生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第559話 勘違いレベル100

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 リリーが目を開けると、そこには見た事のある天井が広がっていた。
 過去、僅かな期間ではあるが寝泊まりしていた場所。思い出深かった部屋でもある為、リリーはそれを思い出すのに数秒とかからなかった。
 何故自分がここにいるのか……。それを考える間もなく視界の中にひょっこりと現れたのは、ミアである。

「あ、起きた! リリー様、おにーちゃんを呼んでくるからジッとしていてくださいね! 白狐はちゃんと見張っててね?」

 返事をする間も無く、部屋を出ていくミア。
 長い髪を靡かせたほんの一瞬、視界の隅に捉えたのはキツネを模した白い髪留め。
 リリーは、それに違和感を覚えた。

(あの髪留め……最後に見たのは何時だっただろう……。確か、ドレスに合わないからと……)

 不自然なほどの輝き。それに、自分の記憶より若干形が変わっているような気がしたのだ。

(そうだ……。ニールセン公のお屋敷……。確かアレックスの結婚式で……)

 リリーは、そこまでを朧気に思い出しハッとした。
 自分を守ると言った時の九条の顔が鮮明に浮かび上がり、連鎖的に自分が気を失う前。つまりダンジョンでの出来事を思い出したのだ。

「――ッ!?」

 身体を起こし、辺りを見渡す。
 はっきりと覚えている間取り。魔法学院の試験で使用したコット村の宿舎。
 更に言うなら、自分が使っていた3階の一室。そこは当時と何も変わっていなかった。

(死んで……ない……? 解呪に成功したから……?)

 視界も鮮明。少々の気だるさを覚えるも、死への恐怖は消えていた。

(いや、まだ安心はできない……。アンデッドとして新たな生を受けた可能性も……)

 普通ならそんな思考には至らないが、九条ならそれが可能だからタチが悪い。

 とはいえ、その確認は簡単だ。
 魔法学院でも魔物学の授業で習うアンデッドの特徴の1つ。それが痛覚の有無。
 リリーはおもむろに、自分の頬を抓った。

「……いひゃい……。いひてるかも……」

 ヒリヒリと痺れる頬をさすりながらも、ひとまずは生きているであろうことに安堵したリリーは、ホッと一息。
 心配そうに近寄って来た白狐に微笑みかけ、その鼻筋を優しく撫でると、今度はゆっくりと立ち上がる。

 思ったよりも力の入らない脚。白狐に支えてもらいながらも、開け放たれた窓の傍へ近づくと、そこからは村が一望できた。

「コット村も、随分と変わってしまいましたね……」

 西門同様、東側にも見える巨大な防壁。そこは、商人達が荷車の列を作るほどの盛況ぶり。
 ネストから関所として機能する旨は聞いてはいたが、その規模はリリーが思っていた以上。
 そして正面に見える南側では、アンデッド達が土木工事の真っ最中だ。
 その数の多さもさることながら、大規模な開拓は肉眼で村の端が確認できなくなっているほどである。

「あっ! 王女様だ! おーい!」

 聴こえてきた声に視線を向けると、そこには大きく手を振る子供たちと、その母親だろう大人たちの姿。
 条件反射的に笑顔を作り遠慮がちに手を振り返したリリーではあったが、そこに集まっていた者達が紡いでいたのは、西門で見た鉄の茨だ。

「――ッ!?」

 リリーはそれに、酷く胸を痛めた。
 自分の兄であるアルバートが九条を追い詰めなければ、こんな事にはなっていなかった。
 記憶に残る長閑なコット村は既になく、村人たちは農作業より防衛装備品の製造を優先している。
 雰囲気こそ悪くはないが、平和な村とは呼べない景色。
 皆が自分の居場所を守る為にと団結している姿に、リリーは嘆かずにはいられなかった。

 顔を引きつらせないようにと注意を払いながらも、窓から逃げるように離れたリリーが振り返ると、そこには見知った老婆が立っていた。

「一応ノックはしたんじゃがのぉ……」

「あなたは……」

 エルザは、遠慮なくズカズカと部屋に押し入ると、テーブルに大きな杖を立て掛け備え付けの椅子に腰かける。

「改めて自己紹介といこうか……。ワシの名はエルザ。少々闇魔法に詳しいだけの老いぼれじゃ。ちょっとした組織の代表を任されてはおるがな……。まぁ色々と聞きたいこともあるじゃろうが、九条の秘密を知る者の一人とでも言っておこうかの。イッヒッヒ……」

