結び契る〜異世界転生した俺は番いを得る

風煉

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第2話

幕間 - 亀裂 -

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「やれやれ、大変な1日になりましたね……」

数時間後、森の中でゴールデンレトリバー種の男性が疲労感を出して呟いた。
彼だけでなく、他の槍を持った獣人たちが気まずそうにするのは、全員が全員同じくらいに疲れているせいである。
村のために日々狩りをして食糧事情を養う彼らの働きはなくてはならない存在だが、この日はまだ成果となる獲物は獲得できていなかった。
そもそもまだ狩りという狩りをしていないのには訳があり、それが先頭で皆を率いて歩いている柴犬とリーダーのドーベルマンが原因でもある。

「父さん、大丈夫なの?」
「問題ない、これくらい余裕だ」
「そっか。 ところでさ、今日は深層手前まで行くんじゃなかったの? こっちだと上層付近に行く方向だよ?」
「……チェスター、方角はきちんと正確に測れ」
「無茶言わないでくださいよ、ゼンブルさん……。 そもそも、この方角歩いていったの貴方じゃないですか……」

父さんと隣のドーベルマンを呼ぶ柴犬の少年 ヒューイが心配そうに見つめ、それに毅然とした態度を見せ答える姿は父親の鑑と言える、鼻から未だ血が垂れているのさえ目を瞑れば。
心配と同時に、これから向かうはずの狩場とは真逆の方向に歩いていることを息子に指摘され、一瞬の無言からその責任をゴールデンレトリバーのチェスターと呼ばれた男性に向けられる。
相変わらずの転嫁振りに困った顔をする彼を助けたいが、変に飛び火しても困るので他の者は何も言えなかった。
正しい方角へ今度こそ歩き始めた一行は、責任者は調子を取り戻したのか饒舌に話し始める。

「ヒューイ、ダイチについてだが」
「んっ、なぁに?」
「ちゃんと食べているのか? 夜は寝られているのか? それから子作りはどうしている? ちゃんと励んでいるのか? 何人くらい産むつもりでいる? 名付けについても話し合って決めているのか? もし、可能なら子宝に恵まれたら一人くらい、私やヒュペルにも名付けを任せてほしいのだがーー」
「ゼンブルさん、そういう話は後にしましょう!?」
「黙れ、お前には聞いていない。 それでヒューイ、最近はどうなんだ? ちゃんとうまくやっているのか?」
「大丈夫だよ! ダイチすっごく優しいし、毎日いっぱいお腹に種付けしてくれてるから、もうそろそろできるかもしれないって、爺様にも言われてるから!」

盛り上がるのは結構だが、内容があまりにも身内でするような、というより他人様に聞かせるものではないものなので息子以外は気まずくなる。
それもこれも最近村に現れた異界人、柴犬ヒューイの番いという人属のダイチに関係している話題ばかりだ。
当然ここにいる全員も彼のことは知っているが、つい先ほど起こった出来事以前からゼンブルが途轍もなく敵視しているだろうと思っていたが、違っていたことに愕然とする。
チェスター他、ゼンブルと昔から付き合いのある彼らはどうやってこの気難しすぎる男を、こんな短期間で手懐けられたのかが疑問だった。
送り出してもらう時の「パパ」呼びをした後に、全員が鮮血まみれにされたのは流石に勘弁してもらいたいと願ってしまう。
貴重な戦力がここで危うくいなくなるという危機的な状況に陥ったが、悲鳴に反応して村の長が来てくれたのは僥倖だ。
騒ぎの原因を作り出した人属のダイチは連れていかれたので、恐らくお説教を受けるだろうと全員が生温かく送り出す。
無事回復した狩猟の責任者であるゼンブルを筆頭に改めて出かけたが、どうにも今日の彼は昂っているようだ。

