに笑いながら頬を掻いた。
「ありがとうございます、お嬢様。
ただ、あのう~
先ほどご主人様からクビを言い渡されてしまいまして……」
「……ご主人様?
誰のことを言っているの?」
エリージェ・ソードルは小首を捻った。
これには、ニコ・ベルナーも、近くにいた侍女も、さらに言うなら、耳に入ってしまった医師ベルトナ・ブレーメも苦笑した。
御者ニコ・ベルナーは困ったように言い直す。
「お父上様――公爵様のことで」
「ああ」
エリージェ・ソードルはなるほど、と思った。
この女の中で父ルーベ・ソードルは、七年ほど前に死んでいる。
今更、”ご主人様”などと言われても、すぐには結びつかないのだ。
「気にする必要はないわ。
もし何か言われたら、人手が見つからないので今日まで勤める事となったと言いなさい」
「その次の日にも訊ねられたら?」
「同じ事を言っておきなさい。
どうせ、あなたがいなければどこにも行けないんだから、それ以上、なにが言えるというの?」
「ハハハ……」
御者ニコ・ベルナーは乾いた感じに笑った。
指輪印のやりとりを知らない御者ニコ・ベルナーとしては、当主の仕事をしたくないルーベ・ソードルがそれに関わりたくないが為に、結局強くいわないだろう――そんな話として理解した。
ただ、それは思い違いであった。
彼をクビにするには指輪印がいる。
それは今、エリージェ・ソードルの手にある。
つまり、現実問題として、御者をクビにすることは出来ないのである。
指輪印を手放すということは、そういう意味なのであった。
エリージェ・ソードルは馬車の用意へと戻っていくニコ・ベルナーの後ろ姿を見送りながら、考える。
エリージェ・ソードルによるエリージェ式は、”よけいな”事を考えないようにする事を良しとしている。
いろいろ考えているより、一つに集中した方が疲れないし効率もよい。
そういう考えからである。
だが父親の存在は使用人に”よけいな”事で悩ませる。
いうなれば、勝手にからみついてくる重石である。
(今回も殺そうかしら)
と本気で思った。
そもそも、ルーベ・ソードルという男、エリージェ・ソードルの前で働いたことがない。
故に、考えれば考えるだけ、その方が良いのではと思えてくる。
父親のいない状態での領運営は、苦労はしたものの一度は乗り越えたものだ。
まして、前回亡くなった老執事ジン・モリタが今のところ死なずにいるのだ。
むしろ、いまさら帰ってきて自分のやることをかき乱されると、正直困る。
ますますもって、不要な父親であった。
ただ、除外するには二つほど問題があった。
一つは老執事ジン・モリタにあった。
――ー
「調子はどうかしら」
エリージェ・ソードルが中にはいると、寝具に横たわる老執事ジン・モリタが慌てて起きあがろうとして、侍女長シンディ・モリタに止められている。
エリージェ・ソードルも「そのままに」と制しながら、ジン・モリタの枕元まで進んだ。
「お嬢様、申し訳ございません。
本当に情けないことです……」
エリージェ・ソードルは侍女長シンディ・モリタに用意して貰った椅子に座ると、それに答える。
「なにを言っているの、ジン。
謝罪するとしたら、わたくし――さらに言うなら、公爵家よ。
必要なこととはいえ、ジン、シンディ、あなた達には無理な働かせ方をさせてしまって、本当に申し訳なかったわ」
そう言うと、この女、頭を下げる。
ジン・モリタがそれを慌てて止める。
「おやめくださいお嬢様!
本来であれば心穏やかに過ごしていただかないといけないお嬢様に、いらぬご心配をおかけしているのはわたし達でございます」
「その通りでございます」と侍女長シンディ・モリタも大きく頷いた。
だが、エリージェ・ソードルは首を横に振る。
「それは違うわ。
全ての責任はこの家に生まれたわたしを含む、公爵家に連なる者にこそあるの」
「お嬢様……」
二人の使用人は共に、感動で目を潤ませた。
だが、ジン・モリタはいち早く”それに”思い当たった。
「お嬢様、ルーベ様についていかがなさるおつもりで」
その真摯な問いに、表情には出さないものの、エリージェ・ソードルは心の内で舌打ちをした。
ジン・モリタは忠義が厚い。
それは、エリージェ・ソードルに対しても、もちろんあるが――この女の中では不要な事ながら――その思いは父ルーベ・ソードルに対しても向けられている。
年数が長い分、エリージェ・ソードルよりも大きいのかもしれない。
「ジン」とエリージェ・ソードルは少し探るように見つめる。
「お父様はわたくしに指輪印を投げ捨てたのよ?
