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其の拾壱
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ルイーズにとっては、見知った顔。
各ルートに些細な違いはあるけれど、必ずラスボスとして立ちはだかる存在。
時には勝利し、時には敗北する。
幾度も対峙する邪神の人型。
「……ナギ」
「どうして、ぼくの名前を知ってるの?」
首を傾げて、ルイーズに問う姿はあどけなさが残るものだった。
(うわ~ナギです……生ナギですわ……それに、当たり前だけれど、小さい。いえ、私よりは大きいのだけれど、まだ子供だわ……)
ルイーズは、妙な感動をしていた。
攻略対象者の幼い姿というのは、フェオドールを始めダリウス、ジョゼと見てきたのだが感動が違った。
主人公としてプレイしていた乙女ゲームの名残ともいえよう。
苦労して、邪神EDを迎えた時の感動が甦ったのだ。
「うん、しっているのは、ながいおはなしになるから、いまはいえないけれど。おちついたら、おしえるわね」
「ふ~ん……わかった。それで、きみはだれ?」
「わたくしはルイーズともうします」
「ルイーズね、それで、どうして、ここにいるの?」
どうしてと問われてルイーズは固まってしまった。
攫われてここまでやってきたのだが、攫われずとも、遺跡へと来る予定だったからだ。
答えに詰まっているルイーズはある事に気が付いた。
(目が赤い…………そう、目が赤いのよ。邪神解放後のスチルでは、緑色の瞳をしていた。と、いう事は……すでに、邪神…………でも、何故?)
邪神EDはある意味簡単だった。
レベル上げの周回を、挫折せずにこなし、他の攻略対象者を無視すれば辿りつけるルート。
そして、邪神を倒した後に出現する選択肢で会話が発生する仕様になっていた。
それまでは、会話らしい会話など出来る素振りもなかったのだ。
何もかもを喰い尽くすだけの存在だった邪神。
そこには善も悪もない。
悪行を繰り広げるのは、瘴気にさらされた魔物や魔族。
ゆえにおかしいと感じた。
「わたくしは、さらわれて、ここにおしこまれたの。それで、ナギはここでなにをしているの?」
嘘を吐くのは簡単だが、なるべく偽らずに答えたかった。
ルイーズの問いかけに、ナギは楽しそうに笑った。
そして、祭壇を指差し、
「ぼくはね~おばあさんと一緒に眠っていたの。くふふ」
そう答えた。
その返答にルイーズは驚愕する。
先程まで死体だと思い、恐怖していた対象が生きて眠っているだけだったと知って。
「えっ?ねむっているだけなの?」
「そうだよ。眠っているだけ」
「でも、ナギもねむっていたのにおきたでしょう?あの、おばあさまは、めをさまさないの?」
「どうだろう?衰弱してるから、起きれないのかもね」
ナギは終始、笑いながら答えている。
その様子にルイーズは怪訝な表情を浮かべるものの、眠っている当主が気にかかり、祭壇まで歩み寄った。
「う~ん。ほんとうにねむっているだけのようですわね……かいふくまほうでは、すいじゃくをなおすことはできないけれど、とりあえずためしてみましょうか……」
ルイーズはそう呟くと、回復魔法を発動させた。
淡い光に包まれた当主の顔に赤みが差してくる。
(ふむ、とりあえず、これで様子を見ましょうか……いえ、待って!お年寄りはマナの流れが悪いって父様が仰っていたわね)
そこまで考えたルイーズは、目に魔法をかけた。マナを流れを見る為である。
(わっ、なんてことなの……マナがほとんどないわ……これでは、衰弱して、いずれ…………)
ルイーズは悪い考えを振り解くかの様に、頭を振った。
そして、ルイーズが編み出した究極魔法『低周波治療』を発動したのである。
━━━━
当主の身体が縦横無尽に動き回り、呻き声が漏れ出している。
眠っているにも関わらず。
「ガ、ガ、ガ、ダ、ダ、ダ、グ、ゴ、ダ━━」
「もうすこしのがまんですわ。がんばってくださいましね」
「━━ねぇ、何をやってるの?」
ここまで、黙ってみていたナギが口を開く。
何とも言えないような顔を浮かべて。
不安でもない、不審でもない、ただ状況が理解できずに答えを欲している時の顔。
「ああ、これは、おばあさまのげんきをとりもどすための、まほうですわっ」
父である侯爵にお墨付きをもらった魔法である為、ルイーズは得意気であった。
その様子を見たナギは、何故か優しい笑みを浮かべた。
「なっ、なんじゃぁぁぁぁっ!!アダッ、ウゴッ、ダダダ━━━━」
