生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第506話 誤審

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 王宮の長い廊下を無言で歩く2人は、窓から差し込む陽光が嘘のような陰気を漂わせていた。
 バイアスの表情は険しい一方、アルバートは顔面蒼白。その足取りは重く、まるで覇気は感じられない。
 ほどなくして元居た寝室に辿り着くと、アルバートはおぼつかない足取りで近くの椅子へと腰を下ろした。
 ダラリと伸ばした手足は事切れてしまったかのような脱力感。
 見慣れた天井を見上げながらも溜息をつく。

「……九条は諦めるしかない。そうだろう? バイアス公」

 弱々しく訊ねるアルバートに対し、バイアスは何処か上の空。

「うーむ……。何か打つ手はないものか……」

「何を迷う必要があるのだバイアス公! アイツは感情が読めるんだぞ!? 言う通りにしなければ、僕もバイアス公も全てが終わりだ!」

「確かに仰る通りですが、プラチナの冒険者が不在となりますと、国にとっては大きな痛手に……」

「だからなんだというんだ! 九条の替えは効く。他の冒険者で補えばいいだけだろ!」

 アルバートの言い分も一理ある。
 結局は九条も一介の冒険者。質では劣るが量だけで言えば、アルバート派閥の冒険者も負けてはいない。
 しかし、九条の働きは少ないながらも偉業と言って差し支えはなく、過去に類を見ないほど。それは、無視できるレベルを超えている。

「恐らくは……いや、確実に九条を差し出す事にはなるでしょうが、何か起死回生の一手がないものかと……。与えられた貴重な3日間を有効に……」

「無駄だ! 九条を渡さない限り、この国の未来はない! 先程、バイアス公も言っていたではないか!」

 ヴィルザール教の影響力は絶大だ。教会と敵対することになれば、シルトフリューゲルは愚か世界を敵に回す事になる。
 軍事力の強化に舵を切り始めたスタッグ王国ではあるが、一朝一夕で世界と戦えるほどの戦力を整えられる訳がなく、頼みの綱であるグランスロードからも見捨てられる可能性は高い。

「確かに……。ですが、今すぐにという訳ではありません。当面の心配はシルトフリューゲルだけでしょう」

「何故、そう言い切れる?」

「最悪、世界が我が国を敵と見做した場合の話です。グランスロードの同盟破棄はあり得ますが、かといって元々仲の悪いシルトフリューゲルに付き従うことはないでしょう。サザンゲイアもリブレスとの関係悪化が長引いている関係上、こちらを気にするほどの余裕はないと見ています」

「それには同意するが、シルトフリューゲルに教会勢力が加わるんだぞ? 九条の戒律違反を大義名分に、奴等は確実に停戦協定を破るだろう。百戦錬磨のニールセン公と言えど、押さえ込むには限界が……」

「そこは賭けでしょうな……。今こそ王国の危機であるとアルバート様が皆を奮い立たせれば、フェルス砦の防衛は必ず叶うでしょう」

 ニールセンとノースウェッジが手を組んだように、派閥の垣根を超え全ての貴族達が一丸となる……。
 とは言え、それは理想の話。利益のない出兵ともなれば、ほとんどの貴族が消極的な回答を示す。
 バイアスは、そんな状況に憂いを抱いていた。

(我が国は、決して弱い国ではないはず……)

 不毛な派閥争いに、終止符を打つ。
 バイアスにとって、アドウェールの死はまたとない機会だった。改革を進めるタイミングは、今をおいて他にない。
 その為にも、アルバートには泰然自若を貫いてほしかった。
 曲がりなりにも国王を殺し、自分がそれに取って代わろうとしているのだ。
 経験は人を成長させる。バイアスはアルバートに期待していたのだ。保守的な思考から、一皮剥けるだろうことを……。

「お父様にだって無理なんだ。僕に出来るわけがないだろう!?」

「何を弱気になっているのです……。アルバート様は王になるのですよ? 陛下……御父上を超えてみせると豪語するくらいの気概を持っていただかなねば……」

「わかっている! だから、九条を諦めるんだ! お父様の国葬を成功させ僕の戴冠式をやるには、上辺だけでも教会に従うしかない! 国葬に教皇が派遣されなかったらどうする? その理由を、皆にどう説明するつもりなんだ!?」

 自国だけの問題ではない。国葬には他国からも多くの要人が招かれる。
 教皇不在の国葬となれば、不信感を抱かれるのは当然であり、その場で各国の来賓から糾弾される可能性もあり得る話だ。

「その答えは、3日後になれば自ずとわかることでしょう。結果はわかり切っていますが……」

 残り時間は3日。その間に集められるだけの貴族を招集し、結論を出す必要がある。
 客観的に見れば、九条は切り捨てられるだろう。ほとんどの貴族は保身を優先するはずだ。
 プラチナとは言え所詮は人間。他国への抑止力には違いないが、彼等は本当の九条を知らない。
 反対派に回るのは、第4王女派閥のほんの一握りだけである。

「はぁ……。リリー様にはどうお伝えすればいいものやら……。陛下の崩御に次いで、九条の事までも伝えねばならぬかと思うと……。今から気が重いですな……」

 バイアスの脳裏に浮かんできたのは、九条の事をアドウェールに報告するリリーの姿。
 玉座に座るアドウェールの膝の上で、嬉しそうに話すその表情は、グリンダに嫌がらせを受けていた時の悲壮感漂う作り笑いではない。
 心の底から沸き上がる感情を抑えきれず、無意識に出てしまっているとびっきりの笑顔だ。
 それは、王族であることを忘れていると言っても過言ではなく、絵に描いたような仲睦まじい親子であった。

「……いや、伝える必要はない」

「アルバート様。確かにリリー様の悲しむお顔を見たくはないでしょうが、いずれは知ることに……」

「違う! リリーが九条を庇う可能性もある。国外へ逃げられると厄介だ。どんな手を使ってでもいい。リリーは暫く足止めしておけ。理由は何だっていい。それと、九条に迎えもだ」

「――ッ!? ……御意……」
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