生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第623話 禅

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 コット村の南進地区。村の規模とは思えない大きな埠頭は、商船で賑わいを見せている。
 波が岩を打つたびに低く柔らかな音が響き、時折潮の香りを含んだ風が頬をかすめる。
 そこより少し東に入った丘の上。波の音が絶え間なく耳に届くその場所は、海風に揺れる草花で覆われていた。
 日差しを受けて輝く緑の絨毯。木々たちが作り出す涼し気な木陰。その根元にぽつりと置かれた場違いなクッション。
 ここは、心を落ち着ける場所として、俺が密かに使用している瞑想スポットだ。雑念を払い無念無想の心境になるため、俺が独断と偏見で勝手に選定した場所の1つである。

「で? 私はここで何をすれば?」

「難しい事を言ってもわからんだろうから、細かい事は置いておくが、今回の修行は単純に自身の精神を鍛える為だと思ってくれ」

 仏教における修行の目的。端的に言うなら悟りをひらくことに他ならないが、修行を通じて自己を超越し、解脱の境地に至ることを目指す――と言い換えてもいいだろう。
 そのやり方は宗派によって様々だが、基本から順序良くやっていこうとシルビアをここへ案内した。

「まずは禅の修行からにしよう。坐禅と言うんだが」

「ザゼン……?」

「そうだ。禅とは瞑想を意味する言葉。特別な事は必要ない。あぐらでも正座でもいい。ここに座り、心を一点に集中させることで雑念を取り除く。煩悩や悩みを手放し、心を静めるんだ」

「そんなことでいいんですの? 意外と簡単ですわね」

「わたしもやるぅ!」

 そこへ勢いよく参戦を宣言したのは、一緒についてきたミアである。
 カガリから降りると、座布団の代わりに持って来たクッションを地面に置き、ちょこんと座ると笑顔を向ける。
 それに倣うようにシルビアも座ると、海へと向け深く息を吐き出した。

「九条様、1つ気になる事が……」

「なんだ?」

「その手に持たれている木の棒は、なんですの?」

「あぁ、これは警策って言うんだ。坐禅中、心を乱した者の肩をこれで叩くんだよ」

「聞いてませんわ!?」

「言ってねーもん」

 1メートルほどの棒……というより薄い板。最近ではあまり使われないが、今回は修行に身を入れてもらう為用意した。
 といっても、これは痛みを目的とした罰ではなく、集中力を高める為の支援。本気でブッ叩いたりはしない。

「大丈夫だ。眠気に襲われた時、姿勢が乱れた時、心が緩んだ時に、ペチっとするだけだよ。それにいきなり叩くわけじゃない。一度肩に置いて合図をするから、その時は少し身体を丸めて背中を差し出せ。肩の骨を折る訳にはいかないからな。……どうした? 意外と簡単なんだろう?」

 真面目にやってもらう為、わざとらしく不敵な笑みを浮かべると、シルビアは明らかに怯えていた。

「はじめるぞ? 姿勢を正し、目を瞑れ。腹式……ゆっくりと長く息を吐ききるように呼吸を調える。暫くは呼吸に集中しろ。慣れてきたら無心を意識するように」

 それでも逃げようとしないのは、思ったよりも根性があるのか、それともペライスの為か……。
 実際、本当に死霊術の適性が発現するのかは不明だが、可能性はゼロではないと思っている。
 適性を後天的に得る場合、剣術なら剣の鍛錬を。魔術なら魔術について学ぶ……というのが、この世界の通説だ。
 ならば当然、死霊術の適性を得るには死霊術を学べばいいのだが、それを専門に教える機関などなく、そもそも教材となる魔法書や文献を手に入れるのは難しい。
 だが、俺はこの世界に来た時から死霊術の適性を持っていた。そこで考えたのだ。死という概念に近い職に就いていたからこそ、その適性に恵まれたのではないかと……。
 しかし、それなら葬儀等も請け負っているヴィルザール教に属する者が、死霊術の適性を有していなければおかしな話。
 そこで出た結論が、宗教の違いだ。ヴィルザール教の教義より、仏教の方がより死霊術に近い死生観なのではないだろうか……。

「それにしても……ひでぇな……」

 欲を捨て去る為の修行なのに、欲の為に行動しているという矛盾故か、シルビアの坐禅は酷いものだ。
 ゆりかごのように一定の間隔で聞こえる漣の音。大自然を感じられる新緑の匂い。それらは集中力高める為、一役買ってくれているはずなのだが、効果は正直いまひとつ。
 初心者だからある程度は見逃すが、隣のミアの方がマシなレベルだ。

「ペライス……」

 俺がその名をボソリと呟くと、シルビアは恐る恐る片目を開けた。
 しかし、そこにペライスなどいるはずがなく、俺は警策をシルビアの肩に置く。

「ズルイですわよ!」

「欲に負けたお前が悪い。ほれ、背中を出せ」

 納得がいかないとばかりに、悔しそうな表情を向けるシルビア。
 それでも仕方なく身体を丸めると、俺はその背に喝を入れた。

「ひぎぃ!」

 バシンという軽快な衝撃音と同時に響くシルビアの悲鳴。
 手加減してやってコレである。具体的には、ちょっと強いシッペくらいなのだが……。

「痛いですわ……」

 相手が貴族のお嬢様だということを加味しても、大袈裟が過ぎる。

「もう1発入れられたくなかったら、姿勢を正せ。弱音を吐くごとに、少しずつ強くしていくぞ?」

 すると一瞬にして伸びる背筋。これは、色々な意味で骨が折れそうである……。



 それから、時間にして1時間程。その間、シルビアに警策を入れたのは6回。
 最初こそ不安ではあったが、時が経つにつれその数は減っていき、少しは様になってきた。
 そんなシルビアをただ眺めているだけというのも暇である。カガリを背もたれに欠伸をしていると、シルビアが小さな声で俺を呼んだ。

(九条様! 九条様!)

 何事かと顔を向けると、坐禅を組みながらも隣を指差すシルビア。
 そこではミアが、気持ちよさそうに舟を漕いでいた。

「あー……」

 ミアほどの歳の子が何もせず、ただひたすらに座り続けるだけという退屈な時間を、1時間。そりゃそうなって当然。むしろ、よく耐えた方である。

 俺はゆっくり立ち上がり、シルビアの肩に警策を当てた。

「え? ちょっと? なんで、私なんですの!?」

「人は人。自分は自分だ」

「そんなの、理不尽ですわぁぁぁぁッ!」

 本日8度目の警策入れ。バシーンと気持ちのいい音が小高い丘に響き渡り、ミアがハッと目を覚ましたところで、今日の修行はひとまずの終了と相成った。
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