それはつまり、公爵家を捨てたって事にならないかしら?」
「お嬢様、そのように受け取られても……仕方がないことと思いますが……」
元々悪かった、老執事ジン・モリタの顔色がさらに悪くなる。
それを見取り、エリージェ・ソードルはなるべく声を柔らかくしながら言う。
「もちろん、すぐにどうこうしようとは思わないわ。
心を入れ替えてくださるかもしれないし。
とりあえず、そのことは忘れて、今は休んで頂戴。
もし、”何らか”の決断が必要になった場合も、あなたを抜きには絶対にしない。
約束するから」
「はい……」
エリージェ・ソードルが老執事ジン・モリタの部屋から出ると、侍女長シンディ・モリタもその後を付いてくる。
「ねえシンディ、お父様についてあなたはどう思う?」
「わたしがご主人様について何かを述べる立場にはありませんので……」
エリージェ・ソードルに視線を向けられ、侍女長シンディ・モリタは一つため息を付いた。
「……夫はまだ、”夢”を見ているようです」
「そう」
エリージェ・ソードルも同感だった。
父ルーベ・ソードルが働く――それを待つことなど、”見果てぬ夢”だと。
だが、老執事ジン・モリタは今も、それを追ってしまっている。
「困ったものね」
「殿方とはそういうものなのです、お嬢様」
今のまま、ルーベ・ソードルを殺す場合、気に病んだジン・モリタも高い確率で死ぬ。
エリージェ・ソードルはそのように確信していた。
それでは、せっかく助けても意味がない。
こと、せっかちに問題を解決したいエリージェ・ソードルにとって、うんざりすることであった。
ただ、ルーベ・ソードルを生かす意味が全くないのか? と言えば、そうでもない部分はあった。
むしろ、父ルーベ・ソードルがいなくなると、困る問題がもう一つあった。
それは儀式についてだ。
前記にも述べたとおり、ソードル家は単なる公爵家ではなく、王国が毎年行う儀式の中心となる、無くてはならない家であった。
”前回”、病気療養としていた父ルーベ・ソードルには代理を立てることとなった。
ただ、その代理を立てるにも様々な手続きを必要とした。
(せめて、年齢制限さえなければ……)
光神の儀式は、ソードル家の成人男性が行うことになっている。
光の神は男神のため、性別はどうにもならないが、年齢制限なら何とかなるのでは?
”前回”のエリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルが正式に参加できるように働きかけたのだが、多くの宗教にも言えることだが、融通が利かなかった。
「一年、様子を見ましょう」
「お嬢様?」
「ジンにもそう伝えて頂戴。
少なくとも一年は、お父様に対して何もしません。
ジンに心穏やかに過ごして貰うために、ね」
「……はい。
ありがとうございます」
侍女長シンディ・モリタは深々と頭を下げた。
現状、急いで事を起こす必要は無い。
エリージェ・ソードルはそう、結論を出した。
…。
。
必死にのばした手をすり抜ける様に、指輪印が赤い絨毯の上を一回、二回と転がった。
エリージェ・ソードルは膝を突くと、それを素早く拾った。
これは、公爵家の、公爵家に仕える者達の、公爵領の領民達の――そのすべての命運を宿しているといっても言い過ぎでは無い、大切なものだ。
だからこそ、エリージェ・ソードルの中で最も安心できる場所に入れていたのだ。
エリージェ・ソードルは慎重に指輪印を調べた。
どうやら、傷などは付いていないようだ。
ほっとしたエリージェ・ソードルだったが、その後、妙な違和感を感じた。
おかしかった。
そもそも、絨毯が赤いのがおかしかった。
生徒会室は薄目の青だった。
しかも、気付くと雷鳴が止み、辺りはやけに明るかった。
そして何よりも、である。
(え?)
