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第504話 盲目のラビオラ
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城内にある礼拝堂は、ヴィルザール神に祈りを捧げる場所でもあり、歴代の王族が眠る場所でもある。
そこに併設されている神秘の間は、来賓の控室として使われることが多い反面、応接室としての機能も備えている為、葬儀に関しての段取りを話し合うのであれば、最も適した場所なのだ。
「失礼する。お待たせしてしまったかな?」
扉をノックし、バイアスとアルバートが部屋に入ると、窓から外を眺めていたであろう教会からの使者がゆっくりと振り向き、軽い会釈をした。
「いえいえ~。まさか会ってもらえるとは思っていなかったので、誠に恐悦至極ですぅ」
女性特有の高い声と、ねっとりとした独特な口調は、僅かに幼さを残しているが、その見た目は想像とは大分違う。
着用している法衣は闇のような黒一色。彼女が少しでも動く度、腰に下げられた金属の鎖がジャラジャラと不快な音を立てていた。
その風貌は、本当に教会に仕える聖職者なのかと疑ってしまうほどであり、アルバートが言葉を失うには十分すぎる衝撃だ。
「……異端審問官……」
顔を歪めながらも、ぼそりと呟いたバイアス。
「おやおやぁ? そちらのお方は私を知っている様で……。光栄ですねぇ……」
すると教会からの使者は、深く被っていたフードを捲り、その素顔を披露する。
「――ッ!?」
年の頃は20前後。全体的にはバランスの取れた顔立ちなのだが、その両目は瞼の上から乱雑に縫い付けられていた。
何度も針を刺したような傷跡と、所々が青痣のように変色している目元。
痛々しいなんてもんじゃない。それは光を感じないよう執拗に綴り合わされていたのだ。
「お見苦しい物を見せて申し訳ない。でも、フードを被ったままでは失礼に当たると思いまして……。あぁ、そんなに驚かないでくださいね。大丈夫、ちゃぁんと見えてますから。じゃないと仕事も出来ないじゃないですかぁ」
クスクスと微笑む彼女は一見すると素敵なのだが、それも顔の下半分限定だ。
「私のコトはぁ……盲目――とでも呼んで下さい。あっ……本名は勘弁して下さいね? そういう決まりなのでぇ」
そんな盲目を、ただ奇異の目で見ていたアルバートに対し、バイアスは心の底から焦っていた。
ヴィルザール教に属するが、一般にはあまり知られていない役職である異端審問官。
戒律の違反者に罰を与える権限を持ち、神に対する反逆や教義に反する異端等、他教を排除することを目的に活動する者である。
端的に行ってしまえば、教会の裏の仕事を請け負う武闘派だ。
そんな異端審問官が謁見を求めてきたのだ。考えられる可能性は多くなく、バイアスにはその見当がついていた。
「……では、そちらにお掛けください」
「失礼しますぅ」
お互いの自己紹介を済ませ、バイアスが着席を促すと、軽く一礼したのちソファに腰掛ける盲目。
その流れで対面にアルバートが腰掛けると、その隣にはバイアスが並び立つ。
「それで、盲目殿。本日の要件というのは……」
「またまたぁ。私が来たんですよぉ? わかってるんじゃないんですかぁ?」
教会の使者とは言え、その口ぶりに不快感を露にするアルバート。
そんなアルバートが口を開こうと息を吸い込んだ瞬間、バイアスがアルバートの肩にそっと手を置いた。
「ええ、勿論存じておりますとも。陛下の葬儀の打ち合わせの為、多忙な教皇様の代理として貴女を派遣して下さったのでしょう? まだ陛下の崩御を公にしていない我々に、便宜を図り秘密裏に謁見を求めて下さるとは……。畏敬の念に堪えません」
それは、盲目の求めていた答えではない。
