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其の伍
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早朝ともいえる時間帯に、シバ男爵家に滞在するカリンとリョウブの元へ、ハウンド侯爵家からの使いがやってきた。
息を切らせてやってきた使者は一通の手紙を手渡し、突然の訪問を詫びた後、侯爵家へと帰って行った。
「なんだ?侯爵様からの手紙か?」
「はい……こんな、朝早くに息を切らせてやってくるなんて、余程急ぎの用事なんでしょうね」
カツラの問いかけに答えながら、リョウブは手紙の封を切り内容を確認する。
「で、手紙の内容は?」
「──え~っと、後で訪ねてくるそうです」
「はい?」「えっ?」「はっ?」
隣で聞いていたカツラとカリンは勿論のこと、少し離れて待機していた男爵家の従者までもが声を出して驚いていた。
「申し訳ございません。突然の事に、動揺してしまいました。……それで後程、ハウンド侯爵様がいらっしゃるというのは、事実で御座いましょうか?」
「ああ、はい。そのようです」
なぜか隣でガッツポーズをしているカリンを横目で見ながら、リョウブは従者の問いに答える。
その答えを聞いた従者は、テキパキと侍女に指示を出す。
屋敷の掃除やもてなしのお茶や菓子に至るまで、一通り伝え終えた後、最後に服装に乱れがないかも確認する様にと付け加えた。
男爵家にとって、侯爵様が訪れるというのは、一大事の様だ。
従者や侍女の浮かれ具合を見ると、ちょっとしたお祭り騒ぎの様にも見える。
「……すまん。使用人たちが浮かれちまってる。それで、訪ねてくるって内容だけか?」
「はい。1時間ほどしたら訪ねると書いてあるだけです」
リョウブのその言葉を聞き、従者と侍女の行動速度が上がった。
「じゃあ、俺と入れ違いだな」
毎朝、カツラはルイーズとケンゾーの剣の鍛錬のために、侯爵家へと向かう。
「きっと、先日王城へ訪問した件で訪ねてくるのでしょうね」
カリンがそう言うと、リョウブは肯定する様に頷いた。
「そっか、じゃあ帰ったら教えてくれ」
「「了解です」」
◇ ◇ ◇
「侯爵様が到着されました」
その言葉を聞き、屋敷に仕える従者や侍女が門の前に並ぶ。
【いらっしゃいませ。お待ちしておりました】
一斉に挨拶をして、お辞儀をする様子に圧倒されつつもカリンとリョウブも挨拶をする。
「「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」」
「急な訪問ですまない。報告と確認の為に寄っただけなんだが……」
もてなす準備はバッチリと言わんばかりの従者と侍女……ニコニコと笑みを浮かべ、屋敷の方へと手を差し向けている。
「はい。大急ぎでもてなす準備をしていましたので、お時間が宜しければ、中でお話いたしませんか?」
小声でそう提案するカリンにリョウブは苦笑いを浮かべる。
(手合せが出来ると限らないのに、この浮かれようは……)
「では、お邪魔させていただくとしよう」
侯爵は従者と侍女の圧力に押し負け、屋敷の中へ入って行った。
応接室に通された侯爵は、お茶と食べきれないほどの茶菓子を出され、苦笑いを浮かべた後、人払いをした。
「早速だが、明日『サクラ公国』へ向かう事になった。同行するのは私と娘のルイーズと従者であるケンゾーの3人」
「「えっ!」」
宰相自らが赴くのも驚きだが、娘と従者も同行するという発言にカリンとリョウブは言葉を失った。
「それで、同行するにあたって、馬車の定員などを知りたいと思ってやってきたのだが────」
「お待ちくださいっ」侯爵は2人の返答などお構いなしに話を進めていくが、我に返ったリョウブが言葉を遮った。
「お話を中断させてしまい申し訳ございません。もう少し詳しくお話し願えますか?まずは、明日出立すると言う事すね」
「明日の朝、出発する」
