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第618話 レストール卿の悩み
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庶民の利用する食堂。当然個室などはなく、おばちゃんの配慮で一番奥の席へと通された。
物々しい雰囲気の中、それに気付いた他の客達は足早に退店。意図せず店は貸し切りに。
後で店のおばちゃんには謝罪を入れておこうなどと考えていると、その元凶は知ってか知らずか真剣な面持ち。
「そう畏まらなくていい。食事をしながら話を聞いてほしいだけだ」
そうは言っても、やはり相手は貴族である。気を使ってくれるのはありがたいが、限度というものがある。
この空気感の中、レストール卿を気にせずガツガツと料理を食べ進められる者がいるとするなら、それは心臓に毛が生えている剛の者だ。
そこでおばちゃんには訳を話し、ミアとキャロは別席へ。改めてレストール卿の席へと戻る。
「まぁ、なんとなく言いたいことはわかりますけどね。王宮じゃダメだったんですか?」
「すまない。出来るだけ他の者には聞かれたくなかったのでな」
「でも、シルビアの事ですよね?」
「うむ……」
まぁ、予想通りではある。シルビアの要求はただ1つ。兄であるペライスをよみがえらせ、再会を果たそうというのだ。
考えておく――という便利な言葉で煙に巻いてはいたが、もふもふアニマルキングダムに協力し、共に戦ってくれたことは間違いない。
悪いようにはしないつもりだが……。
「わかりました。……それで、どっちの話です? 領地の運営指南? それともペライスの方?」
「両方だな」
「レストール卿……。俺達に協力してくれた事には感謝しています。ですが、両方は流石に……。せめてペライスとの再会だけなら……」
「いや、そうではない。私は、シルビアを九条に預けようと思っているのだ」
その言葉に眉をひそめる。それは些か強欲が過ぎるのではないだろうか。
「それは、アレですか? 俺の下でなら、何時でもペライスをよみがえらせてやれると……そう仰りたいのですか?」
「いや、違う。勘違いしないでくれ。確かにシルビアの希望を叶えて貰えるのなら喜ばしい限りだが、その裁量は九条に任せる」
「では、何故?」
以前とは違う、様変わりしたコット村の見学――という可能性もなくはないが、それなら観光や視察であって、預けるという表現はしないはず。
仮に、シルビアが俺に好意を寄せていたとしても、それは俺の先にあるペライスを見ているだけ……。
むしろ、レストール卿にとってはデメリットだろう。
名誉騎士の地位がそれほど浸透していない今、未婚の娘を貴族でもない、ましてや魔王と呼ばれる男に預けるのは、どう考えても悪手。
悪評は免れず、それは家名に影を落とす。なにより、当事者のシルビアが可哀想だ。
「ニールセン公の御子息であるアレックス様を更生させた、九条の力を借りたいのだ」
「あーそういう……」
なるほど。それは確かに、聞かれたくはない相談である。
かといって、勘違いして欲しくはないのだが、俺はカウンセラーでもソーシャルワーカーでもない。
「ペライスの為に慰霊碑を建てたのを覚えているか? 最近、シルビアがそこに入り浸るようになった。ペライスが自分を呼んでいる――などと言うようにも……」
俺がブラムエストにいた時はまだ建設中だったが、地下室に礼拝できる部屋を設ける程度には立派な慰霊碑を作るのだと、レストール卿が豪語していたのを思い出す。
「幻聴だろうと言っても聞く耳を持たず……。本職である九条の意見が聞きたいのだ」
シルビアならいつも通りの通常営業。深刻に考えすぎではないか――とも思うのだが、レストール卿の表情は真剣そのもの。
「そうですねぇ、実際見てみないとなんとも言えませんが、恐らくは幻聴でしょうね。もしくは、別の何かか……」
ペライスが成仏したところは、この眼で見ている。というか、俺が送り出したのだ。
一度成仏した魂が、自力で現世へと戻ってくる可能性は、ほぼないだろう。俺の知る限りでは、死霊術により呼び戻すのが唯一の方法。
シルビアに何かが憑いているようにも見えないので、やはり幻聴の線が濃いだろうか……。
「包み隠さず正直に答えていただきたいのですが、シルビアの適性を調べたことは?」
「勿論あるに決まっている。10歳の時と、おかしなことを言い始めた2か月ほど前の2回だ。結果、死霊術の適性は見られなかった」
「他に、何か変わった行動を取ったりは? 出所不明なキノコを食べたとか……」
「食事に関しては、ほぼセレナと同じ物を食べているので問題はないはずだ……」
ならば、それは幻聴なのだろう。考えられる原因としては精神的な病か、薬物中毒のような感覚の変調か……。
その声が本当にペライスのものであれば、死霊術師である俺にも聞こえるはずで、もしそうでないのならシルビアの目を覚まさせてほしい……。というのが、レストール卿の望みなのだろう。
「俺への領地運営指南は、あくまでシルビアがコット村へ赴く為の口実に過ぎないと……。中々、上手い事考えましたね……」
道理で、リリーがシルビアを推すわけである。
とはいえ、俺がペライスをよみがえらせたことによって、シルビアの死生観をおかしくしてしまった可能性もなくはない為、多少の責任も覚えるが……。
「九条にとっても、そう悪くない話だと思うのだが……」
「と、いいますと?」
「女王陛下公認案件だぞ? シルビアの面倒を見ている間は、余計な仕事を振られずに済む! その間は、コット村で養生せよという陛下のお心遣いではないか?」
うーん。本当にそうだろうか?
