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第493話 少し遅めの誕生日

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 沈み込んでいたベッドが、僅かに浮き上がる感覚で目が覚めた。
 うっすらと目を開けると、視界に飛び込んできたのは、おにーちゃんのお尻。
 いつもはギリギリまで寝ているのに、まれに朝早く起きてはこっそり外出していく時がある。
 気になってカガリと一緒に後をつけた事もあったが、なんてことはないお外で静かに瞑想をしているだけだった。そして、日の出とともにお部屋に帰って来るのだ。
 それからは邪魔をしないようにと、目を覚ましても寝たフリをしている。

 暫くすると扉を閉める音が僅かに聞こえ、遠慮がちな足音が少しづつ離れていく。

「……今日もお祈りかな?」

 小さな声で呟くと、カガリの耳がピクピクと反応し目を開けた。
 私が起きるくらいだ。カガリだって起きているのはわかっている。
 カガリのお腹を枕にするのも、既に日課のようなもの。寝ている時と起きている時の呼吸の変化を感じ取るくらい、朝飯前だ。
 そんなカガリにクスリと微笑んで見せると、急に視界は真っ暗に。
 私の顔の上に被さったのは、カガリの尻尾。多分、気にしないで寝ておけ――という意味なんだとは思うが、今日はもう眠れそうにはなかった。
 だって、今日はおにーちゃんが私の誕生日を祝ってくれる日。
 本当はずっと前の事なんだけど、どうしてもって言われて断り切れなかった。
 プレゼントだってブルーグリズリーの毛皮のマントで十分だって言ったのに、それじゃダメだの一点張り。
 だからといって期待はするなと言われて、なんだかもやもやしちゃった。
 おにーちゃんの世界では、誕生日を祝わないと罰せられたりするのかな?

「おにーちゃんがいた世界って、どんなところなんだろ……」

 カガリの尻尾を顔から退かし、自分の首に巻き付ける。
 おにーちゃんが別の世界から来た事を知り、色々な謎が解けた。
 おかしいとは思っていたのだ。魔力欠乏症オーバーメモリーで記憶がなくなったと言う割には、その限界は見たことがない。
 禁呪は、使うどころかその研究も禁止されているのだ。
 何百年も進化が止まっている魔法。当然魔力効率なんて良いはずがないのに、おにーちゃんはバンバン使ってもケロッとしている。
 早朝の瞑想だって、最初は魔法系適性者特有の精神集中だと思っていたが、多分それは神様へのお祈り。勿論ヴィルザール神様ではなく、おにーちゃんの世界の神様のこと。
 魔法の詠唱と少し似ているけど、言葉の意味は全くわからない。
 たまによくわからない単語を使うのもおにーちゃんの世界の言葉だからで、お金や権力に固執しなかったり、奴隷制に否定的なのは生活様式が違ったからなんだと思う。
 きっと面倒臭がりなのも……。……いや、それは元からの性格かな?

 おにーちゃんの足音が聞こえると、急いで布団を深く被り寝たふりをする。
 笑わないように耐えるのは結構難しいのだが、なんとかミッションを達成すると、ベッドが沈みこんだタイミングで目を覚ます。

「ふわぁぁ……。うーん、良く寝た」

「おはようミア。起こしちゃったか?」

「ううん、大丈夫。おにーちゃんが誕生日のお祝いをしてくれるって言うから、楽しみで早く目が覚めちゃったのかも」

「そうか……」

 大きな手で頭をわしゃわしゃと撫でられる。髪をセットする前のなでなでは、遠慮がなく豪快だ。
 将来首が太くなっちゃったら、きっとおにーちゃんの所為だろう。

「そうだ。今日はドレスを解禁してもいいぞ?」

「ホントに!?」

「ああ」

 おにーちゃんに、洗い方がわからないから着ないでほしい――と懇願された、リリー様から賜ったドレス。
 アレックス様の結婚式でお借りした物で、おさがりなんだけど全然くたびれてる感じはしない。
 多分いっぱいあるうちの一着なんだと思うけど、それでも当時は汚さないようにと緊張していたのを覚えている。
 うっすらと光を反射するピンクのシルク生地は、肌触りが良く柔らかで、そっと触れると心地よい温もりが伝わってくる。
 腰元には、細かなパールやダイヤモンドが繊細に刺繍され、動く度に小さなお花のモチーフが揺らめく。
 それを着て歩くだけで、お姫様になった気分を味わえるのだ。

