生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第604話 悔悟なき王と復讐の果て

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 地中から生えた手から解放されると、アルバートは勢いよく尻もちをつき後退る。

「な……なんで!? なんでお父様が!?」

 地面が大きく盛り上がり、乾いた音を立てて崩れていく。
 所々骨がむき出しになった腕が土の中から伸びると、その下から現れたのはかつて人間だったものの残骸だ。
 生ける屍が地中から這い出し、腕が地面を掻きむしる。
 死んだはずの身体がゆっくりと地を這うようにアルバートへ迫っていく。

「九条! 僕が悪かった! 謝る! 降参だ! だから、やめてくれ!」

「俺に謝ってどうする。今謝るのは、俺じゃないだろ?」

「も……申し訳ございません、お父様! 僕が間違っていました!」

 今にも泣きそうな瞳で訴えかけるアルバート。
 生きた屍の伸びた手がアルバートの首に掛かろうとした瞬間、それは灰となって姿を消した。

「まぁ、それはお前の親父じゃないんだけどな」

 顔だけはアドウェールに寄せて作られたゾンビ。それは精巧とは程遠いものだが、実の息子がそれを見間違えるかと九条は内心苦笑した。
 薄暗い地下道もさることながら、意識せざるを得ない状況。それは最早、自白と言っても過言ではない。
 九条に、綺麗に騙されてしまったアルバート。本性を剥き出しに怒り狂うかと思いきや、どうやらそんな気力もない様子。
 汗びっしょりの顔で九条を見上げ、乱れた呼吸を整えようともしない。

「謝れたことは、評価しよう。だが、お前の思い描く魔王は、謝れば許してくれるのか?」

 九条は魔王である――などと流言しておきながら、いざとなれば頭を下げて許してもらおうなど烏滸がましいにもほどがある。
 しかし、アルバートはその問い掛けに、無言で頷く事しか出来なかった。
 それを否定することが、死を意味することくらいわかっているのだ。

「なんだよ……張り合いのない奴だな……。ミアやリリーにしたように、俺にも恫喝してこいよ。お前のその剣は、飾りか? もしかしたら、ここで俺を殺せるかもしれないだろ? 一発逆転を狙ってみたらどうだ?」

 それには、首を横に振る。
 潔い――と言えば聞こえはいいが、それはあまりにも無責任。アルバートの身勝手な振る舞いで、一体どれだけの者が犠牲になったのか……。
 それを忘れ、手のひらを返し、自分だけが救済を得ようとするその根性に、九条は怒りを覚えていた。

「正直に言うが、この期に及んで謝れば許してもらえるだろうと思っていること自体不愉快だ。外では、お前の為に戦っている奴等がいる。そいつらの為にも、最後くらいは一矢報いてみようとは思わんのか?」

「……」

「はぁ、わかったよ。喋りたくないのなら、もう用済みだな」

「ま、待ってくれ! 話す! 全部話すから、命だけは助けてくれ!」

「……未だに条件を出せる立場だと思ってること自体驚きだが、まぁいい。この際だ。全部吐け」

 堅く結ばれていた唇が、溶け出したかのように喋り出す。
 その声は震え、時折言葉は途切れるが、まるで重荷から解放されたかのように饒舌だった。
 無理矢理に作ったぎこちない笑顔は、外交用の交渉術。それが死にたくないという一心で……というのは、誰が見ても明らかだ。

「僕の手でお父様の命を奪ってしまったのは事実だ……。それを、ヴィルザール教の異端審問官に知られて……。僕は脅されていたんだ! 後戻りなんて、できるはずがなかった!」

「身から出た錆だろ。被害面をするな。逆に聞くが、俺と結託してシルトフリューゲルと事を構えようとは思わなかったのか? ヴィルザール教が禁忌を犯した俺を狙っているのなら、共通の敵とも言えるだろ?」

「僕は、お父様を……。国王を殺したんだぞ!?」

「だからなんだ? 俺が、それを告発するとでも思ったのか?」

「……しない……のか?」

「俺の仲間達に手を出すようなら話は別だが、それをして俺に何のメリットがある? そういう面倒事に巻き込まれたくないから、コット村を拠点にしているんだ。確かに親殺しは人として間違っているとは思うが、自分の家の問題は自分達で解決しろ。俺は正義の味方じゃない。罪悪感があるのなら、それこそ神にでも裁いてもらえばいいだろ」

 アルバートが選択を間違えなければ、可能性としてはあり得た未来。
 ネクロガルドが、良い例だろう。九条を排除するのではなく、懐柔する方向に舵を切っていれば、今ほど悪い結果にはならなかったのかもしれない。

「なんで……なんでそれを、教えてくれなかったんだ……」

 力なく項垂れるアルバート。
 それを本気で言っているなら最早愚鈍という他ないが、九条は舌打ちをしながらも、アルバートの髪を掴みその顔を睨みつけた。

「ナチュラルに他人の所為にするんじゃねぇ。どうせ聞きやしねぇだろ。今この時に至るまでの全ての結果は、お前の驕りが招いた事なんだよ」

 相手はいい大人である。それだけ歳を重ねているにも拘らず、まるで躾の悪い子供を説教しているような気分になった九条からは、盛大な溜息が漏れる。

「もういい。そろそろ終わりにしよう。何を説こうと、どうせお前には響きはしないだろうからな」

「――まッ……待ってくれ! 約束と違う! 全部話せば、命だけは助けてくれると……」

「お前がそういう条件を付けただけだろ? 俺は助けてやるとは、一言も言っていない。……まさか、自分だけは殺されないとでも思ってたのか? 確かに父親殺しの証言は必要だが、別にお前を生かしておく必要はないだろ? 俺が遺体から情報を引き出せることを知っているんだ。だから、お前は俺を殺そうとした……そうだろ?」

 みるみるうちに青ざめていくアルバートの顔。
 だが、九条はその手を緩めない。

「話し合うだけの為に、わざわざこんな地下までお前を誘導するかよ……。本望だろ? お前の望み通り、魔王らしく振舞ってやってるんだ。俺の優しさに感謝しながら死ぬといい」

 九条の冷徹な眼差がアルバートを見下ろし、その瞳には一片の慈悲も見られない。
 アルバートの手は震え、乱れた呼吸を整える為か、鎧に覆われた胸元を無意識に押さえつけていた。
 そして最後の力を振り絞り、震える声で哀願する。

「お願いだ! 助けてくれ……! 我が国を、我が民を守るために……」

 九条は微動だにしない。その顔に浮かぶのは、冷笑とも取れる微かな表情。
 何を言ったところで、全てが打算的に聞こえてしまう。アルバートの言葉に耳を貸す者など、最早何処にもいないのだ。

「今さら民を口にするか……。それが最初に来ていたのなら、少しは違った結果が得られたかもな……」

 無情にも振り下ろされる九条のメイス。それが、長いスタッグ王国の歴史に終止符を打つ一撃であったことは、言うまでもないだろう。
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