生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第619話 帰郷の宴と通過儀礼

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 1台の馬車が東へ向かって街道を駆け、俺とシャーリーはワダツミとコクセイに跨り、それと並走する。
 走行中にもかかわらず、馬車の窓から身を乗り出したのは、レストール家の御令嬢シルビアだ。

「あれが……コット村ですの……?」

 見えてきたのはコット村の西門。それはシルビアの知っているコット村の姿ではない。

「最早、面影すらありませんわね……」

「俺もそう思うよ……」

 頼りなかった木製の柵は見当たらず、重々しく威風堂々とそびえ立つのは石の壁。灰色の石材が隙間なく積まれ、村を要塞のように守っている。
 来る者全てを拒んでいるかのような雰囲気は、かつての素朴な村の温かみを忘れてしまったかのようだが、内面は変わっていないはず。
 そんな城壁の上で、両足を投げ出し座っているのは、やる気の欠片も見られない門番のアーニャ。
 お留守番が不満だったのか俺達の姿を確認すると、やっと帰ってきた――と言わんばかりに溜息をつきながらも、胸元で小さく手を振っていた。

 キャロとファフナーを含めたグランスロード組とは、王都でお別れ。代わりにシルビアと使用人のソーニャ、護衛のグラーゼンを引き連れての帰還である。
 久しぶりのコット村。長閑で閑静な……とは、言えなくなってしまったが、俺の第二の故郷には変わらない。

 ピーちゃんのおかげで戦争の終結は伝わっていたが、それ以外はまだ何も知らされていないという状況のコット村。
 そこで、国家の統合や名誉騎士を含めた細かな規定等の擦り合わせの為、方針説明会が開かれた。
 と言っても参加者は少数、村の各部門の代表たち。俺とミア。シャーリーにアーニャにフードルにエルザにソフィア。そしてシルビアの8名だ。
 場所はイレースの酒場サーペンタイン・ガーデン。堅苦しい会議ではなく、祝勝会や慰労会も兼ねている為、空気は緩い。

 まだ、新築の匂いが漂う大きなホール。貸し切りの為、他の客の姿はなく、他人の目を気にする必要もない。
 中央の大きなテーブルには、戦の勲章のように酒瓶がズラリと並び、湯気の立つ美味しそうな料理たちは、食べるのがもったいないほどの彩。
 そんなものを見せられてしまえば我慢など出来るはずもなく、各々が自由に席に着き、自然と食事を始めた。

「九条さんが、領主!? あっ……いや、九条様とお呼びしなければ……」

「いえいえ、形だけなんで今まで通りで構いませんよ。正直不安ですが、幸いにもバルザックさんから指導を仰げますので、なんとかなるかと……。俺に至らない事があれば遠慮なく言ってください」

 持ち帰った各種書類を読み漁り、慌てふためくソフィアをなだめると、サザンゲイア産のエールを煽る。

「どうせ、全部任せるつもりなクセに……」

 同じように隣で飲んでいるシャーリーからの声は、聞こえなかった事にしよう。

「俺のいない間、村を守ってくれて助かったよ。エルザ」

「守るも何も、これと言って報告するようなことは何も起こっておらんわ。それにしても国家の統合とは……。お主が仕向けたのか? それとも……」

「リリー様が、自分で出した答えだ。俺は何もしていない」

「エクアレイス――なんて名前を付けたのにか?」

「名前について文句があるなら、リリー様に言ってくれ。それに関しては、マジで俺はノータッチだ」

 後から聞いた話だが、俺が目を通したであろう大量の書類の中に、国名の同意書も紛れていたらしい。
 事前に気付いていたとしても反対はしなかっただろうが、見落とした自分が悪い為、結局は何も言えなかった。

「国名なぞどうでもよいわ。それよりも、あっちをどうにかした方がいいんじゃないか?」

 そう言ってエルザが移した視線の先には、店の隅で立ち尽くし、震えているシルビアの姿。
 その表情はどう見ても怯えているのだが、その原因は一目瞭然。俺の右隣に腰を下ろしている魔族の所為だ。

「まぁ、この村に住む上での通過儀礼のようなもんだからな」

 チラリとフードルに視線を送るも、既に何度も通った道だと言わんばかりに、顔色1つ変えやしない。
 村に帰る道中、シルビアを含めた全員にフードルの事は言っておいたのだが、他人から聞くのと実際に見るのとでは、雲泥の差――と言ったところだろうか。
 子供の頃から、人を食らう悪魔として教わる魔族が、目の前に存在しているのだ。年老いた故の雰囲気というか、独特の凄みのようなものが感じられ、ビビり散らすのも理解出来る。

「大丈夫だ、シルビア。フードルは人を食わない。それにほら、ヨボヨボの爺さんみたいで弱そうだろ?」

「た、確かに、そうですけど……」

「ヨボ……。九条、それはちょっと傷つくんじゃが……」

 シルビアの警戒心を解くためだ。それを「こう見えて人間の首なんて片手でへし折れるくらい強いですよ?」などと、紹介する訳にもいくまい。

「シルビア。極端な話だが、パンがなければケーキを食えばいいんだ。フードルだって一緒。他に食う物があれば、人を食う必要はない。そうだろ?」

「それは……」

「ワダツミやコクセイは、怖くないだろ?」

「当然です! 九条様の従魔ですから」

「フードルだって俺達の仲間だ。しかも、従魔たちと違って言葉で意思疎通ができる。恐れる要素なんかないだろ? リリー様なんか、一瞬で打ち解けてたぞ?」

「い、一瞬で!?」

 流石にそれは言い過ぎだが、俺の知らぬ間に顔合わせまで済んでいたのには、正直驚いた。
 食堂で偶然会っただけらしいが、リリーは自ら進んでフードルと同じ席に座ったらしい。

「警戒されてはいたがな。人間の子供にしては肝が据わっておると感服したものだ」

 それを嬉しそうに語るフードルを見て、シルビアからはごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
 覚悟を決めたのか、鼻息も荒く近づいて来ると、少々引けた腰でフードルの前に立つ。

「わ、私はローンデル領、領主レストール家の娘、名をシルビアと申します。い、以後お見知りおきをッ……」

 言葉を詰まらせながらも、恐る恐る差し出された右手。
 フードルがそれを勢いよく握ると、シルビアからは一瞬の悲鳴が漏れる。

「ヒィッ!」

「ビビらそうとすな……」

 バチンと音が響く程度の強さで、フードルの肩に平手打ちをお見舞いする。

「すまんすまん。つい力が入ってしまってな」

 フードルがニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべると、場は見違えるほどの和やかな雰囲気に変化した。
 シャーリーとミアは遠慮することなく声を出して笑い、エルザも呆れたかのような溜息をつく。
 流石はフードルと言うべきか、阿吽の呼吸と言っても差し支えない連携である。自分の無害さをアピールするために、わざと俺にツッコミを入れさせたのだ。
 勇気を出し歩み寄ってくれたシルビアに対し、この程度はスキンシップの一環に過ぎないのだと、身をもって示したのである。

「では改めて、アーニャ共々よろしく頼む。シルビア殿」

 僅かではあるが安堵したシルビアに、何故か笑顔で拍手を送るミア。
 つられて拍手する皆に、シルビアは照れくさそうに笑顔を見せる。
 皆が杯を掲げ、小さな宴は、静かな村の夜に熱気と笑い声を溶かし込んでいった。
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