上 下
8 / 22
第一章

予兆

しおりを挟む
ディブロの頼みとは詰まるところ、街を見てみたいというものだ。
名目上は捕虜であるため出歩くなどできないのだが、貴賓として応対しなければならない命も下されている。
一存では決められないと即答した後、主に確認してみるとしてニーシャは退出していった。
それから半刻ほど経った頃に、少し離れたところから罵声とかすかに建物が揺れたような感覚がする。
それから程なくして、先ほどよりも憮然とした顔を浮かべた従者が許可が降りたと伝えてきた。
とはいえ一人での外出は当然認められるものではなく、ニーシャが監視兼案内役を務める。

「……へぇっ、案外普通の街なんだな」

待っている最中に窓から外を眺めた限り、石と木を利用した建物が市井に広がり、歩く人々の姿は当然獣人ばかりだ。
中には亜人と区分される者もいるが、ディブロにはその辺りの線引きはいまいち把握できていない。
難しい問題ではあるが、ともあれ下り立った街を見て素直な感想が零れた。
良くも悪くも取れる言葉なだけに傍らのニーシャが何とも言えない顔つきをしているのは見ないようにする。

「発言から察するに、木を組み立てただけの簡素な家で獣を狩ってその場で食べるみたいな原始的なスタイルだと思ってましたか?」
「いっいやっそういう意味では……。 正直な話、獣人といってもどんな風に暮らしているかなんて見当がつかなかったんだ。 だからまぁ、偏見がなかったなんて言えば嘘になるがそれでも驚いたって、言う方が正しいな」
「ーー貴方、分かりやすい人間だって言われません?」
「えっ?」
「何でもありません……。 さて、簡単に街を紹介します。 長い時間はとれませんので主だった場所のみ行きます。 詳しいところは殿下にお尋ねください」
「あっ、あぁっ……」

殺意の込められたニーシャの目付きに思わず萎縮してしまうが、ディブロは嘘偽りなく感じたままのことを告げる。
人と良く似ているとはいえ、獣の出で立ちであり、かつ今まで周囲にいなかった存在には偏見は存在するのは事実だ。
故に争いの火種になることはままあることだが、幸か不幸か騎士時代を含めてディブロの周りにそのような印象を植え付けてくる人間は多くなかったのもあり、漠然とした情報しか知り得ていない。
無知とも取れるが、興味がなければ知ろうともしないのだから人間は都合良くできていると、少しだけ皮肉に感じた。
道ながらに歩く人々、街ではやはり珍しい人属に視線が捕らわれやすくよく見られているが、それも仕方がないだろう。
そう納得した上で言葉にして振り向くと、呆気にとられたニーシャが次の瞬間にはため息をついた。
思ったままを伝えただけなのだが、ディブロの態度に取り繕った痕跡もないので従者は理解する。

「ディブロ殿、思ったことを言っても?」
「畏まらなくてもいい、気軽に呼んでくれ」
「分かりました、おいっメス犬」
「それは違うだろう!? 気軽通り越して何様だ!?」
「ダメですか? なんだ残念……。 じゃあディブロさん、私は素直に思いました、貴方には殿下の番に是非なってほしいと」
「ーーはいっ!?」
「ほらっ、行きますよ」

時折息をするように毒を吐くニーシャの態度には表も裏もない、爽快さを錯覚すら感じるのでディブロはたちが悪いと思い始める。
そして心底ガッカリした顔を浮かべたのも束の間、また唐突に番の話が湧いて出てきたので、どうしてそれがと聞きたくとも従者はズンズンと先に歩いて行ってしまった。
流石に慣れない街ではぐれるのはまずいと早歩きで後を追いかけようと人の波をかき分けるように進む。

「……んっ? あれはーー」

その時不意にすれ違った人影が立ち去るディブロの背を見るよう振り返ったのに、彼は気づくことはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

召喚された美人サラリーマンは性欲悪魔兄弟達にイカされる

KUMA
BL
朱刃音碧(あかばねあおい)30歳。 ある有名な大人の玩具の開発部門で、働くサラリーマン。 ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。 性欲悪魔(8人攻め)×人間 エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』

潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話

あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは マフィアのボスの愛人まで潜入していた。 だがある日、それがボスにバレて、 執着監禁されちゃって、 幸せになっちゃう話 少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に メロメロに溺愛されちゃう。 そんなハッピー寄りなティーストです! ▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、 雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです! _____ ▶︎タイトルそのうち変えます 2022/05/16変更! 拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話 ▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です 2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。   ▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎ _____

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた

キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。 人外✕人間 ♡喘ぎな分、いつもより過激です。 以下注意 ♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり 2024/01/31追記  本作品はキルキのオリジナル小説です。

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

【完結】女装ロリィタ、職場バレしました

若目
BL
ふわふわ揺れるリボン、フリル、レース。 キラキラ輝くビジューやパール。 かぼちゃの馬車やガラスの靴、白馬の王子様に毒リンゴ、ハートの女王やトランプの兵隊。 ケーキにマカロン、アイシングクッキーにキャンディ。 蔦薔薇に囲まれたお城や猫脚の家具、花かんむりにピンクのドレス。 ロココにヴィクトリアン、アールデコ…… 身長180センチ体重80キロの伊伏光史郎は、そのたくましい見かけとは裏腹に、子どもの頃から「女の子らしくてかわいいもの」が大好きな25歳。 少女趣味が高じて、今となってはロリィタファッションにのめり込み、週末になると大好きなロリィタ服を着て出かけるのが習慣となっていた。 ある日、お気に入りのロリィタ服を着て友人と出かけていたところ、職場の同僚の小山直也と出くわし、声をかけられた。 自分とは体格も性格もまるっきり違う小山を苦手としている光史郎は困惑するが…… 小柄な陽キャ男子×大柄な女装男子のBLです

処理中です...