生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第542話 フラグメントとエスペランサ

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「……遅すぎる……」

 フラグメントとエスペランサが囲んでいた焚き火は既に消え、出撃の準備は終えていたのに、ハイス・フィアンマからの合図は未だにない。
 皆の視線がバルドに集まるも、当の本人は険しい表情で唸っていた。

「このまま待機か、様子を見に行くか、出直すか……」

「出直すのは無しだ。こっちは、リーダーがやられてるんだぞ!?」

 バルドの提案に不満の声を上げたのは、エスペランサの神聖術師、ミック。
 仲間を失った恨みを晴らすべく、やる気は十分といったところ。

「わかってるよ。ひとまず様子を見に行くしかないな……。まさか、あれだけの大口を叩いておいて、門の制圧もままならないなんてことは無いとは思うが……」

 不安は的中するものだ。ハイス・フィアンマの待機場所に来てみれば、そこは既にもぬけの殻。
 ギリギリ視認できるかどうかのコット村の入口は、戦闘をしているとは思えないような静けさだ。

「ハイス・フィアンマの奴ら……。もしかして、逃げたんじゃあるまいな……」

「ミック……。アイツ等が嫌いなのはわかるけど、流石にそれはなくない? あんなのでも一応、第1王子……じゃなかった。王様のお抱えよ?」

 そんな二人の前に、手を伸ばすバルド。
 それは仲裁というより、制止としての意味合いが強い。

「静かにしろ。門番のデスナイトがいない。……エレノア。トラッキングに何か反応は?」

「気味が悪いくらいに何もないよ。逆に罠を疑っちゃうけど、侵入のチャンスであることは確かかな……」

「おい。お前等、ちょっとこっちに来てみろ……」

 更に進んだ先で仲間を呼んだ、ロドリゲス。
 小さく手招きをしながらも、その視線を自分の足元から逸らさない。

「コイツをどう思う?」

「これは……」

 月明かりに照らされた街道。その片隅に残されていたのは、大小様々な血痕だ。
 バルドは手甲を外すと、躊躇なくそれに触れた。

「……時間的に、可能性はあり得るな……」

 糸を引く程度の粘性。温かくはないが、固着してもいない。
 その量は、人が1人や2人亡くなっていてもおかしくはなく、状況的にそれがハイス・フィアンマのものだと言われても、疑うのは難しいタイミングだ。

「デスナイトを倒し、その後魔獣との戦闘で致命傷を負った……。楽観的に考えるなら、何とか逃げ出し隠れて治療の真っ最中――ってところだが、最悪を考えれば全滅……か?」

「全滅だろうな……。これだけのケガだ。逃げたにしても、辺りに続く血痕がない」

「だとしたら、遺体は?」

「さぁな。禁呪を使う死霊術師ネクロマンサーなら、今頃はゾンビかスケルトンじゃないか?」

 バルドとロドリゲスが、現状を考察し話し合う中、ミックは1人ハイス・フィアンマに起こった不幸を嘲笑う。

「へへっ……ざまぁねぇな。ガロンの野郎、フォボスをバカにしたから天罰が下ったんだよ……」

「ミック……。気持ちはわかるが、今はやめとけ……」

 その発言に皆が不快感を覚えた、その時だ。

「皆隠れて! トラッキングに反応が!」

 エレノアの声を聞き、森の中へと飛び込む冒険者達。
 暫く様子を見ていると、村の防壁の上から姿を見せたのは、1人の魔族と人間の女性。

「魔族ッ!? 報告書にはなかった!」

「静かにしろ、ミック! 相手は魔王と呼ばれているんだぞ? 可能性は十分予想できただろう?」

 魔獣に魔族に魔王。最早絶望的とも言える状況だが、バルド達には秘策がある。

「本当に大丈夫なのか? お前達の知り合いが村に潜伏してるって……」

「潜伏は言い過ぎだ。昔の仲間がいるかもしれないってだけだよ。なぁロド?」

「うむ」

 不敵な笑みを浮かべるバルドに呼応するかのように頷くロドリゲス。
 これ見よがしに背負い直したリュックからは、ガラスの擦れたような音が聞こえ、ミックはそれを訝しげに見つめていた。

「それにアレを見ろ。俺達は運がいい……」

 暫くすると、魔族の方は村の奥へと引っ込み、防壁の上に残っていたのは人間の女性ただ一人。

「もしかして……、アイツがそうなのか!?」

「あぁ。そのまさかだよ」

 バルドはそう言い残し皆に待機を命じると、1人森を出て行った。

 街道を歩き、無防備にもコット村の門へと近づいて行くバルド。
 そこに響いたのは、聞き覚えのある女性の声。

「……ストッープ。こんな時間に何の用? それ以上近づくと、命の保証は出来ないわよ?」

「久しぶりだな、アニタ……。元気そうじゃないか」

「その声……、もしかしてバルド!?」

 アニタが自分を忘れていなかったことに安堵し、無垢な笑顔を見せるバルド。
 敵意など微塵も匂わせないその表情は、ある意味本心でもあった。

「ああ、俺だけじゃない。フラグメントの仲間達も来てるんだが……。少し話せそうか?」

「……でもアンタら、九条の討伐に来たんでしょ?」

「まぁ、名目上はそうなんだが、アニタに似た奴をコット村で見たって奴がいてな。どっちかっていうと、そっちの方が気になっていたんだ」

 バルドは、嘘は言っていない。今はまだ大人しくしている時期である。
 魔王の討伐。その結果を出す為にも、アニタから得られるであろう情報は重要だ。
 袖すり合うも他生の縁。一時的ではあるが、仲間だったことに変わりはない。
 アニタの現状によって、臨機応変にやり方を変える。既にいくつかのパターンは、フラグメントで周知済みだ。

「俺達が村に入れないなら仕方ない。だから、アニタが降りて来てくれないか? ここで話してもいいんだが、こうしていると首が疲れちまうし、うるさくしたら村人にも迷惑が掛かっちまうだろ? 大丈夫、危害を加えたりはしない。一時的な休戦みたいなもんだ」

 今はまだ……という前提条件は付くが、アニタが降りてくるであろうことは予想していた。
 勝手に姿を消した罪悪感。更にはギルドからマナポーションを奪っていた前科がある。
 ギルドに死亡報告の取り下げはしておらず、別の名で冒険者を続けているのであれば、二重登録と見なされ罰則の対象。
 冒険者を続けたいと思うのであれば、それらの告発は困るはずだ。

 とはいえ、アニタの立ち位置は不明。
 九条に弱みを握られ、仕方なく従っているだけなのか、その身も心も魔王に忠誠を誓っているのか……。
 村から離れることを禁じられている可能性も鑑みれば、その返答には時間を要する――。そう思っていたバルドであったが、それは意外にも即答であった。

「いいわよ。外出許可だけ貰って来るから、ちょっと待ってて」

 悩む素振りすら見せず、そのまま姿を消すアニタ。
 実はそれが罠であり、魔獣達を引き連れて戻って来るかと思いきや、遠慮がちに開いた門から出てきたのは、アニタ1人だけだった。
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