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第497話 大賢は愚なるが如し?

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 アルバートの性格から、怒りを露にするか、少なくとも狼狽えるだろうと予想していたレイヴンだったが、あまりの反応の薄さに覚えていたのは若干の悔しさ。
 徐々に大広間が落ち着きを取り戻すと、その視線は当然アルバートに集中する。

「トーマス卿。今の話は本当か?」

「はい。間違いございません。王派閥の我々が陛下から直々に呼び出され、そう聞き及びました」

「ふむ……困ったな……。僕はお父様からそのような事、聞かされていない……。当然、王位継承権第1位の僕が即位するものだとばかり……」

 眉間にシワを寄せ、困惑の表情を浮かべるアルバート。その様子は普段とは少し違う。
 困った時は、基本バイアスに相談する――という形をとることが多いからだ。

「……アルバート様は、我々の言う事を信用出来ないと?」

「そんなことはないぞ、レイヴン公。お前達は良くお父様に尽くしてくれた。当然評価はしているが……お父様は何故、僕には黙っていたのか……」

「そうですね。恐らくは、後ろ盾が欲しかったのでしょう。我々の同意を得てからでないと、アルバート様をご納得させられぬと考えたのやもしれません」

「なるほど……一理あるが……。バイアス公、そなたはどう思う?」

「私は、アルバート様が継がれるべきだと思います。陛下の遺言をこの場にいる全員が聞いているならその限りではありませんが、書簡も残っていないものを信用しろと言われましても……。ましてや、リリー様は王位に興味がないとハッキリ仰っている。それを無理矢理というのも、少々酷な話ではないでしょうか……。統治者としての才がない――とまでは言いませんが、やる気のない者に務まるほど甘くはないかと……」

 バイアスの言葉は、的を得ていた。当然、王派閥には反論の余地もない。
 リリーを王にすると言っても物的証拠は何もなく、妄言だと言われてしまえばそれまでだ。
 寧ろ対応は生温いのかもしれない。虚偽や捏造だと罰せられる可能性さえあるのだから。

 死人に口なし。タイミングは最悪で、王派閥にとっては運が悪かったとしか言いようがない。
 グリンダが囚われ、国王が倒れた時は肝を冷やした王派閥の貴族たち。
 アドウェールの容体はゆっくりとはいえ回復に向かっていたにも拘らず、突然の崩御。王派閥は大いに荒れた。
 第一発見者はアルバート。素直に受け入れる者もいれば、他殺を疑う者もいる。
 派閥内では様々な意見が交わされ、内密に調査も行われたが、これといった結論は未だ出ていない。
 そして今日。皆の前で衝撃の事実を打ち明け、アルバートの動揺を誘う手筈だったのだが、まるで動じる様子もない。
 陛下の遺言を、何としても実現するのだと意気込んでいた王派閥であったが、結果は空振り。御覧の有様だ。

 そんな不穏な空気が漂う中、第4王女派閥の中から声を上げたのはレストール伯爵。

「ならば、私に提案がございます」

「ほう。レストール卿、申してみよ」

「冒険者……死霊術師ネクロマンサーの力を借りる……というのはどうでしょう? 彼等の持つ降霊の力で陛下の魂を呼び戻すことが出来れば、遺言を聞くことも出来るのではないでしょうか? 丁度我が国には、最高峰の術師がおりますれば……」

「残念だが却下だ。たとえ術が成功し、呼び出した魂がお父様のものであっても、それを誰が証明する? 目に見えぬものなど信用ならん。恐らく最高峰の術師とは九条のことを言っているのだろうが、そもそも九条はリリーの派閥に属している。そこに私情を挟まないとは言い切れまい」

 誰もが名案だと思ったそれを、アルバートはバッサリと切り捨てた。
 その速度は異様と言うほどに早く、驚くほどに完璧な反論。

「お言葉ですが、アルバート様。九条はそのような事は致しません。彼は常に公平な判断を……」

「ニールセン公……。それとレストール卿もだ。お前たちが九条にお熱なのはわからなくもない。確かに九条の壮挙は国にとっても偉大なもの。だが、それだけで死霊術師ネクロマンサーとしての力量を判断するには、些か早計ではないか? 聞くところによると、彼はギルドからの仕事を受けていないそうじゃないか。使役している従魔の実力は、相当なものだと聞いている。しかし、死霊術を使った仕事の実績がなければ、いくらプラチナとは言え手放しには信用できぬ。皆はそう思わないか?」

 何故か騒然とする大広間。それは、返答に困った貴族たちの戸惑いなどではなく、アルバートから出た言葉がアルバートらしくなかったからだ。
 まるで、隣のバイアスと議論を交わしているかのようなやり取りに、誰もが耳を疑った。
 アルバートが会議中に発言することは、そう珍しくはない。ただ、感情に身を任せ考えなしに発言することも多く、バイアスが諫める事もざらにある。
 王位継承権第1位にもかかわらずリリーを王に据えるなどと聞けば憤慨してもおかしくはないのに、今日に限ってはそうはならずバイアスに意見すらして見せた。
 尤もらしい事を並べ立てただけなのか、それとも国王代理という身分によって急成長を遂げたのか……。
 近年稀に見るまともな反論に、貴族たちは、アルバートと王派閥。どちらに付くべきかを決めあぐねていたのだ。

 そこへ、第4王女派閥の中からもう一人。赤髪の男が前に出る。

「ならば、その魂が本当に陛下なのかどうか、こちらの質問に答えてもらうというのは如何か? 九条が知らない王家の秘密を答えられるのであれば、それが本人である証拠にもなるかと」

「おお、それは名案だぞアンカース卿!」

 沸き立つ王派閥を前に、待ったをかけたのはバイアス。

「御静粛に。……素直に承服はできかねますな。王家の秘密とはいえ、我々もその答えを知っている必要がある。リリー様の派閥の何者かが、九条に手ほどきをする可能性は否めぬでしょう。アンカース卿の御息女に、今はおられないがガルフォード卿も九条とは親しい間柄だ」

「……では、九条に対する質問はアルバート様がお考えになられる――というのはどうでしょう? もちろんリリー様の派閥に属する我々と、それに近しい者たちは九条との接触を禁止。面識のない者が密使としてコット村へと赴けば……いかがですかな?」

 アンカースの言葉に、アルバートとバイアスはお互い顔を見合わせる。
 その表情からは、何も読み取れないほどの真顔だ。

「まぁ、いいでしょう。ただ、コット村へと赴く者もこちらで指定させていただきますが……。よろしいか?」

「勿論ですとも」

 混迷を極めるかと思われていた緊急会議も、一旦の終焉を迎えた。
 ぞろぞろと大広間を後にする貴族たちを横目に、レイヴンは背もたれに体重を預けながらも大きなため息をつく。
 第4王女派閥のおかげで首の皮一枚繋がったといった状況に、安堵したのも束の間、その肩を叩いたのは他でもないアルバートであった。
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