「それで、同行されるのが、宰相様とご令嬢のルイーズ様、従者であるケンゾー様ですね……」
言いよどむリョウブに変わり、カリンが口を開く。
「あの、何故、ご令嬢や従者であるケンゾー様が同行されるのでしょうか?」
「ああ、その理由を簡潔に説明すると、ルイーズが同行したいと言ったからだ」
(はあ?)そんな心の声が漏れ聞こえてくる様な、すっ呆けた顔をするカリンとリョウブを見て、侯爵はニヤリと笑みを浮かべた。
侯爵の笑みを見たカリンとリョウブは、冗談だと思い、聞き返す。
「ご冗談だったのですね。驚きました」「本当に驚きました~」
そう言いながら、ホッと胸をなでおろす。
「いやいや。冗談ではなく、同行するのも事実だし、ルイーズが行きたいと言ったから許可したのも事実なんだが、もう一つ理由がある」
侯爵が勿体ぶるのには理由があった。同行する愛娘と相性が良いかというものだ。長い間寝食を共にするのだから、気の良い者がいい。
(面白い反応するな。これならルイーズも仲良く出来るだろう)
「もう、ご勘弁ください。理由をお話しいただけないでしょうか?」
痺れを切らしたリョウブが懇願する。
「言っても良いのだが……当主様からは、どこまで話を聞いている?邪神が復活したかも知れないというだけか?」
「そうですね、急ぎヨークシャー王国へ参ったので、その後、どうなったのかは知りませんが……」
おババ様とヒイラギの安否が気になる2人は顔を曇らせる。
「では、ヨークシャー王国に居る少女の話を聞いたことは?」
「いえ、聞いたことはございません」
カリンとリョウブはお互い顔を見やり、首を振った。
「うむ、まずはそこから説明か……」
侯爵は長くなりそうだと、お茶を飲み喉を潤し、話し出した。
・
・
・
「「…………」」
「そういう訳でルイーズとケンゾーが同行する。それと、ルイーズの件は内密に頼む」
俄かに信じがたい話をされ戸惑う2人は「「承知いたしました」」と言うのが精一杯だった。
・
・
・
ようやく話を飲みこむ事が出来たカリンは「カツラさんにも内緒にした方がいいのでしょうか?」と、問う。
「カツラ殿がどれだけ事情を知っているかは分からない現状では、内密に頼む。状況次第で話す事もあるかもしれないが、その時は私の口から説明するので、使者の2人は口を噤んでいて欲しい」
その言葉に納得した2人を見て安心した侯爵は、重要な話を切り出した。
「それで、一番重要な話になるのだが、使者殿が乗ってきた馬車は、何人乗りなんだろうか?」
「へっ?──馬車ですか……2人と荷物でいっぱいでしたが」
「そうね、そんなに大きな馬車ではないから、荷物でいっぱいだったわね」
リョウブの返答にカリンも同意する。
「では、同乗するのは無理か……」
「同乗するおつもりでしたか?侯爵家の馬車は使われないのですか?」
「貴族の馬車が走っていると、悪目立ちするだろう。なので地味な帆馬車が良かったのだが……あっ!!」
何かを思い出した侯爵は、お茶を飲み干し立ち上がる。
「今すぐ、行かねばならない所が出来たので失礼する。明日の朝、貴族門の所で落ち合おう。っ!忘れる所だった。この手紙をカツラ殿に渡しておいてくれまいか。出掛けに会って話そうかと思ったのだが、入れ違いになってしまったようで、しばらく留守にする事を伝えそびれた」
そう言いながら、手紙を手渡し、颯爽と立ち去る侯爵の素早さに圧倒され、見送りの礼をするのが精一杯の2人だった。
「嵐の様な方でしたね」
「そうね……」
ドッと疲れた2人は、応接室のソファに座り溜息を吐いた。
「荷造りを始めないといけませんね」
「そうね、もう少し落ち着いたら、荷造りを始めましょう」
◇ ◇ ◇
宰相は、ここに来るまでは急ぎ足だったものの、心を落ち着かせて王の執務室のドアを軽くノックした。
「入れ」
「失礼いたします」
陛下の返答を聞き、執務室に足を踏み入れる。
「なんだ、今日は休みではなかったか?」
「ええ。本日より休暇の予定でしたが、重要なお話が御座いまして、陛下に許可をいただこうと参じました」
宰相が恭しく礼を取り話す様子見た陛下は、胡散臭そうな視線を向け聞き返した。
「それで、なんの許可が必要なんだ?」
「簡潔に申し上げますと、馬車をお借りしたいのです。……実は、使者殿が乗ってきた馬車に同乗させていただこうと、男爵家まで赴いたのですが……これが二人乗りの馬車でした。私と愛娘ルイーズとその従者であるケンゾーの3人が乗る馬車がなく困っていたところ、陛下の視察用馬車を思い出したのです!これならば、愛娘ルイーズの安全も守られ、快適に過ごせるはず。さあ、陛下、許可すると仰ってください」
陛下は、握り拳を作りながら力説する宰相を見て、軽く吹き出した。
「っぷふ………すまない……オホン!馬車の使用は許可できるのだが、何故ルイーズ嬢と従者まで行くんだ?」
「ありがとうございます。愛娘に話したところ、自分も行った方が状況判断も出来るし、対策も練れると説得されました」
「……娘可愛さにやられ、二つ返事で許可したのだろう。だが、状況判断や対策という点では、助かるな。まだ、幼子故、しっかりと守るのだぞ」
「もちろん!愛娘ルイーズを守るのに、抜かりはございません。許可していただきありがとうございます。では、御前を失礼いたします!────」
「ちょっと待て!」
陛下は、早々と立ち去ろうとする宰相を呼び止め書類を指さす。
「何でしょうか?」
「馬車を貸してやるのだから、少し仕事をして行け」
「私は休暇中ですよ」
宰相はヤレヤレといった感じで、書類に目を通し、言葉を続ける。
「私の留守中、本当に大丈夫ですか?」
「頑張るしかあるまい……」
「そろそろ、殿下に手伝っていただいたらいかがですか?」
「レイナルドにか?……まだ、7つだぞ」
「聡明な方ですので理解できるのではありませんか?一度、執務室に呼ばれてみてはいかがです」
「……ふむ、では、明日にでも呼んでみるか……」
「今からでは?」
「今は、余裕がない」
「(はぁ)……では、一仕事やってしまいましょう」
軽く溜息を吐いた宰相は、書類の山を手に取り、帰りが遅くなるのを覚悟した。
◇ ◇ ◇
ルイーズとケンゾーは剣術の鍛練が終わり、カツラに深々と挨拶をする。
「「ありがとうございました」」
「お疲れ。ケンゾーは話があるから少し残ってくれないか?」
「えっ?はい」
「それでは、さきにもどっているわね。ししょう、おつかれさまでした」
ルイーズが訓練所を出るのを確認してから、カツラは口を開いた。
「ケンゾーに頼みたいことがある」
「はい」
「この国に、前世の記憶を持つ少女がいる。その少女の特定を頼みたい。名前でもいいし、住んでる所でもいい。なにか一つでも手がかりになるような物が欲しい」
「なんで、その少女をさがしているの?」
「この国にとっても『サクラ公国』にとっても重要な事になるんだが……詳しい事はまだ話せない……」
ケンゾーは、神妙な面持ちで目を伏せるカツラを見て、これ以上問う事を諦める。
「少女が、きがいをくわえられるということはないんだよね?」
「もちろん。危害を加えたりと言う事はないから安心しなさい」
ケンゾーはその言葉を聞いて、ホッと胸をなでおろす。
「でも、なんでぼくなの?」
ケンゾーは、重要な事という割に子供である自分に頼む事に関して腑に落ちないといった顔だ。
「侯爵家なら何かしら知っているかもしれないと、予測したからだ。希望ともいえるが……」
「…………」
「難しく考えなくていい。無理をしない程度に頼む」
「わかった」
訓練所を後にするカツラを見送った後、ケンゾーは一人佇んでいた。
(前世のきおくをもつ少女って、おじょうさまのことだよね……このやしきに仕えている人は、みんな知っている。ふいちょうしたりはしないけど、かくしたりもしていない。じっちゃんがどういう理由で、さがしているのかはんだんできないから言わなかったけど……おじょうさまに伝えてはんだんをあおぐべきか、それともだんなさまに問うべきか……やはり、だんなさまにおうかがいしよう)