ポーカーフェイスにはほど遠く、口先を尖らせるその表情は、何処からどう見ても不満気だ。
無論、バイアスはとぼけただけ。自分から口を滑らせる必要はない。
(恐らく、教会の狙いは国宝の魔法書……。300年もの間、行方不明になっていたというのに、まだ諦めていなかったか……)
それは、九条のダンジョンに放置されていたバルザックの魔法書のこと。
禁呪に相当する物であれば、ヴィルザール教の手によって焼かれるのが通例だが、所在不明であった為、今まで焼却を免れていたに過ぎない。
自国の歴史に造詣が深いバイアスだからこそ気付けた謁見の理由。
薄々だが、いずれは目を付けられるだろう事は憂慮していたのである。
(九条というプラチナの実力を持つ死霊術師を保有しているのだ。我々が魔法書を九条に譲渡、もしくは閲覧させる可能性を危惧している――と、いったところか……)
ただ魔法書が発見されただけなら、大事には至らなかった。問題なのは、それを扱える者が存在しているという点である。
プラチナの冒険者は、国防の要と言っても過言ではない。魔法書を九条に授ければ、少なからず戦力の増強に繋がるだろう。
国の危機ともなれば、ヴィルザール教の教義を破る可能性もゼロではなく、捨て身の特攻もあり得る話。
ニールセンとヴィルヘルムの一件以降、スタッグ王国は軍事力の強化に舵を切り始めた。
まずは地盤固めにと、グランスロードには九条を派遣し、サザンゲイアにはリリーを派遣している。
ヴィルザール教には直接の関係がないとはいえ、シルトフリューゲルに本拠地を置いているのだ。
不安の芽は早いうちに摘み取っておこうと考えるのも、自然な流れ。
「本当にわからないんですかぁ? 先程も言いましたが、私には見えていますよぉ?」
「……はて? 見えている……とは?」
「私の目は少々特殊でして、魔力が可視化出来てしまうんですぅ。この眼は、意外と便利でですねぇ。人の持つ魔力量がわかったり、その淀みで大体の感情が把握できちゃうんですよぉ」
それは、盲目が生まれながらに持った体質。彼女が異端審問官の職に就いている所以でもある。
教会内部では、神からの贈り物だと言われてはいるが、どちらかと言うと症状は病に近く、いい事ばかりではない。
見えない物まで見えてしまうその眼は、魔力過敏症とでも言うべきもので、彼女の視界には世界がサーモグラフィーのように見えているのだ。
それは、目を瞑っていても遮れないほどの強さであり、眠る事さえままならない。
そんな彼女に救いの手を差し伸べた教会であったが、その治療は上手くいかず、結局はその瞼を縫い合わせてしまう事で症状を僅かに抑えているといった状態である。
「……ほう。確かにそれは珍しいですね……」
「この眼の所為で、嫌悪感を抱かれるのには慣れているのですが、何故かバイアス公爵様は私に対して焦燥感を覚えていらっしゃるんですよぉ……。まるで、池の中に大岩を投げ入れたような淀みなんで、何か知っているんじゃないかと……」
見えている――の意味をようやく理解したバイアスだったが、その程度で尻尾を出すほど呆けてはいない。
「いやはや、お恥ずかしい。仰る通り、焦っていた事は認めましょう。何分謁見の準備もままならぬほどの突拍子もない訪問。ぶっつけ本番というのは、この歳になっても未だに慣れぬものです」
バイアスは、公爵として何十年と国の政を任されてきた。その人生経験は、相手に感情を読まれた程度で揺らぐほど脆いものではない。
最後には余裕だとばかりに笑顔を見せたが、それもすぐに鳴りを潜め、呆れたかのように溜息をついた。
「盲目殿。申し訳ないが、こちらも多忙の身。言いたいことがあるなら、ハッキリと簡潔に仰っていただきたい」
それを聞いた盲目の顔といったら、酷いもの。
