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第549話 望まぬ初陣

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「リリー姫殿下、御出陣ッ!」

 王城の南門が音を立てて開かれると、辺りに鳴り響くファンファーレ。
 沿道を埋め尽くす民衆からは、それをかき消してしまうほどの大歓声が巻き起こる。
 先頭の白馬に跨り城門を潜り抜けたのは、立派なハーフプレートの鎧を纏った第4王女のリリー。
 麗しくも凛々しい顔立ちで、真っ直ぐ前を見つめる姿はまさに威風堂々。その内心とは裏腹に、微塵も不安を感じさせることなく沿道の子供達に笑顔を振り撒く余裕すら見せている。
 その両脇を固めるのは、ガルフォード卿と近衛隊長のヒルバーク。更には後続に続く1人の貴族と40名の騎士達は、全てアルバートの手の者だ。

「少し見ないうちに、リリー様もご立派になられて……」
「なんでも、魔王に騙されていたリリー様を、アルバート陛下がお救いになられたとか……」
「その報復にと自らが立ち上がるとは……。流石は姫騎士と謳われるだけはある」
「崩御なされたアドウェール様に加え、巨大魔獣騒ぎ……。この先、一体どうなってしまうのかとも持ったが、これなら王都も安泰だ」
「……だが、いくらリリー様とはいえ、相手は魔王。アルバート陛下がそれを許すとは思えんが……」
「きっと我々庶民には、想像もつかない崇高なお考えがあるのだろう……」
「あの強大な魔獣を倒したというアルバート様直属のギムレット騎士団が付いているのだ。きっと吉報を持ち帰って来るに違いない」

 バイスとヒルバークの顔が曇って見えるのは、気のせいではない。
 聞きたくなくても聞こえてしまう沿道からの声に、反論したいところではあるが、それは許されてはいないのだ。
 今回の遠征の成否はリリー次第。ある程度の自由が許されてはいるが、それは全て報告されることになる。
 そのいかんで、未だ囚われの身となっているネストの運命が決まると言っても過言ではない為、下手な行動をとる訳にはいかない。

「民の期待を裏切ってしまうと思うと、気が重いですね……」

 大盛況の中、リリーたち一行が王都を出ると、毅然としていたリリーの態度は一変。
 馬の首にもたれ掛かり、最早やる気の欠片も感じられないだらけ具合。
 言うなれば分かり切った負け戦だ。騎士団を連れてはいるが、そもそもリリーに武力行使をする気はなかった。

「同感です。私には着地点の見当もつきません」

「かと言って、戦ったところで勝てる気もしねぇけどな。一体どうすりゃ正解なのか……」

 街道の石畳を叩くリズミカルな蹄の音に混じり、2人から漏れ出る溜息。
 本来であれば、アルバートに過ちを認めさせたうえで交渉に赴くという順序をなぞるべきなのだが、アルバートに考えを改める気はなく、かと言って先に九条を説得するというのも筋違い。
 到底受け入れられないだろう事もわかってはいるが、現状のコット村がどうなっているのかを確認できるいい機会でもあると、リリーは考えていた。

「で? 結局どうするおつもりで?」

「謝罪は当然でしょう。 謝って許される範囲はとっくに超えてしまっていますが、九条から出された条件は全て呑むくらいはしなければ……」

「甘いですねぇ。そんなことで、本当に魔王を倒せるのですか?」

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらも、後方から馬を寄せてきたのはオーレスト侯爵。
 魔法学院では、リリーやアレックスとの級友でもあったブライアンの父である。
 白髪交じりの中年男性。息子同様ふくよかな体つきは、とてもではないが戦えるとは思えない。
 故に一人だけ鎧を着ていないのは場違い極まりないのだが、それは彼に合うサイズの鎧がなかったからではなく、リリーの監視役として派遣されているからだ。

「お呼びじゃねぇんだよ。素人はすっこんでな」

 爵位で言えば、バイスよりもオーレストの方が格上だ。
 にも拘らず、バイスは自分の苛立ちを隠そうともせずオーレストを睨みつけ、更には道端に唾を吐き捨てた。

「ガルフォード卿、態度がよろしくありませんな……。アンカース卿がどうなってもよろしいと?」

 監視役の機嫌を損ねれば、当然そうなる事は承知済み。
 そして、リリーがバイスに苦言を呈するのがいつものやり取りではあるのだが、今回ばかりは違った。

「黙りなさいオーレスト! やり方は私達に一任されています」

「――ッ!?」

 先程までのだらけ具合が嘘であったかのような叱責を飛ばすリリー。
 想定外の反撃に、オーレストは言葉を詰まらせた。
 第4王女派閥の力が弱まったとはいえ、リリーが王女な事に変わりはない。
 リリーがその気になれば、アルバート以外、誰も逆らうことは許されないのだ。

「……失礼しました……。ですが、目標はあくまで魔王の討伐。それだけは、肝に銘じておきますよう」

 そう言い残し、後方へと下がるオーレスト。
 それに気を良くしたバイスが満面の笑みを浮かべたのも束の間、リリーの真剣な表情に内心慌てて笑顔を消した。

 大事の前の小事。浮かれている場合ではないのは、誰もがわかっている事だ。
 リリーがいくら頭を悩ませようと、平和的解決の糸口すらつかめていない。
 結局は九条の出方次第。話し合いに応じてもらえるかすら怪しい状況である。
 自分達だけならばいい。しかし、騎士団を連れての来訪となれば、リリーに争う気はなくとも誤解される可能性は高い。

(勘のいい九条なら、気付いてくれるかもしれない……。何故ネストだけがいないのかを……)

 しかし、気付かなければどうするのか……。監視の前での安易な発言は命取りだ。

 そのまま暫く無言を貫き、幾つもの可能性を模索するリリー。
 そこで考え方を180度変えてみた。九条をどうにかするよりも、オーレストと騎士団をどうにかした方が早いんじゃないかと……。
 とはいえ、現状では多勢に無勢。リリーにバイスにヒルバーク。3人だけでは荷が重い。

(わざと九条に戦いを挑めば、私達以外を狙ってくれたりは……。いや、リスクが高すぎますね……)

 可能性はなくはない。しかし、リハーサルなしのぶっつけ本番。確実性には欠ける。

(そうだ! カガリ! カガリが出て来てくれれば!)

 カガリが嘘を見抜く事は知っている。ならば、堂々と敵対して見せればいいのである。
 誰にもバレることなく、九条にだけ自分の意図を伝えられる唯一の手段だ。

 暗雲立ち込める状況に光明を見出し、リリーは僅かに表情を緩め、バイスとヒルバークはその一瞬を見逃さなかった。
 それが、何なのかまではわからない。しかし、リリーの瞳に宿った光は、事態が好転したのだろうと思わせるほどの変化だった。
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