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第624話 滝行
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コット村を出て北の山を少し入った中腹。人の足では2時間程だが、従魔達ならたったの数分。
俺を乗せたワダツミに、シルビアを乗せたコクセイ。そして、それを追うミアとカガリ。
そんな3人と3匹が、深い緑に覆われた木々の間を凄まじい速度で進んで行くと、ひんやりとする湿気を帯びた空気が肌を撫ではじめた。
しばらくすると、小さな滝の音が耳を打つ。遠くから聞こえていた囁きが次第に力強くなっていくと、ついには白い水しぶきを立てて流れ落ちるそれが目の前に現れた。
所々苔むした岩肌。その間から流れ出る水の勢いは、バケツの水を絶え間なくひっくり返しているかのよう。
高さ的には3メートルほど。滝というには少々迫力に欠けるが、その佇まいは控えめでありながらも威厳に満ちている。
そこから続く小さな川は、泳ぐ小魚が視認できるほどの透明度。その辺り一帯にはどこか厳かな空気が漂い、それはまさに自然が作り上げた修行場と言っても過言ではなかった。
「九条様……本気ですの……?」
「こっちの瞑想は叩かれないぞ?」
白い修行着を身に纏ったシルビアが、足の指先を水面にチョンとつけると、すぐにそれを引っ込める。
「これなら叩かれる方がマシですわッ!」
「真冬じゃないんだ。死にはしない」
今から行うのは、滝行と呼ばれているもの。その名の通り、滝の下に身を置き、水を直接浴びるという修行法だ。
流れ落ちる水によって、身体的な汚れだけでなく、煩悩や罪をも洗い流す。冷たい水は精神鍛錬にもってこいであり、忍耐力や集中力が高められる。
人の手が及ばないこの静謐の中で、自然と共に己を見つめ直す時間が流れるのだ。
「塩で身体を清めたら、好きなタイミングで滝に打たれてこい。背中か肩だぞ? 間違っても頭で受けるなよ? 首を痛めるからな」
持って来た塩をひとつかみ。シルビアがそれを身体に擦りつけるよう塗り込むと、覚悟を決めたのか滝の下へと一歩踏み出した。
冷たい水が肌を打ち、白い修行着は一瞬にしてシースルー。吐く息は細い白い煙となり、滝壺の水面に溶けては消える。
「初日なんだ! 無理はしなくていいからな! ダメそうなら戻ってこい!」
「も、もう少し……頑張りますわ……」
打ち付ける滝の音で良くは聞こえないが、苦悶の表情を浮かべながらもその場を離れないシルビア。
坐禅から始まった修行ではあるが、この2週間、その精神力は見違えるほど強靭になった。
坐禅は1日2回。朝と夕に40分程度を基本としているのだが、昨日わざと終了時間を伝えず、どれだけ集中していられるのかを試したら、意外にも2時間近く続けていたのだ。
終了の宣言と同時にそれを伝えると、自分でも驚いていたくらいなので、相当集中していたに違いない。
加えて、毎日の説法も嫌がることなく聞いている。宗教観の違いに戸惑いを見せつつも、今やそれを受け入れているのだ。
奴隷として売られていた過去の経験か、元々の資質なのか、根性だけはあるらしい。
不満を漏らすのは相変わらずだが、目に見えぬ内面は劇的に変化していた。
そんな滝行の間、ワダツミとコクセイが集めてきた薪で、焚き火をおこす。
カガリの狐火が小さな枝に燃え移ると、徐々にその勢いを強めていく。
それが魅力的に見えたのか、シルビアはバシャバシャと水を掻き分け、まさに飛び出る勢いで焚き火の前に陣取った。
「もぉ限界ですわ!」
水温にもよるが、初心者なら3分も持てばいい方なのに、5分は正直上出来だ。
しかし、まだ限界にはほど遠い。寒さに震えている程度ならまだイケる。本当の限界は、唇の色が紫に変色してからである。
