楽しい転生

ぱにこ

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新年SS

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 常春のノア大陸にあるサクラ公国の年末年始は、カウントダウンも初詣もないが、夜通し宴会が繰り広げられる。
 その宴会に招待された侯爵一家は、隠密部隊の者達の賑やかしい様子を横目で見ながら、初代巫女の強い希望で作られた掘コタツで丸くなり、みかんに似た果実を剥き談笑していた。

「しかし、ルイーズ。この『わたいれはんてん』は、必要なのか? 」
 形から入るルイーズは、温かくないコタツに座る家族に自作の綿入れ半纏を羽織らせている。
 温暖な気候のサクラ公国で、ルイーズ作『ふんわりもこもこ綿入れ半纏』を羽織り、汗が止まらない侯爵は遠回しに脱いでも良いかと尋ねたのだが、愛娘の答えは、
「父様。様式美というものがございまして、この『綿入れ』もその一つです。コタツで寛ぐのでしたら、煌びやかなドレスや衣装は美しくありませんわ。この綿入れが至上なのです」
 という、無情なものだった。
「うむ、そうか……ルイーズがそう言うのなら、少々暑いのも我慢しよう」

 シャツのボタンを外し、首元に風を送りながら、侯爵は涼し気な表情を崩さない最愛の妻アデールをチラリと見やる。

「アデールは暑くないのか? 」
「うふふ、暑くはありませんわ。だって……オホホ」

 アデールの何か含んでるような物言いに、侯爵は首を傾げたが、同じく涼し気な表情をする愛息子ジョゼに気付いた。

「ジョゼも暑くなさそうだね。なにか、秘訣でもあるのかい? 」
「ふふ。父さま、知りたい? 」

 天使の笑みを携え、知りたいかと問うジョゼの姿に、侯爵は端整な顔立ちを崩しニヤケてしまう。

「ああ、教えてくれるかい? 」
「それはね~足元にひみつがあります! 」

 ジョゼが、バサッとこたつ布団を捲り、こたつの中を見せてくれた。
 そこには、氷が浮かべられた水桶に3人分の足が突っ込まれている。

「これはっ……」
 驚愕する侯爵を前に、最愛の妻、愛娘、愛息子は手で口を覆い、微笑む。
「「「ふふふ」」」
「ずるいではないか」

 1人、暑さを耐え忍んでいたのだから、侯爵がそう言うのも無理はないだろう……。
 しかし、最愛の家族の笑みにしてやられ、責めあぐねいてしまう。
 そんな折、愛娘が無邪気な笑みを浮かべ、水桶を勧めてくれた。
「父様も、どうぞ」と。
 愛娘の誘いを断るのは言語道断。
 いそいそと靴下を脱ぎ、侯爵は涼しさの源、水桶に足を突っ込んだ。
「おお、涼しい……」

 すっと汗が引き、心地よい冷たさが全身を駆け巡る。
 これならば、ルイーズ作『ふんわりもこもこ綿入れ半纏』も悪くないと、侯爵は思うのだった。

 そんな侯爵と寛ぐ家族に向かって、ルイーズが言葉を切り出した。
「父様、母様、ジョゼ。昨夜から、ご馳走を食べ、大人はお酒を嗜み、暴飲暴食が過ぎると思うのです」

 続く宴会の疲労を癒すため、侯爵一家はコタツに避難しているものの、庭ではまだ隠密部隊の者が騒いでいる。

「しかし、この宴会は3日間続くと聞いているが、何か問題でもあるのか? 」

 サクラ公国では、お正月三が日は無礼講ゆえ、騒ぎ続けるのが習わしとなっている。
 その土地の習わしを客人である自分達が否定するものではないと思い、侯爵はルイーズに問い返したのだが、愛娘は厳しい表情を浮かべ、バンと立ち上がった。

「問題ですわ! お正月三が日は無礼講というのはわかります。よく飲み、よく食べ、騒ぐのも良いのです。しかし、脇に倒れている脱落者を見て下さいまし! あの方達は気が付くとふらふら~っと、またお酒を飲み始めるのですよ。そして、また倒れる。こ、こんな不健康な事を隠密部隊という、陰から国を守る方達がしていてよいと思いますか? 」

 不健康と言われれば、確かにと頷くほかないだろう。
 ジョゼは話の先を聞きたいと瞳を輝かせているが、これから提案される愛娘の策略の方が問題がありそうだと、侯爵も母であるアデールも思っていた。

