4 / 41
第1話
現在、今後
しおりを挟む
「俺みたいな人属は、もう存在していない……?」
老猫こと爺様へ質問していくつかわかったのは、やはりここが日本とは異なる世界という事だ。
アースガルツと呼ばれるこの世界はヒューイを始めとした獣人属を含め、精霊やら魔物やらが跋扈しているという。
どこかの漫画か小説かよと吐き捨てたくなるのを我慢して、そもそもどうして俺に対してかしこまった態度をするのか尋ねたところで、信じられない事実を聞かされた。
「ダイチ様のような人属も、確かにおりました。 ですが、争いの中で人属はあらゆる種から狙われ、いつしか絶滅してしまったと言われております。 無論、儂らの預かり知らぬ場所で生き残りがいるやもしれませぬが、少なくともこの近隣においては、人属は存在していないでしょう」
「そう、なんですね……」
「正直なところ、あなたを発見できた事は幸運だったのです、あの森は魔の森と呼ばれる、誰も近づかない場所なのです」
「そ、そんなに危ない森だったと……?」
「うん。 実はあのとき、僕も魔物を倒したばかりだったんだ。 もう少し見つけるの遅かったら、ダイチきっと襲われてたよ」
「ひぇっ……。 ヒューイくん、本当にありがとう!」
「お礼はいいってば。 まぁ僕も人属なんて初めて見たから、最初は魔物なのかなって思っちゃったし。 うん、本当に良かった……」
話を聞けば聞くほど、自分がいかに危険な状況だったのかが身に染みてくる。
その上逃げ出そうとしたのだから、悪手以外の何者でもなかった。
助けてくれてありがとうと深々と頭を下げれば、ヒューイは謙遜した態度を見せるので、頭が上がらない。
ただ妙に熱が籠もった目で見られている気がして、何か違和感があった。
「でもダイチ、どうしてあんなところにいたの?」
「それが、俺にもよく分からなくて……。 気がついたらあそこにいたから、詳しくはなんとも……」
「そのことなのですが、ダイチ様。 あなたはもしや、この世界の方ではないのではありませぬか?」
「……!? 分かるん、ですか?」
「身なりを見れば分かりますとも。 そのような服、ワシは見たことがありませぬ。 布も上質そうですしのぉ。 極め付けは、あなたの魔力もかなり異質といえます」
ヒューイが当然すぎる疑問を呈したとき、どう説明すべきかと悩んだが、爺様のフォローに俺は驚いた。
この世界の人間ではないと断言できたのは何故かについては、指差された自身の服装に確かにそうだと納得してしまう。
スーツにワイシャツ、ネクタイに革靴という会社戦士な姿、どう考えてもこの村では浮いて然るべき格好だ。
ただ爺様はその直後に、ファンタジーにありがちな単語を告げてきたので、やっぱりあるのかと少しだけ心が躍る。
「魔力……、それはつまり、魔法が使えるんですか!?」
「ダイチは使えないの? 人属なのに?」
「はい? それはつまり、この世界の人属っていうのは、そんな摩訶不思議な力を使っていたと!?」
「……その反応からして、この世界の方でないのは明白ですな。 やれやれ、異界人に遭遇するとはのぉ」
『長生きはしてみるもんじゃ』と、言葉の割にどこか嬉しそうな、興奮していそうな爺様に俺は思わず苦笑してしまう。
ただそれも仕方がないだろう、俺でさえ戸惑っているのだから、違う世界の人間が現れたとなれば、詳しい人であれば興奮するなという方が難しいはずだ。
「爺様、異界とは?」
「この世界とは異なる世界、ということじゃ。 ヒューイにとっては荒唐無稽な御伽噺に聞こえるかも知れぬが、ダイチ様のような方が時折迷い込まれることがあると、今は思っておればよい」
「よく分かりませんけど、分かりました!」
「さて、ダイチ様。 そもそもどうしてワシがそうなのでは、とお話しましたのには、あなたがこの村へ来られるより前に、異変を感じ取ったからです」
「異変、というと?」
「言葉で説明するのはなかなか難しいのですが、世界が鳴動するような感覚が起こったのです……」
神妙な爺様の顔に、本当にうまく説明できないのだろうと俺は悟る。