 何処からどう見ても怪しい老婆。しかし、リリーは見た目で判断するようなことはしない。
 何より九条に力を貸し、呪詛の解呪を手助けしてくれた者だ。

「ありがとうございます、エルザ様。一個人としてではありますが、お礼を申し上げさせていただきます」

 そのまま素直に頭を下げたリリー。
 エルザはそれに、素直に感心した。

「なるほど……。どうやら、オルクスの報告に偽りはなさそうじゃの……」

「オルクス……?」

「お主等をハーヴェストまで送った海賊の男がいたじゃろう?」

「あの時の――ッ!?」

 九条の処刑に間に合わなかった事で、若干の後ろめたさを感じていたリリーではあったが、それだけでエルザがどういう人物なのかを理解した。
 コット村に住むことを許可されていて、闇魔法にも精通している。更には九条が助けたという海賊にも顔が利くほどの人物だ。

「九条の御祖母様おばあさまとお見受けしますが、違いますか?」

「そうであれば、理想の孫だったじゃろうが、残念ながらハズレじゃよ」

 血統による適性の継承は珍しい事ではなく、親族であるなら九条の秘密を知っていてもおかしくはないという発想だったが、当然かすりもしていない。

「ならば、九条の師……。そうでしょう!?」

 その自信は何処からくるのかと言わんばかりのリリーのドヤ顔には、流石のエルザも苦笑い。

「それも、ハズレじゃ」

「……」

 自分では鋭いと思っていた観察眼も不発に終わり、意気消沈してしまったリリーは、もう片方の椅子に腰かけると、力なく項垂れ何も喋らなくなった。

「そろそろ九条が来るはずじゃが、その前にお主には色々と言っておかねばならぬことがある」

「……覚悟は、しています……」

 いよいよ本題かと、身構えるリリー。
 当然だ。リリーはまだ王族であり、今回の問題を引き起こしたであろうアルバートの妹。
 九条は恨んでいないと言ってくれたが、他の者がそうであるとは限らない。
 それは、大勢の盗賊の中に1人だけ人格者がいたとしても、盗賊に対するイメージが変わらないのと同じこと。
 コット村の村人だって、現状を憂いている者も少なからずいるはずだ。

(恐らくそんな者達の筆頭が、このエルザという女性……。九条に与してはいるが、慎重派。私が村で受け入れてもらうには、彼女の理解が必要不可欠。私は試されている……)

「まぁ、そう怖がることはない。簡単な擦り合わせじゃよ」

「擦り合わせ……ですか?」

「ワシも人の事は言えんが、九条も色々と秘密のある男じゃからな。それを知れば、九条に対する価値観が変わるかもしれぬぞ?」

「禁呪以外に、何か秘密があるとでも? ……ですが、たとえそうであったとしても九条は九条。受け入れてもらえるのなら、どんなことでも……」

 リリーには見当がついていた。恐らくは魔族を匿っている事だろうと……。

「ほう。殊勝な心掛けじゃな……。ならば、約束してはくれまいか? 九条の秘密を知っても、ワシ等の邪魔だけはしないと。ワシ等もお主と同様、九条の力に惚れこんだ者の一人。影ながらではあるが九条を支え、九条の為なら全てを賭ける覚悟がある。お主にその覚悟があるのか?」

「勿論です!」

 エルザに向けられたリリーの視線は本物だ。嘘偽りのない力強い瞳。
 王族に未練はない。それを辞してでも、九条には自分の気持ちを知ってほしかった。
 それが、リリーの決断であり覚悟だ。

 しかし、コレは村の受け入れを審査する面談ではない。リリーは、勘違いをしていたのだ。
 エルザの言うワシ等とは、村人たち……ではなく、当然ネクロガルドという意味である。

「流石に呪術による制約は可哀想じゃからな。ひとまずは王女様を信じようじゃないか……」

「ありがとうございます! それで、九条の秘密というのは……」

「九条は、別の世界から来た転生者なんじゃよ」

「……え?」

 聞き間違いではないかと思った。フードルの事であれば、涼しい顔で聴き流せる自信があった。
 しかし、エルザからの予想外の言葉に、リリーは石像のように硬直してしまったのだ。
 この世界においての転生者が、何を指すのかを知らぬ者はいない。
 それは、教会でも語り継がれる伝説。ミンストレルがこぞって詠う英雄譚でもある。
 動きを止めながらも、リリーの思考はフル稼働。
 それが3分程過ぎた頃、ようやくリリーは再起動を果たした。

「……九条が……勇者……様……?」
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