楽しい転生

ぱにこ

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73話

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 瞬間移動魔道具『どこからでも・こんにちわ』を解説しよう。
 まず、手に取った感じの質感は……冷たい金属━━10センチ四方の銅板で出来ている。
 これはマナの流れと相性の良い金属━━他に銀や金、オリハルコンなどもあるが、もっともお安い物をチョイスした結果である。

 侯爵令嬢なのに、庶民的金銭感覚の持ち主? それは、ノンノンである。
 侯爵家から支給されている令嬢ルイーズのお小遣いは、月に金貨5枚。
 その他、魔道具制作に関するアイデア料が国から支給されており、それが金貨40枚。
 おまけに、冒険者として稼いだ金額や内職代を合算すると、金貨約50枚もの大金がルイーズの懐に入っているのだ。
 日本円に換算すると500万円相当。
 いくら貴族社会に身を置く、令息、令嬢と言えど、純粋なお小遣いだけで、この金額を手にしているのはルイーズ以外居ないだろう。
 まぁ、貴族の坊ちゃん、嬢ちゃんは家紋が入った身分証明片手にお買い物をする為、お財布を持ってうろちょろしないし、ルイーズの様に買い食いもしないので問題ないのかも知れない。

 にもかかわらず、お安い金属?
 それは、侯爵令嬢ルイーズがお小遣いの大半を食べ物に費やしている弊害とも言える。
 侯爵家令嬢としての身の回りに必要な物は、別途支給されているんだし、食べ物だけに費やすには些か多すぎるんじゃない?
 否、食べ物だけにあらず。
 ありとあらゆる魔道具を制作するために必要な経費も含まれているのだ。
 魔道具制作に必要な材料は、どれをとっても高価な物が多い。
 ゆえに、その中でもっともお安い品を選ぶのは、当然とも言えよう。
 蟹チャーハンにカニカマを使用しているような物。
 美味ければいいと起動すればいいは、ルイーズにとって、同等の意味である。

 脱線した話を戻すとしよう。
 次は、瞬間移動魔道具『どこからでも・こんにちわ』を見て欲しい。
 銅板に魔法陣が刻まれ、中央に魔石が埋め込まれている。
 まさに、シンプルイズベスト。

 シンプルゆえに、大量生産が可能。シンプルゆえに模造品が出回る。
 シンプルゆえに犯罪に使用しようとする輩が増える。

 この辺りを懸念する人がいるのではなかろうか?!
 だが、問題ない。
 この瞬間移動魔道具『どこからでも・こんにちわ』には、ある秘密が隠されているのだ。
 見た目だけでは分からない、途轍もない秘密がね。ふふ、ふふふ━━
 知りたいかい?
 ふふ、いいだろう。
 特別に、君にだけ教えてあげるよ。
 この━━


 では、最後にどうやって起動するのか。
 起動したとしてもどうやって目的地に飛ぶのかを説明しよう。
 まず、中央に埋め込まれている魔石にマナを注ぎ込む。
 なんの技も要らない。
 そう、アクロバティックな動きも必要ない。
 ただ単純に、マナを注ぎ込むだけで起動してしまうのだ。

 起動すると、この魔道具を中心に魔法陣が現れるのだが。
 ここで、注意事項を一つ。
 この魔法陣の中にいる者だけが瞬間移動対象となるから、けっして外に出てはいけない。
 取り残されて独りぼっちになっちゃったってなると、悲し過ぎる。
 悲し過ぎるだけではない。
 半端な立ち位置で、瞬間移動を開始すると……。
 肉体が半分になる?
 いや、そんなグロテスクな事にはならないが、風圧で弾き飛ばされる事になる。
 つまり、魔法陣の中は風船の中。
 魔法陣の外は風船の外という訳だ。
 ゴムを伸ばして、手を離す! と、バチンってなるね。それの強力版だと心得てくれると話が早い。
 お留守番させられて心が痛むのに、弾かれた衝撃で怪我なんてした日には、まさに二重苦である。
 だから、本当に! 気を付けて欲しい。

 さて、次に行うのは、座標を決める事である。
 これは、手元の銅板に現れたアイコンを、操作すると行える。
 座標を入力し終えると、入力先の映像が浮かんでくるって寸法だ。

