結び契る〜異世界転生した俺は番いを得る

風煉

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第1話

説得、新居

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それはともかく、番いというものについて聞かなくてはと、改めて爺様へ顔を向けた。
 
「あの、爺様? 聞いても良いですか?」
「何ですかな?」
「行く宛がない俺をここに置いてくださると言ってくれて、とても嬉しいです。 ですが、いきなり彼と番いになれとは……。 そもそも俺の認識が間違っていなければ、番いとはその、結婚して家庭をもうけるって意味ですよね?」
「その認識で相違ないですぞ。 是非ともヒューイを貰ってくだされ」
「――ヒュ、ヒュペル、さん? 良いんですか、こんな簡単に大事なお子さんを、自分で言うのもなんですけど、得体の知れない初めて会った相手にお渡しするようなことになって……」
 
番いというものについて尋ねると、俺の考えが間違っていないと補強してくれたので、より頭が痛くなった気がする。
すっと当の本人を見れば、見るからに『僕は全然大丈夫だよ!』と言わんばかりに笑顔を振りまくヒューイが、たまらなく可愛すぎて直視できなかった。
尻尾が忙しなく揺れている様子をずっと見ていたいと思いつつ、やはり親御さんの確認を取らなくてはと、ことの成り行きを見ていた男性に問う。
 
「ゼンブルはともかく、俺個人としては問題ない。 むしろヒューイの番いが見つかってくれたから、嬉しいって気持ちが強いんだ」
「そんな、そんな簡単に済ませていいんですか?」
「ダイチ、ダイチは僕じゃイヤなの……?」
「違うんだ、嫌とかそういう――」
「……っ! 貴様、よりにもよって私の可愛いヒューいビュッヒュぇ!?!?」
「うっせ、黙ってろ筋肉バカ。 気にしなくていいぞ、こいつのことは」
「で、ですが……」
「それに、君はちゃんと俺に対して伺いを立ててるじゃないか。 その態度だけ見ても、俺は君にならヒューイを任せられると直感してるんだ」
 
否定どころか歓迎とばかりにヒュペルと名乗った、ヒューイにそっくりな柴犬に言われてしまい戸惑う。
その様子に不安げな顔をして見つめるヒューイが愛らしいと思っていれば、足元から復活したドーベルマンが叫ぶ、のを番いが踏みつけて黙らせた。
爺様は爺様で笑顔を浮かべているので選択肢はないのだが、それにしては変だと自分に対して違和感を覚える。
胸の辺りを押さえて黙り込む俺に親子が見つめているところへ、一番の年長者が語りかける。
 
「ヒューイのことが愛しくてたまりませんか?」
「えっ、いえっ、あの……、そういうんじゃなくて、何というか……」
「満更ではないと儂は思いますがの。 何はともあれ、まずはゆっくり休みなされ。 ヒューイ、任せたぞ」
「はい!」
「ダイチ様、数日の間はこの子と共に過ごしてくだされ。 そうすればその胸のものにも気づけますぞ」
 
爺様の声と態度に俺は最初こそあったはずの警戒心は霧散し、その瞳を見るだけで胸のうち全てを見透かされているような気がしてならなかった。
文字通り途方に暮れた俺を労ってくれたのか、今日はここまでにしようと話を区切り、ヒューイが嬉しそうに近づくと腕を組むように絡ませてくる。
距離感が完全になくなった彼に、俺は顔を赤くして思わずそっぽを向いてしまうが、気にした様子もなく笑っている姿が印象的だった。
俺たち二人を祝福するように、爺様とヒュペルさんは穏やかに見守ってくれている。
時折地面から怨嗟の声が聞こえてきたが、その都度黙らされていたのは、見ていないし聞いていないことにした。
 
「ここだよ、入ってダイチ」
 
爺様の家を後にした俺は、ヒューイの両親と別れて、彼についていく。
向かった先は、日本で言うところの平屋みたいな木造の家で、ヒューイに手招きされて中に入った。
12畳くらいはある広さに簡易的な炊事場とテーブルと椅子、部屋の隅っこにベッドが一台置かれ、壁には槍などの道具が掛けられている。
 
「ここは、ヒューイくんの家か?」
「そうだよ! それからダイチ、ヒューイでいいよ」
「ご両親と暮らしてないのか? 俺はてっきり……」
「今は一人でここに住んでるよ。 同じ村で暮らしてるから、毎日会えるし寂しくないよ!」
 