暫し、ほっこりした気分でいる二人の間に、雄叫びが響き渡った。
「「…………」」
当主が飛び起きてしまったのだ。
しかし、ルイーズの魔法はまだ終わっていない。
ルイーズもナギも、当主に掛ける言葉が見つからずに何とも言えない顔をしていた。
だが、心の中では。
後、もう少し……耐えて……。
と、祈っていた。
・
・
・
ルイーズによって、眠っていた当主の治療は滞りなく終わった。
再び、マナの循環を見る為、目に魔法をかけたルイーズも一安心出来る結果に安堵していた。
「はじめまして。わたくしは『ヨークシャーおうこく』よりまいりました、ルイーズ・ハウンドともうします」
「ふむ、わしは『サクラ公国』の当代の巫女である『サクラ』と申す。よろしくなのじゃ」
「ぼくは、ナギ。邪神を内に飼っているよ。あはは」
「「…………」」
ナギの発言に、当主とルイーズは固まってしまった。
ナギは確かに、邪神を内に秘めている。
しかし、邪神に乗っ取られているかと言えば否である。
「…………では、あらためまして、ナギもサクラおばあさまもよろしくおねがいします」
ルイーズはナギの言葉に対する、良い返答が見つからず黙っていることを選んだ。
とびっきりの笑顔を浮かべて、当主とナギに挨拶をした。
「それで、ルイーズよ。なぜこの場にいるのじゃ?」
「それはですね。とうさまたちと、たびをしていたのですが、まぞくにさらわれてしまい、ここにつれてこられたのです。まぞくは、このいせきにはいることができず、わたくしだけがはいることができたのです」
ルイーズの言葉を聞き、状況をまとめる当主。
魔族の事も気になるが、判断材料が少なすぎるゆえ、更にルイーズに問いかけた。
「して、旅の途中で攫われたという事はわかったのじゃが、どこまで行くつもりだったのかのう?」
「それは『サクラこうこく』ですわ。カリンさんとリョウブさんがししゃとして、『ヨークシャーおうこく』までまいりましたの。そして、とうしゅさまにつたえ、おききしたとこがありましたので、しさつにむかう、とうさまにどうこうするきょかをいただきました」
ルイーズの言葉を聞いて、当主は卒倒しそうになるのを堪える。
カリンやリョウブが連れてきた使者である。邪神についての、手がかりを持つ使者であることは明白であった。
しかし、幼子であるルイーズにどこまで話していいものかを悩んでいると。
痺れを切らしたルイーズが口を開いた。
「あの、サクラおばあさまは、いせかいのみこさまのしそんなのですよね?」
「そうじゃが」
「あの、わたくし、てんせいしゃですのっ」
ルイーズは、えへんと胸を張って転生者であることを言いきった。
その言葉を聞き、当主の目玉が落ちそうになるほど見開かれる。
「お、お、お主が転生者なのかっ。お、おお、あ、会いたかった━━」
当主の目から涙が溢れ出る。
生まれたその時から、巫女として生きてきた。
上に立つものとして、弱音など吐くことも出来ず、相談する相手すらもいなかった。
何もなければ、形だけの巫女として、暮らしていけたであろう。
しかし、邪神が復活したこの状況。
伝承だけで凌ぐには余りにも、心許無い。
そこで思い出したのが、ヨークシャー王国からの文の内容であった。
転生者であり、邪神復活の知識を持つ少女がいるという事。
しかし、幼子ゆえ詳しい内容は潜められていた。
当主は会いたいと切に願った。されど、幼子を危険に合わす訳にもいかず、この身を差し出してでも、時間を稼ごうと思い行動した結果が、現状なのである。
「わたくしも、あいたかったです」
ルイーズはそう一言告げ、当主の涙を拭った。
それを見たナギが、ルイーズに向かって、
「ぼくにも、会いたかった?」
と、聞いてくる。
「ええ、もちろん。あいたかったわ」
と微笑んで答えた。
(もちろん会いたかったわ。邪神は余計だけれど……ナギ自身には、会ってみたかったもの)
ルイーズの言葉に満足気な表情を浮かべるナギであった。
・
・
・
時は遡り、ルイーズが遺跡に入り込んだ後。
口悪く叫び、結界を叩くアヒムの姿があった。
「何をやっているんだ?」
「コルドゥラっ!」
一時は逃げようとしたが、仲間が気になりここまでやってきたコルドゥラ。
そんなコルドゥラの周りを見渡して、アヒムが問いかけた。
「贄はどうした?」
「失敗した……」
侯爵に恐怖して、ルイーズの秘められた力に恐怖して逃げてきた事実は覆らない。
作戦の失敗を告げられたアヒムは、怒りに身を任せ、コルドゥラに詰め寄る。
「失敗?!順調だったじゃねぇかっ!なんで失敗するんだよっ━━」
「変化が出来なかったんだっ!!」