 ほら、見えるかい?
 これが『サクラ公国』と『ホエール連邦国』を隔てる関所だよ。
 人がたくさんいるね。このまま着地すると大混乱になるね。
 だから、なるべく人気のない場所へ着地出来るよう、魔石をくるくるっと回して細かな調節をしようね。
 こういう所は気が利いているだろう? 
 ふふ、私も様々な失敗から色々学んでいるからね。

 そして、問題なければ決定ボタン、もとい魔石にもう一度、マナを注ぐのだ。
 すると、アラアラ?
 アッと言う間に、目的地に到着しちゃったよ! ってな魔道具である。

 以上、瞬間移動魔道具『どこからでも・こんにちわ』の解説でした。
 そうそう、名付けセンスがアレなのは、製作者が深夜のテンションで命名したせいであり、決してセンスがアレという訳ではない。
 魔道具全般にアレな名を付けているので、信用できない?
 それは致し方のない事。魔道具とは、徹夜で仕上げる物。
 名がアレなのは当然ともいえよう。

 ・
 ・
 ・

 好成績を叩き出したオリンピック選手ばりのポーズで締めくくった魔道具の説明は大変好評で。
 称賛の嵐です。拍手喝采です。
 頑張った分だけ、気分が良いです。

「「「「ぶらぼー!! 」」」」「ぶらぼぅ? へ? 」

 ブラボーの意味が分からず、若干混乱してる風なシモンさんはさておき。

「ご清聴ありがとうございました。では、ホエール連邦国へと続く関所には着いておりますし。皆さん、参りましょうか? 」

「「「「「へ? 」」」」」

 実際起動しつつ、魔道具の解説を行っておりましたので、否応無しに瞬間移動してしまった一行。
 カウントダウン? 感動の瞬間? そんな物は存在致しません。
 一旦起動してしまった魔道具は、停止できないのです。
 短距離だろうが、長距離だろうが飛ばなきゃあ、注いだマナが行き先を失いボンってなるんです。
 母様から預かったのと同等サイズの無属性魔石がもう一つあれば、注いだマナの保管? 充電? 貯蔵庫かな? が出来たのですけれどね……ない物は、しょうがない。
 個人的には困らないし、無問題なのです。
 そうそう、魔法省へ提出する分に関しては、その辺りの事をキッチリ、簡潔に述べた説明書をお渡ししておりますので、ご安心を。

「さてさて、いつまでも、ぷんすかしていないで、関所を潜り観光しましょうよ」

 皆から、ワクワクを返せと非難されている私。
 返せと言われても、返せる物ではない。
 だが。

「瞬間移動は、これだけではないのですよ。関所を抜けた先から、父様が滞在する場所まで、後1回残っているのです。その時、皆でワクワクしましょうよ」

 もう1回あると伝えると、皆は豹変した。

「ヒャッホーッ! 」とジャンプするフェオドール。
「よし、よし! 」と呟きつつ、小さくガッツポーズをするダリウス。
「うふ、うふふ」とニヤけ顔を隠そうともしないカリーヌ。
「━━」ララは満面の笑顔を浮かべ、人の背中に貼り付いております。
 こら、頭をグリグリしないの。

「嬢ちゃんも大変だな……」

 苦笑しながら労いのお言葉を下さるシモンさんに、私は微笑みこう返しました。

「大変だなんて、思った事ありませんわ。皆、素直で可愛い子達ですもの。オホホホ…………ララ、そんなに体重をかけるとひっくり返っちゃうでしょう。めっ、よ。あら、オホホ……ふぅ……」

「そ、そうか……」

「ええ。……で、ここだけのお話ですが、シモンさんもがっかりなさいました? 」

 子供達は瞬間移動の瞬間を体験できなくて、残念がった。
 しかし、シモンさんは非常にクールなのです。
 いくつもの死線を潜り抜けてきた冒険者たるもの、これくらいの魔道具ごときで、心を動かされたりはしない。そういう事なのでしょうか?
 ですが、少しくらいは楽しみにして欲しかった。そんな気持ちを込めて問うてみたのです。

