生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
上 下
533 / 633

第533話 涙の力

しおりを挟む
 異変を察知し外へと出たフードルが見たものは、戦慄するほどの畏怖と目を背けたくなるほどの絶望だった。
 薄暗い闇夜に、突如として出現したスケルトンロード。自らの身体が薄っすらと発光しているのは、その膨大な魔力故だろう。
 上半身しか出ていない巨大な身体。ゆっくりと持ち上げた錫杖からは、毒々しい色の濃霧が降り注いでいたのだ。

「イカン! 村人を避難させろッ! 瘴気に巻き込まれるぞッ!」

 フードルの声を聞き、散開していく従魔達。
 それに長時間晒されようものなら自我は崩壊、瘴気は血に成り代わり、アンデッドと化し傀儡として現世を彷徨う事となる。

 今の九条を見れば、過去の勇者がどれだけ異常であったのかが理解出来る。それは、明確な悪がいないこの世界には過ぎた力だ。

(それを知らずに……いや、知っても尚敵に回そうというのだ……。やはり人は愚かであると言わざるを得んな……)

 勝敗の結果などわかり切っている。フードルは、九条の心配など微塵もしていなかった。
 問題なのは、それだけの力を振るう状況となってしまった事の経緯だ。
 犠牲者を出してしまったであろう可能性も考えられるが、手加減の難しい強敵が紛れていた可能性も考えられる。

(巻き込まれるのは御免じゃが、遊撃の為前線へと赴くべきか、待機を継続するべきか……)

 勇ましい男達の怒号が毛色を変え、徐々に悲痛な叫び声が混じり始めた頃、頭を悩ませるフードルの耳に微かに届いた娘の声。

「お父さんッ!」

 駆け寄るその背に担がれていたのは、半身氷漬けのシャーリーだ。

「――ッ!?」

 それを見たフードルは、一瞬で状況を把握した。
 不自然なほどに赤い氷。血液そのものを魔法の力で凍結させる止血法を教えたのは、紛れもない自分である。
 急ぎポケットから取り出したのは、くすんだ金属製のスキットル。
 その中身を一気に飲み干すと、シャーリーの胸元に手を伸ばす。

「【停滞領域ステイシスフィールド】!」

 それは、任意の対象を時の流れから隔離する魔法。一時的ではあるがシャーリーの時間を止めたのだ。
 時間を操作するほどの魔法ともなれば、当然大量の魔力を消費する。
 それは魔族のフードルであったとしても、予備のエーテルを使い切ってしまうほど。

「持って数分! ミアッ! 神聖術の使い手を集めろッ!!」

「皆! おねがいっ!」

 こっそりと様子を見に出てきていたミアがカガリから飛び降りると、魔獣達はギルドの職員達を集めに走り、ミアはそのままシャーリーの傍で膝を付いた。

「ひどい……」

 その顔が歪んでしまうのも当然だ。ギルドの基準に照らし合わせれば、それは既に手遅れと呼べるもの。
 複数のケガ人が出ていれば、諦めて助かる見込みのある者の治癒に回れ――と、言われてしまうレベルである。

 所謂、袈裟斬り。鎖骨を砕き動脈を傷付けることで、失血死を狙う殺傷力の高い剣技。
 即死には至らずとも、血液の循環が滞ることは間違いなく、奇跡的に回復したとしても障害が残ってしまう場合が殆どだ。

「ギルドに、完全回復術コンプリートヒールを使える奴は?」

 フードルの質問に、首を横に振るミア。
 肉体の損傷を復元する魔法は3つ。弱い物から、回復術ヒール強化回復術グランドヒール、そして完全回復術コンプリートヒール
 ギルド職員で、且つ神聖術に適性があれば、殆どの者が強化回復術グランドヒールまでを習得している。
 だが、それ以上は一握り。ギルドの本部、ヴィルザール教団、又は国家のお抱えが当たり前だ。

 従魔達は、僅か数分で戻って来た。
 ソフィア、ニーナ、シャロン、グレイスの4人は、横たわるシャーリーを見て表情を一変させる。
 自分達が連れてこられた理由を把握するには、それだけで必要十分だ。

「シャーリーさんッ!」

 皆がシャーリーを取り囲み、両手をかざす。

停滞ステイシスが解けるぞ! ありったけの魔力を込めろッ!」

「「【強化回復術グランドヒール】!」」

 シャーリーを覆っていた魔力の層が消えると、一斉に放たれた回復魔法。
 5人同時ともなれば、その効果は確かに目に見えて現れていた。
 パックリと割れた肉体を縫い合わせるよう、裂傷はゆっくりと塞がっていく。

 ――しかし、それでだけでは足りなかった。

「ダメッ! 間に合わないッ!」

「ニーナ! 諦めないでッ!」

 時間を掛ければ、肉体の損傷は確実に修復できる。だが、回復術では失った血は戻らないのだ。
 出血が致死量を超える前に、傷口を塞ぎきらなければならない。
 皆、頭の中ではわかっていた。奇跡でも起きない限り、シャーリーが帰って来ることはないだろうと……。

「お父さん! どうにかならないの!?」

 しがみつくアーニャに、フードルは顔を歪め、唇を噛み締める事しか出来なかった。
 シャーリーは、アーニャが真の名を語れるようになってから、初めて気を許す事が出来たであろう友人だ。
 更には年齢もそう遠くはなく、アーニャの過去を知りつつも、それを受け入れている貴重な存在。

「助けてやりたいのはワシも同じ……。じゃが……」

 魔族に神聖術の才はない。仲間が傷つけば、魔力を分け与えればいいだけだ。
 フードルに出来る事と言ったら、先程同様の延命処置が精一杯。それも残された魔力では、数十秒が限界だ。
 それでも何もしないよりはマシなのかもしれないが、儚く消えゆく命の灯火を雀の涙ほど延ばしたところで、結果が変わらない事は誰の目に見ても明らかだった。


 止血しているにも拘らず、それが意味をなさないほどに溢れ出る鮮血。
 それでも諦めまいと皆が必死で魔力を振り絞る中、突如その手を止めた者が1人。

「ミア! あんたが諦めてどうするの!?」

 魔力切れというには、まだ早いタイミング。信じたくはなかったが、諦めたとしか考えられない。

 ――しかし、そうではなかった。その瞳は、まだ希望を失ってはいなかったのである。

 ミアは深刻そうな表情を天に向けると、自分の胸元に片手を突っ込み、首に掛けていたペンダントを強く引き千切った。

「ミア!? それは……」

 ミアが手のひらに乗せていたのは、流れ落ちた涙を切り取ったかのような、青く澄んだ小さな宝石。
 ミアは、それを両手で握り締めると、祈るかのように目を閉じた。

「……お願い……イリヤスちゃん……。シャーリーさんを助けて……」

 その瞬間、合わされた手の隙間から漏れ出た閃光が、辺りを一瞬にして包み込んだのである。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

処理中です...