「それで、どうしたいというのだ? 」
 本当は聞かない方が身のためなのだろうが、愛娘がやる気になっている。
 苦渋の決断で侯爵は尋ねてみた。

「ふふふ、父様。よくぞ聞いて下さいました! 私の前世の世界では、お正月の暴飲暴食が過ぎた体を癒し、休める為、7日に『七草粥』を食べるという風習がございましたの」

「「「ななくさがゆ? 」」」

「はい。セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ほとけのざ、すずな、すずしろという薬効のある野草を入れたお粥を食べ、胃や体を休めるのです。この世界で同じ野草が見つかるとは思えませんので、薬草で代用しようかと」

 キラキラした瞳で七草粥を皆に振舞おうとするルイーズに、侯爵とアデールは適切な言葉を見つけられずにいた。
 薬草で代用しようというのだ。きっと、各級ポーションに使われる薬草やマナポーションの薬草などが用いられるに決まっている。
 これらを合わせて、どうなるかは予想できない。何故なら、試した者がいないからである。
 思案に耽る侯爵やアデールを余所に、ジョゼは姉の提案に賛辞を述べた。

「姉さま、すばらしいと思います。おんみつぶたいの方たちのけんこうまで、気をくばられるなんて……ぜひ、ぼくにもお手伝いをさせてください」

 天使の笑みを浮かべ、手伝いを買って出たジョゼの可愛さに、たまらずルイーズは抱きしめ、頬をすり合わせた。

「ジョゼったら、なんて優しい子なのでしょう。本当に、天使の様だわ。━━━━ええ、是非、姉様を助けて下さいね」
「はい」
「では、父様、母様。薬草採取に行って参ります! 」
 ジョゼと手を繋ぎ、行ってくると告げるルイーズを前にして、侯爵は、
(薬草採取だけなら、問題はないだろう。真の問題はその後の事なのだから……)と思案し、
「ああ、森は危ないから、ケンゾーとナギも連れて行くように」とだけ告げた。

 はいと言って、元気に駆けて行く娘と息子の背を見送り、侯爵とアデールはポツリポツリと言葉を交わす。
「旦那様。あの子の事ですから、死に至る様な物は作らないと思うのです」
「ああ、そうだね。死に至る様な物は作らないだろう。だが、油断は禁物だ」
「そうですわね……時折、うっかりする子ですから……」
「うむ……」

 ・
 ・
 ・

 サクラ公国の森の中で、4人と1匹の姿が見える。
「ナギは各級、それぞれのマナポーションの薬草をお願い。ケンゾーは上級ポーションの薬草ね。ジョゼとぴよたろうは下級ポーションと中級ポーションの薬草を。私は毒消し用ポーションに使われる『破邪の稲』を採取してくるわ」
「「「了解【ココ】(しました)」」」

 それぞれが森に散り、薬草を求め走る。
 ナギは難易度の高いマナポーションの元である薬草採取。
 下級マナポーションの元になる『蓮根はすね』、中級マナポーションの元になる『みずちの蓮根』、上級マナポーションの元になる『龍の蓮根』である。
 沼地に生え、沼に潜む魔物が存在する為、ナギに任せた。

 ケンゾーも難易度の高い上級ポーションの元になる『銀翼草』の採取に向かった。
 下級、中級、上級と元は同じ薬草なのだが、生えている場所、気候、栄養などの違いで薬効が変わってくる。
 上級ポーションは崖に生え、特殊な風を浴びる事によって、銀色に輝くと言われている。
 崖という場所柄、危険度が高いと判断し、ケンゾーに任せた。

 ジョゼとぴよたろうは、下級ポーションの元になる『白羽草』、中級ポーションの元になる『赤羽草』の採取に向かった。
 これらは、草原や森であれば、比較的簡単に見つかる。
 難易度が低いため、ぴよたろうとジョゼに任せた。

 ルイーズは毒消し用ポーションに使われる『破邪の稲』の採取に向かう。
 稲というからには、米も生るのだが、実のなる前が毒消しになる。
 これは川縁に生え、水に潜む魔物がいる為、ルイーズ自身が担当した。

 そして。
 採取を終えた者達が、森の入り口へと集まってくる。
 ジョゼとぴよたろう、ケンゾー、ナギの順に。
 ルイーズはまだ戻っておらず、案じたジョゼがポツリと囁いた。
「姉さま、おそいね……」
「もう暫く待って、戻ってこないようでしたら、迎えにまいりましょう」
 ケンゾーの提案に、ジョゼがコクリと頷いた。

