生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
上 下
598 / 633

第598話 捨て駒

しおりを挟む
 シャーリーからの合図を受け取ったのは、ファフナーだけではない。
 王都の東側。オーレスト家のブライアンが指揮するニールセン公の兵達にも当然それは見えていた。

「何事だ!?」

 遠くから聞こえる戦場の喧騒とは質の違う音。ブライアンは急ぎ陣幕を出ると、音のした方に目を凝らす。
 上空には何かがキラキラと輝いていて、それが何なのかを考える間もなく、黒き厄災が王都に飛来したのだ。
 それは、忌まわしくもある苦い記憶。アンカース領での敗戦が、ブライアンの闘争心に火をつけた。

「金の鬣だろうが、黒き厄災だろうがかかってこいッ! こっちは準備万端、ハチの巣にしてやるッ!」

 移動式の簡易バリスタが100基。それに使用する矢は、ミスリル合金の特別製。更には即効性の致死毒まで塗られ、対策は完璧。
 ここまですれば、流石の大型魔獣でさえ無傷とはいかないだろうと、ブライアンは復讐の炎をその目に宿らせていた。

 しかし、ブライアンの挑発も虚しく、飛び去って行く黒き厄災。
 そこから何かが零れ落ち、一瞬フンのようにも見えたそれは、空中で大きな布を広げた。

「……あれは……なんだ?」

 空に漂う幾つもの影。そのうちの1つが風に流され近づいて来ると、ブライアンはそれが何なのかを理解した。

「――ッ!? 撃ち落とせぇぇ!」

 降って来たのはデスナイト。それもたった1体なのでどうということはないのだが、予想外の出来事に動転するのも無理もない。

「お待ちください! それでは街に被害が及びます。ここは着地と同時に叩くのが得策かと……」

 血相を変えるブライアンに苦言を呈したのは、アンカース領の悲劇と呼ばれる戦いを生き延びた、オーレスト家に仕える騎士の1人だ。
 王都上空から流れてくるデスナイトを打ち落とそうとすれば、当然その攻撃は城壁を超え、内部が被弾することに。
 それが、城門への攻撃と捉えられれば、同士討ちにもなりかねない。

「武功を上げたいというお気持ちはお察ししますが、本末転倒となってしまっては元も子もありません」

「そ……それもそうだな……」

 部下の諫言により、落ち着きを取り戻したブライアン。
 今回の出陣は、名誉挽回の機会でもあった。
 九条によって殺害された父の仇。それに加え、結果の如何によっては没収された領地の返還が約束されていたのだ。
 貴族にとって家格は命の次に大事な物。ブライアンが意欲を見せるのも当然のこと。
 10000もの兵を任されたのだ。それは期待の裏返しだと信じて疑わないブライアンだが、それは少々違っていた。

 デスナイトが着地するであろう場所に小隊を配置し迎撃準備を整えると、ブライアンはお付きの騎士と共に陣幕へと戻った。
 10畳ほどの大きさのテント。中には作戦会議用の簡易的なテーブルが置かれ、椅子は指揮官用にと用意された1脚だけ。
 にも拘らず、そこには見知らぬ騎士が座っていた。

「貴様! そこで何をしているッ!」

 そこはブライアンの席。位の低い騎士が腰を下ろしていい場所じゃない。無礼を通り越し、言語道断だ。
 とはいえ、騎士ならばその程度の事わかりそうなものなのだが、その騎士が兜を外した瞬間、ブライアンの顔は凍り付いた。

「よう、ブライアン。暫く見ない間に、随分と景気が良さそうじゃないか」

「……アレックス……」

 そこにいたのは、ニールセン公爵家のアレックス。
 ブライアンとは旧知の仲。王都の魔法学院では級友であり、同じ夢を目指した仲でもある。
 だが、それも過去の話。今は全くの逆で、犬猿の仲とも言える関係だ。

「アレックスぅ? 僕は公爵だぞ?」

「う……うるさい! グリンダ様を見捨てて、節操なしに派閥を乗り換えたクセにッ! 魔王に魂を売るような王女のどこがいいんだッ!」

 わかってはいた事だが、それを面と向かって言われたのは、流石のアレックスも初めて。
 そもそも、派閥をコロコロと変えるのはタブー。少なくとも良い印象ではないことは確か。
 真に忠誠を誓ったのなら、死ぬまで付き従うのが理想ではあるのだが、あくまで理想。
 勿論それだけではない。スタッグ王国の貴族間でニールセン家が何と揶揄されているのかは、薄々だがアレックスも知っていた。
 ――破滅の公爵……。
 第2王女のグリンダは失墜。更には第4王女のリリーも魔王の手先に落ちぶれた。
 ニールセン家と関われば、破滅の道を辿る。そう噂されているのだ。

