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第591話 忠義

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 シュトルムクラータの南西。エルダー山脈北側の麓には、古い遺跡が存在する。
 少し前までは魔物の巣になっていたところではあるが、今はそれも一掃されギルドの管理下に置かれている場所だ。
 その調査を請け負ったのは、プラチナプレート冒険者ノルディック。
 そこは、九条を騙しミアを亡き者にしようと計画されていた曰く付きの場所である。

 その遺跡の中心には、朽ちた柱が石の屋根を支えきれず自壊した神殿跡が存在し、地下にはダンジョンへと繋がる階段が隠されていた。
 巨大な屋根がそっくりそのまま蓋をしていて、今まで発見には至らなかったが、今は大口を開けている。
 綺麗に四角く切り取ったような切り口は、苔た周囲とは違い最近できたものだろうことが窺える。

「……こっち……」

 ニールセン公とアレックス。そしてヴァイエイト財団のヴェクターが馬を降りると、近くの樹木に手綱を強く縛りつけ、先を行くザラを追いかける。
 薄暗く長い階段を降り切ると、見えてきたのは古ぼけ開け放たれた巨大な扉。
 その奥に見える青白い光の元へと辿り着くと、だだっ広い空間に見覚えのある人影と1匹の魔獣の姿があった。

「九条さん!」

「どーも……。お久しぶりです……」

 よそよそしく頭を下げた九条に倣い、隣のミアもペコリと一礼。
 九条との久しぶりの再会に、アレックスはすぐに駆け寄りその手を取ると、開口一番思いがけない一言が飛び出した。

「今度は、僕が九条さんを助ける番です! なんでも言ってくださいッ!」

 流石の九条も、それには目を丸くする。
 ニールセン公の立場は理解しているが、出来れば争いたくはない。
 味方にはならずとも、最悪不可侵条約の締結を取りつけられればと考えていたが、どうやら杞憂であったかと九条は胸を撫でおろした。

「じゃぁ、一緒にアルバートをぶん殴ろう」

「はいッ!」

 ちょっと試しに言ってみただけの九条に対し、返って来たのは元気の良い返事。
 そんな簡単にミスト領の行く末を決めちゃってもいいのかと、内心困惑しながらも九条は思わず苦笑い。

「ま……まぁ、ひとまずは落ち着いて話しましょう。色々とすり合わせも必要ですから……」



 既に崩壊しているダンジョン。当然九条も知らなかった場所だが、ダンジョンの管理人たる108番の力を以てすれば、転移先の誘導も朝飯前。
 後はその最深部から出口まで、崩落個所をフードルの力を借りて切り拓いた。
 その途中にある、部屋と呼ぶには広すぎる空間に、急遽作った会議室。
 椅子とテーブルは、その辺に転がっていた岩を切り出した物で武骨。灯りはカガリの狐火なので、怪しい雰囲気が満載だ。

 レイヴン公の使者とのやり取りで、リリーが王都に帰還していないこと。また、アンカース領に軍を差し向け、それが失敗していることはニールセン公も知っていた。

「新たな国を興しただとッ!?」

 もふもふアニマルキングダムの事までは知らなかったようだが、それも当然。リリーの建国宣言から、まだ5日しか経っていない。
 どんなに速い情報屋でも、そんな短期間ではシュトルムクラータに辿り着けるわけがなく、それこそ空でも飛ばない限りダンジョン間を転移する九条の速度には追い付けない。

「そろそろレイヴン公が王都に帰還し、宣戦布告を告げている頃でしょう」

「……そんなことになっていたとは……」

 神妙な面持ちのニールセン公。
 寝耳に水だと言わんばかりの表情ではあるが、それだけで大体の事情を察していた。

「レイヴン公は、九条に付いたのだな?」

「利害が一致しただけですよ。アドウェール様をよみがえらせるには、アルバートをどうにかしないと始まりませんから。……実際、ちょっとした賭けではあります。リリー様を取り返せなかったレイヴン公に、アルバートが何らかのペナルティを課すかもしれませんし……」

「ふむ……。恐らくだが、そうはならんだろう。我等には少々劣るが、レイヴン公の兵力も侮れん。陛下……いや、アルバートとはいえ非常時に戦力を減らすような愚行は犯すまい。常在戦場の我々を相手にしなければならぬのだからな」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるニールセン公を見て、アレックスも同じように口角を上げる。
 似た者同士と言うべきか、やはり親子。アルバートに未練などない様子で、九条にとっては頼もしい限り。

「助かります。ですが、ニールセン公がこちらに付いたことを公表してしまうと、何かと対策されかねませんので、ここはレイヴン公同様にギリギリまで隠しておくべきでしょう」

「任せ給え。ここへ呼び出された意味は理解している」

 九条とニールセン公との密会が、アルバートにバレてしまえば全ての計画が水の泡。
 その為にも、ニールセン公との面識があるヴェクターだけをコット村へと残し、レイヴン公は王都へと帰還した。

「ヴェクター殿にお聞きしたい。レイヴン公はこうなる事を見越して、我々に兵を集めさせていたのだな?」

「左様でございます」

 レイヴンは、どう転んでもいいようにと対策していただけに過ぎなかった。
 アドウェール崩御の件は、最初からアルバートを疑っていたのだ。どうにかしてその尻尾を掴むことが出来たなら、反旗を翻そうと準備をしていただけである。
 それには、ニールセンの力が必要だった。だからこそ、アルバートを説得しニールセン公を庇ったのだ。
 ニールセン公に、兵力を確保しておくよう促した理由は2つ。
 1つは、造反の意思を悟られないようにする為。国境の街であるシュトルムクラータを治めるニールセンならば、いくら兵力を増強したところで隣国への対策だという言い訳が立ち違和感はない。
 そしてもう1つは、いざという時、自分の側に引き込めるだろう事を確信していたからだ。
 ニールセン公から見れば、九条は息子とその花嫁を救った恩人。それを亡き者にしようと画策するアルバートに、不満がないはずがない。
 更には折角救ったリリーを、またしてもシルトフリューゲルに売り飛ばそうとしていると知れば、第4王女派閥として黙っていないだろうことは火を見るよりも明らかだ。

 とは言え、流石のレイヴンももふもふアニマルキングダムの建国までは予想できなかった。
 嬉しい誤算。それは、レイヴン公の背中を押す追い風となった。
 コット村への使者を選定する時、レイヴンは憤りにも似た感情を露にしながらも立候補。
 誰もいかないなら仕方ない……的な空気を出しながらも、本当は心の中で小躍りしていたのだ。
 リリーを王に据えるのはアドウェールの悲願。それを九条主導の元、実現したというのであれば、何か正当な理由があるのだと確信した。
 その理由は考えるまでもなく、レイヴンの予想は的中したのだ。
 それは最早、執念。王派閥筆頭として、今でもレイヴンが信じているのはアドウェールの言葉だけなのだ。
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