「ヒューイくんも、あんまりそういう話を明け透けにするのは良くない! せめてヒュペルさんやダイチくんに話を……」
「貴様! 私のヒュペルと可愛いダイチに難癖をつける気か!」
「そうじゃねぇよ!? そういう話はご家族の中だけで済ませろって言いたいんだよ! いいから今は狩りに集中しろ!?」

家庭内の事情を聞かされて喜ぶ者はいるが、ゼンブルとヒューイの二人は誰がそばにいても関係ないとばかり話をするので苦労が絶えない。
子作りについてどうしているのかを他人が把握していると知ったら、ダイチの苦労やらヒュペルの怒りが凄いことになるのは目に見えていた。
チェスターが必死に二人を止めつつ、今は今で食糧確保に勤しまなければダメだと口にすれば、不満げな顔を浮かべつつもゼンブルは黙ってくれる。
庇護対象として番いは当然として、新しい義理の息子をこれから実の息子と同じくらい溺愛する気配をプンプンに匂わせながら、ドーベルマンはズンズンと歩き出した。

「チェスターさん、大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ないよ。 それよりも、さっきみたいな話は家族だけでするようにした方がいい。 分かったね?」
「ダイチみたいなこと言うんですね。 カイルの時はそんなこと言いませんでしたよね?」
「ーーっ、それ、は……」
「ヒューイ、その名を口にするな」
「え、でもーー」
「でもじゃない。 今後アレを話題に出すことは許さん。 村を勝手に抜け出した者など、さっさと忘れろ」

悩みが尽きないとチェスターがこそっとヒューイに助言するが、彼から出てきた名前に男の顔が強張り、前から険しすぎる声が響く。
刹那、誰に向けたわけではない殺気を放つゼンブルが愛息子のヒューイに怒気を隠そうともせず、この話題は終わりだと命令した。
流石の様子に逆らうつもりはなかったのか、口を噤んだ様子にほんの少しだけ落ち着いたドーベルマンが鼻を鳴らす。
顔を前に向けようとした時、チェスターと視線が合うと眼光鋭く睨まれたので、ゴールデンレトリバーは萎縮した。
先ほどとは異なる緊張感に包まれる一行だったが、全員の顔が同じ色へと変化する事態が発生する。
失意の森は数多の魔物が活動する危険な樹海だが、彼らに近づいてくる気配をゼンブルもヒューイも、チェスターたちも感じた。
武器を構え、近づいてくる何かを必死に探し当てようと全方位に意識を向けると、近くの茂みから音が上がる。
何が潜んでいるのか分からない、だが今この場は食うか喰われるかが掛かった戦場だ、油断も隙も、まして先手も許すわけにいかなかった。
狩人の一人、恰幅の良い熊人が持っていた槍をその剛腕に恥じない膂力で投擲すると、小さく悲鳴が聞こえる。

「わっ!? ま、待って待って! 違う……、うわっ!?」

はっきりと声がしたので全員が驚きを見せると、気にした様子もなくすり抜けるように走り出したヒューイが飛びかかり、茂みの中の何かへ攻撃を仕掛ける。
予想外だったのか、潜んでいた何かが避けようとしたものの、柴犬の動きが一歩先を行っていたのか、あっという間に組み伏せられた。
現れたのはチェスターと同じゴールデンレトリバー種の犬人で、必死に無抵抗をアピールしていると、のしかかっている彼の姿を見て驚いたように目を見開く。

「……ヒューイ? ヒューイか!?」
「カイル? 何してるの、こんなところで?」

ゼンブルが出すなといった名前をこんなすぐに出すことになるとは、誰も想像していなかったが、それ以上に唖然としているのはカイルと呼ばれた犬人とよく似た男は開いた口が塞がらなかった。
なぜここにいる、そんな顔を浮かべる彼の後ろで、ゼンブルは射殺さんばかりに睨み付けている。
それは決して発生してはならない再会であり、平和な村に不穏の影が迫る予兆でもあった。
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