アヒムは悲痛な叫びとも取れるコルドゥラの言葉を聞き、遺跡の壁を思いっきり叩いた。
罵られる事も殴られることも覚悟してきたコルドゥラだったが、アヒムの傍に居るはずのガキが居ない事に気が付いた。
「ガキはどうした?」
「はぁ?この中だよ。この結界、俺は通さねぇが、ガキは通したんだ」
「あ、あのガキ。目を覚ましたのか?」
「ああ」
「あいつ、化け物だぞ」
「わかってるよっ。でっけぇ火の玉を出して、攻撃してきそうになった所を洗脳して回避したからなっ」
「っ!洗脳が効いたのか!!」
「ああ、完全服従は無理だったが、一応効き目はあった」
逃げ道はあった。この状況で化け物に挟み撃ちされたら自分達の命はない。
安堵の息を漏らすコルドゥラがアヒムに提案を投げかける。
「逃げよう」
「はぁぁぁ?なんで、逃げる必要があるんだよっ。この結界を破って、遺跡に入ればガキを人質に出来るだろうが。そんで、人質交換に贄をいただいて帰れば済むだろう」
危うい、余りにも危うい。
アヒムの提案を受ければ、必ず死ぬ。そう感じたコルドゥラは、渾身の一撃をアヒムに与えた。
━━ゴスッッ!!!
「ガハッ!!━━うっ、てめぇ、なにしやがるんだっっ!!」
ルイーズに続いて、2度目となる鳩尾への攻撃を食らったアヒムは、苦痛に顔を歪めて叫んだ。
「帰ろう……それが生きる最善の策だ」
達観ともとれる、落ち着いた声色で、アヒムに話しかけるコルドゥラ。
しかし、アヒムには伝わらなかった。
仲間に殴られる理由すらも分からず、強く握りしめた拳をコルドゥラめがけて放った。
━━ガッ!バリンッ!
「なんで、避けんだよっ!!ん?」
避けられた事に、更に憤りを感じるアヒムだったが、コルドゥラの見ている先が気になり、目線を向けた。
「ああ、すまない……見てみろ。結界が壊れた様だぞ」
「おっ!やっと、壊れやがったか。入ってみるぞ」
「駄目だっ!逃げよう、な?今なら逃げ切れる。化け物━━」
「洗脳」
アヒムがそう言葉を紡ぐと、コルドゥラの周りに霧が立ち込めた。
そして、霧が晴れると、そこには頭を垂れ、忠誠を誓うコルドゥラの姿があった。
その姿を見たアヒムの顔が歪む。
互いに譲らない性格ゆえ、衝突する事も多かった。
しかし、ライバルでもあり、仲間でもある者が、こうも容易く洗脳され、自分に忠誠を誓う姿を目の当たりにしてしまった。
気分が高揚する訳でもなく、洗脳を解こうという気持ちにもなれないアヒムは、作戦遂行を決めた。
(成功したら、いくらでも怒られてやるからよ。今は我慢してくれ)
「なんなりとご命令を……」
「遺跡の中に入るぞ」
「ハッ!」
洗脳されてしまったコルドゥラは、アヒムと共に、遺跡の奥へ踏み込んで行くのだった。
・
・
・
サクラ公国にある、隠密部隊の詰所に、侯爵一行は来ていた。
「遠路遥々、ようこそおいでくださいました。この部隊の隊長を務めております『ヒイラギ』と申します。よろしくお願いいたします」
まず、隊長であるヒイラギが侯爵一行に向けて挨拶をした。
それに続き、アルノーとケンゾーが自己紹介をする。
カツラは見知った顔ゆえ、簡素な挨拶で済ませたのだ。
最後に侯爵が、挨拶を済ませると、暗い表情を浮かべ、ヒイラギ達にある願いを申し出た。
「実は、娘であるルイーズが何者かに攫われたのです。皆さん、我らに協力して娘を探してはくれませんか」
普段の侯爵ならば、こういった物言いはしない。地位を鑑みて、相応しい物言いをするだろう。
しかし、今は娘であるルイーズを探すのに、協力を仰がねばならない。
一人の父親として、ヒイラギ達に頭を下げた。
「俺からも頼む。俺の可愛い弟子だからな」
カツラもヒイラギに深く頭を下げた。
それに呼応して、カリンやリョウブをはじめとする旅をしてきた仲間も頭を下げる。
「隊長、お願いします。ルイーズ様を探し出して助けてください」
『お願いしますっ』
「カリン、それに皆さん。協力は惜しみません。ですので、詳しい状況を教えてくださいますか?」
了承してくれたヒイラギ達に、詳しい状況を説明する。
いなくなった場所。その時の様子等。
「では、暗くなる前に探し出しましょう!獣人の皆さんは、詰所で待機していてください」
日が落ちる前に探し出す。それを目標に動き出した。
暗い森の中で小さな少女を探すのは至難の業であるがゆえ。
「ルイーズちゃん……無事で居てね……」
カチヤの頬に涙が伝う。非力なカチヤに出来るのは祈る事だけだ。
そんな娘の心情と、娘を攫われた侯爵の気持ちを考え、苦し気な表情を浮かべるイザーク。
同じ娘を持つ父親として、出来る事は本当にないのか?