「あ、心配しなくても、戻って来たみたい」
 ナギの指差す方向へ一斉に視線を向ける。
 身を案じていたジョゼとケンゾーは、戻って来たルイーズを見て頬を引きつらせている。
「姉さま……」
「お嬢様……」
 ナギは手で口を押さえ、懸命に笑いを堪えてる。
「やばい……なに、なにがあったの?! 」
 ぴよたろうは、ルイーズの持つ何かを見て、やる気になっている。
【コッコッ! 】

「みんな~! ただいま」
 大きく左手を振り、笑顔で何かを引きずってくるルイーズ。
 ルイーズが近付くにつれ、その何かの大きさが露わになった。

「でかっ! 」「大きいね」「なんですか、これは……」【コッコ】
 皆の質問に答えようと、ルイーズは経緯を話し始めた。

「これ? 大きいでしょう。突然襲って来るから、『破邪の稲』を縛ろうと持っていた縄で口をぐるぐるって締め上げたの。でも、沼に棲む魔物がどうして川縁にいたのかしら? 」
 そう言って不思議そうに首を傾げているルイーズの姿はこの上なく愛らしい。
 手にそれさえなければ、ケンゾーもナギも魅了されていたかもしれない。
 だが、まだ生きて体をビッタンビッタンとくねらせているそれが、台無しにした。

「それで、これはどうするの? 」
 笑いを堪えすぎて、うっすら涙を浮かべたナギが尋ねた。
「どうしようかと迷ったのだけど、放置しても危ないし……これ、食べられる? 」
「どうだろう? 持ち帰って聞いてみる? 」
「そうね、持ち帰って聞いてみましょう。食べられるのだったら、宴会の料理に出せるし」
「しかし、よく捕まえられたね。それ、Bランクの魔物だよ」
「えっ!? そうなの? …………でも、生捕りだし、ランクは関係ないんじゃない? 」
「…………そうかもね」

 ナギは告げられなった。
 ルイーズが手にするそれは『スワンプアリゲーター』と言い、その名の通り、沼に棲む鰐の様な魔物である。
 強靭な顎で噛みつかれれば、一瞬にして骨もろとも砕かれ、尾で打たれれば、大ダメージを受けてしまう。
 そんな、Bランク相当の魔物を生捕りにする方が、難しいと。

「では、帰りましょうか。七草粥を作って、皆に振舞わなくちゃね」
「うん……」「はい……」「はい……承知いたしました……」【ココ……】

 元気に帰ろうと声を掛けるルイーズとは裏腹に、未だ抵抗を見せるスワンプアリゲーターから目を離せずにいる3人と1匹は、気のない返事をして、屋敷へと戻るのだった。

 ・
 ・
 ・

 当主の屋敷にある調理場ではなく、庭で粥作りを始めるルイーズは、父である侯爵の提案に不満を募らせていた。
「もう、父様ったら。全部、体に良い薬草ばかりなのだから、おかしな物になる訳ないじゃない。そりゃあ、日本の七草とは違って、味はいまいちだろうけど……監視されながら作るのって、信用されていないみたいで嫌だわ」

 ルイーズはコトコトと粥を炊き始め、薬草類をみじん切りにする。
 このラインナップでルイーズが望む効果は。
 毒消し草で、体内のアルコール分を排出し、薬草で疲れた胃や腸、肝臓を回復させる。
 そして、マナの巡りを良くし、庭の脇に倒れる生きる屍の様な隊員達を回復させたいと願っていた。
 徐々に粥が出来始め、良い香りが立ち昇ってくる。

「ふむ、見た目と香りは七草粥と同じね」
 おかしな事はしないが、料理は愛情であると考えたルイーズは、出来上がりつつある粥に愛情という名の、マナを入れてみた。
(皆が元気になりますように……)
 ぽわっと、鍋が光る。
 その光景を見た者は、ルイーズしかいない。
 監視するという名目で、傍に居た侯爵は、ルイーズの捕らえて来た魔物に止めを刺していたからである。

「よし! 出来上がりました~! 」

 ルイーズは隊員達に粥を振舞いにまわった。
 粥を食べると酒が呑めなくなると駄々を捏ねる隊員には、父である侯爵を呼び、睨みをきかせてもらうと素直になった。
 庭の端で倒れている隊員は、一匙ずつ、口に放り込んでみた。
 その他の隊員は素直に、茶碗を手にし、粥を注いでもらう。

