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第560話 王女と勇者と転生者
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ミアからリリーが目覚めたという報告を受け、急ぎ魔法学院宿舎へと向かってみると、そこには既にエルザがいた。
それ自体に問題はない。むしろ推奨しているくらいだ。
エルザは、王族や貴族に良いイメージを持っていない。彼等は国の為なら平気で人を裏切るのだと、忠告を受けたくらいだ。
当然それはリリーにも適応されていて、コット村での受け入れには難色を示していた。
ならば、腹を割って話し合ってみればいい。そう提案したのは俺である。
その甲斐あってか、部屋の雰囲気は悪くない。多少の緊張感を漂わせているものの、2人の表情は対立とは程遠い穏やかさだ。
「おはようございます、リリー様。体調の方はいかがですか?」
「はい。身体が軽く感じるとでも言いましょうか……。それくらいには好調です。全ては九条様のおかげ……。この度は私などの為に尽力下さり、感謝の念に堪えません」
別にそのままでも構わないのに、わざわざ立ち上がってまで頭を下げたリリー。
「いえいえ。やめてくださいリリー様。そんなに畏まらずとも……。魔法書は返していただきましたし……」
エルザとの対話で何があったのかは知らないが、いつものリリーとは違うような……。僅かに覚える違和感。
そもそも俺を呼ぶのに敬称など付けなかったはずだし、何よりよそよそしさが全開だった。
まぁ、一度は突き放した身だ。他人行儀な感じがするのは、その所為もあるのだろう。
「エルザは、どこまで話したんだ?」
「大体の事は話した。お主が、異世界人であることもな」
「そうか。助かるよ」
リリーの今後については、本人の口から聞く事になるだろうが、その為にもまずは俺の全てを知ってもらう必要がある。
その証明にと、エルザには転生者に対する調査資料の借用をお願いしていたのだが、目の前のテーブルに置かれている紙の束こそが、まさにそれであった。
俺がこの世界に転生する5年も前から積み上げられてきた調査報告書。その信憑性は高いどころか、本人のお墨付きである。
勿論隠しておくことも可能だろうが、フェアじゃない。
リリーにとっては、人生がひっくり返ってしまうほどの重要な分岐点になるはずだ。
判断材料は、多いに越した事はないだろう。
「フードルの事もか?」
「勿論じゃ。アンカースの御令嬢から聞いておったそうじゃぞ?」
「まぁ、そこまで聞いてるのなら、俺が言う事は何もないか……」
チラリとリリーに視線を向けると、露骨に目を逸らされる。
その反応は嫌われているというより、どちらかと言うと恥じらっているようにも見えるのだが、何かしただろうか……。
「あ……」
思い出した。ダンジョンにて、リリーに服を脱げなどと命令していたことを……。
自分の裸を見られているのだ。そりゃ、恥ずかしくて当然である。
後で謝罪をしておこう……。
「で? 単刀直入にお聞きしますが、リリー様はこれからどうなさるおつもりで?」
「はい。出来れば、このまま村で受け入れてもらえればと……」
リリーを縛る呪詛はなく、監視もいない。それは、紛れもないリリーの真意。
エルザが無言で頷いている所を見るに、折り合いはついているのだろう。
「勿論、迷惑であることは百も承知です。ですので、私は王族を辞するつもりです」
「えぇ!? いやいや、そこまでしなくても……。住む世界が違うとは言いましたが、アレは突き放す為にもっともらしいことを言っただけで、本心では……」
「いえ! これが私に出来る、精一杯の誠意ですからッ!」
突然の爆弾発言に、リリーの覚悟は嫌というほど伝わってきたが、どうやらそれだけでもなさそうだ。
確かに信頼回復という意味では、王族を辞めるという選択肢は有効だ。勇気ある決断だとは思うが、一歩も引かぬ強気な態度には若干の不自然さも感じた。
「あぁ、なるほど……。王族じゃなければ派閥にも迷惑が掛からないから……ということですね?」
呪詛の大元である呪術師とグリンダが死に、リリーはいつまでも帰らない。
当然、俺の側へと寝返ったと考えるのが自然であり、その責を負うのはリリーに近しい者達だ。
リリーが王族との関係を断ち、派閥が解散することになれば、ネストやバイスを守れると考えたのだろう。
「……確かにそういう意図も含まれています。私が帰らなければ、ネストとバイスが処罰の対象となる……。勿論、2人は私が帰らない事を知っています。恐らく今頃は王都を脱出し、自領へと戻っている頃でしょう。ですが、万が一に備え王家との関係は断っておきたい……」