自分達も探しに行くと、提案しそうになったが、押し留まる。
足手纏いになるだけと、理解しているからである。
「カチヤ、無事を祈ろう」
「うん」
・
・
・
森の入り口でヒイラギが隊員達に檄を飛ばしている。
「第一に、オレンジ色の髪を持つ少女を探し出す事。第二に、不審な人物を目撃したら、状況に応じて撃破、もしくは合図を送れ。万が一、人質として捕らえられている時は、少女の安全を優先して行動する事。以上!皆、頼んだぞっ!」
『はっ!!!』
隠密部隊が動き出した。森を隈なく探す為、ローリング作戦を用いた。
異世界の巫女から伝えられたものである。
隠密部隊の背を見送った後、侯爵達も動き出す。
「ケンゾーはカツラ殿と行動してくれ。先生は私と行動してくれ」
「「「承知しました」」」【ぴぃぃ】
ケンゾーを始め、カツラとアルノー、ぴよたろうでさえも、真剣な面持ちで答えた。
発見時には、空高く魔法を打つ。
そう約束を交わし、2組に分かれ、走って行った。
ぴよたろうは走る。
親であるルイーズを探すために。
カツラやケンゾーの後を追うのではなく、先頭を走っているのだ。
シュクルの町で見せたあの特技。
「はぁ、はぁ、じっちゃん。ぴよたろうはおじょうさまのいばしょがわかっているのかな?」
息を切らせ、カツラに尋ねるケンゾー。
その問いに対する、明確な答えはない。
「わからん。けど、迷いもせずに走ってんだ。何か、感じるものがあるのかも知れないな」
「うん」
・
・
・
「して、眠っているわしにかけた魔法はなんじゃ?」
遺跡の中で雑談を交わしているルイーズと当主。
「あれは、わたくしがはつあんしたきゅうきょくまほう『ていしゅうはちりょう』です。あれをからだにうけると、マナのじゅんかんがよくなるのです」
「ほう、究極魔法なのか。しかし、結構きつかったの……自分の意志とは関係なく体が動くのが、なんとも言えんわい」
勝手に筋肉の動く魔法をかけられたら、誰だって驚くだろう。
引き攣った笑みを浮かべた当主。
魔法を発動させた時から、一部始終を見ていたナギはクスクスと声を出し、笑っている。
「おばあさんのビクビク動く姿を見た時は、驚いたよ~でも、真剣な顔をして、見守っているルイーズの方がもっと、面白かった」
「もう、ナギったら。あれはちりょうなの。やってるさいちゅうは、きみょうなかんじがするけれど、おわったあとはとても、すっきりするのよ。ナギもやってみる?」
「あはは、やめてよ~」
手を翳し、ナギに詰め寄ろうとするルイーズ。
仲の良い2人を見た当主は優しい微笑みを浮かべている。
「ああ、なんだ?ガキ以外の奴らもいるじゃねぇか」
そんな、ほんわかした空気を一変する声が響いた。
アヒムである。
魔族の幹部だと思い込んでいるルイーズは、戦闘を避ける為、咄嗟に結界を発動させた。
当主とナギを包み込む結界。
父である侯爵が、助けに来てくれるその時まで、持たせようと考えたのだ。
「アヒム。そして、コルドゥラ━━あなたたちに、てだしはさせないわよ」
各ルートに些細な違いはあるけれど、必ずラスボスとして立ちはだかる存在。
時には勝利し、時には敗北する。
幾度も対峙する邪神の人型。
「……ナギ」
「どうして、ぼくの名前を知ってるの?」
首を傾げて、ルイーズに問う姿はあどけなさが残るものだった。
(うわ~ナギです……生ナギですわ……それに、当たり前だけれど、小さい。いえ、私よりは大きいのだけれど、まだ子供だわ……)
ルイーズは、妙な感動をしていた。
攻略対象者の幼い姿というのは、フェオドールを始めダリウス、ジョゼと見てきたのだが感動が違った。
主人公としてプレイしていた乙女ゲームの名残ともいえよう。
苦労して、邪神EDを迎えた時の感動が甦ったのだ。
「うん、しっているのは、ながいおはなしになるから、いまはいえないけれど。おちついたら、おしえるわね」
「ふ~ん……わかった。それで、きみはだれ?」
「わたくしはルイーズともうします」
「ルイーズね、それで、どうして、ここにいるの?」
どうしてと問われてルイーズは固まってしまった。
攫われてここまでやってきたのだが、攫われずとも、遺跡へと来る予定だったからだ。