荷物の量から一人暮らしをしているのは分かったが、両親がいる村でわざわざ離れて暮らしているのは、自立心を養うためなのだろうかと俺は思った。
確かに日本でも家を出たいと思う者はすぐ出ていくし、俺も10代最後の頃には単身で暮らしていたので、そこまで不思議ではない。
問題があるとすれば寝床だろうかと、視線の先にあるベッドを凝視していたのがまずかったのか、ヒューイの言葉に吹き出してしまった。
 
「どうしたのダイチ? 食事よりも先に交尾する?」
「ぶはっ!? ち、違っ!? そうじゃなくて!」
「違うの? なんだ、残念……。 僕は早くダイチとしたくて仕方がないけど、爺様に焦らないようにって言われてるからさ」
「……なぁ、聞いてもいいかな?」
「うん、僕にわかることなら何でも聞いて!」
 
無垢な笑顔でとんでもないことを言うので、終始俺は押され気味なのだが、肝心のヒューイには邪気がまるでない。
人懐こく、陽気で穏やか、強要もせず、こちらの機微を見極めるような態度で、最初の出会いが嘘のように思えた。
だからなのだろう、突然会った俺と番いになるなど、彼には堪えられないのではないかと考え、本音を確かめてみる。
 
「正直に話してほしいんだ。 俺と番えなんて言われて、納得してるのか?」
「それはちょっと違うかな? 誰かに言われたからじゃなくて、僕はダイチの番いで、ダイチは僕の番いなのは間違いないんだよ」
「な、なんでそんな、断言できるんだ……?」
「う~ん、何でだろう? それは僕もよく分からないけど、ダイチだったんだ! て、自分の中でそう思えたんだ!」
「アバウト過ぎないか?」
「? あばうとってなに?」
「えっ? うーん……? 適当すぎないかって、こと??」
「あははっ! 確かにそうかも! でもね、理屈とかじゃないんだよ、番いって。 爺様はそう言ってたよ、いつかきっと出会えるって言われてたし、会えたんだって、僕嬉しくて仕方ないんだよ!」
 
真剣な俺の言葉に真剣に返答するヒューイに、気圧されつつも聞き返せば、直感で判断したというのだ。
それで良いのかと思うが、屈託ない顔で笑いつつも、目を細め見つめてくるヒューイの顔を直視することができない。
また顔を背けてしまうが、胸の高鳴りで熱が上がり、今は見られたくないとすら感じてしまうのだから、やはりおかしいと思った。
まるで自分の心が自分のものではなくなったような錯覚に囚われていると、不意に背中から抱きしめられたので驚いてみる。
首元にヒューイの顔が接近し、あごを肩に乗せ、細く強靭な両腕を回して優しく包み込まれ、俺は慌てふためいた。
 
「ひゅ、ヒューイ!? 何を……!」
「何だ、ダイチだって僕と同じだったんだ……」
「――同じって?」
「こんなに胸がドクドクして、息遣いが荒くて、そんなに顔を赤くして……。 あのね、僕は表情が出にくいらしいんだけど、今だってすごくドキドキしてるんだ。 けど、悪いものじゃないんだ、こうしてダイチと一緒にいて、そばにいてくれるだけで、胸が熱くなるんだ……」
 
ただでさえ近づかれたくないところへ、ヒューイは距離を埋めてきたので俺はドギマギしていると、彼は彼で落ち着かないようだった。
言われてピッタリと張り付いている背中へ意識を向けると、確かに落ち着きがなさげに鼓動が早くなっているように感じられる。
もっとも俺は動悸レベルでバックンバックンと、心臓が口から飛び出そうになっているのだが、そんなことも知らないで柴犬がすっと顔を上げるとマズルを近づけてきた。
止めることはできたが、なぜかそれはしてはいけないと何かが叫び止められ、唇に触れるのを静かに見守ってしまう。
触れるだけの柔らかいキスに、イタズラが成功して喜ぶ子供のような顔でヒューイが笑いかけてくれていた。
 
「ご飯にしよっか! 待ってて、今用意するから」
 
何食わぬ顔で振る舞う彼に押されっぱなしな俺は、呆然と調理場へ向かう犬の背を見るだけしかできない。
だが俺に仕掛けたはずのヒューイもまた、顔を赤くしていることに気づかなかった。
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