生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
上 下
595 / 633

第595話 デスパレード

しおりを挟む
「こりゃ壮観だわ……」

 シャーリーの前方に見えているのは、王都スタッグ。小高い丘から眺めるその景色に、感嘆の声が漏れる。
 普段は青々と広がる草原に、所狭しと整列している王国軍。それは、見ているだけで伝播するほどの重苦しい空気感。
 鼓動が早まり、喉が乾き、体の隅々まで緊張が走る……なんて感じるようでは、まだまだシロウト。シャーリーは余裕の表情だ。
 その最大の要因は、頼れる仲間達と九条に絶対の信頼を置いているからに他ならない。

「懐かしいねぇ……。金の鬣が王都を踏みにじる光景が、今でも目に浮かんできやがる……」

 その隣で、黄昏ながらも緊張の面持ちを崩さないバイス。
 既にプレートアーマーを身に着けており、臨戦態勢……ではあるのだが、無気力のようにも感じる態度は普段とあまり変わらない。
 現在立っている場所は、九条の処刑に間に合わずリリーやネストと共に燃え盛る王都を眺めていた場所でもあった。

「どうせだから、そのまま城ごとアルバートを焼いちまえばよかったのに……」

 冗談なのか本音なのか、判断に悩む発言。しかし、それを咎める者はここにいない。
 ネストは、シルビアを連れノーピークスへと帰還。レストール卿と合流の後、現在は王都へ向けて進軍している頃である。

「そりゃ、今思えばそれが一番だったのかもしれないけど、当時は各国の要人とかもいた訳だし、ピンポイントでアルバートだけってのは流石の九条も難しいんじゃない?」

「そうだよなぁ、九条は優しいからなぁ……」

「どちらにせよ、魔王と呼ばれる運命だったのかもね……」

 九条の実力に加え、奇襲にも似た状況。その気になれば、王都の蹂躙は可能であったが、周囲への被害とミアの安全を考慮した結果、警告に留めたのだ。
 それを真摯に受け止め、九条への侵害を控えていれば、今頃は安定した国の統治が実現していたかもしれない。
 しかし、そうならなかったのは、九条の口を塞ぐというメリット以前に国王としてのプライドが許さなかったのだろう。

「九条には貴族になってもらいたかったんだが……。人生、上手くはいかねぇなぁ……」

 バイスから出た盛大な溜息に、シャーリーは九条の事を何もわかってないとでも言いたげな冷ややかな視線をバイスに向ける。

「はぁ? 九条が貴族になるわけないでしょ?」

「九条が貴族なら、禁呪がバレても守ってやれた。それにコット村の領有権まで付けたら、九条だって悩むくらいはしただろうよ」

 何事もなくリリー達がサザンゲイアから帰国していれば、それを提案するつもりでいたのだ。
 元々実績のあった九条。そこにグランスロードでの評価を加味すれば、他の派閥の貴族達も文句は言えなかっただろう。
 実際、禁呪のことは九条も憂慮していたのだ。その不安が解消されるのであれば、首を縦に振っていた可能性は十分にあった。

「男爵で十分だったんだよ。公爵なんかと比べりゃ月とすっぽん。大した責任もねぇし、悠々自適。田舎の村を与えるだけで国防の要を雇えると思えば安いもんだろ……」

「可愛い後輩ができなくて残念だったわね」

「まぁ、こんなこと言うとシャーリーに殺されるかもしれねーけど、今となっては九条は魔王くらいが性に合ってるのかもしれねぇな」

「あら、奇遇ね。私もそう思うわよ? 九条はもう少し自分勝手に振舞ってもバチは当たらないと思うのよね」

 思いがけない返答に目を丸くしたバイスに対し、シャーリーは得意気に微笑んだ。

「そうきたか……。なら、俺等も気合入れねーとな」

「ええ。私達の優しい魔王様の為に」

 自然と上げられたバイスの手のひらを、勢いよくバチンと叩いたシャーリー。
 振り返ると、そこには綺麗に整列する大量のアンデッド。
 少し前までは魔物として認識していた彼等も、今は頼もしいお仲間だ。

「じゃぁ、指揮の方は任せたわよ?」

「そのことなんだが……。俺じゃなくてバルザックさんの方がよくねぇか? 経験豊富だし……」

 任せろ! ……くらい勇ましい返事が聞けるかと思っていたシャーリーだったが、その答えは期待外れ感が否めない。

「バルザックさんばっかり頼れないでしょ? それに死なないんだから、前線に出てもらった方が有用じゃない。……そんなんで大丈夫なの?」

「俺は死霊術師ネクロマンサーじゃねぇし、アンデッドの軍勢を率いての戦争なんて初めてなんだよ! 察しろ!」

 九条の前で大見得を切った手前、断り切れなかったバイス。
 アンデッドの特性を死ぬほど頭に叩き込み、それに因んだ戦略を組んだつもりだが、それでもぶっつけ本番の大舞台に不安がない訳がない。

「そもそもどっちの心配よ? まさか、負けるとでも思ってるんじゃないでしょうね?」

「そんなわけねぇだろ。これだけの戦力を率いて負けたら、九条にもリリー様にも顔向けが出来ねぇよ」

 王国軍4万に対し、もふもふアニマルキングダム軍は、僅か1万5千ほど。
 本体を担うアンデッド部隊が5000。ガルフォード家から1000人。アンカース家とレストール家の連合軍が6000。
 更にはリリーの慈悲に感銘を受け、寝返る事をよしとした王国軍の捕虜に、ベルモントとハーヴェストから募った義勇兵を合わせて3000程。
 数だけを見れば圧倒的に不利ではあるが、そこは質がカバーする。
 ファフナーを筆頭に、ワダツミ、コクセイ、カイエンの魔獣部隊。金の鬣に黒翼騎士団の部隊長と、そのどれもが一騎当千の猛者たちだ。

 その総指揮を任されているのがバイスなのだが、彼の悩みは勝敗などと言う単純なものではなく、友軍との連携だ。
 ただ、力で押せばいい訳じゃない。伏兵として潜んでいるニールセン公の軍には被害を与えないよう立ち回らなければならない。
 ここまで短期間で準備を進めてきた為、碌なコミュニケーションが取れていないのだ。
 反旗を翻すタイミングが早すぎれば王国軍に圧し潰され、逆に遅ければこちらが手に掛けてしまう。
 その丁度良いタイミングを遥か後方から見極めるのは、流石のバイスでも至難の業と言えよう。

「頼むぜ、ピー助……」

「オ……オウ……。マカ……マカ……マカセレロ……」

 4万近い王国軍の中から、ニールセン家の紋章が描かれている軍旗を探し出し、それを報告するのがピーちゃんの役目。
 その役どころが重要であることを理解している為か、若干どころか相当動きがぎこちない。

「ピーちゃんは、いつも通りで大丈夫。戦場でインコが飛んでたって誰も気にも留めやしないわ」

 バイスが気だるそうに寄りかかっていた愛用の盾。その隅っこに留まっていたピーちゃんが、シャーリーの肩に飛び移ると、バイスは大きく背を伸ばす。

「それじゃぁ、そろそろ行きますかねぇ……」

 王都の前に展開する王国軍を睨みつけるバイス。
 軍馬に跨り大きく息を吸い込むと、高らかに上げた直剣を王都へと向け振り下ろした。

「前進を始めろ亡者どもッ! デスパレードの開幕だッ!」
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

処理中です...