どれくらいの時間を生きているのかわからないが、俺のような異世界人と遭遇した事に、信じられない部分があるのかも知れない。
それは当の本人である俺でさえ、今この状況を受け入れているわけではないのだ。
安心できているのは、今すぐ命の危険がないという点だけが、今の俺を突き動かしている。
「ダイチ様、もしや元の世界への帰還を望まれている、という事はありますかな?」
「……それは、どう、ですかね。 ちょっと、なんともいえないかもしれないです……」
「そうですか。 単刀直入にお伝えすると、不可能と言うしかないのです。 さすがのワシでも、異界の門を開けるなどという離れ業をやり遂げるには、些か年を取りすぎましたからの。 誠に申し訳ありませぬが」
「い、いえ! 爺様がそう謝る必要はありません!」
「それじゃあダイチ、これからどうするの?」
「……どうしようか?」
爺様から直球すぎる問いが飛んできたが、おおよそ予定調和というところだ。
実際問題、帰りたいかどうかと言われると、何もかも嫌気が指していたところだったこともあり、そこまであの日常に未練はない。
ただここで生きていくには、あまりにも生活スキルが皆無であるため、ヒューイの言葉に思わず目が泳いだ。
助けを求めるように爺様へ視線を向けると、それは相手も予想していたのか、柔和に笑って答えてくれた。
「それでは、ここに腰を落ち着けてはいかがかな? ワシらとしても悪い話ではありませぬゆえ」
「いいんですか? 余所者の俺がここにいても?」
「無論そのためにはひとつ、条件がございます」
「なんですか?」
「ヒューイ」
「はい、爺様! ダイチ、こっち向いて」
「えっ……」
俺にとっては思ってもみなかった提案だが、この村にいてもいいというなら、ありがたい話だと思う。
この世界のことなど何も分からず、ゲームみたいにチュートリアルステージがあるわけもなし、知らないことばかりで生活などできるはずもなかった。
だからこそ爺様が提示する条件はどんなものでも飲むべきだと考えていると、ヒューイに呼ばれ振り向く。
老猫こと爺様へ質問していくつかわかったのは、やはりここが日本とは異なる世界という事だ。
アースガルツと呼ばれるこの世界はヒューイを始めとした獣人属を含め、精霊やら魔物やらが跋扈しているという。
どこかの漫画か小説かよと吐き捨てたくなるのを我慢して、そもそもどうして俺に対してかしこまった態度をするのか尋ねたところで、信じられない事実を聞かされた。
「ダイチ様のような人属も、確かにおりました。 ですが、争いの中で人属はあらゆる種から狙われ、いつしか絶滅してしまったと言われております。 無論、儂らの預かり知らぬ場所で生き残りがいるやもしれませぬが、少なくともこの近隣においては、人属は存在していないでしょう」
「そう、なんですね……」
「正直なところ、あなたを発見できた事は幸運だったのです、あの森は魔の森と呼ばれる、誰も近づかない場所なのです」
「そ、そんなに危ない森だったと……?」
「うん。 実はあのとき、僕も魔物を倒したばかりだったんだ。 もう少し見つけるの遅かったら、ダイチきっと襲われてたよ」
「ひぇっ……。 ヒューイくん、本当にありがとう!」
「お礼はいいってば。 まぁ僕も人属なんて初めて見たから、最初は魔物なのかなって思っちゃったし。 うん、本当に良かった……」
話を聞けば聞くほど、自分がいかに危険な状況だったのかが身に染みてくる。
その上逃げ出そうとしたのだから、悪手以外の何者でもなかった。
助けてくれてありがとうと深々と頭を下げれば、ヒューイは謙遜した態度を見せるので、頭が上がらない。
ただ妙に熱が籠もった目で見られている気がして、何か違和感があった。
「でもダイチ、どうしてあんなところにいたの?」
「それが、俺にもよく分からなくて……。 気がついたらあそこにいたから、詳しくはなんとも……」
「そのことなのですが、ダイチ様。 あなたはもしや、この世界の方ではないのではありませぬか?」
「……!? 分かるん、ですか?」