そう心に決めて、ケンゾーは屋敷に戻って行った。
◇ ◇ ◇
夜、屋敷の執務室に訪れたケンゾーは、カツラに頼まれた件の話をした。
「…………ふむ」
話を聞き終えた侯爵は、思考を巡らせる。
(ケンゾーの話を聞く限り、カツラ殿は当主様に伝えてある件を知っていると言う事になる……信頼したからこそ、話したのであろうな)
「だんなさま?さがしている少女は、おじょうさまのことですよね。そふになんと伝えればよろしいでしょうか?」
「ああ、すまない。この件は、私からカツラ殿に話すとしよう。この屋敷に仕えている者は知っている事だが、詳しく説明はしていない。だから、ケンゾーも返答に困ったのだろう?」
「はい。そふがどうしてさがしているのかも、わかりませんでしたし、おじょうさまのことをせつめいしてよいものなのか、はんだんにまよいました」
「うむ、その判断でいい。この件は私に任せて、旅の準備をしてもう休みなさい」
「ありがとうございます。それでは、しつれいいたします」
ケンゾーは肩の荷が下りたとばかりに、軽やかな足取りで退室する。
その子供らしい様子をみた侯爵は、笑みを浮かべるのだった。
息を切らせてやってきた使者は一通の手紙を手渡し、突然の訪問を詫びた後、侯爵家へと帰って行った。
「なんだ?侯爵様からの手紙か?」
「はい……こんな、朝早くに息を切らせてやってくるなんて、余程急ぎの用事なんでしょうね」
カツラの問いかけに答えながら、リョウブは手紙の封を切り内容を確認する。
「で、手紙の内容は?」
「──え~っと、後で訪ねてくるそうです」
「はい?」「えっ?」「はっ?」
隣で聞いていたカツラとカリンは勿論のこと、少し離れて待機していた男爵家の従者までもが声を出して驚いていた。
「申し訳ございません。突然の事に、動揺してしまいました。……それで後程、ハウンド侯爵様がいらっしゃるというのは、事実で御座いましょうか?」
「ああ、はい。そのようです」
なぜか隣でガッツポーズをしているカリンを横目で見ながら、リョウブは従者の問いに答える。
その答えを聞いた従者は、テキパキと侍女に指示を出す。
屋敷の掃除やもてなしのお茶や菓子に至るまで、一通り伝え終えた後、最後に服装に乱れがないかも確認する様にと付け加えた。
男爵家にとって、侯爵様が訪れるというのは、一大事の様だ。
従者や侍女の浮かれ具合を見ると、ちょっとしたお祭り騒ぎの様にも見える。
「……すまん。使用人たちが浮かれちまってる。それで、訪ねてくるって内容だけか?」
「はい。1時間ほどしたら訪ねると書いてあるだけです」
リョウブのその言葉を聞き、従者と侍女の行動速度が上がった。
「じゃあ、俺と入れ違いだな」
毎朝、カツラはルイーズとケンゾーの剣の鍛錬のために、侯爵家へと向かう。
「きっと、先日王城へ訪問した件で訪ねてくるのでしょうね」
カリンがそう言うと、リョウブは肯定する様に頷いた。
「そっか、じゃあ帰ったら教えてくれ」
「「了解です」」
◇ ◇ ◇
「侯爵様が到着されました」
その言葉を聞き、屋敷に仕える従者や侍女が門の前に並ぶ。
【いらっしゃいませ。お待ちしておりました】
一斉に挨拶をして、お辞儀をする様子に圧倒されつつもカリンとリョウブも挨拶をする。
「「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」」
「急な訪問ですまない。報告と確認の為に寄っただけなんだが……」
もてなす準備はバッチリと言わんばかりの従者と侍女……ニコニコと笑みを浮かべ、屋敷の方へと手を差し向けている。
「はい。大急ぎでもてなす準備をしていましたので、お時間が宜しければ、中でお話いたしませんか?」
小声でそう提案するカリンにリョウブは苦笑いを浮かべる。
(手合せが出来ると限らないのに、この浮かれようは……)