「じゃぁ、汚さないように気を付けるね!」

「いや、汚れは気にしなくていい。誕生日のパーティーを終えたら、王都に行くからな。バイスさんに馬車を返すついでに洗濯屋にも寄るつもりだ」

「え? パーティーを開いてくれるの!?」

「あ……」

 気まずそうな表情を浮かべながらも、動きを止めるおにーちゃん。
 冷や汗こそ出てはいないが、その表情から隠しておくつもりだったに違いない。
 それを見て、聞き流すべきところだったと今更気付き、気まずい雰囲気。
 コット村に帰ってきてから約一週間。おにーちゃんが、隠れてコソコソと悪だくみをしていることは知っていた。
 それが何の為かは知らなかったが、まさかパーティーを開く為に動いていたとは……。

「あ……ありがとう、おにーちゃん! 楽しみにしてるね!」

「あ……あぁ……」

 それならばと素直に喜んで見せたのだが、おにーちゃんから返ってきたのはぎこちない笑顔。
 実際本当に楽しみだったし、私の為にそこまでしてくれるのは嬉しい。
 しかし、タイミングがタイミングなだけに、なんというか義務で喜んでいるように見られないかが、若干の心残りではあった。

 ――――――――――

 どうしてこうなった……。

 爽やかな風が肌を撫で、太陽の光が降り注ぐ村では、大きな玉座が地面を離れ揺れていた。
 それは、おにーちゃんのダンジョンにあった物。私は今、その玉座に腰掛けているのだ。
 それだけなら、まだセーフ。リリー様から賜ったドレスと相まって本物のお姫様みたいなのだが、現在の状況は、私が思い描いていた誕生日パーティーとは少し違っていた。
 その様子は、まさにパレード。フルプレートの鎧に身を包んだ2人の屈強な騎士が、丸太を括りつけた玉座を担いで村の中を練り歩く。
 見晴らしはいいが注目度は抜群で、玉座の背もたれに巻き付けられた巨大なのぼりには『本日の主役!』の文字。
 何時の間に雇ったのか鼓笛隊をも引き連れての行列は、正直ちょっと恥ずかしい。

「おにーちゃん。これは……」

「あぁ、アーニャから色々と教わってな。貴族式の誕生会を参考にしてみたんだ」

「そ……そうなんだ……」

 貴族の誕生日パーティーは見たことがないけど、多分おにーちゃんはアーニャさんに騙されてると思う……。

 村の中心にあたる広場まで来ると玉座を降ろし、今度はお祝いに来てくれた人たちとのご挨拶。
 ほんの少しの時間しか経ってないのに、目の前には長蛇の列ができちゃった。

「おめでとさん。ミアの為に、今日は腕によりをかけたからね! 楽しみにしてなよ?」

「ありがとう。レベッカさん!」

 レベッカさんに始まり、ソフィアさんにカイルさん。ギルドの皆に村でお世話になっている人達。
 それだけじゃない。中には知らない人も混じってる。

「おめでとうございます、ミア様」

「ありがとう! ……えぇと、56番アスターさん?」

 格好から、多分商人さんだ。手元の紙には私をお祝いしてくれる人の名前と順番が書かれている。
 その数なんと100人超。そんなにいっぱい何処から出てきたのかと驚いちゃうくらいだけど、村の東門が関所になってから、来村する人は本当に増えた。
 その分、治安が悪くなるんじゃないかと心配していた人もいたみたいだけど、そんなことは微塵もなく、村には活気が溢れている。
 おにーちゃんの従魔たちがいるんだもん。当然だよね。

「おめでとうございます、ミア様。こちら、ささやかな品では御座いますが、お納めください」

「ありがとう! ……72番の……ライオット商店さん?」

 差し出された手を握り、笑顔で握手。そして当たり前のように出てくるプレゼント。
 綺麗に包装されたリボンのついた小箱。その中身が気になるところだが、ひとまずそれは隣のおにーちゃんが受け取り、仕訳けてくれる。
 それを横目で見ていて気になったことが1つ。プレゼントと一緒におにーちゃんに手渡している薄っぺらい手のひらサイズの木板はなんだろう?
 おにーちゃんは、それに小さな棒を押し付け返却している。……何かのスタンプかな?

「おにーちゃんは、何をしてるの?」

「……え? あぁ、いや、えーっと……。……パー券に確認の印を……な」

「パーケン? パーケンってなに!?」

「パーティーの参加券だよ。ミアを祝ってくれた人だけが、この後のパーティーに参加できるんだ。残念だが出せる料理の数にも限界がある。だから、村人以外の人は制限してるんだ」

「あぁ、そっかぁ」

 流石はおにーちゃんだ。みんなのこともちゃんと考えている。
 お料理の奪い合いになっちゃったら、大変だもんね。……なーんて、言うと思ったら大間違いだ。
 おにーちゃんのその表情で、何かを隠していることは一目瞭然。一緒にいればそれくらいすぐにわかっちゃう。
 でも、深くは追及しないのだ。それが、私の為にやってくれている事なのだと知っているのだから……。
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