エリージェ・ソードルは指輪印を摘む、自身の手を思わず見直した。
妙に小さかった。
それに、右手中指にあるはずの――公爵代理になり、取れる事無く石のように固まってしまった筆たこが――無い。
いや、触れてみるとかすかにその傾向は見え始めてはいる。
それがまるで、昔に戻ったかのように――。
「エリージェ」と突然頭上から声を掛けられた。
その声色にはどこか嘲笑の色が籠められていた。
反射的に顔を上げたエリージェ・ソードルは目を大きく見開いた。
その視線の先にはあり得ない人物が立っていたのだ。
「なんだお前は、そんなにそれが欲しかったのか。
だったら、お前がそれを持っていればいい。
執務もそんなに簡単なら、お前がやればいい」
「……はぁ?」
この女にしては珍しく、間の抜けた声を上げた。
あり得ない人物――それは、何年も前に殺したはずの父親だった。
いるはずの無い男は、傲岸な笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。
困惑するエリージェ・ソードルを、父ルーベ・ソードルは鼻で笑った。
そして、背を向けるとさっさと離れていく。
なに……かしら、これ?
夢なのかしら?
エリージェ・ソードルは混乱した。
この女、頭はそこまで良くない。
状況把握能力も、状況整理能力も、人並み程度だ。
だからただ、訳が分からない。
そういえば、自分は先ほど殺されたのではないだろうか?
なのに、何故こんな事に?
それに拍車をかける人物が横から現れた。
「ルーベ様!
お待ち下さい、お嬢様はただ!」
(ジン!?)
父を追う老執事の足取りは乱れ、今にも転びそうだった。
”前回”、全く気付くことが出来なかった彼の様子が、目の前で繰り広げられている。
エリージェ・ソードルは多くの失敗をして来た。
公爵領で、王都で、学園で。
もっと上手く立ち回っていれば、苦労も、悔しさも、失望も、しなくて良かったかもしれない。
そんなことの繰り返しだった。
だが、この女、そのほとんどに対して反省はしても、後悔はしない。
なぜなら、その一つ一つの選択は結果として最善ではなかったが、その場において自身が考えついた最高のものだと信じていたからだ。
ならば、それ以上は望めない。
自分が自分である限り、望めないのであれば考える意味はない。
裏返せば、それほど真剣に事に当たってきたとの自負があった。
だが、そんなエリージェ・ソードルに数少ない、いや、唯一、後悔したことがあった。
それは、老執事ジン・モリタを助けられなかったことだ。
この事ばかりはごく普通に後悔した。
時折思い出しては、ああすれば良かった、こうすれば良かったと繰り返した。
無駄なことを過度に嫌い、改善の天才と呼ばれた女が、羊を失った農婦が空虚に糸車を回し続けるかのように考え続けた。
だからこそだろう、現状が全く理解できていないエリージェ・ソードルではあったが、この時、すぐに行動できた。
「ジン!」
エリージェ・ソードルは慎重に、でも正しく聞こえるように声をかけた。
あまり感情を乗せてはいけない。
不安にさせてはいけない。
でないと、心臓に負担がかかってしまうのだ。
そう、老執事ジン・モリタの死因は心臓の病気なのだ。
だから、極力落ち着かせなくてはならなかった。
「は、はい」
ジン・モリタが振り向く。
この老執事はどんな時でも、エリージェ・ソードルを無視しない。
そういう男だ。
エリージェ・ソードルは立ち上がる。
そして、彼に駆け寄ると、見上げながらその左手をぎゅっと掴む。
老執事ジン・モリタの息が荒い。
胸が痛いのか苦しいのか、そこに大きくて厚い右手を当てている。
だがそれでもなお、さっさと階段を下りていくルーベ・ソードルが気になるのか、少しじれたように、視線を動かしていた。
エリージェ・ソードルはそんな老執事の目を見つめ、ゆっくりと言った。
「ジン、一生のお願いがあるの」
「一生の、でございますか?」
彼にしては珍しくポカンとした顔でエリージェ・ソードルを見下ろしている。
いや、珍しいというのはエリージェ・ソードルのほうだろう。
一生の――などといういかにも子供が言いそうな台詞は、この女には似合わない。
それこそ、一生に有るか無いかだ。
「今からしばらく、絶対安静にして欲しいの。
守ってくれるわよね?」
「お嬢様?
何を?」
困惑する老執事ジン・モリタを手で制して、女は駆けた。
そして、客間の一つに飛び込むと、侍女長、シンディ・モリタを呼んだ。
老執事ジン・モリタの妻であるシンディ・モリタは、この時間、各部屋の確認作業を行っている所で、”今回”、エリージェ・ソードルはこの瞬間、どこの部屋にいるのかを”知って”いた。
突然入ってきたエリージェ・ソードルに、シンディ・モリタは目を丸くしたが、老執事ジン・モリタの体調が悪そうだと伝えると、思い当たる節があるのか、早足について来た。
「とりあえず、その部屋で休ませて」
エリージェ・ソードルはシンディ・モリタに指示を出すと、呆然とする老執事ジン・モリタの横を通り過ぎ、階段を駆け下りた。
「あ、あなた!