答えに詰まっているルイーズはある事に気が付いた。
(目が赤い…………そう、目が赤いのよ。邪神解放後のスチルでは、緑色の瞳をしていた。と、いう事は……すでに、邪神…………でも、何故?)
邪神EDはある意味簡単だった。
レベル上げの周回を、挫折せずにこなし、他の攻略対象者を無視すれば辿りつけるルート。
そして、邪神を倒した後に出現する選択肢で会話が発生する仕様になっていた。
それまでは、会話らしい会話など出来る素振りもなかったのだ。
何もかもを喰い尽くすだけの存在だった邪神。
そこには善も悪もない。
悪行を繰り広げるのは、瘴気にさらされた魔物や魔族。
ゆえにおかしいと感じた。
「わたくしは、さらわれて、ここにおしこまれたの。それで、ナギはここでなにをしているの?」
嘘を吐くのは簡単だが、なるべく偽らずに答えたかった。
ルイーズの問いかけに、ナギは楽しそうに笑った。
そして、祭壇を指差し、
「ぼくはね~おばあさんと一緒に眠っていたの。くふふ」
そう答えた。
その返答にルイーズは驚愕する。
先程まで死体だと思い、恐怖していた対象が生きて眠っているだけだったと知って。
「えっ?ねむっているだけなの?」
「そうだよ。眠っているだけ」
「でも、ナギもねむっていたのにおきたでしょう?あの、おばあさまは、めをさまさないの?」
「どうだろう?衰弱してるから、起きれないのかもね」
ナギは終始、笑いながら答えている。
その様子にルイーズは怪訝な表情を浮かべるものの、眠っている当主が気にかかり、祭壇まで歩み寄った。
「う~ん。ほんとうにねむっているだけのようですわね……かいふくまほうでは、すいじゃくをなおすことはできないけれど、とりあえずためしてみましょうか……」
ルイーズはそう呟くと、回復魔法を発動させた。
淡い光に包まれた当主の顔に赤みが差してくる。
(ふむ、とりあえず、これで様子を見ましょうか……いえ、待って!お年寄りはマナの流れが悪いって父様が仰っていたわね)
そこまで考えたルイーズは、目に魔法をかけた。マナを流れを見る為である。
(わっ、なんてことなの……マナがほとんどないわ……これでは、衰弱して、いずれ…………)
ルイーズは悪い考えを振り解くかの様に、頭を振った。
そして、ルイーズが編み出した究極魔法『低周波治療』を発動したのである。
━━━━
当主の身体が縦横無尽に動き回り、呻き声が漏れ出している。
眠っているにも関わらず。
「ガ、ガ、ガ、ダ、ダ、ダ、グ、ゴ、ダ━━」
「もうすこしのがまんですわ。がんばってくださいましね」
「━━ねぇ、何をやってるの?」
ここまで、黙ってみていたナギが口を開く。
何とも言えないような顔を浮かべて。
不安でもない、不審でもない、ただ状況が理解できずに答えを欲している時の顔。
「ああ、これは、おばあさまのげんきをとりもどすための、まほうですわっ」
父である侯爵にお墨付きをもらった魔法である為、ルイーズは得意気であった。
その様子を見たナギは、何故か優しい笑みを浮かべた。
「なっ、なんじゃぁぁぁぁっ!!アダッ、ウゴッ、ダダダ━━━━」
暫し、ほっこりした気分でいる二人の間に、雄叫びが響き渡った。
「「…………」」
当主が飛び起きてしまったのだ。
しかし、ルイーズの魔法はまだ終わっていない。
ルイーズもナギも、当主に掛ける言葉が見つからずに何とも言えない顔をしていた。
だが、心の中では。
後、もう少し……耐えて……。
と、祈っていた。
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ルイーズによって、眠っていた当主の治療は滞りなく終わった。
再び、マナの循環を見る為、目に魔法をかけたルイーズも一安心出来る結果に安堵していた。
「はじめまして。わたくしは『ヨークシャーおうこく』よりまいりました、ルイーズ・ハウンドともうします」
「ふむ、わしは『サクラ公国』の当代の巫女である『サクラ』と申す。よろしくなのじゃ」
「ぼくは、ナギ。邪神を内に飼っているよ。あはは」
「「…………」」
ナギの発言に、当主とルイーズは固まってしまった。
ナギは確かに、邪神を内に秘めている。
