生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第589話 ネームバリュー

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 民間人には手を出さず、抵抗する者だけを炙り出す――。それが難しい事は言わずもがな。
 それでも、皆が九条の方針に合意したのは、全てがリリーの為だから。

「アルバートをぶっ飛ばした後、リリー様の統治を円滑にする為だよ。アドウェール陛下の仇とはいえ、俺の……魔王の力を借りてる時点で世間からのイメージはマイナスだ。それをひっくり返すのは簡単じゃないが、遺恨を残さない為にも無益な争いは避けるべきだと思う」

 そう言われたら、ネストとバイスは従わざるを得ないというのが、悲しい貴族の性である。
 九条がそれを狙っていたのかは不明だが、少なくとも九条の中では、既にアルバートに勝利していた。
 根拠はないが、九条にはその道筋が見えているのだ。
 悩むだけ悩んだ挙句、答えが出たら迷わずそこへと突き進む。それを実現させるだけの力があるのに、怠惰な一面が見られる所為で、人によって評価はブレブレ。
 故に不安を覚えてしまうのは頷けるのだが、そんな九条を間近で見てきたからこそ、シャーリーは九条に絶対の信頼を置いている。
 今回、ネクロレギオン総司令という地位に甘んじたのも、その為だ。

 現に、ここまでは九条の作戦通りに事が進んでいた。
 ピーちゃんを斥候として飛ばし、相手よりも若干少ない程度の戦力でベルモントを攻める。
 目の前に活躍する機会があれば、後の褒美や名誉に眩み、飛びついてくるだろうというのが九条の読みであったのだ。

「ひ……卑怯だぞッ!」

 などと、シャーリーに向かって大声を出したグリンガム3兄弟の長兄。
 しかし、その腰は見事なまでに引けている。

「なんで? 一騎打ちでしょ? こっちはドラゴン1匹で買わなくてもいい喧嘩を買ってあげたんじゃない」

 一騎打ちとは、その名の通り一対一の真剣勝負。他の干渉を受けることなく、互いの技術や力量だけで戦う決闘だ。
 勝てば官軍負ければ賊軍。それは個人の武勇や度胸、名誉を示す重要な機会であり、勝者はその名声を高め、世に知らしめることができる。
 シャーリーはルールに忠実。ただ、相手の見込みが甘かっただけに過ぎない。
 その証拠に、長兄の顔は汗に塗れ、何度拭っても収まる様子を見せなかった。

「や……やっぱり、3本勝負にしよう。こっちは3兄弟だし1人1戦で丁度いい。防衛側の俺達が、戦う順番を決める」

 人間対ドラゴン。どれだけ鍛えようと、種族格差はそう埋められるものじゃない。
 そんな状況の中、どうにか勝利をもぎ取ろうと咄嗟に考えた策にしては、上出来だ。
 ファフナーとの戦闘を最後に据え、先に2勝してしまえば、ファフナーと戦うことなく勝利を収める事ができる。
 だが、ここは対戦順ではなく、対戦相手を指定した方が良かったのかもしれない。

「めんどくさいわね……。まぁいいわ。2人とも、出番よ。降りてきて」

 シャーリーの声に従うように、ファフナーの背中から降り立ったのは、漆黒を思わせる2体のアンデッド。
 片方は朽ち果てた骨の姿に、古びたローブを纏うリッチと呼ばれる太古の魔術師。
 永遠の命を求めて禁忌の魔術を行使した結果、死後も自らの魂を肉体に縛り付けた者。
 肉体は腐敗し骨と化してもその魔力は失われることがなく、空洞の目には不気味な青白い光が宿る。死と破壊の象徴として畏れられているアンデッド。
 そしてもう1体は、首なしの騎士デュラハン。
 黒い鎧に身を包み、切り離された首を大事そうに抱え込む姿は、恐怖と不吉の象徴だ。
 もう片方の手には、生前使っていた両手剣。今は無き首があった場所からは、湯気のような瘴気が上がる。

「ガロン!?」

 そう叫んだのは、デュラハンと似たような両手剣を携えていたグリンガム兄弟の次男坊。
 体格だけは似ても似つかない別人だが、小脇に抱えたその顔は、紛れもないガロンそのもの。

「あら? 知り合い?」

 確かに知り合いではあったが、それほど深い仲ではない。
 ただ同じ色のプレートで、同じような戦い方を好む者同士。お互いが好敵手として意識している程度であり、冒険者にはよくある関係である。

「なんだったら、九条に頼んでデュラハンにしてもらったら? 死後も一緒にいられるなんて、ちょっとロマンチックじゃない?」

 笑顔でドン引きするレベルのサイコパス発言を繰り出したシャーリーだが、それが冗談として受け取られていないのは、彼等の表情からも明らかだ。
 言わずともわかるだろう。対戦相手として比べれば確かにファフナーよりはマシなのかもしれないが、最早誰が戦おうと結果は同じ。
 そこに個人で勝てる相手など存在せず、状況は絶望的である。

「なに? ビビっちゃったの? 別に5本勝負でも10本勝負でも構わないわよ? こっちにはまだ、九条の従魔たちもいるし」

 シャーリー自体が優秀な狩人だ。トラッキングの反応範囲に個人差はあるが、ある程度の予想はつく。
 その範囲外にて待機している従魔達はシャーリーからの合図待ち。……なのだが、周囲からの反応を見る限り、どうやら出番はなさそうである。

「はぁ、しょうがない。最後にもう1度だけ聞いておいてあげる。私達と戦う事を望むなら、このままここに居座ればいい。明日からもいつも通りの生活を送りたければ、武器を捨てることね。境界線は……わかりやすいようにベルモントの東門にしましょうか。街の外にいる人は、抵抗の意思アリと見なして敵対認定するからそのつもりで」

 目の前にいるのは、伝説級の魔物。その存在を知らずとも、肌に感じる重圧と気迫は息が詰まるほどである。
 迫りくる死の恐怖に逃げ出したい願望と、街を守らなければならないという使命感の板挟み。
 お互いの顔を見合わせながらも中々行動を起こさない兵士達に対し、シャーリーからはダメ押しの一言。

「大丈夫。逃げたって誰も責めたりはしないわ。考えてもみなさいよ。九条が魔王なら、勝てる人なんて1人しかいないでしょ? それとも、あなた達の中に選ばれし者がいるのかしら?」

 それは、迷う者達の背中を押すのに十分すぎるほどの効果があった。
 力なく垂れた腕からは、次々と武器が手放され、結果ベルモントの東門には誰もいなくなったのだ。
 そして、辺りにはシャーリーの声が虚しく響き渡ったのである。

「ねぇ! 降伏するなら降伏するって言ってくれないと困るんだけどぉ!? そのへん聞いて来てくれるのよねぇ!?」
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