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第566話 大義名分
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「何度も言ってるだろ! 俺に結婚する気はないんだって!」
「仲間を見捨てるのか? かわいそうにのう」
「誰もそんなこと言ってない!」
コット村の南進地区。いつものようにアンデッドに土木工事を任せていたら、エルザがやってきて答えは出たのかと聞いて来た。
別に引き延ばすつもりはない。悩む時間もあまりない事くらいわかっている。
それでも、悩まずにはいられない。
王女との結婚。人生を左右するほどの選択である。
よっしゃ! これで玉の輿だ! と、頭を空っぽにできるのならば世話はないのだ。
デスナイトが担いできたのは、1本の丸太。
それを無造作に投げ捨て、巨大な斧で幾つかに分割されると即席の椅子の完成だ。
「まぁ、座れよ」
無言で去って行くデスナイトを横目に、輪切りにされた丸太を3つほど起こすと、エルザはそこに腰掛けた。
「老人の扱いがわかっておるな」
「お前の為じゃないんだが……、まぁついでだ」
本来の用途はミアの椅子。一緒に朝食を摂るためにと待ち合わせてはいるのだが、当の本人は待てど暮らせど来やしない。
食堂が混んでいる可能性を考慮しても遅すぎる。カガリが付いているので心配はしていないが、恐らくは人材派遣組合の方で掴まっているのだろう。
ミアには申し訳ないが、火急の要件ではない限り、俺への伝言はミアが任されるようになった。
最近の俺は、南進地区にいることが多い。
その面積は広大だ。元々の村の境界線だった所から開拓は進み、既に海岸線までの導線は出来ている。
それも魔法書が返って来たおかげだが、まぁそんな事情もあり、俺を探し出すのも時間が掛かる。
その点、カガリであれば匂いですぐに位置を特定してくれるから、伝言にはもってこいという訳だ。
「それで、先程の続きじゃが……」
「わかってるよ。まぁ、俺だって代案くらい考えてる」
「ほう? ワシの案よりも穏便に仲間を救い、且つアルバートをコテンパンに叩きのめす手段があると?」
「いや、正直言ってエルザの案が最適解だとは思う。恐らくは一番現実的で、安定している。国同士のやり取りなら相手の出方も予想しやすく、時間も稼げるだろうからな……」
そこは素直に認めよう。俺では、確実に建国なんて案は出なかった。
だが、それは俺の我が儘を叶えたうえでの作戦だ。
他人には迷惑を掛けず、できるだけ穏便に仲間を助けたい……というのが、俺の理想。
それが難しい事は言わずもがな。ならば、俺が妥協すれば済む話。虎穴に入らずんば虎児を得ずである。
「多少の犠牲は仕方ない。そのうえで40日以内に全ての問題を解決する為、俺は全力を尽くす」
「ふむ……。まぁ、お主の心意気は認めよう。じゃが、そう思うようにいくかの? そもそも40日に縛る意味は?」
「知ってるだろ? 婚約公示期間だよ」
それは、王族や貴族の婚姻に採用されている婚約方式。ぶっちゃけて言うと、クーリングオフ期間である。
まさかシュトルムクラータでの結婚式の知識が、役に立つ日が来ようとは……。
「俺とリリーの婚約発表後、グランスロードとサザンゲイアに協力を仰ぎ、国を興せばいい。その後40日以内に全てを終わらせ、婚約を破棄する。完璧だろ?」
時間制限という厳しい縛りが発生してしまうが、俺の重い腰を上げるには、ある意味丁度良いスパイスである。
「正気か? 40日なぞあっという間じゃぞ?」
「だから、全力を出すんだろうが」
確かに難易度の高いミッションになるだろうが、最早自分の力を隠す必要はないのだ。
魔法書も返ってきた。ネストを……アンカース家を守るためなら、バルザック達も力を貸してくれるだろう。
確かに見込みは甘いのかもしれないが、そんなものやってみなけりゃわからないじゃないか。
――その時だ。
「九条様! その必要はございませんッ!」
突然の後方からの声に振り返ると、そこにいたのは白狐に乗ったリリー。それに少し遅れて到着したのは、カガリに乗ったミアである。
少々憤った様子のリリーに対し、ミアは何処か申し訳なさそうな視線を俺に送る。
手ぶらのミアを見れば、朝食を届けに来たわけではなさそうだが、恐らく理由はそれじゃない。
「えっと……リリー様? それはどういう……」
「私が王として立ち上がり、お父様の仇を取りますッ!」
「――ッ!?」
その言葉を聞けば、何があったのかは想像に難くない。
絶望にも似たミアの表情は、これから俺に怒られるという確信があるからこそだろう。
「なるほど。知ってしまったんですね……」
「はい」
リリーの瞳は、復讐に燃える者の目だ。
それを、俺はどう見るべきか……。結果的には良かったと言うべきか、それとも……。
「おにーちゃん、ごめんなさい」
「申し訳ございません九条様。私が無理矢理聞き出したのです。ミアは悪くありません。ですので……」
「大丈夫です。別にミアを咎めたりはしませんから」
相手は王女だ。押し切られる可能性も考えてはいたが、意外と早かったな――というのが、正直な感想である。
いずれは、話さなければならないだろうとは思っていたのだ。問題は、そのタイミング。
国葬を終え気持ちの整理がついた頃、お前の兄が父親を殺した張本人だと知らされてもみろ。その感情の変化は、想像に難くない。
悲しみに打ちひしがれるのか……。それとも怒りに打ち震えるのか……。リリーがそれに耐えられなかったら?