「お、意外といける」「疲れた体に沁み込む」「優しい味だな」
 等、口々に感想を述べながら、粥を食べる隊員達を見やり、ルイーズは隣に立つ侯爵に話しかけた。

「良かったわ。ね、父様。おかしな事にはならなかったでしょう? 」
 侯爵の杞憂に終わったと告げたかったのである。
「そうだね━━━━」

 しかし、侯爵自身も安堵したのも束の間。
 異変はルイーズが匙で一口ずつ食べさせた、庭の端にいる隊員達から起こった。

「ううぉーーー」「がぁーーー」「熱いーーー」「ああぁぁぁぁ」

 隊員達は体から汗を拭きだし、地で転げまわっている。
 近付こうにも、この状況に恐怖を感じ、体が動かない。
 ルイーズは、父である侯爵の手を握って、縋る様に見つめた。

「ルイーズ、大丈夫だよ。命さえあれば、回復できるだろう? 」
「父様…………」

 何が起こっているのかはわからない。今は見守るしかなないのだと、侯爵はルイーズの頭を撫で、落ち着かせた。
 すると、今度は茶碗によそい、食べていた者達が呻き声を上げ始めた。

「ぐぉーっ!! 」「汗がっ」「誰か、み、水をっ」

 同じく汗を拭きださせ、蹲っている。
「父様……」
 侯爵の手を一層強く握り成り行きを見守るルイーズに、粥を黙々と食べ進めているナギと当主の姿が目に留まった。
 いや、ナギと当主だけではない。
 ジョゼも母であるアデールもケンゾーもぴよたろうも、黙々と食べているのだ。

「あっ、ジョゼと母様は平気なのですか? ケンゾーも平気? ナギもサクラおばあ様もぴよたろうも? 」

 この不可思議な現象が理解できず、ルイーズは平然としている者に問いかけてみた。

「ええ。少し体がポカポカと温まり、うっすら汗が出るけれど、美味しいわよ」
 美味しいと褒めてくれる母アデールの言葉に安堵し、ルイーズはジョゼに視線を向けた。
「ぼくは、汗も出ないよ」
「そうなの? 」
「わしも、うっすら汗ばむが何ともないの」
「俺も何ともない」
 当主とナギも問題ないという。
「お嬢様。私も問題ありません。美味しくいただいております」
【コッコ】
 ケンゾーとぴよたろうは異変もなく、嬉しそうに食べているので、気に入ったのであろう。

 ルイーズが首を傾げ、再び隊員達の方に向き直ると、更におかしな現象が始まっていた。

「あれ? 」「おっ」「体が軽い」「おい、お前。顔色が良くなったか? 」「うん? そうか? 」「おい、自分の肌をつまんでみろ。もちもちだぞ」「「「「「えっ?! 」」」」」

「へっ? 」
 何が起こったのか、いまいち掴めないでいるルイーズと侯爵は、隊員達のおかしな行動を目にし、呆気に取られていた。
 自分の肌を擦る者。人の肌を見てもちもちだなと褒める者。体が軽くなったと飛び跳ねる者等々。

「これは、体の悪い物が一気に噴き出して、元気になったと考えるのが妥当でしょう」
 成り行きを見守って、一つの仮説を立てたケンゾーがルイーズにそう告げた。
「ケンゾー…………わ、私もそうだと思うわ。でも、隠密部隊の隊員達にプリプリのお肌は必要ないと思うの……」
 色艶の良い剥きたて玉子肌とも言おうか、とにかくもちもちなのである。
 鍛錬を重ね、日に焼け精悍な顔つきだった隠密部隊の者達が、ジョゼも真っ青な美肌の持ち主へと変貌していた。
「そうですね、ちょっと、あの様子は見たくないと言うか……」
「うん。あれは嫌かな」
 ナギも隠密部隊の様子に戸惑いを隠せずにいる。

「おや、わしも肌がもちもちじゃ」
「あら。私もですわ」

 母であるアデールと当主も、肌艶の良くなった様子に感激している。

「私、決めましたわ。今後、七草粥は女性や子供だけのものとします。もし、欲しいと望まれるのなら、作らない事もありませんが、私の見ていない場所で食べていただきます」

「うん、そうして」「はい、そうしてください」「うむ、それが最善策だろう」

 死んだ魚のような目をしたナギ、ケンゾー、侯爵が一様に頷いて賛同する。

 しかし、ルイーズ作『七草粥』は、作り続けられた。
 柔肌の虜になったか、彼らは正月どころか来訪の度にルイーズに頼み込むほどで、口外しなかったにも関わらず、しばらくすると市井には『七草粥』があふれていた。
 彼らの探求心は果てしなかった。
 サクラの男子侮るべからず、大陸一の美肌の持ち主、いつしかそう謳われるほどに。
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