「初回にしては中々のペースだ。後3セットはいけるな」
「これで、中々な評価なんですのね……。結構頑張ったはずですのに……。悟りへの道は遠いですわ……」
目標を高く持つことはいいことだが、正直そこまでは求めていない。
逆にその程度で悟りがひらけたら、世の中聖人だらけである。
「この分なら、あとはコクセイに任せても大丈夫だな」
「え? 私を置いて、何処かへ行かれるのですか?」
「ああ。ちょっと野暮用だ。サボるなよ?」
シルビアの事はコクセイに任せ、俺とミアは山を下りた。
村まで帰ってくると、市庁舎となっている自宅の使われていない部屋の鍵を開ける。
少々埃っぽい部屋。その内装は当然ながら自室と同じだ。
備え付けのテーブルの上だけ埃を落とし、魔法書から取り出した頭蓋をそっと置く。
「九条殿! あれではシルビアが可哀想だ」
俺の隣でそう意見したのは、ペライスの魂。霊体と言い換えても構わないだろう。
当然だが、それはミアに聞こえてはいない。
「そうか? でも、俺は強制なんてしてないだろ? 逃げ出したきゃ自分の意思で逃げているはずだ」
「そ、それは……」
俺の言う修行に、厳しすぎるとの不満をぶつけてくるのだが、それをやるかやらないかの最終的な判断は、全てシルビアに任せている。
精神力を鍛える為の修行。更には、死霊術の適性が発現するかもしれないと言ってはいるが、その本来の目的は、シルビアにだけ聞こえる謎の声の正体を探ることだ。
寝食を共にしていれば、いずれはそのタイミングに恵まれるかもしれない。目の前でそれを確認出来れば、そこから多少なりともヒントが得られるかもしれないと……。
しかし、修行を始めて2週間。全くと言っていいほど音沙汰がなかった。
このままでは、本当に精神的弱さが原因の幻聴となってしまうのだが……。
まぁ、それならそれで楽ではある。
という訳で、謎の声の正体はひとまず諦め、やり方を変える。
幸い、シルビアの精神的成長は著しい。ならば、そっちを伸ばしていこうと考えたのだ。
「シルビアに死霊術の適性が発現しなかった時の為、保険を掛けようと思う」
俺を乗せたワダツミに、シルビアを乗せたコクセイ。そして、それを追うミアとカガリ。
そんな3人と3匹が、深い緑に覆われた木々の間を凄まじい速度で進んで行くと、ひんやりとする湿気を帯びた空気が肌を撫ではじめた。
しばらくすると、小さな滝の音が耳を打つ。遠くから聞こえていた囁きが次第に力強くなっていくと、ついには白い水しぶきを立てて流れ落ちるそれが目の前に現れた。
所々苔むした岩肌。その間から流れ出る水の勢いは、バケツの水を絶え間なくひっくり返しているかのよう。
高さ的には3メートルほど。滝というには少々迫力に欠けるが、その佇まいは控えめでありながらも威厳に満ちている。
そこから続く小さな川は、泳ぐ小魚が視認できるほどの透明度。その辺り一帯にはどこか厳かな空気が漂い、それはまさに自然が作り上げた修行場と言っても過言ではなかった。
「九条様……本気ですの……?」
「こっちの瞑想は叩かれないぞ?」
白い修行着を身に纏ったシルビアが、足の指先を水面にチョンとつけると、すぐにそれを引っ込める。
「これなら叩かれる方がマシですわッ!」
「真冬じゃないんだ。死にはしない」
今から行うのは、滝行と呼ばれているもの。その名の通り、滝の下に身を置き、水を直接浴びるという修行法だ。
流れ落ちる水によって、身体的な汚れだけでなく、煩悩や罪をも洗い流す。冷たい水は精神鍛錬にもってこいであり、忍耐力や集中力が高められる。
人の手が及ばないこの静謐の中で、自然と共に己を見つめ直す時間が流れるのだ。
「塩で身体を清めたら、好きなタイミングで滝に打たれてこい。背中か肩だぞ? 間違っても頭で受けるなよ? 首を痛めるからな」
持って来た塩をひとつかみ。シルビアがそれを身体に擦りつけるよう塗り込むと、覚悟を決めたのか滝の下へと一歩踏み出した。