僧侶であったからこそわかるのだ。自暴自棄ならまだいい方。姉に裏切られ、兄にも裏切られた。
家族の中では唯一の味方であった父親を亡くし、生きる事に辟易すれば、後を追う可能性もなくはない。
仮にそうならなくとも、2人がぶつかり合うことは必至。最悪クーデターにも発展しかねない問題だ。
それでも、リリー側が勝利を治めるならそれでいい。無事解決となるのだろうが、未来は誰にもわからない。
だからこそ、俺は真実を教えなかった。
リリーを受け入れたことにより、アルバートの暗殺は失敗。
ならば、アルバートを打ち負かした後、皆の前で懺悔させる……というのが理想だとは思っていたが……。
「リリー様が後悔しないと言うのなら、俺は構いませんが……」
「勿論です! 大義はこちらにありますッ!」
その決意に、疑いの余地はないだろう。
リリーが王になるのであれば、懸念点であった結婚の話も白紙に戻る。
個人的にはその方がありがたい。俺に王が務まるとは思えないし、そもそもそんな器ではない。
俺からしてみれば、やることは変わらないのだ。
雑に言うなら、売られたケンカを買っただけ。アルバートにはそれを後悔させ、わからせてやるだけなのだから……。
「仲間を見捨てるのか? かわいそうにのう」
「誰もそんなこと言ってない!」
コット村の南進地区。いつものようにアンデッドに土木工事を任せていたら、エルザがやってきて答えは出たのかと聞いて来た。
別に引き延ばすつもりはない。悩む時間もあまりない事くらいわかっている。
それでも、悩まずにはいられない。
王女との結婚。人生を左右するほどの選択である。
よっしゃ! これで玉の輿だ! と、頭を空っぽにできるのならば世話はないのだ。
デスナイトが担いできたのは、1本の丸太。
それを無造作に投げ捨て、巨大な斧で幾つかに分割されると即席の椅子の完成だ。
「まぁ、座れよ」
無言で去って行くデスナイトを横目に、輪切りにされた丸太を3つほど起こすと、エルザはそこに腰掛けた。
「老人の扱いがわかっておるな」
「お前の為じゃないんだが……、まぁついでだ」
本来の用途はミアの椅子。一緒に朝食を摂るためにと待ち合わせてはいるのだが、当の本人は待てど暮らせど来やしない。
食堂が混んでいる可能性を考慮しても遅すぎる。カガリが付いているので心配はしていないが、恐らくは人材派遣組合の方で掴まっているのだろう。
ミアには申し訳ないが、火急の要件ではない限り、俺への伝言はミアが任されるようになった。
最近の俺は、南進地区にいることが多い。
その面積は広大だ。元々の村の境界線だった所から開拓は進み、既に海岸線までの導線は出来ている。
それも魔法書が返って来たおかげだが、まぁそんな事情もあり、俺を探し出すのも時間が掛かる。
その点、カガリであれば匂いですぐに位置を特定してくれるから、伝言にはもってこいという訳だ。
「それで、先程の続きじゃが……」
「わかってるよ。まぁ、俺だって代案くらい考えてる」
「ほう? ワシの案よりも穏便に仲間を救い、且つアルバートをコテンパンに叩きのめす手段があると?」
「いや、正直言ってエルザの案が最適解だとは思う。恐らくは一番現実的で、安定している。国同士のやり取りなら相手の出方も予想しやすく、時間も稼げるだろうからな……」
そこは素直に認めよう。俺では、確実に建国なんて案は出なかった。
だが、それは俺の我が儘を叶えたうえでの作戦だ。
他人には迷惑を掛けず、できるだけ穏便に仲間を助けたい……というのが、俺の理想。
それが難しい事は言わずもがな。ならば、俺が妥協すれば済む話。虎穴に入らずんば虎児を得ずである。
「多少の犠牲は仕方ない。そのうえで40日以内に全ての問題を解決する為、俺は全力を尽くす」