顔が真っ青よ!?」
後ろから侍女長シンディ・モリタの声が聞こえるが、エリージェ・ソードルはそのままに、階段を駆け下りる。
「お嬢様!?」
途中にいた侍女ミーナ・ウォールが目を丸くしたが、その前を素通りする。
前回は彼女に任せて”失敗”した。
だから、今回はエリージェ・ソードル自ら行わなくてはならないのだ。
普段、誰かしらに開けて貰う玄関の扉を自ら開けた。
その後ろから侍女ミーナ・ウォールを初めとする何人かが、慌てて何かを言っているが、エリージェ・ソードルは無視して、外に出る。
馬車を待つ父ルーベ・ソードルと荷物を持つ執事見習いラース・ベンダーが、幾人かの護衛に守られながら立っていた。
ルーベ・ソードルはエリージェ・ソードルに気づくと、嫌そうに顔をしかめたが、エリージェ・ソードルはそれも無視をした。
ずかずかと進むと父親を背にしながら前に立つ。そして、普段から腰につけている小さな鞄から万年筆と畳まれた指示書、そして、下敷きを取り出した。
指示書は伸ばすと大人の男性の手のひらより少し大きいぐらいだ。
エリージェ・ソードルは木製の下敷きを駆使し、慣れた手つきで書き込んでいく。
「何をしている?」
と、父ルーベ・ソードルが後ろから苛立たしげに訊ねてくるが、無視をした。
しばらくすると、公爵家の箱馬車がやってくる。
エリージェ・ソードルはルーベ・ソードルのそばにいた従者見習いラース・ベンダーに紙を渡し、御者である中年の男、ニコ・ベルナーに渡すように指示を出した。
彼は普段から、この幼いお嬢様を尊敬していたので、速やかにそれに従った。
エリージェ・ソードルは御者ニコ・ベルナーに向かって叫んだ。
「今から、魔術治療院に行って、ブレーメ先生を呼んできて!
心臓病患者がいるのですぐ来て欲しいと言ってね!
急いで!」
「おい!」
後ろで父ルーベ・ソードルが声を張り上げたが、エリージェ・ソードルは無視して、ニコ・ベルナーに進むよう促した。
ニコ・ベルナーは一瞬、ルーベ・ソードルを気にしたが、「畏まりました!」と馬に鞭を入れた。
ルーベ・ソードルがなにやら叫びながら追いかけるも、馬車はそのまま屋敷を出ていく。
エリージェ・ソードルはそれを見送ると、中に入った。
エリージェ・ソードルが駆け戻ると、廊下に座り込んだ老執事ジン・モリタと侍女長シンディ・モリタがなにやら言い合いをしていた。
その周りを侍女達がおろおろしている。
「どうしたの?」
エリージェ・ソードルが訊ねると、ジン・モリタが視線を向けてきた。
顔からは血の気が無くなり、汗が溢れるように流れ、息を荒げながら――それでも訊ねてくる。
「お嬢様!
ルーベ様は……」
エリージェ・ソードルをして、その忠義に息を飲んだ。
「……ジン」
エリージェ・ソードルは老執事の脇に座ると、彼の手を握った。
大きく、使い込まれたそれは、少しひんやりしているように思えた。
エリージェ・ソードルはそれが少しでも温かくなるように、ぎゅっと握った。
「ねえ、ジン。
わたくし、今あなたがいなくなると、本当に、本当に困るの。
ジンならそれぐらい分かるでしょう?