盛大な舌打ちをしながらも、目元をピクピクと痙攣させるその姿は、気の短さを如実に表していた。
「……九条の事ですよ! プラチナのッ! わかってるクセにッ!」
そこに併設されている神秘の間は、来賓の控室として使われることが多い反面、応接室としての機能も備えている為、葬儀に関しての段取りを話し合うのであれば、最も適した場所なのだ。
「失礼する。お待たせしてしまったかな?」
扉をノックし、バイアスとアルバートが部屋に入ると、窓から外を眺めていたであろう教会からの使者がゆっくりと振り向き、軽い会釈をした。
「いえいえ~。まさか会ってもらえるとは思っていなかったので、誠に恐悦至極ですぅ」
女性特有の高い声と、ねっとりとした独特な口調は、僅かに幼さを残しているが、その見た目は想像とは大分違う。
着用している法衣は闇のような黒一色。彼女が少しでも動く度、腰に下げられた金属の鎖がジャラジャラと不快な音を立てていた。
その風貌は、本当に教会に仕える聖職者なのかと疑ってしまうほどであり、アルバートが言葉を失うには十分すぎる衝撃だ。
「……異端審問官……」
顔を歪めながらも、ぼそりと呟いたバイアス。
「おやおやぁ? そちらのお方は私を知っている様で……。光栄ですねぇ……」
すると教会からの使者は、深く被っていたフードを捲り、その素顔を披露する。
「――ッ!?」
年の頃は20前後。全体的にはバランスの取れた顔立ちなのだが、その両目は瞼の上から乱雑に縫い付けられていた。
何度も針を刺したような傷跡と、所々が青痣のように変色している目元。
痛々しいなんてもんじゃない。それは光を感じないよう執拗に綴り合わされていたのだ。
「お見苦しい物を見せて申し訳ない。でも、フードを被ったままでは失礼に当たると思いまして……。あぁ、そんなに驚かないでくださいね。大丈夫、ちゃぁんと見えてますから。じゃないと仕事も出来ないじゃないですかぁ」
クスクスと微笑む彼女は一見すると素敵なのだが、それも顔の下半分限定だ。
「私のコトはぁ……盲目――とでも呼んで下さい。あっ……本名は勘弁して下さいね? そういう決まりなのでぇ」
そんな盲目を、ただ奇異の目で見ていたアルバートに対し、バイアスは心の底から焦っていた。
ヴィルザール教に属するが、一般にはあまり知られていない役職である異端審問官。
戒律の違反者に罰を与える権限を持ち、神に対する反逆や教義に反する異端等、他教を排除することを目的に活動する者である。
端的に行ってしまえば、教会の裏の仕事を請け負う武闘派だ。
そんな異端審問官が謁見を求めてきたのだ。考えられる可能性は多くなく、バイアスにはその見当がついていた。
「……では、そちらにお掛けください」
「失礼しますぅ」
お互いの自己紹介を済ませ、バイアスが着席を促すと、軽く一礼したのちソファに腰掛ける盲目。
その流れで対面にアルバートが腰掛けると、その隣にはバイアスが並び立つ。
「それで、盲目殿。本日の要件というのは……」
「またまたぁ。私が来たんですよぉ? わかってるんじゃないんですかぁ?」
教会の使者とは言え、その口ぶりに不快感を露にするアルバート。
そんなアルバートが口を開こうと息を吸い込んだ瞬間、バイアスがアルバートの肩にそっと手を置いた。
「ええ、勿論存じておりますとも。陛下の葬儀の打ち合わせの為、多忙な教皇様の代理として貴女を派遣して下さったのでしょう? まだ陛下の崩御を公にしていない我々に、便宜を図り秘密裏に謁見を求めて下さるとは……。畏敬の念に堪えません」
それは、盲目の求めていた答えではない。
ポーカーフェイスにはほど遠く、口先を尖らせるその表情は、何処からどう見ても不満気だ。
無論、バイアスはとぼけただけ。自分から口を滑らせる必要はない。