「ふむ……。まぁ、お主の心意気は認めよう。じゃが、そう思うようにいくかの? そもそも40日に縛る意味は?」
「知ってるだろ? 婚約公示期間だよ」
それは、王族や貴族の婚姻に採用されている婚約方式。ぶっちゃけて言うと、クーリングオフ期間である。
まさかシュトルムクラータでの結婚式の知識が、役に立つ日が来ようとは……。
「俺とリリーの婚約発表後、グランスロードとサザンゲイアに協力を仰ぎ、国を興せばいい。その後40日以内に全てを終わらせ、婚約を破棄する。完璧だろ?」
時間制限という厳しい縛りが発生してしまうが、俺の重い腰を上げるには、ある意味丁度良いスパイスである。
「正気か? 40日なぞあっという間じゃぞ?」
「だから、全力を出すんだろうが」
確かに難易度の高いミッションになるだろうが、最早自分の力を隠す必要はないのだ。
魔法書も返ってきた。ネストを……アンカース家を守るためなら、バルザック達も力を貸してくれるだろう。
確かに見込みは甘いのかもしれないが、そんなものやってみなけりゃわからないじゃないか。
――その時だ。
「九条様! その必要はございませんッ!」
突然の後方からの声に振り返ると、そこにいたのは白狐に乗ったリリー。それに少し遅れて到着したのは、カガリに乗ったミアである。
少々憤った様子のリリーに対し、ミアは何処か申し訳なさそうな視線を俺に送る。
手ぶらのミアを見れば、朝食を届けに来たわけではなさそうだが、恐らく理由はそれじゃない。
「えっと……リリー様? それはどういう……」
「私が王として立ち上がり、お父様の仇を取りますッ!」
「――ッ!?」
その言葉を聞けば、何があったのかは想像に難くない。
絶望にも似たミアの表情は、これから俺に怒られるという確信があるからこそだろう。
「なるほど。知ってしまったんですね……」
「はい」
リリーの瞳は、復讐に燃える者の目だ。
それを、俺はどう見るべきか……。結果的には良かったと言うべきか、それとも……。
「おにーちゃん、ごめんなさい」
「申し訳ございません九条様。私が無理矢理聞き出したのです。ミアは悪くありません。ですので……」
「大丈夫です。別にミアを咎めたりはしませんから」
相手は王女だ。押し切られる可能性も考えてはいたが、意外と早かったな――というのが、正直な感想である。
いずれは、話さなければならないだろうとは思っていたのだ。問題は、そのタイミング。
国葬を終え気持ちの整理がついた頃、お前の兄が父親を殺した張本人だと知らされてもみろ。その感情の変化は、想像に難くない。
悲しみに打ちひしがれるのか……。それとも怒りに打ち震えるのか……。リリーがそれに耐えられなかったら?
僧侶であったからこそわかるのだ。自暴自棄ならまだいい方。姉に裏切られ、兄にも裏切られた。
家族の中では唯一の味方であった父親を亡くし、生きる事に辟易すれば、後を追う可能性もなくはない。
仮にそうならなくとも、2人がぶつかり合うことは必至。最悪クーデターにも発展しかねない問題だ。
それでも、リリー側が勝利を治めるならそれでいい。無事解決となるのだろうが、未来は誰にもわからない。
だからこそ、俺は真実を教えなかった。
リリーを受け入れたことにより、アルバートの暗殺は失敗。
ならば、アルバートを打ち負かした後、皆の前で懺悔させる……というのが理想だとは思っていたが……。
「リリー様が後悔しないと言うのなら、俺は構いませんが……」
「勿論です! 大義はこちらにありますッ!」
その決意に、疑いの余地はないだろう。
リリーが王になるのであれば、懸念点であった結婚の話も白紙に戻る。
個人的にはその方がありがたい。俺に王が務まるとは思えないし、そもそもそんな器ではない。
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