ねえジン、あなたはこんな時に、わたくしを一人にしないわよね?」
「お、お嬢様……?」
ジン・モリタは信じられないものを見るように、目を見開く。
この老執事の中で、この幼いお嬢様は、どんな時も、どんな相手にも弱々しい姿を見せることがない。
少なくとも、公爵領の運営に関わるようになってからは、そんな存在であった。
そんな彼女が懇願していた。
握る手を微かに振るわせながら、祈るように、彼の老いた手を自分の頬に当てた。
「ねえ、ジン。
一生のお願い。
今はゆっくりと休んで」
「……畏まりました」
老執事ジン・モリタの目から、ボロリボロリと涙がこぼれ落ちる。
エリージェ・ソードルが侍女長シンディ・モリタに視線を向ける。
老齢の彼女は、それを感じさせない強い目で頷いて見せた。
一刻が過ぎたあたりで、医療魔術の第一人者、ベルトナ・ブレーメがやってきた。
彼の治療の甲斐もあり、老執事ジン・モリタは一命を取り留めた。
ただ、医師ベルトナ・ブレーメからはキツく釘を差された。
「良いですかな。
今後、これまでのように働かせてはなりませんよ。
そのようなことをすれば、命はないものと思いなさい!」
それには、エリージェ・ソードルも頭を深く下げるしかなかった。
医師ベルトナ・ブレーメとその助手が片づける様子を眺めていると、御者であるニコ・ベルナーが少し困ったような顔で近寄ってきた。
エリージェ・ソードルはそれに気づくと、彼の手を軽く叩きながら、労をねぎらった。
「こんなに早く先生をお連れできたのは、本当に素晴らしい事よ。
あなたのおかげでジンは一命を取り戻したと言っても過言じゃないわ。
先生を送り届けた後、わたくしの所に来て頂戴。
報奨金を弾むから」
この女、使用人の働きに対して大きく評価をし、それを示す。
だからこそ、この女への使用人たちの評判はすこぶる良い。
感情表現が苦手なこの女が、一生懸命感謝の意を伝えようと身振り手振りをする様子は洗練してるとはとても言えなかった。
だが、そこには一種の愛敬のようなものがあり『へんに愛想が良くない分、胸に来る』などと言う者も多くいた。
その中の一人である御者ニコ・ベルナーではあったが、今は喜ぶでもなく、少し気まずそうに笑いながら頬を掻いた。
「ありがとうございます、お嬢様。
ただ、あのう~
先ほどご主人様からクビを言い渡されてしまいまして……」
「……ご主人様?
誰のことを言っているの?」
エリージェ・ソードルは小首を捻った。
これには、ニコ・ベルナーも、近くにいた侍女も、さらに言うなら、耳に入ってしまった医師ベルトナ・ブレーメも苦笑した。
御者ニコ・ベルナーは困ったように言い直す。
「お父上様――公爵様のことで」
「ああ」
エリージェ・ソードルはなるほど、と思った。
この女の中で父ルーベ・ソードルは、七年ほど前に死んでいる。
今更、”ご主人様”などと言われても、すぐには結びつかないのだ。
「気にする必要はないわ。
もし何か言われたら、人手が見つからないので今日まで勤める事となったと言いなさい」
「その次の日にも訊ねられたら?」
「同じ事を言っておきなさい。
どうせ、あなたがいなければどこにも行けないんだから、それ以上、なにが言えるというの?」
「ハハハ……」
御者ニコ・ベルナーは乾いた感じに笑った。
指輪印のやりとりを知らない御者ニコ・ベルナーとしては、当主の仕事をしたくないルーベ・ソードルがそれに関わりたくないが為に、結局強くいわないだろう――そんな話として理解した。
ただ、それは思い違いであった。
彼をクビにするには指輪印がいる。
それは今、エリージェ・ソードルの手にある。
つまり、現実問題として、御者をクビにすることは出来ないのである。
指輪印を手放すということは、そういう意味なのであった。
エリージェ・ソードルは馬車の用意へと戻っていくニコ・ベルナーの後ろ姿を見送りながら、考える。
エリージェ・ソードルによるエリージェ式は、”よけいな”事を考えないようにする事を良しとしている。
いろいろ考えているより、一つに集中した方が疲れないし効率もよい。
そういう考えからである。
だが父親の存在は使用人に”よけいな”事で悩ませる。
いうなれば、勝手にからみついてくる重石である。
(今回も殺そうかしら)
と本気で思った。
そもそも、ルーベ・ソードルという男、エリージェ・ソードルの前で働いたことがない。
故に、考えれば考えるだけ、その方が良いのではと思えてくる。
父親のいない状態での領運営は、苦労はしたものの一度は乗り越えたものだ。
まして、前回亡くなった老執事ジン・モリタが今のところ死なずにいるのだ。
むしろ、いまさら帰ってきて自分のやることをかき乱されると、正直困る。
ますますもって、不要な父親であった。
ただ、除外するには二つほど問題があった。
一つは老執事ジン・モリタにあった。
――ー
「調子はどうかしら」
エリージェ・ソードルが中にはいると、寝具に横たわる老執事ジン・モリタが慌てて起きあがろうとして、侍女長シンディ・モリタに止められている。
エリージェ・ソードルも「そのままに」と制しながら、ジン・モリタの枕元まで進んだ。
「お嬢様、申し訳ございません。
本当に情けないことです……」
エリージェ・ソードルは侍女長シンディ・モリタに用意して貰った椅子に座ると、それに答える。
「なにを言っているの、ジン。
謝罪するとしたら、わたくし――さらに言うなら、公爵家よ。
必要なこととはいえ、ジン、シンディ、あなた達には無理な働かせ方をさせてしまって、本当に申し訳なかったわ」
そう言うと、この女、頭を下げる。
ジン・モリタがそれを慌てて止める。
「おやめくださいお嬢様!
