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第484話 運命共同体

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 アドウェールの寝室。その扉を背に腕を組み、広い廊下で仁王立ちしているのは公爵であるバイアスだ。
 何人たりとも出入りは許さないと言わんばかりのその姿は、まるで守衛のような佇まいだが、気持ちはどこか上の空。

(大事な話――か……)

 貴族の中でも最高位である公爵にも出来ない話だ。いくつかではあるが、バイアスには大体の見当はついていた。

(人事に関する事か、それとも跡継ぎの話か……。リリー様も呼び出しているのだ。その可能性もゼロではないはず……)

 そんなことを考えながらも、バイアスはアルバートが出てくるのをジッと待っていた。
 すると、部屋から聞こえてきたのは耳を疑うようなアドウェールの怒号。
 それにバイアスは、思わず笑みをこぼす。

(なるほど。息子を叱責する姿なぞ見られたくないという事か……。それともアルバート様を辱めない為の人払いか……。どちらにせよ、家族思いの陛下らしい……)

 国王とは言え、人である。家族以外には出来ない話もあるのだろう。
 詮索するほどの内容ではなかったと、上がった口角を元に戻したバイアス。
 しかし、アルバートはアドウェールの叱責を大人しく聞くどころか、激しく反発している様子。

(こういう時は、一度相手の話を受け入れた上で、少しづつ反論するものだ。これしきの事で気持ちを高ぶらせるとは、アルバート様もまだお若いということか……)

 話の内容まではわからないが、両者の興奮は収まる気配を見せず、ますますヒートアップしていく。

(……随分と激しさを増しているようだが、一体何を揉めておられるのか……)

 確認はしたいが、許可なく立ち入るわけにもいかず……。扉に耳を近づけたい気持ちを必死に抑えるバイアス。
 その間にも、2人の激しい言い争いは続いていた。

(扉をノックするべきか……。それとも聞こえぬフリをして、このまま待つのが正解か……)

 バイアスが葛藤すること30分。気が付くと、いがみ合っていた2人の声は聞こえなくなっていた。

(決着がついたのか?)

 その場で改めて耳を澄ませてみるも、やはり無音。
 ならば今が好機とばかりに、バイアスは意を決して扉を静かにノックする。

「……」

 しかし、その返事は返ってこない。

「……陛下。アルバート様。どうかなさいましたか?」

 聞こえなかったのかと、今度は強めにノックをするも結果は同じ。
 そこで、バイアスはハッとした。
 体調が優れないうえ、言い争うほど興奮したとなれば、アドウェールの体調が悪化してしまった事も十分考えられる。
 最悪の事態を鑑みれば許可なく入室してもお咎めはないだろうと、バイアスは居ても立ってもいられず寝室の扉を開け放った。

「……失礼します、陛下」

「ダメだッ! バイアス! まだ来ては……」

 部屋に響くアルバートの声。その息は荒く、表情に至っては焦燥感に駆られたような酷く頼りないもの。
 肝心のアドウェールはというと、ベッドで静かに横たわっている。
 敷かれたシーツは乱れ、如何にもひと悶着あったといった雰囲気だ。

「違う! 僕じゃないッ!!」

 バイアスは、まだ何も言っていない。……いや、言えなかったのだ。
 目の前の惨状を鑑みるも、それを頭の中で必死に否定していたのだから。
 考えられる可能性は1つしかないのに、頭がそれを拒んでいたのである。

「陛下……」

 バイアスの視線は、ベッドの上のアドウェールから動かない。
 苦痛に歪んだままの表情を崩さず横たわるアドウェール。その首元には、生々しくも鮮明に残る指の跡。
 皮膚の下には青紫色に変色した血が滲み、痣はむくれ上がっていた。

「違う……本当に僕じゃないんだ……。お父様が急に倒れられて……。あぁぁぁ、なんでこんなことに……」

 両手で頭を抱えるアルバート。それは家族が倒れた時のリアクションとは程遠く、どう見ても後悔しているようにしか見えない。
 その手首は血に染まり、強く引っかかれたであろう傷は未だ新鮮であった。

「アルバート様……」

 バイアスは、震える声でその名を呼んだ。

「……だって……お父様がリリーを跡継ぎにするなんて言うから……。僕は……僕は悪くない……。お父様が……」

 憔悴したかのように座り込むアルバート。
 一方のバイアスは、冷静だった。過去は変えられないのだ。ならば、これからどうするべきかを考える。
 頭のスイッチを切り替え、幾つもの選択肢を考えては消していく。
 そして、最終的に辿り着いた答えに懐疑的ではありながらも、結局はそれを断腸の思いで受け入れた。

「よく聞いてくださいアルバート様。私はあなたの味方です。陛下は、病状が悪化し倒れられた……。そうですね?」

「……えっ?」

 バイアスの顔を見上げるアルバート。
 その目は、嘘や冗談を言っているようには見えない。

「な……何を言っているんだ……バイアス……?」

 最早言い逃れは不可能であり、グリンダ共々地下牢に入れられるか死罪は免れないだろうと諦めていたアルバート。
 しかし、バイアスの言っていることは全くの逆である。
 バイアスほどの者が、この状況を見紛うはずがない。だからこそ、アルバートはその意味を理解出来なかった。

「……もう一度聞きますアルバート様。陛下の病状が悪化し、倒れられたのですね?」

 優しく語り掛けてはいるが、バイアスのその言葉の裏には、隠す事の出来ない並々ならぬ思いがあった。
 ここまでアルバートに付き従ってきたのだ。それが無に帰すということは、人生の半分を棒に振るってしまうのと同じ事。
 折角第二王女が自滅したというのに、このままではリリーが女王として即位し、ニールセン家の逆転勝利で王位争奪戦は幕を下ろしてしまう。
 それならばとバイアスは打算的に考えを改め、覚悟を決めた。
 死なばもろとも。それも臣下としての務めであると、半ば自分を言い聞かせて……。

「大丈夫です。幸い、目撃者は私だけ……。アルバート様は何もしてない……そうでしょう?」

 その言葉に、アルバートは勢いよく首を縦に振った。

「段取りはお任せください。まずは傷の手当てを……」

 証拠の隠滅はそう難しい事ではない。神聖術で傷を治してしまえば、いいだけの話。

(賽は投げられた……。状況は最悪だが、なんとしてでも立て直して見せる……)

 そして、バイアスとアルバートは名実ともに運命共同体となったのである。
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