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第一章

警鐘

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ニーシャに案内されるまま、ディブロは街の様子を眺めていく。
城下町とあるだけ人が多いのもあるが、活気に満ちているのはようやく紛争が落ち着いたことも関係しているようだった。
その報せはすでに多くの国民に届いているようで、戦争に発展しなかった事を安堵するものが多い証拠だろう。
騎士だった身であっても戦うことより平和で過ごす事を望むのは当然であり、正直ディブロ自身もそうあって欲しいと考えたからこそ剣を取った。
最後に待っていたのは玩具になれと強要されたのは忘れようとしても忘れられないが、今こうしている自分の立場が曖昧なのも気になる。
そもそも敵国である自分、虜囚だった身を捕虜として捕らえることに何の価値があるのか、尋ねても従者は答えられないの一点張りだった。
何か重要な秘密でもあるのだろうかと、自身の出自はしがない下級貴族でしかないがため、考えても答えにたどり着くことはない。

「ーーさん、ディブロさん」
「……あっ、なっ何だ?」
「寝惚けるのは結構ですが、道で立ったままは連れて帰るのが面倒なので部屋でしてくださいね、まぁしたら置いて帰りますが」
「……君は本当に王族の従者なのか?」
「だから言ったじゃないですか、元はただの平民なんですから、礼節なんて知らないんですよ。 ところで、ここで少し待っていてくれませんか? 少し買い忘れていたものがありましたので、すぐ戻ります」
「買い物? 私は同伴すると不都合が?」
「……ないとは言い切れませんね。 ここにいてください、数分で終わりますから」

まるで特技とばかりに毒を吐く猫人に呆れを通り越して感心を抱いてしまう、こんな性格でも王族の傍仕えとしてやっていけるという事実も含めて。
それだけロドスが寛大なのだろうと考えていると、案内の最中にふと少しこじんまりとした建物のまで二人は立ち止まった。
何かの店らしく、用があるからとここで待っていてもらいたいとニーシャが言ってきたため、一緒に入店してはいけないのかと尋ねる。
するとどこか虚空を眺めるような視線が宙を舞い、明らかに言ってはいけない何かを買いに行くだろう事を暗に仄かしてきたため、ディブロは少しだけ背筋が寒くなった。
気のせいであって欲しい、そんな願いを抱く男を置いて従者はゆらりと店の中へ入っていく。
すぐ戻るとはいっても慣れない街、おまけに人属が圧倒的に少ない環境では肩身が狭くなりやすいものだ。
少しだけ緊張する身体が解れるよう軽く深呼吸しようとした時、何かが近づいてくる気配を感じる。
明らかにこちらへ向けての何かを発しているものの、気づかない振りをしたが、それは唐突に声をかけてきた。

「よぉ、あんた。 人属がこの街にいるとは珍しいな。 何だ、誰か待っているのか?」

とても馴れ馴れしく、身長180cm近くあるディブロをゆうに超える高さからの声に反応はしたくないが、仕方なく視線を向けるとそこにあったのは壁だった。
正確に言えば突如現れた毛皮の壁、とでもいうべきなのだろうが、それくらいの圧倒さを醸し出す熊人がニコニコと笑顔で話しかけてくる。
あまり良い予感はしないため、すぐ目を逸らして興味がないとばかり無言を貫き通そうとするも、相手は気にした素振りも見せずにズケズケと進入してきた。

「なぁ、今ってもしかして暇か? よければ俺と遊ばねぇか?」
「……悪いがここで人を待っているんだ。 冗談を言うつもりなら別の誰かにしてもらいたい」
「ーー人、ねぇ。 ふぅん、あんたは俺ら獣人をちゃんと人として扱ってくれるのか。 なるほど、見所があるじゃねぇか」
「話を聞いていないのか? 申し訳ないが私はーー」
「益々気に入った、♪」

礼儀からかけ離れた無礼さに、荒ぶろうとする心を落ち着けながらディブロは拒絶の姿勢を崩さずに突き放す。
けれどそんな態度が尚のこと熊人を喜ばせているのか、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように楽しそうにしていた。
不愉快さが湧き出たディブロは睨みつけようとしたその時、何故だか意識が遠くなっていく錯覚を覚える。
まるで自分の体ではないかのように態勢を崩しかけ、そのまま地面に倒れ込むと思われた体を目の前にいた人の形をした獣に支えられ、そして抱えられた。

「おやおやっ、突然倒れちまったよ。 仕方ねぇ、ここは親切な俺がしっかりと、看病してやらねぇとなぁ~♪」

白々しい態度をする熊人はそのままディブロを連れていき、周囲にいた人々は止めようとせず、どこか呆れたような顔でその背を見送る。
まるで今日の獲物はあれかと、日常的な様子とばかり見逃していく中で用事を済ませたニーシャが戻ってきたのはそれから数分後のことだった。

「お待たせしました、少しーー、あれっ? ディブロさん?」
「あれっ、ニーシャ!?」
「んっ、あぁこんにちは。 何か御用ですか?」
「いやっ、実はさっきーー」

戻った先にいるはずだろう男性の姿がなく、少しだけ感情を垣間見せたニーシャが周囲の気配を探っていると彼の姿に気づいた一人の犬人が声をかけてきた。
ほんの少し前に起きた事を詳しく説明する彼は親切心から教えたわけだが、次の瞬間に話さない方が良かったのかもしれないと後悔する。
そこには従者としての顔ではなく、悪鬼羅刹と言わんばかりに顔を歪ませた存在が降臨したのであった。
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