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第614話 ギルドからの使者

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 やはりリリーの影響力は大きかった。国家の統合を渋っていた貴族達も、レイヴンが賛成派にまわるや否や、とんとん拍子に話が進む。
 リリーの戴冠式、そして統合に向けての調整等に時間を要する為、国民の不安を煽らないようにと、王宮からは国民へのメッセージが発表された。
 アルバートの悪行に加え、リリーが国を追われた経緯や、魔王の力を借りたことについての見解など、簡易的ではあるが真実が公表されたのだ。
 それを疑う者が少なかったのも、やはりリリーの人徳のなせる業だろう。
 元々、国民からの人望は厚かったのだ。問題はただの1点だけ。魔王に魂を売った……などという、飛躍しすぎた噂だけが独り歩きをしてしまったことだろう。

 そんな中、俺はと言うと、シャーリーと共に貴賓室に閉じ込められ、書類作業に追われていた。

「王様の仕事って、こんな感じなん?」

「知らないって。ほんのちょびっと貴族と付き合いがあるだけの冒険者に聞く事じゃないと思うけど?」

「でも、もう冒険者じゃ……」

「うっさいわね! 誰の所為だと思ってるのよ!?」

 悲壮感を漂わせながらも、シャーリーにそっと視線を向けると、グーで脇腹をどつかれる。

「ぐえ……」

 もちろん本気ではないのだろうが、鍛えているだけあって、そこそこ痛い。

「冗談なのに……」

 そんな平和なやりとりをしながらも、目を通した書類にペンを走らせ雑なサイン量産する。
 それを机ではなく床に置くと、ワダツミがその上に前足をポンと乗せ、大きな肉球のスタンプが捺印された。

「うむ。だいぶ慣れてきたぞ」

 それは、もふもふアニマルキングダムが承認しました――という証だ。
 残念ながら、新興国であるもふもふアニマルキングダムには、決まった国璽がない。
 所謂公式で使用する印鑑なのだが、指紋の概念がない異世界で拇印は通じず、それならばと唯一無二だろうワダツミの前足を国璽として使用することを、閣議決定したのである。
 まぁ閣議と言っても、俺とシャーリーが勝手に決めただけなのだが……。

 正直、国同士の統合を甘く考えていた。
 統合後はリリーが王位に就き、後は適当に処理してくれるだろうと考えていたが、問題はそこに至るまでの調整である。
 元々1つだった国が元に戻るだけなのだから、そう難しい事じゃないだろうと思っていたのだが、辺りには溢れんばかりの書類の山。
 王位の継承に始まり、領主や貴族の序列、領内の法整理に宗教的慣習。商業規則の再編成に、軍事指揮権と徴兵制度。領地の再配分に加え、徴税区域の再調整と、数えるだけでキリがない。
 後から文句言われても困るから、しっかり確認しておけ――という事なのだろうが、単純作業故に飽きるのも早い。

「全ての権利を放棄する……で、よくね?」

「そうもいかないから、こうなってんでしょ? サボってないでしっかり手を動かしてよ。コット村の商業関係は、まるっきり別物になっちゃってるんだから相手も慎重なんでしょ?」

 旧同盟関係は、キャロをグランスロードに送り届けるついでに話し合う予定だが、まぁ問題はないだろう。
 グランスロードは、元々スタッグとも同盟を組んでいた。サザンゲイアについてはエルザに頭を下げるとして、問題は……。

「む? どうやら客が来たようだ」

「ようやくか……」

 俺にはわからない何かに反応を示したのはコクセイ。
 間も無く聞こえてきた足音が部屋の扉の前で止まると、控えめな咳払いと共に扉がノックされた。

「どうぞ」

「失礼します」

 聞き覚えのある男性の声に、俺は眉をひそめながらもあからさまな不機嫌を装う。

「よくもまぁ、のこのこと顔を出せたもんだ……」

 そこに立っていたのは、他でもない王都スタッグの冒険者ギルド支部長、ロバート。
 佇む姿はくたびれたおっさん。にもかかわらず、滲み出る申し訳なさは、イタズラがバレて職員室に呼び出された小学生のようでもある。

「そこへ座れ」

 目の前の椅子を指差し、着席するよう促すと、ロバートはその隣の床に正座し見事な土下座を披露した。

「この度は、誠に申し訳ございませんでしたぁぁッ!」

 なんというか、部屋の空気は最悪だ。シャーリーは、どうすんだコレ――みたいな視線を向けてくるし……。
 正直ギルドがどう出てくるのかは不明だったが、顔見知りであるロバートを選出し謝罪の言葉を述べたところを見るに、和解に持ち込みたい……と、言ったところだろうか……。
 妥当と言えば、妥当な選択である。