「では、お邪魔させていただくとしよう」
侯爵は従者と侍女の圧力に押し負け、屋敷の中へ入って行った。
応接室に通された侯爵は、お茶と食べきれないほどの茶菓子を出され、苦笑いを浮かべた後、人払いをした。
「早速だが、明日『サクラ公国』へ向かう事になった。同行するのは私と娘のルイーズと従者であるケンゾーの3人」
「「えっ!」」
宰相自らが赴くのも驚きだが、娘と従者も同行するという発言にカリンとリョウブは言葉を失った。
「それで、同行するにあたって、馬車の定員などを知りたいと思ってやってきたのだが────」
「お待ちくださいっ」侯爵は2人の返答などお構いなしに話を進めていくが、我に返ったリョウブが言葉を遮った。
「お話を中断させてしまい申し訳ございません。もう少し詳しくお話し願えますか?まずは、明日出立すると言う事すね」
「明日の朝、出発する」
「それで、同行されるのが、宰相様とご令嬢のルイーズ様、従者であるケンゾー様ですね……」
言いよどむリョウブに変わり、カリンが口を開く。
「あの、何故、ご令嬢や従者であるケンゾー様が同行されるのでしょうか?」
「ああ、その理由を簡潔に説明すると、ルイーズが同行したいと言ったからだ」
(はあ?)そんな心の声が漏れ聞こえてくる様な、すっ呆けた顔をするカリンとリョウブを見て、侯爵はニヤリと笑みを浮かべた。
侯爵の笑みを見たカリンとリョウブは、冗談だと思い、聞き返す。
「ご冗談だったのですね。驚きました」「本当に驚きました~」
そう言いながら、ホッと胸をなでおろす。
「いやいや。冗談ではなく、同行するのも事実だし、ルイーズが行きたいと言ったから許可したのも事実なんだが、もう一つ理由がある」
侯爵が勿体ぶるのには理由があった。同行する愛娘と相性が良いかというものだ。長い間寝食を共にするのだから、気の良い者がいい。
(面白い反応するな。これならルイーズも仲良く出来るだろう)
「もう、ご勘弁ください。理由をお話しいただけないでしょうか?」
痺れを切らしたリョウブが懇願する。
「言っても良いのだが……当主様からは、どこまで話を聞いている?邪神が復活したかも知れないというだけか?」
「そうですね、急ぎヨークシャー王国へ参ったので、その後、どうなったのかは知りませんが……」
おババ様とヒイラギの安否が気になる2人は顔を曇らせる。
「では、ヨークシャー王国に居る少女の話を聞いたことは?」
「いえ、聞いたことはございません」
カリンとリョウブはお互い顔を見やり、首を振った。
「うむ、まずはそこから説明か……」
侯爵は長くなりそうだと、お茶を飲み喉を潤し、話し出した。
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「「…………」」
「そういう訳でルイーズとケンゾーが同行する。それと、ルイーズの件は内密に頼む」
俄かに信じがたい話をされ戸惑う2人は「「承知いたしました」」と言うのが精一杯だった。
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ようやく話を飲みこむ事が出来たカリンは「カツラさんにも内緒にした方がいいのでしょうか?」と、問う。
「カツラ殿がどれだけ事情を知っているかは分からない現状では、内密に頼む。状況次第で話す事もあるかもしれないが、その時は私の口から説明するので、使者の2人は口を噤んでいて欲しい」
その言葉に納得した2人を見て安心した侯爵は、重要な話を切り出した。
「それで、一番重要な話になるのだが、使者殿が乗ってきた馬車は、何人乗りなんだろうか?」
「へっ?──馬車ですか……2人と荷物でいっぱいでしたが」
「そうね、そんなに大きな馬車ではないから、荷物でいっぱいだったわね」
リョウブの返答にカリンも同意する。
「では、同乗するのは無理か……」
「同乗するおつもりでしたか?侯爵家の馬車は使われないのですか?」