俺としてはどちらでも構わない。王族であろうと、そうでなかろうと受け入れるつもりだ。
それだけの理由があるなら、無理に止めはしないが……。
「ふむ……。悪くはないが、ちと弱い気もするのう……」
「……そうだな……」
どうやらエルザも俺と同意見らしい。
確かにリリーと王族との関係はなくなるが、全てがゼロになる訳じゃない。
何もしないよりはマシなのだろうが、因縁生起。人との縁は簡単には切れないということだ。
「ネストとバイスだけなら何とかなるが……」
個人的な受け入れは可能だが、そう簡単な話じゃない。
コット村は現在アンカース領ではなく、王国領として扱われているらしい。
俺の禁呪使用を知りながらも、黙認していた事への処罰として領地を没収されたかららしいが、恐らくは騎士団等の派遣に干渉されるのを防ぐための口実。
ならば、今回も同じような処分を下される可能性が高いだろう。
アンカース領最大の都市であるノーピークスは、肥沃であり王都も近い。
ネストの裏切りを仮定した場合、そこが敵国へと変貌する事を考えると、領地の没収はあり得ない話ではない。
その時、ネストがノーピークスを明け渡すかと問われれば、恐らくは否だ。
ネストが、ノーピークスの領民たちにどれだけ慕われているのかは、俺も良く知っている。
アンカース家の保有する軍事力は不明だが、王国軍に周辺貴族までもが敵に回ることを考えれば、一貴族では太刀打ちできまい……。
そうなった時、リリーはネストを見捨てられるのだろうか?
俺を頼るのは構わない。手を差し伸べるのはやぶさかではないのだが、王国軍がノーピークスに攻め入ったとして、その情報をこちらが掴むまでにどれだけの時間を要するのか……。
また、その後援軍を送ったところで間に合うのか……。
不確定要素が多すぎる。
「悩むほどのことか? 要は、王女様の裏切りが有耶無耶になるほどの混乱を招いてしまえばよいのじゃろう?」
「なんだ? 無差別殺人をしろとでも言い出すつもりか?」
「やりたいなら止めはせぬが?」
「冗談だよ……」
わかっているクセに……。
とはいえ、それ以外には思いつかないのも事実。
魔法書は返ってきたのだ。再び金の鬣をよみがえらせれば混乱など容易い事だが、他に策があるのなら、それに越した事はない。
「幾つか方法はあるが……。犯罪になる方とならない方。どちらが良い?」
「ならない方に決まってんだろ……」
「ならば、建国じゃな」
「…………は?」
それ自体に問題はない。むしろ推奨しているくらいだ。
エルザは、王族や貴族に良いイメージを持っていない。彼等は国の為なら平気で人を裏切るのだと、忠告を受けたくらいだ。
当然それはリリーにも適応されていて、コット村での受け入れには難色を示していた。
ならば、腹を割って話し合ってみればいい。そう提案したのは俺である。
その甲斐あってか、部屋の雰囲気は悪くない。多少の緊張感を漂わせているものの、2人の表情は対立とは程遠い穏やかさだ。
「おはようございます、リリー様。体調の方はいかがですか?」
「はい。身体が軽く感じるとでも言いましょうか……。それくらいには好調です。全ては九条様のおかげ……。この度は私などの為に尽力下さり、感謝の念に堪えません」
別にそのままでも構わないのに、わざわざ立ち上がってまで頭を下げたリリー。
「いえいえ。やめてくださいリリー様。そんなに畏まらずとも……。魔法書は返していただきましたし……」
エルザとの対話で何があったのかは知らないが、いつものリリーとは違うような……。僅かに覚える違和感。
そもそも俺を呼ぶのに敬称など付けなかったはずだし、何よりよそよそしさが全開だった。
まぁ、一度は突き放した身だ。他人行儀な感じがするのは、その所為もあるのだろう。
「エルザは、どこまで話したんだ?」
「大体の事は話した。お主が、異世界人であることもな」
「そうか。助かるよ」
リリーの今後については、本人の口から聞く事になるだろうが、その為にもまずは俺の全てを知ってもらう必要がある。
その証明にと、エルザには転生者に対する調査資料の借用をお願いしていたのだが、目の前のテーブルに置かれている紙の束こそが、まさにそれであった。
俺がこの世界に転生する5年も前から積み上げられてきた調査報告書。その信憑性は高いどころか、本人のお墨付きである。
勿論隠しておくことも可能だろうが、フェアじゃない。
リリーにとっては、人生がひっくり返ってしまうほどの重要な分岐点になるはずだ。
判断材料は、多いに越した事はないだろう。
「フードルの事もか?」