しかし、邪神に乗っ取られているかと言えば否である。
「…………では、あらためまして、ナギもサクラおばあさまもよろしくおねがいします」
ルイーズはナギの言葉に対する、良い返答が見つからず黙っていることを選んだ。
とびっきりの笑顔を浮かべて、当主とナギに挨拶をした。
「それで、ルイーズよ。なぜこの場にいるのじゃ?」
「それはですね。とうさまたちと、たびをしていたのですが、まぞくにさらわれてしまい、ここにつれてこられたのです。まぞくは、このいせきにはいることができず、わたくしだけがはいることができたのです」
ルイーズの言葉を聞き、状況をまとめる当主。
魔族の事も気になるが、判断材料が少なすぎるゆえ、更にルイーズに問いかけた。
「して、旅の途中で攫われたという事はわかったのじゃが、どこまで行くつもりだったのかのう?」
「それは『サクラこうこく』ですわ。カリンさんとリョウブさんがししゃとして、『ヨークシャーおうこく』までまいりましたの。そして、とうしゅさまにつたえ、おききしたとこがありましたので、しさつにむかう、とうさまにどうこうするきょかをいただきました」
ルイーズの言葉を聞いて、当主は卒倒しそうになるのを堪える。
カリンやリョウブが連れてきた使者である。邪神についての、手がかりを持つ使者であることは明白であった。
しかし、幼子であるルイーズにどこまで話していいものかを悩んでいると。
痺れを切らしたルイーズが口を開いた。
「あの、サクラおばあさまは、いせかいのみこさまのしそんなのですよね?」
「そうじゃが」
「あの、わたくし、てんせいしゃですのっ」
ルイーズは、えへんと胸を張って転生者であることを言いきった。
その言葉を聞き、当主の目玉が落ちそうになるほど見開かれる。
「お、お、お主が転生者なのかっ。お、おお、あ、会いたかった━━」
当主の目から涙が溢れ出る。
生まれたその時から、巫女として生きてきた。
上に立つものとして、弱音など吐くことも出来ず、相談する相手すらもいなかった。
何もなければ、形だけの巫女として、暮らしていけたであろう。
しかし、邪神が復活したこの状況。
伝承だけで凌ぐには余りにも、心許無い。
そこで思い出したのが、ヨークシャー王国からの文の内容であった。
転生者であり、邪神復活の知識を持つ少女がいるという事。
しかし、幼子ゆえ詳しい内容は潜められていた。
当主は会いたいと切に願った。されど、幼子を危険に合わす訳にもいかず、この身を差し出してでも、時間を稼ごうと思い行動した結果が、現状なのである。
「わたくしも、あいたかったです」
ルイーズはそう一言告げ、当主の涙を拭った。
それを見たナギが、ルイーズに向かって、
「ぼくにも、会いたかった?」
と、聞いてくる。
「ええ、もちろん。あいたかったわ」
と微笑んで答えた。
(もちろん会いたかったわ。邪神は余計だけれど……ナギ自身には、会ってみたかったもの)
ルイーズの言葉に満足気な表情を浮かべるナギであった。
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時は遡り、ルイーズが遺跡に入り込んだ後。
口悪く叫び、結界を叩くアヒムの姿があった。
「何をやっているんだ?」
「コルドゥラっ!」
一時は逃げようとしたが、仲間が気になりここまでやってきたコルドゥラ。
そんなコルドゥラの周りを見渡して、アヒムが問いかけた。
「贄はどうした?」
「失敗した……」
侯爵に恐怖して、ルイーズの秘められた力に恐怖して逃げてきた事実は覆らない。
作戦の失敗を告げられたアヒムは、怒りに身を任せ、コルドゥラに詰め寄る。
「失敗?!順調だったじゃねぇかっ!なんで失敗するんだよっ━━」
「変化が出来なかったんだっ!!」
アヒムは悲痛な叫びとも取れるコルドゥラの言葉を聞き、遺跡の壁を思いっきり叩いた。
罵られる事も殴られることも覚悟してきたコルドゥラだったが、アヒムの傍に居るはずのガキが居ない事に気が付いた。
「ガキはどうした?」
「はぁ?この中だよ。この結界、俺は通さねぇが、ガキは通したんだ」
「あ、あのガキ。目を覚ましたのか?」
「ああ」
「あいつ、化け物だぞ」