「いや、まぁ。少しだけ残念だったかな……」

 おっと、思いのほか、素直な返答が戻って来ました。
 そして、照れ隠しなのか、頬をポリポリ、髪をワサワサしております。
 そっかぁ、妙齢の男性でもこういった瞬間は、心が弾む物なのですね。
 心得ました。
 次回は、皆でワクワクを体験いたしましょうね。

「そろそろ行くか? 」

 照れ隠しから一転。シモンさんは素の表情を浮かべ、そう告げました。
 さすが、護衛でもあり、保護者代わりのシモンさんです。
 その切り替えの早さ、感服いたします。
 たしかに、子供達のテンションや歩みに任せていたら、いつまでもこの場で遊んでいそうですものね。
 私は、未だ貼り付くララを引っぺがし、
「はい、参りましょうか」
 と、シモンさんに微笑み告げた後。
「皆の衆! いざ、連邦国へ突撃だー! 」
 と、叫んだのでございます。

「「「「おーーーっ!! 」」」」

 ふふ、皆ノリノリですわね。

 ◇ ◇ ◇

 ホエール連邦国関所前。
 高さ10メートルほどの塀が見渡す限り続いている巨大な関所。
 そのあまりの壮大さに圧倒された私達は、口をポカンと開けたまま呆けておりました。

「ふへぇ、凄いわね……」

 見渡す限り、塀。
 TVでしか見たことが御座いませんが、まるで万里の長城の様です。

「凄いね……どこまで続いてるんだろう? 」

 フェオドールは一生懸命、背伸びしたり。塀の端を見ようと、イナバウアーしております。

「資料によれば、現在も建設中で伸び続けているそうですよ」

 そんなプチ情報を出してくるダリウス。一瞬、眼鏡もかけていないのに、銀縁メガネがきらりと光った様に見えました。
 きっと、眼鏡=知的と言う図式が私自身にあるのでしょうね。

「ほへぇ、まだ建設中なの? よく飽きないわね」

 ララがよく分からない感想を述べております。

「飽きるとか飽きないの問題ではなくて。 ほら、隣には『ホーネット王国』があるからじゃなくて? 」

 それに物申したのは、ララの相棒カリーヌ。
 ここ最近、この2人は親友を通り越して、悪友となりつつあります。
 1人1人だと、素直でお利口さんなのに、2人揃うと、悪戯ばかりしてくるのですよ。
 パイにしようと思った果実を飾り切りにしたりとか、私の持ち物に可愛らしい花柄を描いたりとか。
 お昼寝している私の髪型を勝手に変えたりとか……そういえば、先日フェオドールも髪型を変えられ、ちょんまげを結われておりましたわ。
 まぁ、これらは他愛もない悪戯ですし、私とフェオドールもとやかく言える立場ではございませんので、温かく見守っておりますけれどね。

「『ホーネット王国』かぁ……あまり良い噂は聞かないけれど、実際の所どうなんでしょうね? シモンさんはご存知ですか? 」

「いや、友好国である『ソマリ帝国』や姉妹国である『サクラ公国』にはよく行くが、『ホーネット王国』には行った事がないな」

「そうなんですね……ふむ、一度訪れてみない事には、国の良し悪しは分かりませんし……『ホーネット王国』に関しては、保留という事にしましょうか」


「だな。噂に惑わされず、物事の本質を見極めるってのは、冒険者だけじゃなく、人としても、大事な資質だ。冒険者としての活動を続けるんなら、いつか自分の目で確かめられる日が来るだろう。その時まで取っとけ」

