結び契る〜異世界転生した俺は番いを得る

風煉

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第2話

幕間 - 波乱への予兆 -

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「……お二人とも、寝不足ですか?」

遠慮気味に声をかける熊人のシグ、茶毛に覆われた大柄な体躯に左眼が潰れた大男に見合う低音が印象的だが、この時の声色は聞いていいかどうかという問いかけを含んでいた。
なぜそこまでの気遣いをするのかというと、彼の目の前にいるのは村の狩猟を支える一団の責任者であり、最速と最力を誇る犬人の親子が眠そうに虚いでいるからである。
ドーベルマンのゼンブルはそれほどでもないが、隣にいる柴犬のヒューイは眠気を我慢できないとばかり立ったまま寝ようとさえしていた。
それは流石にマズいので、倒れないよう静かに背後へ回った壮年の白毛が特徴の猫人男性が、少年の体を支える。

「……ねむいよ~」
「今日は少し早めに切り上げよう。 ヒュペルに朝まで説教をされていたから、私も少し、限界が……」
「ーー今度は何をされたのですか?」

子供みたいな駄々声をあげる息子に同調するよう、ゼンブルも狩りを手っ取り早く終わらせて眠りたいと訴える姿に、誰も彼もが苦笑した。
理由にドーベルマンの番いの名が出ただけで、二人がまた怒らせたのだろうと少し乱暴だが、納得もできてしまう。
数ヶ月前、ひょっこり現れた不審な人属の少年が現れてから、この家族に大きな変化が生まれ、誰もが杞憂していた問題が解決したことを村全体が安堵した。
件の彼は彼で真摯にこちらへ歩み寄り、手伝えることは積極的に手伝い、村のまとめ役を務める爺様に教えを乞うており、自分に何ができるかを踠きながら前に進んでいる。
一方で人属の少年の番いとなったヒューイが、数年間見せることのなかった笑顔とかつての性格に戻ったことを、我が子のように思っていた者たちは感謝さえしていた。
最初にヒューイが、次に爺様とヒュペルが歩み寄り、少しずつ誰もが心を開き、わずか数ヶ月足らずでゼンブルの頑なすぎる心まで氷解させたのだから、驚きもある。

「ダイチ~、ダイチに会いたい~……、送り出ししてもらってないよ、今日~……」
「ヒューイくん、我慢してくれ。 帰れば迎えてくれるんだから」
「……ダイチ」
「はい?」
「……よし、ボアを20頭狩るぞ。 そうすればしばらく狩りに出なくていいし、看病もできる」
「おぉ~、父さん頭いい~」
「どう考えたってできませんよ。 今日は獲物を狩る必要はないと言われています。 採集だけに留めますよ」

番いを恋しがる様は見ていて微笑ましくもあり、ヒューイたち以外の番い持ちも顔が見たくなってしまう。
ふとゼンブルが何かを思いついたようにとんでもないことを言い出したため、シグが一刀両断するようにスパッと却下した。
肉については昨日だけで十分すぎるほど狩り、腐らせるだけだと嘆いていたが、長からは保存方法を確保できたかもしれないとの報せが村に行き渡る。
仔細は聞かされていないが、もしそうなら頻繁に狩りへ出る必要はなくなるかも知れなくなり、食糧事情も安定するはずだ。
この日も肉ではなく木の実などの採集に従事してくるよう言い渡されているので、余計なことをすれば物理的に雷を落とされるかもしれない。
そんな事態は御免被りたい面々に制され、狩猟チームはあちこちに散らばって仕事を片付けていった。

「……ダイチ、大丈夫かな?」
「ヒューイ、ちょっといい?」
「? あれ、イレーヌ? どうしたのこんなところで?」
「うん、ちょっとヒューイに用事があってさ……」

樹木の側に腰を下ろし、食用植物をきちんと見極め採取していくヒューイの口から心配の声が出てくる。
早く片付けようと思ったとき、名を呼ばれて振り向けばそこには彼の幼馴染である白猫の少女が立っていた。
イレーヌの登場にヒューイは疑問に思う、彼女は主に村での雑務を担当しているので、森に来ることはほとんどない。
周りを見ても付き添いはおらず、一人でここまで来たことがどこか不自然さを醸し出した。

「一人? ネルネさんは来ていること知ってるの?」
「ちょっとヒューイと話がしたくてさ。 少しいい?」
「良いけど、それだけのためにここまで来たの? 村からそんなに離れてないけど、危ないよ?」

気になったのかヒューイが誰もいないのかと問われ、気まずそうに答えると少女への違和感が拭えずに目を細める。
話がしたいという願いは良いとして、気配は感じられないが覚えのある匂いが辺りに漂うのを感じ取り、柴犬の少年はすっと心の内で警戒心を高めた。

「それで、話って何?」
「……ダイチさんのことなんだけど、ヒューイは本当にあの人のことが好きなの?」
「ーー何言ってるの?」
「だって、いきなり現れて、今じゃいるかもわからない人属がヒューイの番いなんておかしいよ! ねぇ、もし魔法か何かで操られてるなら、私が爺様にーー!」
「……ダイチに何したの?」
「えっ」
「ダイチに何したの? さっきから匂うんだよ、イレーヌからダイチの匂いが。 それから、そこにいるのはカイルだよね? 出てきてよ」
「なっ……!?」
「……驚いたな、気配も匂いも感じられないはずなのに、分かったんだ」

ヒューイの険しい顔つきに気づかないまま、イレーヌが話す内容に眉をひそめる柴犬はこのとき確信した。
ありもしないことを言い始めた幼馴染の言葉を遮るように、普段とは比べ物にならない低い声で語る彼の様子に少女は戸惑う。
さらには二人だけと思われたこの場にあと一人いると、首を向けるヒューイの言葉に驚きの声が二つ上がった。
樹木の後ろに隠れていたゴールデンレトリバーの少年は、その顔を希望に満ちた色に染めて二人に歩み寄る。
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