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第482話 終活

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 国王であるアドウェールの寝室。その前まで来たアルバートは、唾をゴクリと飲み込むとその扉を優しくノックした。

「お父様、僕です。アルバートです」

「入れ」

 聞こえてきたアドウェールの声は、毅然としたもの。
 子供の頃のちょっとしたイタズラが、最悪の結果を招いてしまったかのような心境になりながらも、アルバートはどうか怒られませんようにとの願いを込めて扉を開けた。

「お呼びですか、お父様」

 中にはベッドで上半身を起こしているアドウェールと、その専属の使用人が2人。
 王の寝室というには、少々狭いとも感じる部屋。派手過ぎず落ち着いた色合いの内装は、日々の公務を癒すリラックス空間と言っても過言ではない。
 巨大なベッドは天蓋付きだが、装飾は控えめ。とはいえ、見る人が見れば一目でわかる一級品。
 まるで流れる風を模しているかのような木目は、一流の木工職人をも唸らせるほどの美しさだ。

「よく来た。そこへ座りなさい」

 勇気を振り絞り、視線を上げるアルバート。アドウェールの表情は、思ったよりも柔らかい。
 ベッドの隣に置かれていたのは、見舞客用にと用意された豪華絢爛な椅子。
 アドウェールが普段から使っているものではない。それは客への配慮を窺わせる。

「お父様。お体の加減はいかがですか?」

 アドウェールの容体を心配しながらも、椅子に腰かけるアルバート。

「ああ。おかげさまで随分と良くなった。お前には苦労を掛ける」

「滅相もない。お父様の代わりとしてお役に立てる事こそ、至上の喜び。いずれは日常になるのですから、今のうちに経験しておくというのも悪い話ではありません」

 満面の笑みを浮かべながらも、跡継ぎ問題をそれとなく意識させる言い回し。
 しかし、アドウェールからの反応は掴み処のない淡白なもの。

「ならばよい。それよりも……」

 アドウェールの視線の先には、直立不動を崩さないバイアス。

「お父様。実はバイアス公を同伴させたのには、海よりも深い理由がありまして……」

「ふむ。申してみよ」

 今更嘘をついても仕方がない。上手く誤魔化せたとしても、リリーが帰国すればアドウェールの耳にも入ってしまう話だ。
 ならば自分から正直に話した方が得策だろうと観念し、アルバートは覚悟を決めた。

「リリーの事なのですが……」

「おお、そうであった。リリーの事も呼んでいるのだ。2人には大事な話があって……」

「申し訳ありません、お父様。リリーは現在、サザンゲイアに特使として派遣していまして……」

 叱責されてもいいようにと、出来るだけ申し訳なさそうに話す事に努めるアルバート。
 それを、バイアスは間髪入れずにフォローする見事な連携プレイである。

「陛下! 私がアルバート様に提案したのです。リリー様であれば、同盟締結も夢ではないと……」

 何代も前から公爵として王家に仕えて来たバイアス家。それも、政治においてはバイアス公の右に出る者なしと言われる程の健闘ぶり。
 アドウェールからの信頼も厚く、多少の失敗は許されるだろうと見込んでいるからこその選択だ。
 たとえアドウェールからの信頼を損なったところで、バイアスにとっては些事である。将来を鑑みれば、アルバートに媚びていた方が得策であるのだ。

「そうであったか……。バイアス公がそう言うならば、そうなのだろう」

 少々残念そうな表情を見せたアドウェールに、ひとまずは叱責を免れたと安堵するアルバート。

「リリーがいないのなら仕方ない。アルバートにだけは先に言っておこう。……バイアス公。すまないが、アルバートと2人にしてくれ」

 それは、公爵であるバイアスにも聞かせられないほど重要な話だと言っているようなもの。
 言われた通り、軽い会釈をしてからの退出していく使用人とバイアス。
 残されたのは父親と息子だけだというのに、部屋には何故か緊張感が漂っていた。

「……それで、お父様。お話というのは?」

「私の跡継ぎ……。次期国王のことだ……」

 遂にこの時が来た――と、アルバートは顔にこそ出さなかったものの、期待に胸を膨らませた。
 勿論今すぐにという話ではないだろう。だが、それは初めてアドウェールが世継ぎを意識していることを匂わせた瞬間でもあった。

「大丈夫です、お父様。いつかこんな日が来ると思っていました。覚悟はできています」

「ならば良いのだが……」

 アドウェールの左手を両手で握り締め、神妙ながらも高揚感を隠しきれないアルバート。
 その前のめりの姿勢に少々引き気味のアドウェールであったが、これ以上ない重大発表を口にしようと言うのだ。それも当然である。

「まだまだ私も現役だと思っていた。……しかし、蓋を開けてみればこの体たらく。歳には勝てんという事か……」

「心中お察ししますお父様。しかし、グリンダがあのような事になっては、それも仕方のないこと。グリンダも反省し、今頃は地下牢でお父様の身を案じている事でしょう」

「そうだといいのだがな……。とはいえ、こうしてベッドで1人横になっていると、色々と考えてしまうのだ……。また同じような事があるかもしれない。次は助からないかもしれないと不安でならぬ」

「何を弱気になっているのです。現にお父様は、快方に向かわれているではないですか」

「うむ。だが、そろそろ私も最悪の事態を想定し、心の内を話しておこうと思ってな……」

「お任せください! お父様の不安は、この僕が取り除いて御覧に入れましょう! その為の準備は万全にございます! 国を守り更なる発展を目指す事こそ、王としての誉ですから」

 勢いよく立ち上がり、握り締めた拳を振り上げると、アルバートは嬉々として自分をアピールする。
 その心境は既に国王気分だが、次期国王候補は自分以外にいないのだから当然だ。

「……」

 それに無言を貫くアドウェール。
 アルバートは、押しが足りないのかと思考を巡らせ、思ってもいない事を口にした。
 裏を返せば、それも自分をアピールする為の手段である。心が広く、寛大である様を見せつけようとしたのだ。

「わかっております。お父様の選択に誰が口を出しましょうか……。生まれ育った国を想う気持ちに偽りはない。王でなくとも国の為に尽くす事は出来るのですから……」

 それを聞いたアドウェールは、ホッと一息。これ以上ない安堵の表情を浮かべ、アルバートの肩を叩いた。

「それならば何の問題もあるまい。その志を持って、これからはリリーを引き立ててやってくれ」

「………………は?」
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