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第500話 既視感

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 レベッカがA定食を運んでくると、エルザは軽く頭を下げ黙々と食べ始めた。
 悪意はなさそうだが、それを見ているだけというのも辛すぎる。まさか、朝食で飯テロを食らうとは思わなかった。
 恐らくここで、俺にも……と声を掛ければ、優しいレベッカの事だ。二つ返事で食事を用意してくれるとは思うのだが、ミアとの日課は裏切れない。
 抜け駆けする訳にはいかないのだ。

「さて、片付けも無事終わった事だし、そろそろお暇させてもらおうかな……」

「えぇ……。もういっちゃうのぉ?」

 名残惜しいとでも言わんばかりに、甘い声を出すシャーリー。
 そう言われると迷ってしまうが、どうせ本気ではないだろう。所謂社交辞令だ。
 そもそも同じ村の住人であり、更に言えば隣の部屋に住んでいるのだから、用があればすぐに逢える。

「ああ。もうミアも起きてる頃だし、開店したらまた来るよ。シャーリーはこのまま食堂で給仕の手伝いか?」

「まぁ、そんなところかな。どうせ九条も暇でしょ? 一緒にどう?」

「手伝ってやりたいのは山々なんだが、俺は免停中じゃないからな。ソフィアさんにバレたらレベッカが可哀想だ」

 いつだったか、ソフィアが豪語していたのだ。俺がレベッカを手伝うと、プラチナの冒険者を雇うだけの料金を請求をすると……。
 勿論、本気ではないと思うのだが、仕事にはうるさいソフィアの事だ。やるにしても確認はしておきたいところ。

「シャーリーこそ、免停中くらいゆっくりしたらどうだ?」

「いやぁ、最初はそれでもいいかなって思ってたんだけどね。身体を動かしてないと、なんとなく落ち着かなくて……」

 いたずらっぽい笑顔でちょろっと舌を出すシャーリーに対し、俺は深く共感し、頷いた。

「超わかる」

 贅沢な悩み……なのかもしれないが、忙しすぎても暇すぎてもダメなのだ。適度にやることがある――というのが丁度良いのである。

 ――――――――――

「簡単なお仕事が残ってるといいね。おにーちゃん」

「そうだな」

 一度家に帰ると、ミアの出勤に合わせて一緒にギルドへと向かう。
 これから仕事だというのに、カガリに乗るミアがご機嫌なのは、プレゼントした羽根ペンをデビューさせるからだろう。
 その記念すべき一筆目は俺が受ける依頼がいいとの事なので、他の冒険者達が出払った後に残った依頼から何かを見繕おうと考えていた。
 遠くに見える東門には、開門を待つ商人たちの列。ミアの誕生日を祝う為、村に留まってくれた者達だ。
 そんな彼等の旅の安全を心の中で祈りながらも、村の中央付近まで歩みを進めると、聞こえてきた喧騒に既視感を覚える。

「……だから何度も言ってるじゃないですか! 九条との面会には許可証が必要なんですよ!」

 足を止め、大きく深呼吸して目を瞑る。
 ……諦めるにはまだ早い。聞こえてきたカイルの声が、幻聴であった可能性もある。

「おにーちゃん……」

「主……」

 ミアの不安気な声と呆れにも似たカガリの声が、無慈悲にも現実を突き付ける。

「はぁ……」

 また厄介事かと、肩を落とす。
 遠吠えを使った従魔たちからの報告もなく、攻撃もされずに許可なく村に入れる例外は権力者だけ。
 面倒な事にならない為にも、そういう輩には手を出すなと従魔達には言ってあるのだ。

「仕方ない。話だけは聞いてやろう……」

 諦めて足を進めると、見えてきたのは豪華な馬車と、それを囲む騎士の一団。
 ある意味予想通りではあるが、王女でも来たのかと思うほどの仰々しさだ。
 朝の早い時間とあって野次馬はそれほどでもないが、それも時間の問題だろう。
 カイルの必死の説得にも拘らず、その喉元に剣を突きつけている状況には、強い不快感を覚えた。

「おい! 何してる!? それを仕舞えッ!」

 声を張り上げ、注意を引く。カイルを救う為、そして相手側にも配慮しての事だ。
 村人に危害を加えれば、それこそ従魔達が黙っていない。
 勿論そうなった場合、止めに入るつもりだが、無傷とはいかないだろう。従魔達の反応速度よりも早く声を出す自信なんてないからだ。

「九条!?」

 衆目を集める事には成功したが、その剣が下ろされることはない。

「後はこっちで対応するんで……」

 安堵の表情を浮かべるカイルに対し、俺はというと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 何の為のルールなのかと詰め寄られても文句は言えず、最早溜息しか出ない。

「で? 俺が九条ですが、何か用ですか?」

 カイルが後退するのと同時。突きつけていた剣の切っ先をつまみ、騎士を強く睨みつける。
 すると、その返事は馬車の中から聞こえてきた。

「遅いッ!」

 馬車の扉が開かれると、降りてきたのは白髪の老紳士。
 その服装から、上級に位置する貴族なのだろう事は窺えるが、俺の記憶には存在しない。
 目つきは鋭く、今にも掴みかかって来そうなほどだが、実際はというと全ての動作が鷹揚だ。

「私が直々に出向いたにも拘らず、待たせるとは何事だッ!」

 憤慨しているだろうという事は理解した。……理解はしたが、それだけだ。
 少々自意識過剰なのではないだろうか? 申し訳ない……とは思わないが、そんなに有名人なのだろうか?

「えーっと、どちら様ですか?」

 無礼は承知の上だ。ルールを守らぬ者に礼儀は不要だろう。

「貴様! レイヴン公を知らんのか!?」

 その声は、つまんでいた剣をようやく下ろした騎士からのもの。
 何故か、声をかけた者とは別の所から答えが返って来るという怪現象に辟易とするが、その名には覚えがあった。
 王族や貴族たちと付き合う上での基礎知識――をネストから教わった時に、薄っすらとだが言っていた気がする。
 確か、この国の御三家に当たる家柄の貴族だ。ニールセンにバイアス、そしてレイヴン。

「で? そのレイヴン様が何の御用で?」

「貴様、プラチナだからと驕っているな? リリー様のお気に入りだからとつけ上がりおって……。それともお膳立ても出来ぬのか?」

 言われずともわかっている。会談の場を設けろと言いたいのだろう。
 一応は貴族のお偉いさん。100歩譲って俺が用意しなければならないとしても、連絡もなしに突然の訪問。その言い草は目に余る。
 とは言え、このままここでもたついていても村の迷惑になりかねない。

「はぁ……。ギルドの応接室を借りてきます。少し待っていてください」
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