「身なりを見れば分かりますとも。 そのような服、ワシは見たことがありませぬ。 布も上質そうですしのぉ。 極め付けは、あなたの魔力もかなり異質といえます」
ヒューイが当然すぎる疑問を呈したとき、どう説明すべきかと悩んだが、爺様のフォローに俺は驚いた。
この世界の人間ではないと断言できたのは何故かについては、指差された自身の服装に確かにそうだと納得してしまう。
スーツにワイシャツ、ネクタイに革靴という会社戦士な姿、どう考えてもこの村では浮いて然るべき格好だ。
ただ爺様はその直後に、ファンタジーにありがちな単語を告げてきたので、やっぱりあるのかと少しだけ心が躍る。
「魔力……、それはつまり、魔法が使えるんですか!?」
「ダイチは使えないの? 人属なのに?」
「はい? それはつまり、この世界の人属っていうのは、そんな摩訶不思議な力を使っていたと!?」
「……その反応からして、この世界の方でないのは明白ですな。 やれやれ、異界人に遭遇するとはのぉ」
『長生きはしてみるもんじゃ』と、言葉の割にどこか嬉しそうな、興奮していそうな爺様に俺は思わず苦笑してしまう。
ただそれも仕方がないだろう、俺でさえ戸惑っているのだから、違う世界の人間が現れたとなれば、詳しい人であれば興奮するなという方が難しいはずだ。
「爺様、異界とは?」
「この世界とは異なる世界、ということじゃ。 ヒューイにとっては荒唐無稽な御伽噺に聞こえるかも知れぬが、ダイチ様のような方が時折迷い込まれることがあると、今は思っておればよい」
「よく分かりませんけど、分かりました!」
「さて、ダイチ様。 そもそもどうしてワシがそうなのでは、とお話しましたのには、あなたがこの村へ来られるより前に、異変を感じ取ったからです」
「異変、というと?」
「言葉で説明するのはなかなか難しいのですが、世界が鳴動するような感覚が起こったのです……」
神妙な爺様の顔に、本当にうまく説明できないのだろうと俺は悟る。
どれくらいの時間を生きているのかわからないが、俺のような異世界人と遭遇した事に、信じられない部分があるのかも知れない。
それは当の本人である俺でさえ、今この状況を受け入れているわけではないのだ。
安心できているのは、今すぐ命の危険がないという点だけが、今の俺を突き動かしている。
「ダイチ様、もしや元の世界への帰還を望まれている、という事はありますかな?」
「……それは、どう、ですかね。 ちょっと、なんともいえないかもしれないです……」
「そうですか。 単刀直入にお伝えすると、不可能と言うしかないのです。 さすがのワシでも、異界の門を開けるなどという離れ業をやり遂げるには、些か年を取りすぎましたからの。 誠に申し訳ありませぬが」
「い、いえ! 爺様がそう謝る必要はありません!」
「それじゃあダイチ、これからどうするの?」
「……どうしようか?」
爺様から直球すぎる問いが飛んできたが、おおよそ予定調和というところだ。
実際問題、帰りたいかどうかと言われると、何もかも嫌気が指していたところだったこともあり、そこまであの日常に未練はない。
ただここで生きていくには、あまりにも生活スキルが皆無であるため、ヒューイの言葉に思わず目が泳いだ。
助けを求めるように爺様へ視線を向けると、それは相手も予想していたのか、柔和に笑って答えてくれた。
「それでは、ここに腰を落ち着けてはいかがかな? ワシらとしても悪い話ではありませぬゆえ」
「いいんですか? 余所者の俺がここにいても?」
「無論そのためにはひとつ、条件がございます」
「なんですか?」
「ヒューイ」
「はい、爺様! ダイチ、こっち向いて」
「えっ……」
俺にとっては思ってもみなかった提案だが、この村にいてもいいというなら、ありがたい話だと思う。
この世界のことなど何も分からず、ゲームみたいにチュートリアルステージがあるわけもなし、知らないことばかりで生活などできるはずもなかった。
だからこそ爺様が提示する条件はどんなものでも飲むべきだと考えていると、ヒューイに呼ばれ振り向く。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる