生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第509話 なんでも1つだけ言う事を聞く権利

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「なるほど。それで、国の為に死ねと……」

 俺は国王陛下の降霊の為に呼ばれたのだ。当然それに関係する話だと思っていたのだが、バイアス公の訪問はまるで別の案件だった。
 ヴィルザール教から異端審問官が派遣され、俺の身柄を渡すよう要求。
 少ないながらも招集可能な貴族を集め、協議した結果。俺の遺体を引き渡す事で可決したとのこと。
 俺のいないところで、俺の身体の行方を勝手に決めるな――と言いたいところではあるが、ひとまず状況は把握した。

「陛下の降霊はどうするんです? やることをやってから死ねと?」

「いや、別の死霊術師を手配することになった。こうなってしまった以上、九条殿に頼むわけには……」

 まぁ、そうなるだろう。禁呪の使用を疑われている術師など使えない。強行すれば、国の沽券に関わるといったところか……。
 むしろ、第1王子派閥から見れば、願ったり叶ったりの状況だ。ヴィルザール教と繋がっている可能性も否めない。
 ならば、逃げるが勝ちである。

「では、用事も無くなったみたいなので、帰りますね」

「待ってくれ! 九条殿は我が国を見捨てるのか!?」

 言うに事欠いて見捨てるとは、また大きく出たものである。
 プラチナプレート冒険者として、国の守護を任されるのは理解できる。それ相応の報酬を貰っていれば、命を懸けて戦う事もあるだろう。
 だが、無抵抗で命を捧げるというのは『守護』ではなく、どちらかと言えば『庇護』だろう。
 そもそものベクトルが違うのだ。俺がそこまでする義理はない。

「へぇ……。随分と面白い事を言いますね。見捨てられたのは俺の方かと思ってました」

 共に戦おうと言うならば喜んで手を貸すのだが、人の命で許してもらおうなどと考えている者達と相容れることはない。

「逆に聞きますが、国が俺に何かしてくれましたか? 命を捧げるほどの施しを受けた覚えはありませんが……」

「それは……」

 答えられるわけがない。リリーやネストに個人的な恩はあれど、国からは目を掛けてもらうどころか、迷惑を掛けられた覚えしかないのだ。

「そもそも、国の為なら素直に死んでくれるだろうと思っているその考えが、浅はか過ぎやしませんか?」

「確かにそうかもしれぬ。だが、このままではリリー様が責任を負う事に……」

「――ッ!?」

 卑怯だぞ! ……と、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「……人質……のつもりですか?」

「勘違いしないでくれ! 九条殿が責任を取らなければ、自らが責任を取ると言い出したのはリリー様だ」

 即座に否定するバイアス公。その慌て具合が本心であるのか、それとも演技なのか……。俯きながらも思案する。
 考えなかった訳じゃない。俺の禁呪使用がバレてしまえば、リリーの責任問題になる事は前々からわかっていたこと。
 それを踏まえた上で、リリーは俺を派閥へと迎え入れているのだ。
 だからと言って、自業自得だとバッサリ見捨てるつもりはないが、リリーが素直に俺の禁呪使用を認めるだろうか?
 言い逃れ出来ないほどの証拠を付きつけられれば、素直に認めざるを得ないと言うのもわかる。だが、今回はそうじゃない。
 リリーの性格から、最終的に責任を取ろうとする可能性は大いにあり得るが、まずは否定しできるだけ足掻くのが人の心情というものだろう。

「……直接リリー様とお話しすることはできますか?」

「断る理由はないが、暫く通信術は繋がらないだろう」

「何故です?」

「グリムロックに滞在していた時にギルドを経由して通信したが最後、恐らく現在は海の上。ハーヴェストに到着するまでは難しい」

 こんな時にカガリがいればと悔やんではみたものの、いないのだから仕方ない。

「九条殿。私が、誰にも言わずここへ来た意味を汲み取ってほしい……」

 恐らくは、バイアス公もリリーを犠牲にすることなど本意ではないのだろう。

「もし、バイアス公がここへ来なかったとしたら、俺はどうなるんです?」

「数日後、九条殿の食事に睡眠薬が盛られ、その後地下牢へと連行し尋問。罪を認めなければ裁判の後、極刑が言い渡されることになる」

 正式――と言って良いのかは不明だが、罪人を裁く流れは踏襲されているようだ。
 とはいえ、仕組まれているのは当然。科学捜査のないこの世界で、やっていない事の証明など出来るはずがない。

「聞いておいてなんですが、そんなこと教えてしまっていいんですか?」

「勿論ダメなのだろう。正直、我々には禁呪と呼ばれるものがどれほどの力を持っているのかわからない。だが、仮に九条殿がその力を扱えるのだとしたら、逃げ出すことなど容易いのではないか?」