「貴族の馬車が走っていると、悪目立ちするだろう。なので地味な帆馬車が良かったのだが……あっ!!」
何かを思い出した侯爵は、お茶を飲み干し立ち上がる。
「今すぐ、行かねばならない所が出来たので失礼する。明日の朝、貴族門の所で落ち合おう。っ!忘れる所だった。この手紙をカツラ殿に渡しておいてくれまいか。出掛けに会って話そうかと思ったのだが、入れ違いになってしまったようで、しばらく留守にする事を伝えそびれた」
そう言いながら、手紙を手渡し、颯爽と立ち去る侯爵の素早さに圧倒され、見送りの礼をするのが精一杯の2人だった。
「嵐の様な方でしたね」
「そうね……」
ドッと疲れた2人は、応接室のソファに座り溜息を吐いた。
「荷造りを始めないといけませんね」
「そうね、もう少し落ち着いたら、荷造りを始めましょう」
◇ ◇ ◇
宰相は、ここに来るまでは急ぎ足だったものの、心を落ち着かせて王の執務室のドアを軽くノックした。
「入れ」
「失礼いたします」
陛下の返答を聞き、執務室に足を踏み入れる。
「なんだ、今日は休みではなかったか?」
「ええ。本日より休暇の予定でしたが、重要なお話が御座いまして、陛下に許可をいただこうと参じました」
宰相が恭しく礼を取り話す様子見た陛下は、胡散臭そうな視線を向け聞き返した。
「それで、なんの許可が必要なんだ?」
「簡潔に申し上げますと、馬車をお借りしたいのです。……実は、使者殿が乗ってきた馬車に同乗させていただこうと、男爵家まで赴いたのですが……これが二人乗りの馬車でした。私と愛娘ルイーズとその従者であるケンゾーの3人が乗る馬車がなく困っていたところ、陛下の視察用馬車を思い出したのです!これならば、愛娘ルイーズの安全も守られ、快適に過ごせるはず。さあ、陛下、許可すると仰ってください」
陛下は、握り拳を作りながら力説する宰相を見て、軽く吹き出した。
「っぷふ………すまない……オホン!馬車の使用は許可できるのだが、何故ルイーズ嬢と従者まで行くんだ?」
「ありがとうございます。愛娘に話したところ、自分も行った方が状況判断も出来るし、対策も練れると説得されました」
「……娘可愛さにやられ、二つ返事で許可したのだろう。だが、状況判断や対策という点では、助かるな。まだ、幼子故、しっかりと守るのだぞ」
「もちろん!愛娘ルイーズを守るのに、抜かりはございません。許可していただきありがとうございます。では、御前を失礼いたします!────」
「ちょっと待て!」
陛下は、早々と立ち去ろうとする宰相を呼び止め書類を指さす。
「何でしょうか?」
「馬車を貸してやるのだから、少し仕事をして行け」
「私は休暇中ですよ」
宰相はヤレヤレといった感じで、書類に目を通し、言葉を続ける。
「私の留守中、本当に大丈夫ですか?」
「頑張るしかあるまい……」
「そろそろ、殿下に手伝っていただいたらいかがですか?」
「レイナルドにか?……まだ、7つだぞ」
「聡明な方ですので理解できるのではありませんか?一度、執務室に呼ばれてみてはいかがです」
「……ふむ、では、明日にでも呼んでみるか……」
「今からでは?」
「今は、余裕がない」
「(はぁ)……では、一仕事やってしまいましょう」
軽く溜息を吐いた宰相は、書類の山を手に取り、帰りが遅くなるのを覚悟した。
◇ ◇ ◇
ルイーズとケンゾーは剣術の鍛練が終わり、カツラに深々と挨拶をする。
「「ありがとうございました」」
「お疲れ。ケンゾーは話があるから少し残ってくれないか?」
「えっ?はい」
「それでは、さきにもどっているわね。ししょう、おつかれさまでした」
ルイーズが訓練所を出るのを確認してから、カツラは口を開いた。
「ケンゾーに頼みたいことがある」
「はい」
「この国に、前世の記憶を持つ少女がいる。その少女の特定を頼みたい。名前でもいいし、住んでる所でもいい。なにか一つでも手がかりになるような物が欲しい」
「なんで、その少女をさがしているの?」