「人を勝手に魔王として討伐対象にしておいて、それで許してもらえると?」

 もふもふアニマルキングダムが国家として認められてから、表立った動きはなかったものの、魔王として俺を討伐しようとしていたのは事実。
 その上、王都スタッグは敗北した。制裁の対象となるであろう可能性は十分にある。
 つまりは俺の気分次第で、ギルドの進退が決まってしまうわけだ。

「まぁ、言いたいことは色々とあるが、まずはそこに座れ」

「いえ! 私はここでッ!」

「俺の言う事が聞けないのか?」

「ハイッ! よろこんで座らせていただきますッ!」

 ほんの少し凄んで見せると、素直に着席するロバート。

「何と言えばいいか……。ロバートさんも大変ですねぇ」

「は、はぁ……?」

 急に優しい言葉を掛けた所為か、不思議そうな顔で首を傾げるロバート。
 別に本気で怒ってなどいない。ちょっと揶揄ってやろうと思っただけ。ある意味ロバートも被害者なのだ。
 謝罪を受け入れてもらうため、面識のある者を俺の元へと派遣した。失敗すればロバートに責任を取らせればいいという、ギルド上層部の浅はかな考えが透けて見える。
 それは、まだ俺が魔王であるという認識を、改めていないからだ。

「ギルドの謝罪を受け入れるかどうかは置いておくとして、ロバートさんには危害を加えたりしないので安心してください」

 ロバートは、ただ仕事に実直なだけの悲しき中間管理職なのだ。
 色々と我が儘を聞いてもらった覚えもあり、ミアの契約変更も上層部に掛け合ってくれた。根は悪い奴じゃない。
 悪いのはロバートではなく、全てを決定しているであろうギルドの上層部。
 だからと言って、ギルドに乗り込むようなマネはしないが、無条件で許してやるほど世の中甘くはないのである。

「九条様! 謝罪を受け入れていただける条件等ございましたら、なんでも仰ってください!」

「そう言われてもなぁ……。シャーリーはなんかあるか?」

「うーん。特にはないかなぁ……。恐らく九条と一緒で、私とアーニャもギルドからは追放扱いなんだろうけど、別に冒険者に戻りたいとも思わないし……」

「では、コット村の件はどうでしょう? ギルド支部の復活を望むのならすぐにでも……」

「いやぁ、それも微妙ですねぇ。ギルド復活のメリットがないと言いますか……。むしろ、メリットを享受するのはそちらの方では?」

 コット村の市場規模は拡大を続けており、このままいけばハーヴェストを超えるのも容易いだろう――というのがネストの見立てだ。
 それもシーサーペントを含めた、ネクロガルドの支援のおかげ。そこに、犬猿の仲である冒険者ギルドを戻すなんて、恩を仇で返すようなもの。

「リリー様も、王都からギルドを追い出したりはしないと思うんで、お互い干渉しないのが一番じゃないですか?」

 どうせ冒険者に戻ったところで、クソみたいな仕事を押し付けられるだけだ。
 ミアも既に自由の身。ならば、ギルドなどこちらから願い下げである。

「しかし、それでは……」

 俺がギルドを許さなければ、ロバートがその責任を取らされるだろう事は、安易に想像できる。
 かといって、ギルドの思い通りに事が進むのも不愉快だ。どうせほとぼりが冷めたら、マナポーションの原料を……なんて言い出すに違いない。

「そうですねぇ……。では、スタッグ王国領内だけで結構ですので、ギルドが保有している揺らぎの地下迷宮と呼ばれるダンジョンの所有権を全て譲って下さい」

「そ、それは流石に……」

 まぁ、無理だろう事は百も承知だ。これは諦めてもらうための条件でもある。

「ギルドにはこう伝えてください。最初から許すつもりはありません。ですが、ロバートさんに免じて和解の条件を提示させていただきました。交渉はいつでも受け付けていますので、次はもう少し権限のある方に来ていただけることを期待しています――と……」

 これだけ譲歩してやれば十分だろうと思ったが、ロバートは浮かない表情を保ったまま。

「そこを何とか……。このままだと、私がクビに……」

「それは、交渉術のつもりですか?」

「いえ、残念ながら事実です……。私にプレッシャーを与える為、発破をかけている可能性もありますが……」

 いくらなんでも、それで解雇はやり過ぎな気もするが……。

「そうだなぁ……。それで本当にクビになったら、コット村に来ればいいんじゃないですか? 悪いようにはしませんよ?」

 その提案が、ロバートにとって解決策になっているのかは疑わしいが、少なくとも逃げる場所があるというだけで、心にゆとりが持てるはず。
 慰めのつもりでロバートの肩を叩くと、当の本人は全てを諦めたかのように、乾いた笑顔を浮かべていた。
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