 なるほど。理に適っている。
 実力行使では勝ち目がない。ならば、誠実に話した方が可能性は高いと踏んで、バイアス公が単独で直談判に来た……。
 俺が逃げ出せばリリーが責任を取り、禁呪使用の言い逃れも出来なくなる――か……。
 流石は公爵と言うべきか、やり辛い相手である。頭ごなしに怒鳴りつけられた方が、反発もしやすかったのだが……。

「……少し……考える時間をください」

「相分かった。色よい返事を期待している」

 部屋を出て行くバイアス公。その扉が静かに閉じられると、俺はベッドに倒れ込み、深い溜息をついた。

「はぁ……どうすっかなぁ……」

 そんな俺の顔を覗き込むミア。その表情は、今にも不安で圧し潰されそうだと言わんばかりに歪んでいた。

「おにーちゃん……死んじゃったり……しないよね?」

 なんとも酷い顔である。それも、俺がハッキリしない所為なのだとわかってはいるのだが、今はその頭を優しく抱き寄せる事しか出来なかった。

 細心の注意を払ってはいたが、来るべき時が来てしまったといった感じだろうか……。
 可能性として考えてはいたのだが、まさかヴィルザール教がその責任を国に擦り付けようとは……。
 俺に一切の責任があるのだから、俺の所に直接来ればいいものを、慎重というか狡猾というか……。

「禁呪の何たるかを知っているとすれば、そりゃ慎重にもなるか……」

 諦めにも似た気持ちを吐露しつつも、顔を傾け部屋の扉をジッと見つめる。

「――すいませーん。お茶のおかわりをお願いしたいんですけどー?」

「……」

 別に喉が渇いていた訳ではないが、その返事は返ってこない。
 ミアと2人。今後をしっかり話し合えとの配慮であるなら、ありがたい限りだ。

「ハァ……。どぉすっかなぁ……」

 最早、溜息製造機。出来れば今すぐ思考を止めて、このまま即身仏にでもなってしまいたい気分である。

「私は、おにーちゃんと離れたくない……」

「勿論、俺もだ。最悪を考えるのはまだ早い。それは、どうにもならなかった時の選択で……」

「なんで? どうにもならなきゃ、諦めて死んじゃうの? 逃げちゃいけないの?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 そりゃ逃げ出せるなら、そうしたい。しかし、俺が失踪すれば、リリーが責任を負うことになる。
 それだけじゃない。当然、失踪した俺を探し出そうと、今度はコット村が標的になりかねないのだ。
 ならば、別の世界から来たので無知であった――と正直に告白し謝罪すればとも考えたが、今となっては極刑を免れたいだけの詭弁と捉えられてしまうだろう。
 勇者降臨という前例があるにはあるが、別に魔王が幅を利かせてる訳じゃない。狂人扱いか、勇者を語る不届き者と罵られるのがオチだ。
 実際、禁呪は使っている。しかし、それを他人に押し付け、自分だけが責任から逃れようなどとは思っていない。
 郷に入れば郷に従え。この世界のルールを破った事に変わりはなく、この時点では最終的に命を差し出すことも視野に入れていた。

「おにーちゃん、キャラバンから従魔のみんなを助けようとしてた時と同じ顔してる。だから、何を考えてるのかわかるよ? なんで、おにーちゃんは全部を守ろうとするの!? なんで、その中に自分は入ってないの!?」

 シワの跡が残ってしまうほどの力で、俺のローブを握り締めるミア。
 全身を小刻みに震わせ憤りながらも、その瞳には涙を溜めていた。

「おにーちゃんの嘘つき! 残された人の気持ちはわかるとか言って、全然わかってない! だから、前に言ってた『なんでも1つだけ言う事を聞いてくれる権利』をここで使います! おにーちゃんは自分の命を第一に考えることッ!」

「――ッ!?」

 ハッとしたと同時に、胸が締め付けられた。そして、その言葉の重さに気付き、自分の不甲斐なさに落胆したのだ。
 自分自身が死に直面した時、誰が悲しむのかを考えていなかった。幼くして両親を亡くしたミアに、同じ苦しみを課そうとしていたのである。
 ミアの事を最優先にと言っておきながら、この体たらく。自己犠牲などもっての外だ。
 ミアの為を思うなら、自分の命を最優先に考えるべきだったのである。

「ミアのおかげで、ようやく気が付けたよ……。確かに俺は、わかっていなかった。だが、安心しろミア。もう悩むのはヤメだ」

 その意味を理解したのか、ミアにはほんの少しだけ笑顔が戻る。

「おにーちゃん……」

 俺は、引っ込まなかったミアの涙を両手で拭うと新たな決意を固め、こう宣言したのだ。

「ミアの為なら、俺は死ねるッ!」

「なんでぇぇぇぇッ!?」
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