「この国にとっても『サクラ公国』にとっても重要な事になるんだが……詳しい事はまだ話せない……」
ケンゾーは、神妙な面持ちで目を伏せるカツラを見て、これ以上問う事を諦める。
「少女が、きがいをくわえられるということはないんだよね?」
「もちろん。危害を加えたりと言う事はないから安心しなさい」
ケンゾーはその言葉を聞いて、ホッと胸をなでおろす。
「でも、なんでぼくなの?」
ケンゾーは、重要な事という割に子供である自分に頼む事に関して腑に落ちないといった顔だ。
「侯爵家なら何かしら知っているかもしれないと、予測したからだ。希望ともいえるが……」
「…………」
「難しく考えなくていい。無理をしない程度に頼む」
「わかった」
訓練所を後にするカツラを見送った後、ケンゾーは一人佇んでいた。
(前世のきおくをもつ少女って、おじょうさまのことだよね……このやしきに仕えている人は、みんな知っている。ふいちょうしたりはしないけど、かくしたりもしていない。じっちゃんがどういう理由で、さがしているのかはんだんできないから言わなかったけど……おじょうさまに伝えてはんだんをあおぐべきか、それともだんなさまに問うべきか……やはり、だんなさまにおうかがいしよう)
そう心に決めて、ケンゾーは屋敷に戻って行った。
◇ ◇ ◇
夜、屋敷の執務室に訪れたケンゾーは、カツラに頼まれた件の話をした。
「…………ふむ」
話を聞き終えた侯爵は、思考を巡らせる。
(ケンゾーの話を聞く限り、カツラ殿は当主様に伝えてある件を知っていると言う事になる……信頼したからこそ、話したのであろうな)
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「ああ、すまない。この件は、私からカツラ殿に話すとしよう。この屋敷に仕えている者は知っている事だが、詳しく説明はしていない。だから、ケンゾーも返答に困ったのだろう?」
「はい。そふがどうしてさがしているのかも、わかりませんでしたし、おじょうさまのことをせつめいしてよいものなのか、はんだんにまよいました」
「うむ、その判断でいい。この件は私に任せて、旅の準備をしてもう休みなさい」
「ありがとうございます。それでは、しつれいいたします」
ケンゾーは肩の荷が下りたとばかりに、軽やかな足取りで退室する。
その子供らしい様子をみた侯爵は、笑みを浮かべるのだった。
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<内容紹介>
ある日目覚めた「私」は、自分が乙女ゲームの意地悪で傲慢な悪役令嬢アリアナになっている事に気付いて愕然とする。
しかもアリアナは第一部のモブ系悪役令嬢!。悪役なのに魔力がゼロの最弱キャラだ。
このままではゲームの第一部で婚約者のディーンに断罪され、学園卒業後にロリコン親父と結婚させられてしまう!
「私」はロリコン回避の為にヒロインや婚約者、乙女ゲームの他の攻略対象と関わらないようにするが、なぜかうまく行かない。
しかもこの乙女ゲームは、未知の第3部まであり、先が読めない事ばかり。
意地悪で傲慢な悪役令嬢から、お人よしで要領の悪い公爵令嬢になったアリアナは、頭脳だけを武器にロリコンから逃げる為に奮闘する。
だけど、アリアナの身体の中にはゲームの知識を持つ「私」以外に本物の「アリアナ」が存在するみたい。
さらに自分と同じ世界の前世を持つ、登場人物も現れる。
しかも超がつく鈍感な「私」は周りからのラブに全く気付かない。
そして「私」とその登場人物がゲーム通りの動きをしないせいか、どんどんストーリーが変化していって・・・。
一年以上かかりましたがようやく完結しました。
また番外編を書きたいと思ってます。
カクヨムさんで加筆修正したものを、少しずつアップしています。
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