「逆に聞くが、九条さんのどこが魔王なんだ? 同じ人間じゃないか。禁呪を行使するというだけで、魔王認定はおかしいだろう? そりゃぁ、未知の力を恐れるのも理解はするが……」

「騙されてるんだよ! 奴は人の皮を被った魔族なんだ! 現に魔王に与していた黒き厄災を従えているじゃないかッ!」

「証拠もなしに決めつけるのは良くないな。それは、魔獣使いビーストマスターとしての適性で説明できる」

「くッ……アレックス! 君は何処の国の貴族なんだッ! 陛下がそう言ったらそうなんだッ! 僕たちはそれに従い、国を発展させていく義務があるッ!」

「残念ながら、アルバートはもう僕の陛下じゃない。自分の父親を手に掛けるような奴に、領民の未来は任せられない」

「それが騙されてると言ってるんだ! 裏切り者めッ」

「それは違う。裏切るんじゃない。見限ったんだ」

「じゃぁ、何故お前がここにいるんだッ! 僕たちは敵同士だろ!?」

 それを聞き、ブライアンを小馬鹿にしていたようなアレックスの表情が、真剣な面持ちへと変化した。

「だからだよ。1度しか聞かないから、良く考えてくれ。これは最後通告だ。降伏するなら命まではとらない」

「情けをかけたつもりか!?」

「うーん……どうだろうな……。……ただ九条さんなら、こうするんじゃないかと思ったんだ……」

 少し寂しそうな笑顔を向けたアレックスに、ブライアンは悔しそうに歯を食いしばりながらも、視線を落とす。
 目の前にいるアレックスは、魔法学院時代から一度たりとも勝てた試しがなく、更に言うならニールセンの兵達は全てアレックス側についていると見て間違いない。
 抵抗か降伏か……。自分の命が大事なら悩む時間など必要ないが、そんな僅かな時間すらブライアンには与えられなかった。

「騙されてはなりませんブライアン様! こやつをここでひっ捕らえ、人質とすれば済む話ッ! 形勢逆転となりましょう!」

 暫く2人の会話を黙って聞いていたブライアンのお付きの騎士。
 腰の直剣をスラリと抜き、振りかぶる。
 殺意の籠った瞳で睨みつけられるアレックス。しかし、アレックスは微動だにしなかった。
 それは、予想外の返答に身体を強張らせたからではない。逃げる必要すらなかったのだ。

「残念だよ……」

 騎士の直剣が振り下ろされる瞬間、その騎士の腹を貫いたのは酷く錆びれた大剣だった。
 天幕が切り裂かれ、絡みつく布が赤く染まる。
 そこに立っていたのは、先程風に流されてきたデスナイトだ。
 力なく落下した騎士の直剣。その身体から大剣が引き抜かれると、ブライアンに寄りかかるように倒れ込む。

「ひぃぃぃぃッ!」

 ブライアンは、それを抱えることなく受け流すと、一目散に逃げ出した。
 東門へ向け必死に走り、堀に掛かった跳ね橋を渡る。そして大きな声を上げながら、その門扉をこれでもかと叩いた。

「開門ッ! 早くしろぉぉッ!」

 巨大な鉄の格子が音を立てて持ち上がり、次いで木製の門扉が動き出す。
 それが半分程開かれると、ブライアンは眼前に広がる光景に目を疑った。

「――ッ!?」

 そこには、冷たく静まり返った死体がいくつも転がっていたのだ。
 それは東門の守衛たち。瀕死などではない。その身体には首が付いていなかった。
 黒ずんだ大地に一陣の風が吹き抜け、それと同時に覚えた死臭。
 突如耳元で囁かれた声に、ブライアンは父と同じ運命を歩むだろうことを理解した。

「ばいばーい」

 振り返る暇などない。
 そこには黒ずくめの少女がいたのだが、それを知ることなくブライアンの意識は途切れ、二度と戻ることはなかったのだ。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

処理中です...