本来であれば心穏やかに過ごしていただかないといけないお嬢様に、いらぬご心配をおかけしているのはわたし達でございます」
「その通りでございます」と侍女長シンディ・モリタも大きく頷いた。
だが、エリージェ・ソードルは首を横に振る。
「それは違うわ。
全ての責任はこの家に生まれたわたしを含む、公爵家に連なる者にこそあるの」
「お嬢様……」
二人の使用人は共に、感動で目を潤ませた。
だが、ジン・モリタはいち早く”それに”思い当たった。
「お嬢様、ルーベ様についていかがなさるおつもりで」
その真摯な問いに、表情には出さないものの、エリージェ・ソードルは心の内で舌打ちをした。
ジン・モリタは忠義が厚い。
それは、エリージェ・ソードルに対しても、もちろんあるが――この女の中では不要な事ながら――その思いは父ルーベ・ソードルに対しても向けられている。
年数が長い分、エリージェ・ソードルよりも大きいのかもしれない。
「ジン」とエリージェ・ソードルは少し探るように見つめる。
「お父様はわたくしに指輪印を投げ捨てたのよ?
それはつまり、公爵家を捨てたって事にならないかしら?」
「お嬢様、そのように受け取られても……仕方がないことと思いますが……」
元々悪かった、老執事ジン・モリタの顔色がさらに悪くなる。
それを見取り、エリージェ・ソードルはなるべく声を柔らかくしながら言う。
「もちろん、すぐにどうこうしようとは思わないわ。
心を入れ替えてくださるかもしれないし。
とりあえず、そのことは忘れて、今は休んで頂戴。
もし、”何らか”の決断が必要になった場合も、あなたを抜きには絶対にしない。
約束するから」
「はい……」
エリージェ・ソードルが老執事ジン・モリタの部屋から出ると、侍女長シンディ・モリタもその後を付いてくる。
「ねえシンディ、お父様についてあなたはどう思う?」
「わたしがご主人様について何かを述べる立場にはありませんので……」
エリージェ・ソードルに視線を向けられ、侍女長シンディ・モリタは一つため息を付いた。
「……夫はまだ、”夢”を見ているようです」
「そう」
エリージェ・ソードルも同感だった。
父ルーベ・ソードルが働く――それを待つことなど、”見果てぬ夢”だと。
だが、老執事ジン・モリタは今も、それを追ってしまっている。
「困ったものね」
「殿方とはそういうものなのです、お嬢様」
今のまま、ルーベ・ソードルを殺す場合、気に病んだジン・モリタも高い確率で死ぬ。
エリージェ・ソードルはそのように確信していた。
それでは、せっかく助けても意味がない。
こと、せっかちに問題を解決したいエリージェ・ソードルにとって、うんざりすることであった。
ただ、ルーベ・ソードルを生かす意味が全くないのか? と言えば、そうでもない部分はあった。
むしろ、父ルーベ・ソードルがいなくなると、困る問題がもう一つあった。
それは儀式についてだ。
前記にも述べたとおり、ソードル家は単なる公爵家ではなく、王国が毎年行う儀式の中心となる、無くてはならない家であった。
”前回”、病気療養としていた父ルーベ・ソードルには代理を立てることとなった。
ただ、その代理を立てるにも様々な手続きを必要とした。
(せめて、年齢制限さえなければ……)
光神の儀式は、ソードル家の成人男性が行うことになっている。
光の神は男神のため、性別はどうにもならないが、年齢制限なら何とかなるのでは?
”前回”のエリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルが正式に参加できるように働きかけたのだが、多くの宗教にも言えることだが、融通が利かなかった。
「一年、様子を見ましょう」
「お嬢様?」
「ジンにもそう伝えて頂戴。
少なくとも一年は、お父様に対して何もしません。
ジンに心穏やかに過ごして貰うために、ね」
「……はい。
ありがとうございます」
侍女長シンディ・モリタは深々と頭を下げた。
現状、急いで事を起こす必要は無い。
エリージェ・ソードルはそう、結論を出した。
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