「は~い」

 そうですわね。
 いつまでも、知らない他国に思いを馳せ、こんな場所で談義するより、まずは目の前にある関所を潜り抜ける事を優先いたしましょう。

「あ、そうそう。忘れない内に渡しておくわね」

 私は、それぞれのパパから預かった例の物を取り出します。

「「「「…………」」」」
「? 皆どうしたの? これがないと貴族専用門から入れないわよ。通常門だとあの長い行列に並ぶことになるのよ? 」

 手渡そうと例の物を差し出しているのに、皆は受け取ろうとしない。
 しかも、苦虫を噛みつぶしたような顔をしているわ。

「だって、これを受け取る為に、アレを渡したんでしょう? 」

 フェオドールがそう言うと、皆一様に頷いた。

「皆、納得したのではなかったの? 貴族専用身分証と親の印章付き欠席届けの報酬にアレを差し出すって」

「納得はしているし、賛同したよ。でも、このもどかしい気持ちをわかってよ。アレを見られたんだよ。その事実が、僕達を素直にさせてくれないんだよ」

 フェオドールの言葉に同調して、頷く一同。
 う~ん。多感なお年頃ってやつね。

「まぁ。それは兎も角、お腹もすいて来たし、急ぎましょうよ。こんな所で、油を売っていたら、武器屋も魔道具店にも、市場にも行けなくなるわよ? いいの? 」

 私がこう告げると、皆は頭を振った。

「それは困るよ。武器屋には何としても行きたいもん」
「そうですね。なかなか、現実を受けとめられなくて、我儘を言ってしまいましたが、急がねばなりません」
「ええ、市場に赴き、美味しい物を発見しないといけませんものね」
「うんうん。美味しい物みつけないとね! 」

 そうでしょう。欲の権化たるあなた達が、新しい出会いを前にして立ち止まっていられるはずは御座いませんもの。

「よし、仲直りしたんなら行くか」
「「「「「は~い」」」」」

 私達はシモンさん先導の元、貴族専用門へと並びました。
 身分証を確認しているのは、白銀の鎧を身に纏った騎士さんでございます。
 この鎧。華美ではございますが、防御力は無いに等しいかと存じます。
 きっと、私のパンチで穴が空く。フェオドールの剣で軽く突いても穴が空く。
 ダリウスの杖で突きさしても━━

「ようこそ、ホエール連邦国へ。身分証提示をお願い致します」

 余計な事を考えていたら、あっと言う間に順番が来ておりました。
 私はいそいそとポケットを探り、騎士さんに身分証を手渡します。

「はい。身分証でございます。それと、こちらの冒険者の方は、私達の護衛ですので、宜しくお願い致しますわ」

 一般人が貴族専用門を通過する時、護衛だと申告するとスムーズに通してもらえるのです。

「承知いたしました。では、身分証を拝見させていただきます。━━ヨークシャー王国、ハウンド侯爵家令嬢、ルイーズ・ハウンド様でございますね。アベル・ハウンド侯爵様のご令嬢で間違いありませんか? 」

 急に問われ、ポカンとした表情を浮かべてしまう。

「ええ? はい、間違いありません」

 お子様の身分証明書には、父母の名も記しておりますし、嘘を吐く理由もございませんので、正直に答えました。
 すると、騎士さんが一枚の紙を取り出し、私にこう告げます。

「お父君から、伝言が御座いますよ」

「ええ? 父様からですの? 」

「はい。侯爵様がこの門をお通りの際、『もしかすると、娘がやって来るかも知れん。子供達だけで来たのなら、案内を頼む。もし、護衛付きで来たのなら、お勧めの店を教えてやってくれ』と仰られておりましたので、ご用意してお待ち申し上げておりました。この用紙には、街の観光名所や安くて美味しい店、ゆったりと寛げる宿などを記しておりますので遠慮なくお受け取り下さい」

「まぁ! まぁ! 父様ったら、全てお見通しなのね……そして、ご丁寧にありがとうございます。あっ、そうですわ! ━━お礼というには、些か質素ですが、皆様でお召し上がりくださいな」

 私はポケットから籠に盛ったフィナンシェの詰め合わせを取り出し、騎士さんに差し出しました。
 父様の伝言を受け、わざわざ調べ、記して下さったんだもの。
 お礼をするのは当然です。

「これは? 」

「私が作ったフィナンシェという焼き菓子ですわ。甘い物が苦手でしたら、こちらもございますわよ」

 そう言って、私は再びポケットを探った。
 そして、ある物を取り出したのだが……。

「ルイーズ……それは駄目だよ」
「ええ。美味しいのですけれどね」
「味はとっても美味ですが、まだお仕事が残っている方に差し上げる物ではないわ」
「うんうん。それは、後で私のおやつにするわ」

 えっ、これの何処が駄目なの?
 否定する皆の気持ちがわからなくて、シモンさんに視線を向けます。

「嬢ちゃん。飯時なら、ありがたいが。現状で渡す物じゃない」

「っ! 」

 私は、シモンさんにまで否定された物━━マンガ肉を呆然と見つめた。
 うん、香ばしく焼きあがっていて、とても美味しそう。
 なのに、否定されたマンガ肉。
 行き場を失ったマンガ肉。
 貰い手のないマンガ肉。
 そんなマンガ肉を見つめていると、不憫で涙が出そうになった。
 いいわ。こうなったら、私が全部食べてあげる! そう決心した時。
 救いの手が現れた。
  