「勿論じゃ。アンカースの御令嬢から聞いておったそうじゃぞ?」
「まぁ、そこまで聞いてるのなら、俺が言う事は何もないか……」
チラリとリリーに視線を向けると、露骨に目を逸らされる。
その反応は嫌われているというより、どちらかと言うと恥じらっているようにも見えるのだが、何かしただろうか……。
「あ……」
思い出した。ダンジョンにて、リリーに服を脱げなどと命令していたことを……。
自分の裸を見られているのだ。そりゃ、恥ずかしくて当然である。
後で謝罪をしておこう……。
「で? 単刀直入にお聞きしますが、リリー様はこれからどうなさるおつもりで?」
「はい。出来れば、このまま村で受け入れてもらえればと……」
リリーを縛る呪詛はなく、監視もいない。それは、紛れもないリリーの真意。
エルザが無言で頷いている所を見るに、折り合いはついているのだろう。
「勿論、迷惑であることは百も承知です。ですので、私は王族を辞するつもりです」
「えぇ!? いやいや、そこまでしなくても……。住む世界が違うとは言いましたが、アレは突き放す為にもっともらしいことを言っただけで、本心では……」
「いえ! これが私に出来る、精一杯の誠意ですからッ!」
突然の爆弾発言に、リリーの覚悟は嫌というほど伝わってきたが、どうやらそれだけでもなさそうだ。
確かに信頼回復という意味では、王族を辞めるという選択肢は有効だ。勇気ある決断だとは思うが、一歩も引かぬ強気な態度には若干の不自然さも感じた。
「あぁ、なるほど……。王族じゃなければ派閥にも迷惑が掛からないから……ということですね?」
呪詛の大元である呪術師とグリンダが死に、リリーはいつまでも帰らない。
当然、俺の側へと寝返ったと考えるのが自然であり、その責を負うのはリリーに近しい者達だ。
リリーが王族との関係を断ち、派閥が解散することになれば、ネストやバイスを守れると考えたのだろう。
「……確かにそういう意図も含まれています。私が帰らなければ、ネストとバイスが処罰の対象となる……。勿論、2人は私が帰らない事を知っています。恐らく今頃は王都を脱出し、自領へと戻っている頃でしょう。ですが、万が一に備え王家との関係は断っておきたい……」
俺としてはどちらでも構わない。王族であろうと、そうでなかろうと受け入れるつもりだ。
それだけの理由があるなら、無理に止めはしないが……。
「ふむ……。悪くはないが、ちと弱い気もするのう……」
「……そうだな……」
どうやらエルザも俺と同意見らしい。
確かにリリーと王族との関係はなくなるが、全てがゼロになる訳じゃない。
何もしないよりはマシなのだろうが、因縁生起。人との縁は簡単には切れないということだ。
「ネストとバイスだけなら何とかなるが……」
個人的な受け入れは可能だが、そう簡単な話じゃない。
コット村は現在アンカース領ではなく、王国領として扱われているらしい。
俺の禁呪使用を知りながらも、黙認していた事への処罰として領地を没収されたかららしいが、恐らくは騎士団等の派遣に干渉されるのを防ぐための口実。
ならば、今回も同じような処分を下される可能性が高いだろう。
アンカース領最大の都市であるノーピークスは、肥沃であり王都も近い。
ネストの裏切りを仮定した場合、そこが敵国へと変貌する事を考えると、領地の没収はあり得ない話ではない。
その時、ネストがノーピークスを明け渡すかと問われれば、恐らくは否だ。
ネストが、ノーピークスの領民たちにどれだけ慕われているのかは、俺も良く知っている。
アンカース家の保有する軍事力は不明だが、王国軍に周辺貴族までもが敵に回ることを考えれば、一貴族では太刀打ちできまい……。
そうなった時、リリーはネストを見捨てられるのだろうか?
俺を頼るのは構わない。手を差し伸べるのはやぶさかではないのだが、王国軍がノーピークスに攻め入ったとして、その情報をこちらが掴むまでにどれだけの時間を要するのか……。
また、その後援軍を送ったところで間に合うのか……。
不確定要素が多すぎる。
「悩むほどのことか? 要は、王女様の裏切りが有耶無耶になるほどの混乱を招いてしまえばよいのじゃろう?」
「なんだ? 無差別殺人をしろとでも言い出すつもりか?」
「やりたいなら止めはせぬが?」
「冗談だよ……」
わかっているクセに……。
とはいえ、それ以外には思いつかないのも事実。
魔法書は返ってきたのだ。再び金の鬣をよみがえらせれば混乱など容易い事だが、他に策があるのなら、それに越した事はない。
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