冷たい水が肌を打ち、白い修行着は一瞬にしてシースルー。吐く息は細い白い煙となり、滝壺の水面に溶けては消える。
「初日なんだ! 無理はしなくていいからな! ダメそうなら戻ってこい!」
「も、もう少し……頑張りますわ……」
打ち付ける滝の音で良くは聞こえないが、苦悶の表情を浮かべながらもその場を離れないシルビア。
坐禅から始まった修行ではあるが、この2週間、その精神力は見違えるほど強靭になった。
坐禅は1日2回。朝と夕に40分程度を基本としているのだが、昨日わざと終了時間を伝えず、どれだけ集中していられるのかを試したら、意外にも2時間近く続けていたのだ。
終了の宣言と同時にそれを伝えると、自分でも驚いていたくらいなので、相当集中していたに違いない。
加えて、毎日の説法も嫌がることなく聞いている。宗教観の違いに戸惑いを見せつつも、今やそれを受け入れているのだ。
奴隷として売られていた過去の経験か、元々の資質なのか、根性だけはあるらしい。
不満を漏らすのは相変わらずだが、目に見えぬ内面は劇的に変化していた。
そんな滝行の間、ワダツミとコクセイが集めてきた薪で、焚き火をおこす。
カガリの狐火が小さな枝に燃え移ると、徐々にその勢いを強めていく。
それが魅力的に見えたのか、シルビアはバシャバシャと水を掻き分け、まさに飛び出る勢いで焚き火の前に陣取った。
「もぉ限界ですわ!」
水温にもよるが、初心者なら3分も持てばいい方なのに、5分は正直上出来だ。
しかし、まだ限界にはほど遠い。寒さに震えている程度ならまだイケる。本当の限界は、唇の色が紫に変色してからである。
「初回にしては中々のペースだ。後3セットはいけるな」
「これで、中々な評価なんですのね……。結構頑張ったはずですのに……。悟りへの道は遠いですわ……」
目標を高く持つことはいいことだが、正直そこまでは求めていない。
逆にその程度で悟りがひらけたら、世の中聖人だらけである。
「この分なら、あとはコクセイに任せても大丈夫だな」
「え? 私を置いて、何処かへ行かれるのですか?」
「ああ。ちょっと野暮用だ。サボるなよ?」
シルビアの事はコクセイに任せ、俺とミアは山を下りた。
村まで帰ってくると、市庁舎となっている自宅の使われていない部屋の鍵を開ける。
少々埃っぽい部屋。その内装は当然ながら自室と同じだ。
備え付けのテーブルの上だけ埃を落とし、魔法書から取り出した頭蓋をそっと置く。
「九条殿! あれではシルビアが可哀想だ」
俺の隣でそう意見したのは、ペライスの魂。霊体と言い換えても構わないだろう。
当然だが、それはミアに聞こえてはいない。
「そうか? でも、俺は強制なんてしてないだろ? 逃げ出したきゃ自分の意思で逃げているはずだ」
「そ、それは……」
俺の言う修行に、厳しすぎるとの不満をぶつけてくるのだが、それをやるかやらないかの最終的な判断は、全てシルビアに任せている。
精神力を鍛える為の修行。更には、死霊術の適性が発現するかもしれないと言ってはいるが、その本来の目的は、シルビアにだけ聞こえる謎の声の正体を探ることだ。
寝食を共にしていれば、いずれはそのタイミングに恵まれるかもしれない。目の前でそれを確認出来れば、そこから多少なりともヒントが得られるかもしれないと……。
しかし、修行を始めて2週間。全くと言っていいほど音沙汰がなかった。
このままでは、本当に精神的弱さが原因の幻聴となってしまうのだが……。
まぁ、それならそれで楽ではある。
という訳で、謎の声の正体はひとまず諦め、やり方を変える。
幸い、シルビアの精神的成長は著しい。ならば、そっちを伸ばしていこうと考えたのだ。
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