生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第595話 デスパレード

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「こりゃ壮観だわ……」

 シャーリーの前方に見えているのは、王都スタッグ。小高い丘から眺めるその景色に、感嘆の声が漏れる。
 普段は青々と広がる草原に、所狭しと整列している王国軍。それは、見ているだけで伝播するほどの重苦しい空気感。
 鼓動が早まり、喉が乾き、体の隅々まで緊張が走る……なんて感じるようでは、まだまだシロウト。シャーリーは余裕の表情だ。
 その最大の要因は、頼れる仲間達と九条に絶対の信頼を置いているからに他ならない。

「懐かしいねぇ……。金の鬣が王都を踏みにじる光景が、今でも目に浮かんできやがる……」

 その隣で、黄昏ながらも緊張の面持ちを崩さないバイス。
 既にプレートアーマーを身に着けており、臨戦態勢……ではあるのだが、無気力のようにも感じる態度は普段とあまり変わらない。
 現在立っている場所は、九条の処刑に間に合わずリリーやネストと共に燃え盛る王都を眺めていた場所でもあった。

「どうせだから、そのまま城ごとアルバートを焼いちまえばよかったのに……」

 冗談なのか本音なのか、判断に悩む発言。しかし、それを咎める者はここにいない。
 ネストは、シルビアを連れノーピークスへと帰還。レストール卿と合流の後、現在は王都へ向けて進軍している頃である。

「そりゃ、今思えばそれが一番だったのかもしれないけど、当時は各国の要人とかもいた訳だし、ピンポイントでアルバートだけってのは流石の九条も難しいんじゃない?」

「そうだよなぁ、九条は優しいからなぁ……」

「どちらにせよ、魔王と呼ばれる運命だったのかもね……」

 九条の実力に加え、奇襲にも似た状況。その気になれば、王都の蹂躙は可能であったが、周囲への被害とミアの安全を考慮した結果、警告に留めたのだ。
 それを真摯に受け止め、九条への侵害を控えていれば、今頃は安定した国の統治が実現していたかもしれない。
 しかし、そうならなかったのは、九条の口を塞ぐというメリット以前に国王としてのプライドが許さなかったのだろう。

「九条には貴族になってもらいたかったんだが……。人生、上手くはいかねぇなぁ……」

 バイスから出た盛大な溜息に、シャーリーは九条の事を何もわかってないとでも言いたげな冷ややかな視線をバイスに向ける。

「はぁ? 九条が貴族になるわけないでしょ?」

「九条が貴族なら、禁呪がバレても守ってやれた。それにコット村の領有権まで付けたら、九条だって悩むくらいはしただろうよ」

 何事もなくリリー達がサザンゲイアから帰国していれば、それを提案するつもりでいたのだ。
 元々実績のあった九条。そこにグランスロードでの評価を加味すれば、他の派閥の貴族達も文句は言えなかっただろう。
 実際、禁呪のことは九条も憂慮していたのだ。その不安が解消されるのであれば、首を縦に振っていた可能性は十分にあった。

「男爵で十分だったんだよ。公爵なんかと比べりゃ月とすっぽん。大した責任もねぇし、悠々自適。田舎の村を与えるだけで国防の要を雇えると思えば安いもんだろ……」

「可愛い後輩ができなくて残念だったわね」

「まぁ、こんなこと言うとシャーリーに殺されるかもしれねーけど、今となっては九条は魔王くらいが性に合ってるのかもしれねぇな」

「あら、奇遇ね。私もそう思うわよ? 九条はもう少し自分勝手に振舞ってもバチは当たらないと思うのよね」

 思いがけない返答に目を丸くしたバイスに対し、シャーリーは得意気に微笑んだ。

「そうきたか……。なら、俺等も気合入れねーとな」

「ええ。私達の優しい魔王様の為に」

 自然と上げられたバイスの手のひらを、勢いよくバチンと叩いたシャーリー。
 振り返ると、そこには綺麗に整列する大量のアンデッド。
 少し前までは魔物として認識していた彼等も、今は頼もしいお仲間だ。

「じゃぁ、指揮の方は任せたわよ?」

「そのことなんだが……。俺じゃなくてバルザックさんの方がよくねぇか? 経験豊富だし……」

 任せろ! ……くらい勇ましい返事が聞けるかと思っていたシャーリーだったが、その答えは期待外れ感が否めない。

「バルザックさんばっかり頼れないでしょ? それに死なないんだから、前線に出てもらった方が有用じゃない。……そんなんで大丈夫なの?」

「俺は死霊術師ネクロマンサーじゃねぇし、アンデッドの軍勢を率いての戦争なんて初めてなんだよ! 察しろ!」

 九条の前で大見得を切った手前、断り切れなかったバイス。
 アンデッドの特性を死ぬほど頭に叩き込み、それに因んだ戦略を組んだつもりだが、それでもぶっつけ本番の大舞台に不安がない訳がない。

「そもそもどっちの心配よ? まさか、負けるとでも思ってるんじゃないでしょうね?」

「そんなわけねぇだろ。これだけの戦力を率いて負けたら、九条にもリリー様にも顔向けが出来ねぇよ」

 王国軍4万に対し、もふもふアニマルキングダム軍は、僅か1万5千ほど。
 本体を担うアンデッド部隊が5000。ガルフォード家から1000人。アンカース家とレストール家の連合軍が6000。
 更にはリリーの慈悲に感銘を受け、寝返る事をよしとした王国軍の捕虜に、ベルモントとハーヴェストから募った義勇兵を合わせて3000程。
 数だけを見れば圧倒的に不利ではあるが、そこは質がカバーする。
 ファフナーを筆頭に、ワダツミ、コクセイ、カイエンの魔獣部隊。金の鬣に黒翼騎士団の部隊長と、そのどれもが一騎当千の猛者たちだ。

 その総指揮を任されているのがバイスなのだが、彼の悩みは勝敗などと言う単純なものではなく、友軍との連携だ。
 ただ、力で押せばいい訳じゃない。伏兵として潜んでいるニールセン公の軍には被害を与えないよう立ち回らなければならない。
 ここまで短期間で準備を進めてきた為、碌なコミュニケーションが取れていないのだ。
 反旗を翻すタイミングが早すぎれば王国軍に圧し潰され、逆に遅ければこちらが手に掛けてしまう。
 その丁度良いタイミングを遥か後方から見極めるのは、流石のバイスでも至難の業と言えよう。

「頼むぜ、ピー助……」

「オ……オウ……。マカ……マカ……マカセレロ……」

 4万近い王国軍の中から、ニールセン家の紋章が描かれている軍旗を探し出し、それを報告するのがピーちゃんの役目。
 その役どころが重要であることを理解している為か、若干どころか相当動きがぎこちない。

「ピーちゃんは、いつも通りで大丈夫。戦場でインコが飛んでたって誰も気にも留めやしないわ」

 バイスが気だるそうに寄りかかっていた愛用の盾。その隅っこに留まっていたピーちゃんが、シャーリーの肩に飛び移ると、バイスは大きく背を伸ばす。

「それじゃぁ、そろそろ行きますかねぇ……」

 王都の前に展開する王国軍を睨みつけるバイス。
 軍馬に跨り大きく息を吸い込むと、高らかに上げた直剣を王都へと向け振り下ろした。

「前進を始めろ亡者どもッ! デスパレードの開幕だッ!」
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