(恐らく、教会の狙いは国宝の魔法書……。300年もの間、行方不明になっていたというのに、まだ諦めていなかったか……)
それは、九条のダンジョンに放置されていたバルザックの魔法書のこと。
禁呪に相当する物であれば、ヴィルザール教の手によって焼かれるのが通例だが、所在不明であった為、今まで焼却を免れていたに過ぎない。
自国の歴史に造詣が深いバイアスだからこそ気付けた謁見の理由。
薄々だが、いずれは目を付けられるだろう事は憂慮していたのである。
(九条というプラチナの実力を持つ死霊術師を保有しているのだ。我々が魔法書を九条に譲渡、もしくは閲覧させる可能性を危惧している――と、いったところか……)
ただ魔法書が発見されただけなら、大事には至らなかった。問題なのは、それを扱える者が存在しているという点である。
プラチナの冒険者は、国防の要と言っても過言ではない。魔法書を九条に授ければ、少なからず戦力の増強に繋がるだろう。
国の危機ともなれば、ヴィルザール教の教義を破る可能性もゼロではなく、捨て身の特攻もあり得る話。
ニールセンとヴィルヘルムの一件以降、スタッグ王国は軍事力の強化に舵を切り始めた。
まずは地盤固めにと、グランスロードには九条を派遣し、サザンゲイアにはリリーを派遣している。
ヴィルザール教には直接の関係がないとはいえ、シルトフリューゲルに本拠地を置いているのだ。
不安の芽は早いうちに摘み取っておこうと考えるのも、自然な流れ。
「本当にわからないんですかぁ? 先程も言いましたが、私には見えていますよぉ?」
「……はて? 見えている……とは?」
「私の目は少々特殊でして、魔力が可視化出来てしまうんですぅ。この眼は、意外と便利でですねぇ。人の持つ魔力量がわかったり、その淀みで大体の感情が把握できちゃうんですよぉ」
それは、盲目が生まれながらに持った体質。彼女が異端審問官の職に就いている所以でもある。
教会内部では、神からの贈り物だと言われてはいるが、どちらかと言うと症状は病に近く、いい事ばかりではない。
見えない物まで見えてしまうその眼は、魔力過敏症とでも言うべきもので、彼女の視界には世界がサーモグラフィーのように見えているのだ。
それは、目を瞑っていても遮れないほどの強さであり、眠る事さえままならない。
そんな彼女に救いの手を差し伸べた教会であったが、その治療は上手くいかず、結局はその瞼を縫い合わせてしまう事で症状を僅かに抑えているといった状態である。
「……ほう。確かにそれは珍しいですね……」
「この眼の所為で、嫌悪感を抱かれるのには慣れているのですが、何故かバイアス公爵様は私に対して焦燥感を覚えていらっしゃるんですよぉ……。まるで、池の中に大岩を投げ入れたような淀みなんで、何か知っているんじゃないかと……」
見えている――の意味をようやく理解したバイアスだったが、その程度で尻尾を出すほど呆けてはいない。
「いやはや、お恥ずかしい。仰る通り、焦っていた事は認めましょう。何分謁見の準備もままならぬほどの突拍子もない訪問。ぶっつけ本番というのは、この歳になっても未だに慣れぬものです」
バイアスは、公爵として何十年と国の政を任されてきた。その人生経験は、相手に感情を読まれた程度で揺らぐほど脆いものではない。
最後には余裕だとばかりに笑顔を見せたが、それもすぐに鳴りを潜め、呆れたかのように溜息をついた。
「盲目殿。申し訳ないが、こちらも多忙の身。言いたいことがあるなら、ハッキリと簡潔に仰っていただきたい」
それを聞いた盲目の顔といったら、酷いもの。
盛大な舌打ちをしながらも、目元をピクピクと痙攣させるその姿は、気の短さを如実に表していた。
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