「わかってるよっ。でっけぇ火の玉を出して、攻撃してきそうになった所を洗脳して回避したからなっ」
「っ!洗脳が効いたのか!!」
「ああ、完全服従は無理だったが、一応効き目はあった」
逃げ道はあった。この状況で化け物に挟み撃ちされたら自分達の命はない。
安堵の息を漏らすコルドゥラがアヒムに提案を投げかける。
「逃げよう」
「はぁぁぁ?なんで、逃げる必要があるんだよっ。この結界を破って、遺跡に入ればガキを人質に出来るだろうが。そんで、人質交換に贄をいただいて帰れば済むだろう」
危うい、余りにも危うい。
アヒムの提案を受ければ、必ず死ぬ。そう感じたコルドゥラは、渾身の一撃をアヒムに与えた。
━━ゴスッッ!!!
「ガハッ!!━━うっ、てめぇ、なにしやがるんだっっ!!」
ルイーズに続いて、2度目となる鳩尾への攻撃を食らったアヒムは、苦痛に顔を歪めて叫んだ。
「帰ろう……それが生きる最善の策だ」
達観ともとれる、落ち着いた声色で、アヒムに話しかけるコルドゥラ。
しかし、アヒムには伝わらなかった。
仲間に殴られる理由すらも分からず、強く握りしめた拳をコルドゥラめがけて放った。
━━ガッ!バリンッ!
「なんで、避けんだよっ!!ん?」
避けられた事に、更に憤りを感じるアヒムだったが、コルドゥラの見ている先が気になり、目線を向けた。
「ああ、すまない……見てみろ。結界が壊れた様だぞ」
「おっ!やっと、壊れやがったか。入ってみるぞ」
「駄目だっ!逃げよう、な?今なら逃げ切れる。化け物━━」
「洗脳」
アヒムがそう言葉を紡ぐと、コルドゥラの周りに霧が立ち込めた。
そして、霧が晴れると、そこには頭を垂れ、忠誠を誓うコルドゥラの姿があった。
その姿を見たアヒムの顔が歪む。
互いに譲らない性格ゆえ、衝突する事も多かった。
しかし、ライバルでもあり、仲間でもある者が、こうも容易く洗脳され、自分に忠誠を誓う姿を目の当たりにしてしまった。
気分が高揚する訳でもなく、洗脳を解こうという気持ちにもなれないアヒムは、作戦遂行を決めた。
(成功したら、いくらでも怒られてやるからよ。今は我慢してくれ)
「なんなりとご命令を……」
「遺跡の中に入るぞ」
「ハッ!」
洗脳されてしまったコルドゥラは、アヒムと共に、遺跡の奥へ踏み込んで行くのだった。
・
・
・
サクラ公国にある、隠密部隊の詰所に、侯爵一行は来ていた。
「遠路遥々、ようこそおいでくださいました。この部隊の隊長を務めております『ヒイラギ』と申します。よろしくお願いいたします」
まず、隊長であるヒイラギが侯爵一行に向けて挨拶をした。
それに続き、アルノーとケンゾーが自己紹介をする。
カツラは見知った顔ゆえ、簡素な挨拶で済ませたのだ。
最後に侯爵が、挨拶を済ませると、暗い表情を浮かべ、ヒイラギ達にある願いを申し出た。
「実は、娘であるルイーズが何者かに攫われたのです。皆さん、我らに協力して娘を探してはくれませんか」
普段の侯爵ならば、こういった物言いはしない。地位を鑑みて、相応しい物言いをするだろう。
しかし、今は娘であるルイーズを探すのに、協力を仰がねばならない。
一人の父親として、ヒイラギ達に頭を下げた。
「俺からも頼む。俺の可愛い弟子だからな」
カツラもヒイラギに深く頭を下げた。
それに呼応して、カリンやリョウブをはじめとする旅をしてきた仲間も頭を下げる。
「隊長、お願いします。ルイーズ様を探し出して助けてください」
『お願いしますっ』
「カリン、それに皆さん。協力は惜しみません。ですので、詳しい状況を教えてくださいますか?」
了承してくれたヒイラギ達に、詳しい状況を説明する。
いなくなった場所。その時の様子等。
「では、暗くなる前に探し出しましょう!獣人の皆さんは、詰所で待機していてください」
日が落ちる前に探し出す。それを目標に動き出した。
暗い森の中で小さな少女を探すのは至難の業であるがゆえ。
「ルイーズちゃん……無事で居てね……」
カチヤの頬に涙が伝う。非力なカチヤに出来るのは祈る事だけだ。
そんな娘の心情と、娘を攫われた侯爵の気持ちを考え、苦し気な表情を浮かべるイザーク。
同じ娘を持つ父親として、出来る事は本当にないのか?
