生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
上 下
530 / 633

第530話 勇気と無謀は紙一重

しおりを挟む
 辺りが暗闇に支配され時が日を跨ぐ頃、食堂の長い一日がようやく終わりを迎えた。

「よし! これで全部ね」

 レベッカの書いた『閉店後にやる事リスト』に目を通し、満足気に頷いたのはコット村のギルド支部長ソフィア。
 それを見守っていたシャロン、グレイス、ニーナのギルド職員3人娘もホッと安堵の溜息をついた。

「ふぅ。やっと終わったぁ……」

「ギルド受付の延長線上だと思ってたけど、意外と慣れないもんですねぇ……」

 大きく背伸びをしたニーナに、同意するかのように頷くシャロン。
 壁に掛けてあった鍵の束を手に取ったのはグレイスで、それを見せつけるようにジャラジャラと振って見せた。

「後は戸締りだけですね」

 帰宅の支度をして皆が食堂を出ると、そこで待っていたのは村の冒険者カイル。

「お疲れさん」

「あれ? 先に帰ったんじゃ……」

「いや、今日の事、謝っておこうと思って……」

 クロードと揉めてしまった件である。
 村の立場を考えると、騎士団相手に騒ぎを起こすのは得策ではない。にも拘らず、咄嗟に手が出てしまった。
 正義感ゆえの行動ではあったが、結果問題になりかけた事には変わりない。

「私達は別に……。シャーリーさんは?」

「あぁ。シャーリーには許してもらえた。そのシャーリー経由になっちまうが……、九条にも礼だけは言ってもらおうと思って……」

「それがいいかもしれませんね」

 柔らかい笑みを浮かべるソフィア。
 従魔達がいなくなった村の守護にと宛がわれていたのは、武器屋の親父のその親父。……を始めとした、少数精鋭の黄泉帰り部隊。
 時間制限の為、定期的にダンジョンに帰る必要があるが、盗賊を追い払える程度の実力は保証されている。
 食堂では、グラハムがその顔を覚えていたおかげで事なきを得た……と言っても過言ではなかった。


 月明かりとランタンの光が辺りを柔らかく照らす中、静寂とは言い難い虫の鳴き声に耳を傾けながらも帰路に就くソフィア達。
 いつもとは違う村の日常に疲れを見せながらも、それを楽しむかのように、世間話に花を咲かせていた。

「あの騎士……グラハムって言ったっけ? なんか、雰囲気変わったよな」

「そうですね。でもまぁ、あれだけのことがあったんですから、村にも来たくはなかったのかも……」

「え? あの騎士、知ってる人?」

 ニーナが知らないのも無理もない。この場で知っているのは、ソフィアとカイルだけだ。

「ああ。確か、九条がプラチナになったばっかの時だったかな……。派閥の勧誘だかで、村に1度来てるんだよ」

「そうなの? でも、生きてるわよ?」

 ニーナの返しに一瞬の間が空くと、カイルとソフィアは顔を見合わせ吹き出した。

「まぁなんつーか、諦めが早かったからな」

 派閥の誘いに来た者全てが命を落とす訳じゃない。
 簡単な話だ。ノルディックとは違い、グラハムが素直に警告を受け入れただけである。

 当時の事を思い出しながら語るカイルに、笑顔を溢す面々。
 そんな陽気に誘われてか、不気味な雰囲気を漂わせる男達の集団に行く手を遮られた。

「なぁ? 俺らとちょっと遊んでいかねぇ?」

 この村では見慣れない顔の男達。その中に1人だけ知った顔がいたのは、先程食堂で悪目立ちをしていたからだ。
 グラハムに連れて行かれた分隊長のクロードと、そのお仲間の騎士団員である。

「いえ、結構です」

 表情の強張る女性陣。そんな中、私に任せろとばかりに前に出たのはグレイスだ。
 ノルディックの担当を務めていた経験は、伊達じゃない。
 彼等の視線から読み取れる遊びが、何を意味するのかは考えずともわかること。
 村の娯楽はお酒だけ。賭場もなければ娼館もない。そんなところに1ヵ月。鬱憤は溜まって当然だ。

「つれねぇこと言うなよ……。俺達は村を守ってやってるんだぜ? 多少なりともご褒美があってもいいじゃねぇか。一月もいれば、もう仲間みてぇなもんだろ?」

「仲間を自負されるのは結構ですが、それならば私達の意見も尊重して下さいませ。それと、褒美の件は村長にお伺いを立てておきますので、今しばらくお待ちください」

 一部の隙もない完璧な返しに、言葉に詰まるクロードではあったが、その程度で引き下がりはしない。

「むむ……ならカネならどうだ? そこら辺の娼婦よりは高く買うぜ?」

「結構です。恐らく勘違いをしているのかと思われますが、私達はこう見えてギルドの職員なんです。食堂のお手伝いは友人の為で、本業ではございません」

「……だからどうした?」

「……え? ですから、私達がギルドの本部を通じて苦情を入れることも……」

「あぁ、そんなことか。なら、好きにすればいい。こう見えても騎士には貴族の産まれが多くてね。その程度造作もなくもみ消せる」

「――ッ!?」

 クロードの手が伸び、それがグレイスの腕を掴もうとした瞬間、その手を払いのけたのは、またしてもカイルであった。

「やっぱ見てられねーわ……」

「また、てめぇか……」

 額に血管が浮かび上がるほど血を登らせるクロード。
 身分の違いもさることながら、まさかの2回目。食堂の時と同じく、カイルは胸ぐらを掴まれた。
 とは言え、全ての状況が同じとは限らない。
 運良くクロードは帯刀していなかったが、運悪く助けてくれる者もいなかったのだ。

「……雑魚のクセに、中々度胸がありやがる。今、俺達が貴族だと説明したばっかりなんだがなぁ?」

「……すんません……」

「謝るくれぇなら、最初から出張ってくるんじゃねぇ!」

 言い得て妙だが、それも仕方のないことだ。
 カイルは九条とは違う。自分に力がないことを自覚しているのである。
 シャーリーに言われた通り、鍛錬を続けてはいるのだが、成長の度合いは人それぞれ。
 地道な努力は確かに力になってはいたが、才能が開花したとは言えないレベル。
 それでもクロード1人が相手なら、まだ勝てる可能性もあるだろう。勝負は時の運と言っても過言ではない。
 しかし、100人の騎士を相手にするほどの実力があるかと問われれば、正直言ってNOである。
 戦慄も当然ではあるが、カイルは彼等の標的を自分に向けられれば、それで良かったのだ。

「……そうだ。いいことを思いついた。今日はコイツで遊ぶとしよう。大事にしたくなけりゃ、付いて来い」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらも、カイルから手を離したクロード。
 騎士の男達が踵を返すと、カイルはヘタクソな笑顔を浮かべ、ソフィア達に手を振った。

「じゃぁ、ちょっと行って遊んでくるわ。皆は先に帰ってくれていいからさ」

 大事にしない。カイルがそれを信じた訳ではないが、読み通りの展開ではあった。
 恐らく酷い目にあうだろうことは想定済み。だが、それが長くは続かないだろう事もわかっていたのだ。
 野営地には、グラハムがいる。過去の出来事を引き摺っているなら、必ずクロードを止めるだろうと確信していたのである。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

処理中です...