「あっ、あの、そちらを頂いても宜しいですか? 」

「えっ!? このマンガ肉を受け取ってくださるの? 皆に否定され、行き場を無くした可哀想なマンガ肉を貰って下さるの? 」

「まんが肉? という物なのですね。とても美味しそうです。私、この列が終了いたしますと、食事休憩に入りますので頂けると幸いでございます」

 そう言って微笑む白銀の騎士さんを見た瞬間。
 私の中で、ホエール連邦国と白銀の騎士さんに対する好感度が急上昇いたしました。

「騎士さん。お仲間は何人くらい、いらっしゃいますの? 」

 どうせなら、仲間同士で召し上がっていただいた方が良いだろうと思い伺ってみると。

「休憩はバラバラで行っておりますので、食事は1人で頂いておりますが。関所に勤める仲間は6人居ります」

「6人ですわね」

 私は大きな寸胴鍋にマンガ肉を6人分用意し、騎士さんに手渡しました。

「このまま齧っても良し、軽く炙っても良しですが、日持ちいたしませんので、本日中に召し上がってくださいましね」

「はい。ありがとうございます」

 この時、満面の笑みを浮かべ、礼を言う騎士さんに軽い違和感を覚えました。
 一度そうなると、聞かずにはいられません。

「それはそうと、見ず知らずの貴族令嬢が作った料理を、なんの躊躇いもなく受け取るのは何故なんです? 」

 しかも、アイテムバッグ化されているポケットから全て取り出してるんだよ。
 ポケットからホカホカのお肉や寸胴鍋が飛び出しているんだよ。
 それをおかしく思わないなんて……。
 おかしいでしょう!?

「ああ……」

 と言い難そうに視線を彷徨わせた後、騎士さんは観念したかのように、こう答えました。

「侯爵様がこちらへ到着された夜に食事へと誘われた私達は、この地で一番美味いと評判のお店へと案内したのです。しかしながら、侯爵様のお口には合わなかった様で……『愛娘の料理が一番美味い』と呟いた後、アイテムバッグから様々な料理と取り出し、『どうだ、愛娘は私の為にこれだけの料理を作り持たせてくれたのだぞ』と、披露し『なんだ? 食べて見たくなったのか? いいだろう』と振舞って下さったのです」

 …………父様。何なさってるの?
 父様が、旅の間の食事に困らない様、お作りしたのに。
 全部、振る舞っちゃったの?
 いえ、振る舞うのが駄目とは言わないけれど。ルフィーノさんやイルミラさんの分もあったのよ。
 それを全部?
 あ、ああ…………頭痛とめまいがして参りました。

「私の料理の味を知っているから、躊躇いなく受け取ったという事で宜しいのですね? 」

「はい。大変、美味しくいただきました。特に、スペアリブの煮込みが最高でした……」

 騎士さんは祈る様に手を組み、恍惚とした表情を浮かべております。

「承知いたしましたわ。では、私は先を急がねばならなくなってしまいましたし、この頂いた案内図は帰りに活用させていただく事に致しますわね」

「? ごゆっくりなさるのでは? 」

「いえ、飢えた父様を放置出来ません。一刻も早く追いつき、食事を提供せねばならないのです。でなければ……」

 私は騎士さんにそう告げながら遠い目をした。
 そう。愛しい家族から引き離された父様は、数日でやさぐれる。
 それを愛娘の手料理で、和らげていたにもかかわらず。
 愛娘自慢が炸裂し、調子に乗って全て振る舞ってしまったのだ。
 これは一刻を争う事態である。
 早く父様に追いつかねば、イルミラさんとルフィーノさんに危険が!

 私は、皆に目配せをした。
 皆は合点がいったようで、力強く頷いてくれた。

「皆、急ぎますよ」
「「「「「おー! 」」」」」

 父様、くれぐれも早まらないでくださいましね。
 只今、愛娘が向かっておりますゆえ!
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