自分達も探しに行くと、提案しそうになったが、押し留まる。
足手纏いになるだけと、理解しているからである。
「カチヤ、無事を祈ろう」
「うん」
・
・
・
森の入り口でヒイラギが隊員達に檄を飛ばしている。
「第一に、オレンジ色の髪を持つ少女を探し出す事。第二に、不審な人物を目撃したら、状況に応じて撃破、もしくは合図を送れ。万が一、人質として捕らえられている時は、少女の安全を優先して行動する事。以上!皆、頼んだぞっ!」
『はっ!!!』
隠密部隊が動き出した。森を隈なく探す為、ローリング作戦を用いた。
異世界の巫女から伝えられたものである。
隠密部隊の背を見送った後、侯爵達も動き出す。
「ケンゾーはカツラ殿と行動してくれ。先生は私と行動してくれ」
「「「承知しました」」」【ぴぃぃ】
ケンゾーを始め、カツラとアルノー、ぴよたろうでさえも、真剣な面持ちで答えた。
発見時には、空高く魔法を打つ。
そう約束を交わし、2組に分かれ、走って行った。
ぴよたろうは走る。
親であるルイーズを探すために。
カツラやケンゾーの後を追うのではなく、先頭を走っているのだ。
シュクルの町で見せたあの特技。
「はぁ、はぁ、じっちゃん。ぴよたろうはおじょうさまのいばしょがわかっているのかな?」
息を切らせ、カツラに尋ねるケンゾー。
その問いに対する、明確な答えはない。
「わからん。けど、迷いもせずに走ってんだ。何か、感じるものがあるのかも知れないな」
「うん」
・
・
・
「して、眠っているわしにかけた魔法はなんじゃ?」
遺跡の中で雑談を交わしているルイーズと当主。
「あれは、わたくしがはつあんしたきゅうきょくまほう『ていしゅうはちりょう』です。あれをからだにうけると、マナのじゅんかんがよくなるのです」
「ほう、究極魔法なのか。しかし、結構きつかったの……自分の意志とは関係なく体が動くのが、なんとも言えんわい」
勝手に筋肉の動く魔法をかけられたら、誰だって驚くだろう。
引き攣った笑みを浮かべた当主。
魔法を発動させた時から、一部始終を見ていたナギはクスクスと声を出し、笑っている。
「おばあさんのビクビク動く姿を見た時は、驚いたよ~でも、真剣な顔をして、見守っているルイーズの方がもっと、面白かった」
「もう、ナギったら。あれはちりょうなの。やってるさいちゅうは、きみょうなかんじがするけれど、おわったあとはとても、すっきりするのよ。ナギもやってみる?」
「あはは、やめてよ~」
手を翳し、ナギに詰め寄ろうとするルイーズ。
仲の良い2人を見た当主は優しい微笑みを浮かべている。
「ああ、なんだ?ガキ以外の奴らもいるじゃねぇか」
そんな、ほんわかした空気を一変する声が響いた。
アヒムである。
魔族の幹部だと思い込んでいるルイーズは、戦闘を避ける為、咄嗟に結界を発動させた。
当主とナギを包み込む結界。
父である侯爵が、助けに来てくれるその時まで、持たせようと考えたのだ。
「アヒム。そして、コルドゥラ━━あなたたちに、てだしはさせないわよ」
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