生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第625話 想いの力

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「「ほけん?」」

 ミアとペライスは首を傾げながらも、俺の手元に視線を落とす。
 俺が用意したのは1本のロウソクだ。日本の寺院等でよく見られる和ロウソクのサイズで言えば、10号に相当する物。
 カガリの力を借りてロウソクに火を灯すと、溶けた蝋を少しだけテーブルに垂らし、それを接着剤代わりにロウソクを立てる。
 これで、準備は完了だ。

「よし、ミア! 今こそ、教えた歌を披露する時だ!」

 いきなり何言ってんだコイツ……。みたいな表情を見せるペライスとは裏腹に、ミアは俺の意図に気付いたのか、ポンと手を叩き笑顔を見せる。

「……そっか! じゃぁ、いくよ!」

 控えめな咳払いの後、ミアはロウソクに顔を近づけ口ずさむ。

「みっちゃん、みーちみーちうんk……」

「いや、待て! そっちじゃない方がいいな!?」

 明らかな選曲ミスに、慌ててミアの口を押える俺。
 確かに、俺が教えた歌の中では一番簡単なものだが、よりにもよって……。

 もふもふアニマルキングダム建国時、歌姫であるイレースのステージを見て感化されてしまったのか、ミアから俺の世界の歌を教えてほしいとお願いされてしまったのだ。
 そう言われて悩んでしまった。ゴリゴリのJ-popを教えるというのもなんか違う気がするし、覚える方も難しいだろう。
 子供にも馴染みやすく、簡単で覚えやすいものといったら……。

 そんな歌をいくつか教えると、今度は歌を上手に歌うには? という話になった。
 正直気にするほど下手でもなく、ミアの歌唱力は一般人レベルだとは思うのだが、問題は比較先がプロであるということだ。
 ならば、俺なんかに聞かず、直接イレースから指導を仰げばとも考えたが、1つだけ歌唱力が上がるかもしれない練習法を思い出した。
 それが、目の前のロウソク。プロの歌手は、その炎を揺らさずに歌う事を目標にするとかなんとか……。

「ぼーがいっぽんあったとさぁ♪ 葉っぱかな? 葉っぱじゃないよ、カエルだよ?♪ カエルじゃないよ、アヒルだよ?♪」

 ミアが改めて歌い直すと、薄っすらと埃の残ったテーブルを指でなぞる。
 ロウソクの炎は当然のことのように激しく揺れ動き、テーブルにはかわいいコックさんが出来上がった。

「よし、次はペライスだ。いってみろ」

「はぁ!? ぼ……ぼくが歌うのか!?」

 別に歌う必要はないのだが、面白そうだからと無言で頷いて見せると、ペライスは仕方ないとばかりに見よう見まねで同じ歌を口ずさむ。

「ぼ、ぼぅがいっぽん……あったとさ……?」

 結果は明らかだった。ミアの時とは違い、ロウソクの炎は微動だにしない。

「ミア、聞こえたか?」

「ううん。何も……」

「わかったか? ペライス」

「な、なるほど……。つまり、この炎を揺らす事が出来れば、シルビアにも私の声が届く……と、そう言いたいんだな?」

「正解だ」

 この練習法が正しいのかはわからない。しかし、可能性はある。
 ブラムエストで霊体のペライスが自宅に足を踏み入れた時、無念の死を遂げていた使用人達が一斉に実体化した。
 それは、所謂悪霊と呼ばれるものではなかった。一瞬のことではあったが、その場にいた全員がそれを目撃したのだ。
 怨みや未練が原因で、死して尚この世に居座り続ける存在。ゴーストやレイスと呼ばれる魔物が霊体でありながらも実体化しているのは、その想いが強いからなのだろう。
 ならば、それをコントロールできるようになれば、悪霊化せずとも現世に干渉出来るようになるのではないだろうか?
 実体化は難しくとも、声だけならイケるかもしれない。

「そう上手くいくだろうか……」

「やるしかねぇだろ? シルビアにだけ苦痛を押し付けるのか? このままシルビアに死霊術の適性が発現しなきゃ、修行のレベルをどんどん上げていくだけだぞ?」

「い、今よりも厳しい修行があるのか!?」

「勿論だ。例えば、焼けた炭の上を歩く修行とか……。千日回峰行もアリだな。まずは深夜に出発する登山。30kmを6時間で走破してもらう。それを5年続けたら、次は9日間の断食、断水、不眠、不臥の四無行に入る。堂入りはもっと厳しいが、途中で音を上げたら自害するのが習わしだ。勿論例外は認めない。そうなったら可哀想だが、シルビアにも死んでもらう。あの世でペライスに会えるなら、シルビアも本望だろう」

 そう言った時の、ペライスの顔といったら……。
 鬼のような形相で、俺を睨みつける。

「シルビアを自害させるだと!? いくら九条殿とはいえ、そんなことが許されると思っているのかッ!」

 嘘など言っていない。これらの修行は、実際に俺の世界で行われているものだ。
 勿論それらは超上級者向けであり、本当にシルビアにやらせるのかと問われれば答えはノーであるのだが、そんなペライスの声に、真っ先に反応を見せたのは意外にもミアであった。

「えっ!? 聞こえた! なんだろう……はっきりとは聞き取れなかったけど、ペライス様……怒ってる?」

「なッ!?」

 僅かではあるが、揺れ動いていたロウソクの炎。
 見えるはずがないのに、ミアの視線は声のする方向……つまりは、ペライスの位置を確実に捉えていた。

「ミア殿! それは本当か!?」

 触れられないと知っていながら、ミアの肩に手を置こうとするペライス。
 残念ながら、ミアはそれに何の反応も示さず、ロウソクの炎も揺れてはいない。

「……今のは、聞こえなかったようだな」

 俺に対する怒りなのか、それともシルビアを守ろうとする想いの強さか……。どちらにせよ、俺の仮説は間違っていなかったらしい。

「どうだ、ペライス? 少しは、やる気になったか?」

「勿論だ。シルビアの迷いを断ち切れるというのなら、なんでもしよう」
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