なんというか、のせられている気がしないでもないのだが……。
「……わかりました。やるだけやってみましょう。ただし、結果がそぐわずとも文句はナシでお願いしますよ?」
「流石は九条。恩に着る」
その後、俺達は純粋に食事を楽しみ、貸切料金を含めた全ての食事代をレストール卿に支払わせ、王都観光を再開したのだ。
物々しい雰囲気の中、それに気付いた他の客達は足早に退店。意図せず店は貸し切りに。
後で店のおばちゃんには謝罪を入れておこうなどと考えていると、その元凶は知ってか知らずか真剣な面持ち。
「そう畏まらなくていい。食事をしながら話を聞いてほしいだけだ」
そうは言っても、やはり相手は貴族である。気を使ってくれるのはありがたいが、限度というものがある。
この空気感の中、レストール卿を気にせずガツガツと料理を食べ進められる者がいるとするなら、それは心臓に毛が生えている剛の者だ。
そこでおばちゃんには訳を話し、ミアとキャロは別席へ。改めてレストール卿の席へと戻る。
「まぁ、なんとなく言いたいことはわかりますけどね。王宮じゃダメだったんですか?」
「すまない。出来るだけ他の者には聞かれたくなかったのでな」
「でも、シルビアの事ですよね?」
「うむ……」
まぁ、予想通りではある。シルビアの要求はただ1つ。兄であるペライスをよみがえらせ、再会を果たそうというのだ。
考えておく――という便利な言葉で煙に巻いてはいたが、もふもふアニマルキングダムに協力し、共に戦ってくれたことは間違いない。
悪いようにはしないつもりだが……。
「わかりました。……それで、どっちの話です? 領地の運営指南? それともペライスの方?」
「両方だな」
「レストール卿……。俺達に協力してくれた事には感謝しています。ですが、両方は流石に……。せめてペライスとの再会だけなら……」
「いや、そうではない。私は、シルビアを九条に預けようと思っているのだ」
その言葉に眉をひそめる。それは些か強欲が過ぎるのではないだろうか。
「それは、アレですか? 俺の下でなら、何時でもペライスをよみがえらせてやれると……そう仰りたいのですか?」
「いや、違う。勘違いしないでくれ。確かにシルビアの希望を叶えて貰えるのなら喜ばしい限りだが、その裁量は九条に任せる」
「では、何故?」
以前とは違う、様変わりしたコット村の見学――という可能性もなくはないが、それなら観光や視察であって、預けるという表現はしないはず。
仮に、シルビアが俺に好意を寄せていたとしても、それは俺の先にあるペライスを見ているだけ……。
むしろ、レストール卿にとってはデメリットだろう。
名誉騎士の地位がそれほど浸透していない今、未婚の娘を貴族でもない、ましてや魔王と呼ばれる男に預けるのは、どう考えても悪手。
悪評は免れず、それは家名に影を落とす。なにより、当事者のシルビアが可哀想だ。
「ニールセン公の御子息であるアレックス様を更生させた、九条の力を借りたいのだ」
「あーそういう……」
なるほど。それは確かに、聞かれたくはない相談である。
かといって、勘違いして欲しくはないのだが、俺はカウンセラーでもソーシャルワーカーでもない。
「ペライスの為に慰霊碑を建てたのを覚えているか? 最近、シルビアがそこに入り浸るようになった。ペライスが自分を呼んでいる――などと言うようにも……」
俺がブラムエストにいた時はまだ建設中だったが、地下室に礼拝できる部屋を設ける程度には立派な慰霊碑を作るのだと、レストール卿が豪語していたのを思い出す。
「幻聴だろうと言っても聞く耳を持たず……。本職である九条の意見が聞きたいのだ」
シルビアならいつも通りの通常営業。深刻に考えすぎではないか――とも思うのだが、レストール卿の表情は真剣そのもの。
「そうですねぇ、実際見てみないとなんとも言えませんが、恐らくは幻聴でしょうね。もしくは、別の何かか……」
ペライスが成仏したところは、この眼で見ている。というか、俺が送り出したのだ。
一度成仏した魂が、自力で現世へと戻ってくる可能性は、ほぼないだろう。俺の知る限りでは、死霊術により呼び戻すのが唯一の方法。
シルビアに何かが憑いているようにも見えないので、やはり幻聴の線が濃いだろうか……。
「包み隠さず正直に答えていただきたいのですが、シルビアの適性を調べたことは?」
「勿論あるに決まっている。10歳の時と、おかしなことを言い始めた2か月ほど前の2回だ。結果、死霊術の適性は見られなかった」
「他に、何か変わった行動を取ったりは? 出所不明なキノコを食べたとか……」
「食事に関しては、ほぼセレナと同じ物を食べているので問題はないはずだ……」
ならば、それは幻聴なのだろう。考えられる原因としては精神的な病か、薬物中毒のような感覚の変調か……。
その声が本当にペライスのものであれば、死霊術師である俺にも聞こえるはずで、もしそうでないのならシルビアの目を覚まさせてほしい……。というのが、レストール卿の望みなのだろう。
「俺への領地運営指南は、あくまでシルビアがコット村へ赴く為の口実に過ぎないと……。中々、上手い事考えましたね……」
道理で、リリーがシルビアを推すわけである。
とはいえ、俺がペライスをよみがえらせたことによって、シルビアの死生観をおかしくしてしまった可能性もなくはない為、多少の責任も覚えるが……。
「九条にとっても、そう悪くない話だと思うのだが……」
「と、いいますと?」
「女王陛下公認案件だぞ? シルビアの面倒を見ている間は、余計な仕事を振られずに済む! その間は、コット村で養生せよという陛下のお心遣いではないか?」
うーん。本当にそうだろうか?
なんというか、のせられている気がしないでもないのだが……。
「……わかりました。やるだけやってみましょう。ただし、結果がそぐわずとも文句はナシでお願いしますよ?」
「流石は九条。恩に着る」
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